第三話 そうだ東京行こう⑦
「ちょっとそこの君、何してんの?」
「え?」
「こんなところで、電柱にしがみ付いた小さな女の子と引き剥がそうとしてるけど、誘拐とかじゃないよね? 仮にそうなら犯罪だよ?」
背後から掛けられた声に振り返って見れば、そこには二人の警察官が険しい表情で俺を睨みつけていたのである。
「君、名前は? 住所は? というかちょっと署まで同行してくれる?」
「…………」
いうまでもなく、これは俺が犯罪者と疑われているシチュエーションである。客観視すれば強面で大柄な俺が、エキゾチックな顔立ちをした少女を電柱から引きがそうとしているのだ。犯罪臭を嗅ぎ取ったとしても当然の話であった。
……が。
「今そんな事はどうでも良いんですよ!」
「いやどうでも良くないよ!?」
粘り強いオーバンの抵抗に苛立ちを募らせていた俺は、そんな警察の追及を突っぱねた!
もっとも、その程度の突っぱねで引き下がる警察ではなくて。
「君、その女の子から手を離せと言っているんだ!」
「駄目なんすよ、こいつをここから引き剥がさないと!」
「だから、それはどうしてなのかな!?」
オーバンを引きがそうとする俺を、警察官二人は引き剥がそうとする。そんな訳の分からない混沌とした状況の中で、俺は聞かれた事に答えていた。
「こいつがこの先の道を進みたいって言って聞かないんです! 色んな観点から宜しくないじゃないですか!」
「え、この子がこの先に進みたいって言ってるの? マジで?」
「普通逆じゃないのかね?」
当然のように、俺の釈明に警察官が耳を貸してくれる事はない。尚も、彼らは俺をオーバンから引き剥がそうとしていたのである。
「見苦しい嘘なんてついていないで、早くその子から手を離せ!」
「嘘じゃないんですよ!」
「嘘を吐くな! こんな小さな子が歓楽街を見て回りたいって言ってここまでごねる訳あるか!」
「そうであったら良かったんですけどね!?」
余りにも異様な有様を目にして、通行人の耳目はいよいよ集中して、多くの通行人が足を止めていた。
「何々、何が起こってんの?」
「良く分かんねえけど、誘拐?」
「だとしても状況がカオスすぎるのでは?」
聞こえてくる野次馬の声からして、恐らく動画も撮られているのだろう。けど、そちらに目を向ける余裕もない。
気を抜けば警察二人に引き剥がされそうで、俺は必死にオーバンを掴む手に力を込めていたのだった。
「君、これ以上抵抗するなら逮捕も辞さないぞ!」
「だから嘘じゃないんですって! オーバン! いい加減引き返すぞ! 何でわざわざこの先に進もうとするんだ!?」
「別に良いじゃないか! 私は歌舞伎町のこの道の先がどうなっているか、是非ともこの目で見てみたいのだ!」
「ほら聞きましたか!? コイツマジでこの先に進もうとしてるんですよ! 引き剥がすべきがどちらか、分かったでしょ!?」
「強面の言葉なんざ信じられるか!」
「警察官としてあるまじき言動!?」
この期に及んで俺の言い分を認めてくれないのか――と思ったが、そこで二人の警察官は俺から手を離す。
「……この様子だと本当、なのか?」
「だから最初からそう言ってるじゃないですか!」
ここに至ってようやく信じてくれたらしい二人の警察官だが、そんな彼らに感謝の言葉を送る余裕は俺に無い。
「おら、帰るぞオーバン!」
「いーやーだー!」
「この……強情が!」
「ひぇ!? あ、ちょ、まっ、マモル……擽るのは、駄目だ!?」
アプローチを変えて彼女の脇腹に手を伸ばしてやれば、オーバンは不意を衝かれたらしい。それだけですんなりと彼女は四肢を電柱から引き剥がしていた。
そして彼女を肩に担いだ俺は、警察官二人に微笑んで一言。
「では、お仕事ご苦労様です」
「あっ、待ちたまえ君達! こら!」
脱兎の如く駆け出して人混みを掻き分ける俺の背に、警察官は追い縋ろうとしていたが、そうはさせない。
人の隙間を縫ってあっという間に彼らを撒いた俺は、人気のない路地で担いでいたオーバンを降ろしていた。
「何とかなったな……」
「私の要求を無視しておいてよくそんな安堵の溜息が付けたものだな! 酷いじゃないか!」
「酷いのはお前だ。余計な抵抗したばかりに、言ってる傍から注目されたじゃねえか。確実に今のも動画に撮られて拡散されるぞ」
頭を抱え、溜息が漏れる。おまけに気のせいか頭痛までして来た。それもこれも今目の前にいる灰髪の少女のせいだ。
宿に戻ったら何かしらの制裁を貸してやる必要があると心に決めていた、そんな時である。
「よぉ、こんな所で会うなんざ奇遇だな?」
「……?」
聞こえてきた複数の足音と、しゃがれた人路の男の声。どちらも身に覚えがなくて、俺は怪訝そうな顔をしながら声のした方へ目を向ければ、そこには十数名の男が道を塞ぐように立っていた。
彼らの視線は明らかに友好的なものとは言えなくて、だからこそ俺は表情を険しくしながら問う。
「……何だ、アンタら?」
「何だじゃねえよ。お前、この俺にやった事をもう忘れたのか? お礼はしっかりしてやらねえとだろ?」
「アンタは……ああ、電車の。けちょんけちょんにしてやった割りに元気そうだな」
少し記憶を漁って、すぐに検索結果が脳裏に表示される。誰かと思えば電車で酔っ払って煙草を吸って、挙句は俺に絡んで来た男だったのだ。
そんな彼は先頭に立つ、いかにもその道の人間の横で、俺を指差していた。
「ざけんなよ! 俺をこんな目にした事、何倍にもして返してやる。今になって泣いて謝ったところで許しゃしねえぞ」
「それでこれか……御苦労な事で」
人気のない路地だ。人をボコボコにするには丁度良い環境だと踏んだらしい。おまけに、路地の後ろからも男達が湧いて出ていて、退路も塞がれている。
完全に袋の鼠だ。男達もその事を理解しているから、勝ち誇った笑みを浮かべて徐々に包囲を狭めてくるのだった。
「そっちの女は……どっかの泡にでも沈めるか? その前に味見しても良いっすよね?」
「味見は好きにしろ。が、ありゃどう見ても幼い。泡に沈めるのはリスキーだな。もっと裏の方が良いかもしれねえ」
下卑た視線が、オーバンに集中する。彼女の見た目も悪くないだけに、余計に目を引くのだろう。
もっとも、当の彼女はそんな視線にすら気付いた素振りは無く、呑気に訊ねて来るのだが。
「なぁマモル、泡って何のことだ?」
「俺も良く知らん。けど、碌なことじゃないんだろってのは分かる。捕まりそうになったら全力で抵抗して良いぞ」
「捕まりそうって……所詮はこの人達も数しかいない一般人じゃないか。全力を出すまでもない気がするがね」
オーバンの言う通り、前後から挟み撃ちを仕掛けているこの集団に、能力者の気配は欠片もない。
普通の喧嘩であれば頭数の差は致命的なものである筈だが、生憎と俺とオーバンも能力者である。この程度の数では負けるとも思えなかった。
「見た感じ、周囲に監視カメラもない。いや、あったとしても壊して証拠隠滅だな。殺さない程度に手加減するんだぞ」
「言われなくとも。マモルこそやり過ぎるなよ」
背中合わせにその遣り取りを交わして、俺は周囲に赤葡萄酒色の靄を展開させ、オーバンは空中に礫を生成する。
「……え?」
それを目にした男達は、一瞬にして間抜け面を見せていたが、彼らが動揺から立ち直る暇なんて与えない。
「この程度の数じゃ、俺らを相手するには焼け石に水だ。残念だったな」
「ど、どうなって……!?」
「喧嘩売る相手を間違えた事、悔やんでろ」
とても喧嘩とは呼べない、ただの蹂躙が始まった。
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