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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第八章 アメリカン・ロビン=フッド㊦
359/565

第三話 そうだ東京行こう⑤

◆◇◆



 きょろきょろと、大の男二人は物珍しそうに林立するビル群を見上げ、そして道行く人の多さに目を(みは)っている。

「どうだい、毛利さんにコンスタンディノスさんよ。初めての新宿は?」

殷賑(いんしん)としておるのう。京だけでなく、孫臏(そんぴん)殿から話に聞く臨淄(りんし)の繁栄ぶりすら遥かに凌ぐのは明白じゃの。夜だというのにここまで人通りが多いとは……」

「夜とは普通、群盗も跋扈(ばっこ)する危険な時間である筈なのだが……どんな治安であれば女まで平然と出歩けるというのだ? しかも露出が多いぞ、()しからん」

 ビルの側面からそれぞれ飛び出した看板が各所に存在する店の存在を(やかま)しいくらいに主張して、一人でも多くの客を呼び寄せようと光を放つ。

 その下では若い年齢を中心とした男女の姿と喧騒が満ち満ちとしていて、散乱したゴミが踏み潰されていた。

「松ヶ崎が綺麗なのか、ここが普通なのか……いや、儂の観点からすれば死体が転がっていない時点で清潔だし平和じゃの」

「そんなの当たり前だっての。街のど真ん中で堂々と死体が放置されて(たま)るかってんだ」

「しかし、そこに倒れている人がおるではないか?」

 怪訝な顔をして三榊 迅太郎に問いかけるのは、大柄で筋骨隆々とした男――コンスタンディノス。彼が指差す方に一瞬だけ目を向けた迅太郎は、果たしてすぐにそこから視線を剥がしていた。

「ありゃ多分、酔い潰れてるだけだ。駄目そうなら警察が声かけるし、そうじゃ無きゃ勝手に目を覚まして帰るって」

「放置で良いのか……? 普通に危ないのでは」

「危ないは危ないが、男だしな。これが女なら流石に警察案件かも知れんが、禿げた中年のおっさんが犯罪に巻き込まれるとも思えねえ」

「……所持金を取られたりする可能性があると思うのだが」

「そこまでいったらもう自己責任だろ。警察に駆けこむなりは自分でやるだろうさ。前にも言ったが、俺らが関与する事じゃねえよ」

 先頭を歩きながらそう言い切って見せた迅太郎は、一切迷いのない足取りで新宿の街並みを突っ切っていく。

「……それで、この新宿という街を案内してくれるのは良いが、三榊殿はどこを通るつもりで?」

「そうさねえ、今は大人の男三人だけだ。ディープなところでも見に行くのも良いと思うんだが、どうだ?」

「……ふむ」

「面白いではないか」

 男三人、悪い顔をして見合っていた。





「この辺まで来ると何だか雰囲気違うだろ?」

「人通りも若干減ったかの? 看板の色も暗めだ」

「さしずめ色町(いろまち)であるか。飲み屋が建ち並んでいるのだから、近くにこういう場があっても何らおかしくない……というか、住み分けされている時点で我から見ると違和感のあるものだが」

「まー、昔なんて尚更(なおさら)酒と色町は切っても切れねえから当然だな。流石に店の中に入るのは駄目だが、見るだけでも十分楽しめると思うぞ」

 客引きの声が、コンクリートジャングルに響く。

 「違法な客引きは止めろ」との放送などお構いなしに若い男が、若い女が、道行く人に声をかけて回っているのだ。

 その声に反応する者は極少数だが、そうでなくともこの辺りを歩く者の多くは各々(おのおの)が淫靡な雰囲気を掲げる看板を(くぐ)って消えていった。

「かなり雰囲気が違うが……色町は色町だのう。まぁ、説明を受けなければこの店店(みせみせ)が遊郭だとは思えんが」

「法律上は遊郭じゃないからね」

「ほう?」

「ま、色々あんのさ。法規制の網とそれを(くぐ)り抜ける為にね」

 話せば長くなるからと、迅太郎はそれ以上の説明を敢えて割愛する。吉政もコンスタンディノスも若干気になっている様子であったが、両者とも早々に諦めていた。

 もとより、二人はまだこの国の法律に慣れていないのだ。風営法が云々かんぬんと言われた所で簡単に理解出来る道理が無かったのである。

「しかし、儂らからすれば目新しさのある街並みだが、直線の目立つ建物ばかりが続くと道に迷いそうになるの。おまけに面白味もない。割とすぐに飽きそうじゃな」

「甘い、甘いぞ毛利さん。新宿を巡るんだ、客引きの言っている内容とかに耳を傾けると面白かったりするもんだ。楽しみは自分で見つけるんだよ」

「客引きの内容……?」

「良く分からんがそんなものであるのか」

 意味が分からないと言わんばかりに首を傾げる二人は、そのまま迅太郎の先導に続いて更に人気の少ない道を行く。

 だが、そこでも当然のように客引きの姿があって、迅太郎達にも聞こえる声で呼び込みを掛けていた。

「どうっすかー? 安くしときますよお?」

「今日は晴れてて月が良く見えますよー。いかがですか、月見おっぱい」

「おにーさん、おっぱいしてきなよ!」

「……何だこれは」

 まるで脳味噌に下腹部だけがぶら下がっているとしか思えない言葉の奔流に、吉政もコンスタンディノスも表情を失っていた。

「ファイナルおっぱい一丁!」

「へーい、一丁ご案内!」

「ゴホンと来たらおっぱい散!」

「風邪ひいてんなら一発抜けば治りますって、どうっすか? ウチは万病に効きますよ、エリクサーですよ!」

「爆乳いかがっすかー! ばくにゅうううううう!」

「……これが、新宿!?」

「何と恐ろしい……」

「うーん、ツッコミが追い付かねえ。今日の新宿は調子いいな」

 戦慄する吉政とコンスタンディノス。

 その横では我が物顔で腕を組み、満足そうに頷く迅太郎。だが、彼も新宿には数えるくらいしか行った事がない筈である。なのにここまで自慢そうな顔をする事が出来る肝の太さは称賛に値する……かも、しれない。

「ぷるっぷるんですよ、ぷるっぷるん! 見に来てくださいよおー!」

「お股満足度ナンバーワン!」

「……下劣(げれつ)すぎでは?」

「少なくとも我のようなキリスト教徒の価値観とも相容(あいい)れぬぞ……これは」

「とか言って二人とも笑ってるじゃねえか」

 聞けば聞くほど意味不明な客引きの言葉は、二人には刺激が強かったのか。

 吉政もコンスタンディノスも、片手で顔を隠して肩を震わせていた。

「こーゆー訳で、客引きの言葉を聞くのは面白いのよ。一回意識したらもうヤバいでしょ?」

「……うむ」

「けど、客引きにはついて行っちゃ駄目だぞ。マジで新宿はぼったくられるから。俺の友達も昔ここでぼったくられたんだぞ」

 改めてそう注意喚起をして、迅太郎は再び歩き出す。

 だがそこで、ついて来る筈の二人の気配が続いていない事に気付いて、迅太郎は背後を振り返る。

「どうした? そっちを見て……何か見つけた?」

「うむ……まあ、そうだのう」

「ん……?」

 歯切れの悪い吉政の態度から何かを感じ取った迅太郎は来た道を戻って二人の視線の先に目を向ける。

 するとそこに居たのは、薄着をした一人の女性だった。三月に入ったとは言えまだ夜は冷えるというのに彼女は薄着であるからか、当然に体は寒さに震えていて、健気な調子で客に呼び込みを掛けていたのである。

「おい、まさかとは思うが……」

「仕方あるまい、あれを放っておくのは良心が痛む」

「いや待ってくれ毛利さん! 俺はさっきここの客引きは全員ぼったくりだって言ったばかりじゃねえか! 何を聞いてたんだ!?」

「しかし、あれを放置するのは……」

 今にも泣きそうな声で体を震わせ、今も呼び掛けをしている女性は、目の前の通行人から無視されて、伸ばした手は虚しく空を掴む。

 そこでまた冷たい風が吹き、彼女は身を縮めて寒さに耐えていた。

「あのような娘を寒空の下で放っておくのはどうなのじゃ?」

「そりゃ哀れを誘う作戦に決まってんだろ!? 普通考えてこんな寒い中を、半袖ミニスカで震えながら客引きは頭おかしいじゃん!」

 迅太郎は止めた。必死で止めた。(いさ)めた。でも、吉政もコンスタンディノスも気になって仕方がない様子で、迅太郎の諫言に理解は示しても同意はしてくれなかった。

 そして、そんな事を往来のど真ん中でやっていたものだから、当然のように人の目を引いてしまって。

「あの、どう……でしょうか?」

「む、お、おお」

「もし、良ければうちのガールズバーに……」

 まんまと薄着をした客引きの女性に目を付けられて、声まで掛けられてしまうのだった。

 しかもその声かけの対象は、当然ながら迅太郎ではなく吉政とコンスタンディノスで。

「寒い、ので……私をお店に入れさせてください」

「良し、行こう」

「無論だとも」

「ちょっと待ってくれって! だから客引きはあかんて言ってるでしょーが!」

 悲しいかな。もはやここまできてしまえば、迅太郎の声が二人に届いているとは言い難かった。

「三榊殿、財布の用意を」

「用意って……冗談じゃねえ! ガールズバーなんて例え良心的でも結構いいお値段するとこだぞ!?」

「なーに、そこまで負担にならぬよう、一杯二杯程度に留めるつもりよ」

「その一杯二杯でも割と高いって話をしてるんだけどね!?」

 心配するな、と吉政は微笑むが、そんな事で迅太郎が納得する筈もなかった。

 当たり前のようにぎゃんぎゃん文句を募る彼だったが、それを全て聞かずにコンスタンディノスが言うのだ。

「細かい事を言うでない。これも人助けと思えば……」

「ガールズバーに行った支払いを組の経費で落とせると思ってんのか!?

(をのこ)が小さい事を気にしては笑われるぞ、三榊殿」

「あー……くそ。ただし、この店頭看板に書かれている通りの値段しか払わないからな?」

 もはや何を言っても全く聞く耳を持つ気配がない二人に押し切られる形で、渋々迅太郎も入店するのだった。


――が。



「な、何だこの値段は!?」

 店内に、吉政の驚愕した声が響き渡る。

 彼が手に持つのは、ついさきほど入店したガールズバーの伝票だ。

 その横では、まだ日本語の読み書きのできないコンスタンディノスが右往左往としていて、更にその横で迅太郎が静かに頭を抱えていた。

「……だから言ったのに」

「ミ、ミサカキ殿、これは一体何が起こっておるのだ? モウリ殿は何に(いきどお)っておられる?」

「ぼったくりだよ。さっきの店先看板とか、客引きの女が言っていた提示金額と、あの伝票に記されている金額がまるで違うんだ」

「そ、それは……詐欺ではないか!」

「だから最初からそう言ってんだろ」

 何の為に入店前から諫めたのかと、迅太郎はテーブルに置かれた空のガラスコップに視線を落とす。

 そこには、空になったコップが合計六つほど。迅太郎は一切口をつけていないので、これらは吉政とコンスタンディノスと接客した女性が呑んだものである。

「会計、十六万……!? こんな馬鹿な事があるものか!」

「馬鹿と(おっしゃ)られましても、当店ではご来店いただいたお客様には全て、ご理解いただいておりますが?」

 既に店内から女性の姿はすべて消え、代わりににこやかな笑みを浮かべた男が、屈強な男数名を背後に引き連れて応対していた。

 しかし、彼らの放つ威圧感に目もくれず、吉政は文句を言い(つの)っていたのだった。

「当初聞いていた話と違うではないか!」

「看板などに記載されていた内容に嘘偽りは御座いませんが? ですから、その伝票にも掛かれているではありませんか。飲み物代などは看板の通りですよ?」

「そんな事は聞いていない! この指名料とは何だ!? 席代? 何も聞かされていない上に、これだけで十万を超えるだと!?」

 余りにも非常識だ、と吉政は伝票をテーブルに叩き付ける。それだけで応対する店員の後ろに控える屈強な男達の圧力が増したものの、吉政とて負けはしない。

「お主、儂らの事を舐めて居るな?」

「舐めるとはとんでもない。ただ、支払いに同意して頂けなければ……こちらとしても困るのですよ。手荒な真似もしたくはありませんし」

 店内でさらに膨れ上がる、剣呑な気配。しかし、それに対して吉政もコンスタンディノスも、不敵に笑い返すばかりだった。

「…………」

 店の隅に避難しているであろう女店員と思しき小さな悲鳴が、微かに迅太郎の鼓膜を揺らす。

 迅太郎も激しい武力衝突になる気配を感じ取って、手遅れになる前に口を開く。

「このままじゃ(らち)が明かない。どうだ、俺らはちゃんと飲み物についての代金を払うから、指名料だの席代だのは取り下げるって方向で手を打ってみるのは?」

「それでは話になりませんね。こちらは規定通りの請求をしているだけですから。その通りに払っていただかないと、他のお客様にも示しがつきません」

 その言葉受けて、まるで店員を煽るように店内を見回した迅太郎は首を傾げて言った。

「……見たところ、店内に他の客はいないようだけど?」

「そう言う話ではありません。物事にはしっかりと対価を払う。これは小学生でも分かる単純な話ではありませんか?」

「値段には適正価格がある。店を営んでいるのなら、それくらいは分かって貰わないと困るんだが?」

 煽り言葉には煽り言葉を。

 次第に熱を帯び始めていく空気は、衝突までのカウントダウンを行っている様でもあった。

「ですから、それが適正な価格なのです」

「話にならんな。言っておくが、俺が入店時に言った通り料金表にあるものしか払わないから、そのつもりでいてくれ」

「どうしてもご協力いただけないというのであれば、こちらにも考えがありますが……」

「奇遇だな、こっちにも考えがある」

 当初は衝突を回避しようと思っていた迅太郎だったが、もう彼自身も苛立ちを抑えきれないらしい。

 足を組み、鼻を鳴らして嘲笑しながら、財布から飲み物六杯分や、その他一般的なサービス料金に若干だけ色をつけたものを放り投げていた。

「……お客様、これは何の真似ですか?」

「料金だよ、受け取れ。少しおまけしといてある」

「こちらの請求金額に比べたら全然足りませんが?」

「ほう、だったらどうする?」

「こちらの提示した料金に、迷惑料を上乗せしたものを満額、支払う事に同意(・・)して頂かないといけませんね」

 床に散らばった紙幣には目もくれず、従業員の男が微笑み、そして立ち上がって背後を振り返り――。

「では皆さま、お客様が支払いに同意して頂けるように説得(・・)をお願いします」

「……交渉決裂。残念だ」

 一斉に動き始めた屈強な男達に、迅太郎達は不敵な笑みを浮かべながらソファーから立ち上がっていたのだった。



◆◇◆



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