表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第八章 アメリカン・ロビン=フッド㊦
367/565

第四話 望まぬ再会、再戦②

◆◇◆



 静寂に包まれた室内で一人、男は(くつろ)いでいた。

 喫煙も喫茶もせず、ソファーの手すりに頭を、もう一方に足首を預けた格好で、銀髪の大柄な彼は瞑目していたのである。

「…………」

 耳を澄ませどすぐ外に流れている川の(せせらぎ)すら、聞き取る事は出来ない室内は、ともすれば眠気に満ちている様にも見える。

 だが、その静寂は睡魔とは無縁のものであって、その事実を示すように男の瞼は一瞬で開かれていた。

「……私だ。どうした、“ゼー”?」

『おー、爆速応答とは恐れ入るぜ。って事は何かに集中して思考してた感じかねえ? ひょっとしてエロい事とか? “クリュザンテーメ”の教育上宜しくないと思うけどなあ』

「どうやら時間の無駄だったようだ」

『待て待て待て待て! 待ってくれ“アーベント”!』

 手首に巻き付けた腕時計型の機器から聞こえてくる同僚の声に、“アーベント”と呼ばれた銀髪三白眼の男は上体を起こしていた。

「私は暇ではない。その事はお前も知っていると思ったがな? 貴重な時間を奪わないで貰いたい」

『悪かった悪かった、早速本題に入るから!』

「とっとと話せ」

『少しは味のある反応してくれても良いだろうに……』

 言葉少なに本題の続きを促す“アーベント”に、スピーカーの向こうに居る“ゼー”の声は詰まらなそうだ。しかし、本当に話を切られてしまっては(たま)らないからか、彼は促されるがまま話し出す。

『お前の泊ってる場所にテレビがあるんなら点けてみろ。ニュースなら何でもいいが……キーワードは歌舞伎町だ』

「は? 何の話だ?」

『長い話は嫌なんだろう? じゃあそう言う事で』

「“ゼー”? おい……」

 “アーベント”の気を引くだけ引いて、意趣返しのつもりか“ゼー”は通話を断つ。“通話終了”を意味する無情な文字の羅列が液晶画面に表示され、“アーベント”は珍しく顔を(しか)めた。

 もっとも、歪んだ表情も一瞬にして平素に戻した彼は、テーブルの上に規則正しく置かれたリモコンに手を伸ばす。電源ボタンを押して映し出されたのは、朝のニュース番組の一つだ。

『……いやあ、怖いですねえ。新宿歌舞伎町で一日に二件ですよ、しかもそれぞれ二十人単位の怪我人です』

『死者が出なかったのは救いですが……こんなに大規模な喧嘩、いやもう喧嘩と言うか抗争ですよ、抗争!』

「……?」

 早速聞こえてきた“新宿歌舞伎町”という単語に興味を惹かれ、“アーベント”は中途半端だった姿勢を整えていた。

 その間にも、テレビ番組に映っている人々が思い思いに話し続けていく。

『でもこれ、全く信じられない話ですよね。大の大人を吹っ飛ばすとか、たった三人くらいで二十人以上を撃破するなんて……』

『私はもう一つの二人組の方が気になりますね。あの男女二人組、一体どうやってあの数を相手に制圧したのか……理解に苦しみます。どうなってるんですあれ?』

『私に訊かれても分からないですよ。動画の画質の問題もありますし、途中からなので前半の方は映像が無いですからね。映像の時間も夜ですし、見た感じ……(ひと)りでに男達が倒されている様にも見えますが』

 画面の一部を分割して表示されるのは、薄暗い路地。そこで無数の男達がたった二人の男女に薙ぎ倒されていくのである。

 その映像は見慣れない者からすれば非現実的で、だからこそ噴飯(ふんぱん)もので、作り物にしか見えない馬鹿馬鹿しさすら覚えるくらいだろう。

 ただしそれは、能力者を見慣れない者(・・・・・・・・・・)にのみ限った話であって。

「……百鬼(ナキリ) 護、それにヴィオレット・オーバンか」

 “アーベント”は、映像の中心――つまりは男達を面白いように薙ぎ倒す男女の正体を、輪郭だけで即座に看破していた。

『この映像に映っている人たちが何者なのか……続報が待たれますね』

『ええ。ところで、薙ぎ倒されている男達の方の身元は……』

『そちらは既に判明していて、全員が暴力団組員との情報が出ているみたいですよ』

『だとすると、この二人組、そしてもう一方の三人組は……正義の味方とでもいうんですかねえ? まだ本当のところは分かりませんが』

 コメンテーターの会話が続く限り、画面上にも乱闘の様子が繰り返し放映され続ける。丁度場面が切り替わり、筋骨隆々の大男が男三人を纏めて電信柱に叩き付ける豪快な場面にスタジオが湧いていた。

 もっとも、“アーベント”はそんなリアクションには目もくれず、映像内の人々の動きを注視していたのだった。

≪あの鬱陶しい筋肉の気配は、コンスタン何某(なにがし)……それにこの剣捌き、もう一人は毛利(モウリ)だ。あの首狩り男もこんな所にまで出張っているとは……しかし、あの三人目は目立たない動きをしている。試合巧者と言った類だが……あの男だけ無能力者か? 良くやるものだな≫

 じっと動きを観察して考察する“アーベント”は、不意に手元の腕時計型端末が着信を知らせている事に気付く。

「……応答遅れて済まない」

『あーあー、良いって事よ! で、俺が何言いたいか分かった? 分かったよな? 通話に反応するのが遅れたくらいだ、どうせニュースに視線が釘付けになってたんだろ』

「…………」

 通話相手の行動など本来分かる筈もないのに、正確に“アーベント”の状態を的中させる“ゼー”の声は、意気揚々として得意気だ。

 何もかもお見通しと言わんばかりの調子に、“アーベント”は不服そうな表情を作っていたが、それだけだ。今度は“ゼー”の話を遮るでもなく、むしろ積極的に応じていたのであった。

「昨日の夜、こんな事が起こっていたとはな」

『俺も朝、情報収集がてらテレビつけたらこれでビビったぜ。なー、やっぱメンバー全員にスマートフォンとか言うこの世界の端末を配布した方が良いんじゃねえか? 現地の情報仕入れるには一番手っ取り早いぜ』

「確かに一理あるが……格安では機密に不安があり、割高では費用が(かさ)む。それに、どれだけ高い端末を購入したとしても、所詮はこの世界の技術だ。些細なところから思わぬ情報が漏洩してしまわないとも限らない」

『そりゃそーだけどさあー……お漏らしの危険があるからトイレから一歩も動きませんじゃ、色々お話にならないでしょ?』

 笑かしに来ているのか何とも絶妙な例え話を持ち出す“ゼー”だが、それでも“アーベント”の答えは変わらない。

「駄目だ。下手をすれば所持しているだけで我々の居場所を特定されかねない代物でもあるからな。この世界での隠密行動には不向きであると言わざるを得ない」

『んじゃ、早いところこの世界の情報規格にチューニングした機材を配布して貰えないかね? いや、難しいのは分かるんだけど』

「その辺は“シュピーゲル”に一任している。それなりに苦労している様だが……その内、スマートフォンを購入せずとも情報を入手できるようになる筈だ」

『ほーん、じゃあアイツに期待しますかね。んで、話を本題に戻そうか』

 ここで(きり)が良いと感じ取ったのか、“ゼー”は話の潮目を変えるが、その軽薄な口調は微塵も変わらなかった。

『単刀直入だが百鬼(ナキリ)組の戦力状況について、“アーベント”はどう思うよ? ねえねえ?』

(かん)(さわ)る喋り方だな。しかしそれは別として……罠かどうかという点に注目すべきだろう。どっちにしろ何かを企んでいるのは間違いない筈だが」

『だよなあ。(ほう)っとくと絶対碌でもない事を引き起こすぞ。良いのか?』

「当然、良くはない。良い筈がない」

 すっかり別の話題に移ったテレビを消しながら、“アーベント”は未開封だったペットボトルに口をつける。

「奴らが何を企んでいるか……東京に出張っているあの五人が陽動でないとしたら、恐らくはこちらの研究施設を攻撃する気なのだろう」

『東京の研究施設って言うと……奥多摩のアレしかねーよな。お前が今いる所だし、増援要る?』

「こちらは警察に話を通してあるから大丈夫だ。それよりも問題は、東京に戦力が集中していると見せかけて、お前達の居る方を急襲される場合だ」

『もしかするとその両方をやってくるかもな? あーそうなると困ったなあ、お手上げだぜぇ』

 スピーカーの向こう側で、彼の同僚がケタケタと笑う。呑気にも程がある“ゼー”の態度に、しかし“アーベント”は軽く笑うばかりだった。

「その辺はお前が松ヶ崎の(えい)(もり)の部下に相談して上手くやるつもりだろう? だからお前にそれとなく指揮権を託している」

『どうせなら堂々と俺に委任すれば良いものを』

「それだと“アドラー”が煩いからな」

『違いない。それじゃあ、こっちはこっちで上手くやれば良いんだな? 隙があれば、こっちで総攻撃を仕掛けて本拠地を潰す、とか』

「好きにしろ。今の私は奥多摩の研究施設だからな。そちらの状況はお前の方が良く把握できるだろう」

『あざっすー。ま、楽しみにしていてくれって』

 声の調子からして“ゼー”は、既に何かしらの算段を頭の中でつけているらしい。相変わらずの狡猾振り、その片鱗を感じ取った“アーベント”だが、深く追及する事はしなかった。

「では、頼んだ」

『お任せあれ。そっちこそ、敵の目的が被験体の奪取だとしたら、まんまと奪われるような真似だけはすんなよ』

「……ああ、承知している」

 ぶつりと、通話が断たれる。

 デフォルトの画面表示に戻った腕時計型端末の液晶から目を離し、“アーベント”は一人ソファーに背中を預けるのだった。

「果たして、この選択が如何(いか)な結果を生むか……」

 そう独り言を漏らして、彼はまた沈黙の中に意識を沈めていた。



◆◇◆


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ