第三話 そうだ東京行こう➈
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夜の新宿歌舞伎町。
その夜景は、眠らない街と言われる通り無数の照明が宝石のように煌めいて己が存在を主張しているみたいだ。
「うっひゃー、凄いな新宿の夜景は!」
「感心してんじゃねえオーバン。ったく、お前が余計に目立つ事をしてくれたせいであんな大立ち回りをする羽目になっちまったじゃねえか」
「そうは言うがマモル、君だって最初からノリノリで男達を撃破していたじゃないか」
「ああなったら、もうああするしかないだろ。他にどうしろってんだ」
電車内で絡んで来た男と、その仲間を歌舞伎町で悉く返り討ちにした代償は、結構大きい。
それこそ、今だって眼下を走る道路に無数の赤色灯が見えるくらいだ。
「薄暗かったから良かったものの……これが昼間だったらモロ顔を撮られて全国区に拡散されるぞ」
「そうなったら魔法の事をいっそ公表して、“ノクス”と戦ってみるか?」
「誰も信じねえだろ。自暴自棄も甚だしい」
赤色灯と、サイレンの音は歌舞伎町の二か所へと集中していく。一つは当然のように俺達が巻き起こした騒動の場所へ。そしてもう一つは……。
「俺らの知らない所で別の騒動が起こってたみたいだな?」
「その様だな。血の気の多い街だ」
「今日はその一端を俺らが担ったんだが……」
周囲の中では抜きん出て背の高いビルの屋上から一望する街並みは、圧巻の一言である。新宿区外の明かりだって良く見えるのだ。
街の動きが手に取るように分かって、どこが騒々しいのかなんて、それこそ一目瞭然。
「残念だけどオーバン、今日はもう新宿観光は諦めるしかないぞ。しょうがない」
「ええ? まだ一時間も経ってないのに……」
「新宿の二か所に警察がぞろぞろ集まっていて、しかもその片方は原因が俺達だ。こんな有様であの街をうろついてみろ、どうなるか分かったもんじゃない」
もしかしなくても、俺達の顔がある程度割れてしまっている可能性が高いのだ。ここでさらに目立ちかねない真似をするメリットなどある筈もなかった。
「とにかく、もう迅太郎さん達にも連絡しとくから、俺らは俺らで先に宿へ帰るぞ」
「えーーーー」
「そこまで言うなら置いていくけど……一人で帰れる?」
「い、意地悪だな君は!」
そこまで言われたら話を聞かざるを得ないじゃないかっ、とぷりぷり怒るオーバン。だが、そんな彼女の様子からしてこちらの言う事を聞いてくれるらしい。
「よし、じゃ駅に行くか。近道しようぜ」
「近道って……え、ま、マモル? ちょっ、ちょっと、ふぇ? ま……まさか!?」
「レッツダイビング、的な感じで」
「嫌ぁあああああああああ!?」
帰宿に関して同意を取り付けたと見做した俺は戸惑っている様子の彼女を背負うと、そのまま高層ビルの屋上から飛び降りる――。
「やっぱダイビングが気持ちいいな?」
「あばばばばばばばば!?」
高層ビルの側面に敷き詰められた窓硝子が早送りで流れて行き、ぐんぐんと街の灯りが、アスファルトが、人の群れが近付いてく。
「この、マモル! 君、君はッ、死んだら化けて出てやるぞっ!?」
「えー、何だって?」
強烈な風切り音のせいで、オーバンの声は何だか聞こえ辛い。ま、そもそも聞く気も無いのだが。
今もぎゃんぎゃん騒ぐオーバンの言葉に一切合切無視をして、俺は赤葡萄酒色の魔力をロープのように体へ張り巡らせる。
それから頭上にパラシュートの様に魔力の傘を展開させて一気に落下速度を減少させれば、自然とオーバンの悲鳴も止んでいた。
「さ、最初からこれを使っていれば良かったじゃないか!」
「最初からパラシュート開いていたら風に煽られて落下場所がズレるだろ。なるべく人目のない場所に着地したいんだから、贅沢言うな」
「そもそもビルの屋上から飛び降りる必要なんて無かったじゃないか! それこそ君の我儘、贅沢だぞ」
「お前が新宿のど真ん中で我儘言って目立つマネしなけりゃ、こんな事態にはなってないんだが?」
そもそも論にそもそも論で言い返してやって、それでオーバンを沈黙させた俺は、着地に向けた調整に入る。
当然、場所は人気のない裏路地だ。ただのパラシュートであれば微調整が難しい着地場所だが、俺の能力で作られたパラシュートならその限りではない。
仮に壁へぶつかったとしても、簡単に破れたりしてしまうような代物でも無いのである。
「ま、マモル……壁に叩き付けられるとかそういうのは勘弁してくれよ?」
「もしそうなったとしても、魔力で盾作るから平気だっての。気にし過ぎだ」
「君が気楽過ぎるのだ!」
そんなオーバンの言葉に顔を顰めながら、あっさりとアスファルトに着地した俺は、展開させていた魔力を霧散させる。
「ほら、着いたぞ」
「ま、待ってくれ……ちょっと、腰が抜けて」
「情けねーなオイ……」
「誰のせいだと思っているんだ!?」
若干涙目で俺を睨み付ける彼女に苦笑を返しながら優しく降ろしてやれば、彼女は建物の壁に寄り掛かって膝を震わせていた。
それがおかしくて、今度は失笑が漏れだす。
「生まれたての小鹿みたいだぞ」
「……全く、趣味が悪いな君は」
恨めしそうな彼女の言葉に、しかし何か言い返すよりも先にポケットに入っていた携帯端末が着信を知らせる。
「……もしもし迅太郎さん?」
『ああ、若? いや、ちょっと申し訳ないんだが、想定外の事態が起こっちまってな。俺らはもう宿に帰ろうと思うんだが……若はどうする?』
「迅太郎さん達も? 実は俺らも色々あって、これから帰ろうと思ってたところなんだけど」
電話の相手である迅太郎さんの話に、偶然を感じずにはいられない。
何にせよタイミング的に丁度良いので、このまま駅前で落ち合って一緒に宿まで帰れば良さそうだ。
『んじゃ、今から俺らも駅前に向かうから、若もちょっと待っててくれ』
「おっけ。でも迅太郎さん達が急に帰ろうだなんて……何かあった?」
俺達も人の事を言えた立場ではないが、それでも気になる物は気になるのである。敢えてこちらの事情には触れずに事情を訊ねてみれば、迅太郎さんはやや気まずそうに語ってくれた。
『ああ……実は、何やかんやあってぼったくり店の連中と派手に喧嘩しちまってさ。警察まで来ちゃって、もう大騒ぎ。面倒事になる前にズラかろうって寸法よ』
「…………」
もう一つの騒動の犯人お前らかーーーーい!
自分の事は棚に上げて、危うくそんな事を叫びそうになる。けど、それは飲み込んで、代わりに溜息を吐き出していた。
「……あっちの騒ぎは迅太郎さん達が犯人だったのか」
『あっちって……え、若は何か知ってんの?』
「まあ。新宿で同時多発的に事件が二つ起こってたみたいでさ。その一つがまさか迅太郎さん達だったとは」
偉そうにそんな事を言っているが、もう一つの騒動の原因は俺達である。正直、人の事は言える立場じゃないのは承知している。
「こーゆー事態になった以上は仕方ないし、迅太郎さん達は途中で警察とかに見つからない様に注意してくれよ?」
『無論だぜ。じゃ、また駅で』
「ん」
通話を終え、深い溜息を吐きながら夜空を見上げれば、黙って通話を見守っていたオーバンが俺の服の裾を引く。
「で、何の話だったのだ?」
「迅太郎さん達も、観光を切り上げて帰るってさ。俺達とは別件で揉め事起こしたらしい」
「ふむ……ひょっとして百鬼組って、血の気が多いのか?」
「かもしれないな」
何なら今更なのかもしれない。
我ながら随分と百鬼組の価値観に毒されているなと、思わず自嘲が漏れ出していた。
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