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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第八章 アメリカン・ロビン=フッド㊦
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第四話 望まぬ再会、再戦⑦

「これ、何?」

「首輪さ、見ての通りだ」

 首輪をつけた張本人である“アーベント”を、綾音は強く睨みつけながら問い詰めていた。

「……ただの首輪じゃなさそうね?」

「その通りだ。悪い子にお仕置きをする機能が付いているよ。あんまり悪い子だと、破裂してその首を吹き飛ばす代物だ」

「っ!!」

「そう怯えるな。あんまり悪い子だと、という話でしかない。例えばそうだな……何度も脱走を企てたり、実際に脱走に成功してこの研究施設から離れ過ぎたら……」

 その先は、言うまでもないと告げたいらしい。敢えて明言しないアーベントの嫌らしさに、綾音は顔を歪めていた。

 しかし、すぐにその表情は諦観の滲んだ笑みに変わる。

「ま、既に自由はないも同然だし、この首輪が着けられたからって何かある訳じゃないんだけどね」

「腹が据わってるね。他の人の多くは、恐怖で泣き叫んだりしてたのに」

「なる様にしかならないし? それとも、私が寂しいって言ったら“クリュザンテーメ”ちゃんを抱き枕にして寝ても良いの?」

「……断固拒否」

「ざーんねん」

 “アーベント”の背後に半身を隠して半目を作る“クリュザンテーメ”は、明確に拒絶の意を示して見せる。

 その様子に綾音はがっかりと肩を落としていたのだった。

「……じゃ、いつまでかは分からないけど、この室内にいる人たちと同居生活って訳ね?」

「ああ。これなら、暇も多少紛らわせやすいのではないかな?」

「そーだね。ありがとうとは言わないけど」

 キョロキョロと綾音が室内を見回せば、そこは一般的な体育館、その半分くらいの広さだ。その一角に、十人ほどの女性が固まっている。男の方はバラバラとしていて、一点に集合している様子は見られないのが対照的だった。

「あの人たちの尊厳を踏み(にじ)るような事、してないよね?」

「何を想像しているのかは知らんが、私は君達の事を被験体としか見做(みな)していない。それ以上でもそれ以下でもない。警察(むこう)もそう考えていると思っているよ。そうでしょう、榮森課長?」

「……被験体のコンディションに悪影響を与える訳にはいかんからな。もっとも、研究が続けばこの先どんな試行が行われるかは分からんがね」

「だ、そうだ。分かったらそんなに強く睨まないでくれるかね?」

「本当に本当なんだね?」

「君に信じる気が無ければ、君にとっては白も黒になるだろうさ」

 そう言って困った様に肩を竦めて見せた“アーベント”は、最後に告げる。

「では、私達も忙しいのでね。これで失礼するよ」

 直後、扉が閉められる。

 さっきまで喋り倒していた少女の姿が扉の向こうに消え、“アーベント”ら三人には沈黙が落ちる中、急に榮森が口を開く。

「これで用事は全て済んだ、で良いな? 全く……被験体全てを独房から出して集めろとは……上も手間な事を言ってくれる」

「仕方ないでしょう、百鬼(なきり)組が東京にまで出張って来ているのです。連中の目的がここである可能性が高い以上、守り易いように防衛対象を集中させておくのは悪くない手です」

「別に一人や二人、奪われたところで今更ではないかね。既に松ヶ崎で貴様らが失態を演じたせいで何人も奪われているくらいだ。これではもし万が一、収容場所を衝かれたら根こそぎ連れ去られかねん」

「そうであるなら、そうすれば良いのでは? 貴方の上司の命令を無視する形になりますが」

 若干小馬鹿にした調子で提案を口にする“アーベント”に、すかさず榮森は言葉を荒げる。

「……出来る訳ないだろう! ああっ、これでもし何かあったら私の責任になるなど、ふざけるなッ!! 私はこの作戦にあれだけ反対の意を示したというに」

「その代わり、増援については意見を通して貰えたのでしょう? なら良いでは無いですか。これでこちらの守りも固くする事が出来ます」

「どうせなら貴様の仲間をこっちに寄越してくれれば、人員を増やす必要も無いのだがな」

 不満な視線を隠しもせず、ありったけ“アーベント”に向ける榮森だが、その視線を真っ直ぐに受け止めている筈の彼はやはり一向に動じない。

「そうもいきません。私の部下を松ヶ崎からここへ連れて来てしまったら、百鬼(なきり)組に対する押さえが無くなってしまいます。敵を野放しにするのは、とても恐ろしい事ですからね」

「分かっているさ。しかし、本当に松ヶ崎に居る百鬼組の戦力は手薄なのか?」

 まだまだ信じられない様子の榮森の目は、疑念がありありと見て取れる。ただ、“アーベント”もその指摘が来る事は想定していてからか、撃てば響くように答えていた。

「課長も映像はご覧になったでしょう? 昨夜の松ヶ崎で起こった二件の喧嘩……あれはどちらも、あの組の人間が渦中に居ました。ただの東京観光で、あれだけの戦力が動くとお思いで?」

「陽動の可能性は?」

「ゼロではありません。ただ、それを陽動としてこの研究施設の守備と注意を傾けさせて、松ヶ崎に残した私の戦力を壊滅させようとしている……と仮定しても、向こうにとって余り意味は無いかと」

「ほう?」

 はっきりとそう断定する“アーベント”に、単純に興味を惹かれたらしい。先を促すように榮森は顎をしゃくって見せれば、“アーベント”もそれに従って話を続ける。

「単純に、私の戦力を壊滅させる事は出来ても、警察組織を壊滅させる事は不可能だからです。つまり、私やその仲間の圧力を排除できたとしても、警察は私達が居なくなった分だけより一層警戒して増員して目を光らせるでしょう。しかも警察は公的組織だから迂闊に攻撃も出来なくなる。百鬼(なきり)組にとって良い話ではありません」

「……そんな事をするくらいならここを襲撃して被験体の奪還を選ぶ、と?」

「もしかすると、一挙両得を狙っているかもしれませんがね。何はともあれ、ここを攻撃してくる公算は高いです。もう既に、油断して良い状況ではありません」

 警戒を促す“アーベント”。しかし、それでも榮森は彼の警告をどこまで重大に受け止めているか怪しいもので。

「所詮は地方のヤクザの成り損ない組織だ。警察の力を以ってすれば一捻りだよ。そこまで不安がらずとも、貴様は正しい選択をしている」

「私が国家権力に属する組織を頼ってもう半年が経とうとしているのに、いまだその地方の私的組織一つ潰せない異常事態を、軽視しすぎでは……?」

「警察の力を疑う気か? 愚かな、我々はまだ本気を出していないだけだ。出す必要も感じていないと言った方が正しいのだろうがね」

 己と、己の所属する組織の力を微塵も疑っていない事がありありと見て取れる榮森の態度は、しかし“アーベント”を納得させるには全く足りていなかった。

「それは危険です。私達の居た世界でも、そしてこの世界でも、番狂わせ(ジャイアントキリング)は幾度となく起こって来た筈でしょう。敵は裏で更なる手を回しているとも限りません。何をするか分からない相手を放置するのは、脅威に他なりません」

「貴様、私に指図するつもりかね? 警察の協力者の分際で、警察に指図するつもりだと? あの娘ではないが……身の程を(わきま)えたらどうかな?」

「弁えられるなら、とっくにそうしています。それが出来ないからこうして、課長のご不興(ふきょう)(こうむ)る覚悟で諫言しているのです」

「ふん……下らん。私は忙しいのだ。そちらの対応はお前に任せた。私よりも物事が見えていると言いたいのなら、そのよく見える目と良く回る頭で先手先手を打っておくのだな」

 これ以上、“アーベント”と会話するのが面倒臭くなったのか、榮森は露骨に会話を打ち切りに掛かっていた。その背中に手を伸ばすアーベントだったが、ほんの僅かに届かない。

 後には、“アーベント”と“クリュザンテーメ”だけが残されるのだった。

「……どうする、“アーベント”?」

「やはりあの男では限界だな、話が通じぬ。さっき、この扉の向こうに押しやった少女の方が、よっぽど正しく脅威を理解し、その上で行動出来ていた。よもや、二十歳にもならぬ娘の方が物事の道理を弁えているとはな」

 処置なし、と肩を竦める彼を見上げ、“クリュザンテーメ”は首を傾げた。

美才治(ビサイジ)綾音(アヤネ)が道理を? とてもそんな風には、見えなかった。むしろ空気を読まない、恐れ知らずかと」

「対人経験も、周囲に対する意識も低いお前にはそう映るだろうな。だがあの少女は正しく脅威を理解していた。そうでなければ、指先を震わせながらふざけた事は言えないし、私を思い切り睨み付ける事も出来まい」

「そういうもの、なの?」

「ああ。彼女は自分の身にこれから何が起こるのか分からない恐怖に潰されんように砕けた態度を取り、そして私が感情に流されるような人間でない事を理解しているからこそ、最後には私を睨み詰問して来たのだ。これでは精神の均衡のとり方から観察眼まで、榮森は完敗している」

 情けない話だと“アーベント”は薄く笑う。

「さて、榮森の言う通り、私も先を見越して動く……と行きたいところだが、そうもいかないだろうな」

「……襲撃に、ついて?」

「そうだ。百鬼(なきり)組は、今この瞬間にも攻撃を仕掛けてくるかもしれない。特に今はまだ榮森が取り付けた警察の増援も到着していない。態勢が万全ではないのだ、最悪の事態すら想定した方が良いだろうな」

 深く深く、そして長く、“アーベント”は溜息を漏らしていた。



◆◇◆



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