第四話 望まぬ再会、再戦⑤
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「……それで貴様らの見地から見て、研究施設周辺はどうであった? 何が出来そうだ?」
『んー、それが結構白熱してさあ。コンスタンディノスさんなんか筋肉しか言わねえし……』
「雑談など求めていない。豎子の役目は少しでも早く私に訊かれた事を話すだけだぞ」
電話の相手――護の砕けた態度を躊躇なく断ち切って告げるのは、孫臏。彼は車椅子に座り、携帯端末を片手にして黥面に皺を刻んでいた。
いかにも不機嫌と言わんばかりの声に、電話の向こうにいる護は一瞬言葉に詰まっていたが、すぐに気を取り直して話を再開する。
『オーバンの能力で、一時的に川の流れを堰き止めるとか、時間は掛るけど地下に道を作る方法は取れる。どっちも制約が大きいけどな』
「ほう、あの娘一人でそんな芸当まで出来るのか。思っている以上に戦術の幅は広いのだな」
『後は俺が、空に足場を作って上空から侵入するとかくらいだ。他には碌な案も出なかった。精々、しょっぱなにデカいのをぶちかまして、混乱に乗じるくらいかな』
「……そうか、ふむ」
車椅子の両端の手摺に板を渡して出来た、簡易的な机の上にノートを広げ、孫臏は手早く聞き取った内容を書き取っていく。
もっとも、その字体は現代的な漢字とは異なっていて、漢文ではあるものの少なくとも今は彼以外に読める者はいないのも当然だった。
「金、読めるかこれ?」
「いや無理っすね。もはや別言語と言うか……」
メモを横から覗き見る百鬼 真之と金 実政は、どちらも眉間に皺を寄せて煩くない程度に唸っている。
一方そんな両者には目もくれず、孫臏は電話の向こうへと更に質問を続けていた。
「守衛に立っている者の実力はどれくらいだ?」
『それは一当てしてみないと何とも言えないけど……能力者が外の哨戒に当たってるって事はなさそう。向こうも人数が限られてるんだろうね』
「当然の話だな。では……」
その後も幾つか質問と回答の遣り取りを繰り返した孫臏は、必要な情報を取り揃えたと判断したらしい。雑談を挟む余地もなく、彼は電話を切る方へと持っていく。
「聞きたい事は聞けた。報告、御苦労だな。作戦については固まり次第また連絡する。他に何か、気になる事や知らせておきたい事は?」
『あ、じゃあ最後に一つ』
「何だ?」
『三毛衛門が荷物に紛れてこっちに来ちゃってる件なんだけど……誰か猫の面倒見てくれる人を派遣して欲しいなって』
「……それくらい貴様らで何とかしろ」
『あ』
非常にしょうもない話を持って来られて、即座に時間の無駄を悟った孫臏は通話を終了させていた。
「あの豎子は敵の最前線にいる重大さを理解しているのか……? 緊張感の欠片も無いではないか」
「仕方のない話だ。護と一緒に行動している者が荒事に慣れてたり、危機感無かったりするからな。変に気負われるよりはマシだが」
書き留めたメモを持ち上げて眺める孫臏のボヤキを、真之が受け取って返す。
元より孫臏自身も含蓄の富んだ返答が来る事を期待していないからか、真之の言葉に相好を崩していた。
「あの豎子が緊張の余り震え上がっている有様など、想像も出来ないがな。感情を素直に露わに出来るからこその強みも、あるという事だ」
「稀代の軍師にそう言って貰えると、親としても鼻が高い。それで、作戦は纏められそうか?」
「ああ。やはり実働部隊からの偵察に関する意見も、訊いておいて正解だった。お陰で何が出来て何が無理なのか、良く見える。そちらについては追々煮詰めるとして……もう一つ、作戦を立てる必要がある」
勝手に動き出した車椅子は、板の間を優しく進む。そのせいか床を転がる車輪の音は殆どせず、精々が車椅子の駆動音ばかり廊下に聞こえていた。
「もう一つの作戦ってなると、ウチか? 東京じゃなくて、松ヶ崎での動きを決めないといけないって?」
「そうだ。図らずもテレビ放送で敵にこちらの手駒の動きを一部見せてしまったのだ。これはこれで敵の反応を窺う事も出来るが……迅速に備えを作る必要がある。既に幾つか腹案は纏めてあるが……棟梁殿、この後時間は?」
「問題ない、幾らでも付き合おう」
はっきりと頷いて見せる真之と、それに無言で追従するのは金 実政だ。その返答を確認した孫臏は二人の方に顔を向け、軽く視線だけを下げて見せる。
「感謝する。併せて東京の部隊に送る作戦についても説明するので、理解と承認を求めるが、宜しいかな」
「おう、どんとこい」
静かに、だが確実に、百鬼組も騒がしさを増していくのであった――。
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