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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第八章 アメリカン・ロビン=フッド㊦
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第三話 そうだ東京行こう⑥

◆◇◆



 迅太郎さん達を別れて、当然俺はオーバンと二人きりとなる。そのまま互いに無言で新宿を巡るのもつまらないので、俺は個人的に気になっていた事について口にしていたのだった。

「それにしても、意外とすんなり東京に入れたから拍子抜けだな。“ノクス”とかが警戒網を敷いててもおかしくないと思ったけど」

「奴らの動きを完全に把握するのは向こうでも不可能だろうさ。現に、私達はプサッフォーの能力を使って家から松ヶ崎中央駅まで瞬間的に移動しているくらいだ」

 アスファルトが、鉄筋コンクリートが、周囲の喧騒を反射する。

 擦れ違う人の肩がぶつかる、とまではいかないにしても相当に人で埋め尽くされた夜の歌舞伎町は、それだけでも俺に疲れを誘うものだ。

「俺らだって、オーバンのお陰で魔力に反応するセンサーを松ヶ崎全域に敷設してる訳だし、向こうも似たような事をしててもおかしくないんじゃねえか? だとしたら、俺らが東京に出現した事を掴むのだってそんなに難しくない筈だぞ」

「何だ、マモルは“ノクス”に見つかりたいのか?」

「そーゆー訳じゃねえけど」

「君が不安になる気持ちも分かるが、仮に向こうが私達の動向を掴んでいたとしてもすぐに何かを仕掛けてくる事はないのではないか?」

 その理由はお前も知っている筈だろ、とオーバンは視線だけを俺に向けていた。無論、そんな彼女の言外の問い掛けを即座に肯定する。

「東京の新宿なんていう大都市のど真ん中でびっくり魔法戦争をやったら、それだけで注目の的だもんな。“ノクス”や警察の連中も流石にまだその辺は(おおやけ)にはしたくないってのは分かるけど」

「まだ何が気になるというんだ?」

「こっちの動きを看破されていたら、罠張って待ち構えられるんじゃねえかなって思うだろ?」

「敵の裏をかく話か? だとしたらマモルは人選を間違っているぞ。私は(はかりごと)にとんと疎い人間だからな!」

「それは自慢してるつもり?」

 ぺったんこでちんまりした胸を「えっへん」と張り出したオーバン。特に視線を奪われるようなものも何も無いので、そちらには一瞥(いちべつ)だけくれてやってから視線を正面に戻していた。

「っても、オーバンから真面(まとも)な計略についての話が出てくるとは思えないのは承知の上だけどな」

「私を馬鹿にしているのか?」

「むしろ褒められる要素がどこにある?」

 若干立腹した様子を見せるオーバンだが、その抗議をちゃんと受け止めてやる義理も何も無かった。

 それよりも、だ。

「…………」

 享楽的な街の気配は、余り馴染みのない人間にとってみれば刺激の強いもので、同時に言いも知れぬ気恥ずかしさすら込み上げてくるものだ。特に今は、腐っても異性である同世代の少女――オーバンと並んで歩いている。

 彼女の場合、普通の人間と比べて色々と考え方にズレがあるため、放っておくと何をしでかすか分からない可能性もある。余計に気を張らざるを得なかった。

「良いか、(はぐ)れるなよオーバン。もしこれで逸れる様な事があったら今後お前に首輪かけることすら辞さないからな?」

「私に首輪? ……私をペット扱いとは、もしやマモルって“ドS”という奴なのか?」

「……どこでそんな言葉を覚えた?」

 俺の記憶が正しければ、オーバンは学問以外の知識は欠落している面が多い。いや、多いなんてものではない。これくらいの年齢なら知っていてもおかしくない事を知らないのだ。

 だというのに、彼女が“ドS”なんて言葉を知っている事に違和感を覚えたのだが――。

「どこで覚えたも何も、プサッフォーが教えてくれたぞ。ちゃんと動画まで見せて懇切丁寧に解説してくれた」

変態女(あいつ)か」

 妖艶な笑みを浮かべる褐色肌の美女の顔が脳裏に浮かぶ。納得の犯人である。

 恐らくこの分だと、他にも碌でも無い知識を吹き込まれている事は疑いようがなかった。けど、面倒臭いし怖いのでそれ以上聞き出す事はしない。

 というか聞きたくないので、俺は積極的に話題を切り替えていくのだった。

「オーバンは歌舞伎町の何が見たいんだっけ?」

「前にも少し言ったと思うが、ゲームで見た街並みを観光できればそれで。あ、それと喧嘩とか見てみたいな」

血腥(ちなまぐさ)いなお前……」

「あーあ、目の前でヤクザ同士の抗争とか起こってくれないかな」

「縁起でもないこと言うの止めろ」

 歌舞伎町が日本の中で比較的と言わずとも治安が悪いのは周知の事実だ。

 確率が低いとは言え、喧嘩が起こってそこに遭遇する確率は無いとは言い切れないのである。

「万が一巻き込まれたりしたら、それこそ“ノクス”とか警察に俺らの存在を気付かれるぞ」

「そんなものか?」

「そんなもんだよ。ほらこれ見てみろ。既にネットじゃ俺が電車で酔っ払いに絡まれた時の一部始終が拡散されてる。顔は隠れてるけどな」

「おー、一躍有名人だな」

「いや問題はそこじゃ無くて」

 緊張感も欠片もない、何も考えていないのがありありと分かるオーバンに、失笑が漏れた。

「顔隠れてるからすぐに特定される事は無いと思いたいけどな。でも、これ以上似たような動画とか取られたら面倒だ」

「自分から“ノクス”達に存在を知らしめているようなもの、か。そう言う意味では好ましくないのは分かるのだが……でも見たいな、喧嘩」

「まだ言うかこの女」

 決めた。もし目の前で喧嘩が起こったらオーバンを強制連行して撤退一択である。面倒事の芽は早めに摘んでおくに越した事はないのだから。

 と、そんな事を考えている内にオーバンが俺の服を引く。

「マモル」

「どうした?」

「街の雰囲気が少し変わった様な気がするんだ。少し人通りが減って……あの無料案内所って何だ?」

「それは俺もよく知らないけど……嫌な予感がするな」

 少なくとも、今の俺やオーバンが利用する必要はないものだろう。

「この辺は止めとこう。引き返すぞ、オーバン」

「ケチな事を言うな。私はもっとこの先を見てみたいのだが?」

「欲張るな、明らかにこの辺は俺らみたいなガキの入れる気配じゃねえって。ほら、戻るぞ」

「いーやーだー!」

「抵抗すな!」

 まったく、迅太郎さんはどうしてこんな街に俺とオーバンを二人きりで放置する選択をしたのか、理解に苦しむ。

 やはりそもそも、二手に分かれるなんて事をする必要はなかったのではなかろうか?

 帰ったら目一杯文句を言ってやろうと思いながら、嫌がるオーバンの手を引っ張るのだが、ここで彼女は予想外の抵抗を見せる。

「お前……電柱にしがみ付くな!」

「嫌だと言ったら嫌だ! 私はこの先に進みたいのだ!」

「こんなところで要らん強情さ発揮してんじゃねえぞ!」

 どうにか電柱から引き剥がそうとするのだが、右手を引き剥がしても、左手を引き剥がしても、常にどちらか片方が再び電柱にしがみ付く。更には両足もしっかり電柱をホールドしていて、引き剥がす難易度が地味に高い。

 道行く人も何事かと視線を向けて来るが、眺めるばかりで何かをして来る事も無かった。

「いい加減にしろ、オーバン!」

「いい加減にするのはマモル、君の方だぞ!」

 どう引っ張ろうとも、がっちりと電柱に捕まった彼女を引き剥がす事が出来ない。これは長期戦に突入しそうだ――と手間を考えて顔を(しか)めた時だった。

「ちょっとそこの君、何してんの?」

「え?」

「こんなところで、電柱にしがみ付いた小さな女の子と引き剥がそうとしてるけど、誘拐とかじゃないよね? 仮にそうなら犯罪だよ?」

 背後から掛けられた声に振り返って見れば、そこには二人の警察官が険しい表情で俺を睨みつけていたのである。

 ……面倒な事になったぞこれは。

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