第三話 そうだ東京行こう③
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「ほぉー……これが東京! しかし、思っているほどではない、か? 見た限りでは、この駅の規模は松ヶ崎中央駅より少し劣るような」
「東京とは言え多摩地区だからな。駅から離れれば住宅街が広がってる感じだ。その辺は松ヶ崎と似てるって言えんじゃねえか?」
新しい場所に足を踏み入れて、駅構内を見回し目を輝かせているオーバンの横で、俺は手元の携帯端末で地図を確認する。
しかし、それを聞いた彼女は若干残念そうな顔を見せて口を尖らせた。
「……何だか期待外れだな、それは」
「そう決めつけんな。すぐそこの東京二十三区に行けばそんな事も言えなくなるよ。っても、俺だって東京にはそこまで詳しい訳じゃないけど……」
オーバンの口振りが何となく日本の首都を馬鹿にしている様に感じられて、俺は東京に住んでいる訳でもないのに東京を弁護する。
すると、オーバンは途端に目の輝きを取り戻して言い出すのだった。
「なら、是非とも一度はその二十三区とやらに行ってみたいぞ。ここから近いのだろう?」
「ここからは確かに近いけど……俺らは東京観光に来た訳じゃないんだぞ?」
「でも近いんだろう!? なら行ってみたいと思うのも当然の話じゃないか! 折角ここまで二時間くらい電車に乗って来たのだからさ」
キラキラとした彼女の目の輝きは、一向に失われる気配がない。それどころか余計に強くなっている始末だ。
簡単には説得できそうにない様子に、俺は面倒臭さの余り溜息を溢しそうになりながら口を開いていた。
「なのなあ、オーバン。俺らは割と真面目な理由でここまで来てるんだぞ? なのに変な道草を食ってみろ、どんな不測の事態が起こるか分かったもんじゃない」
「けど、作戦の立案や決行まではまだまだ時間もあるじゃないか。それこそ今日は前泊なのだし、実質自由時間では?」
「その自由時間で迂闊な真似をされたらとんでもない事態に繋がりかねないって話をしてるんだが?」
今日は金曜日、作戦の決行は日曜日だ。準備日は一日だけだが、既に組の人間が先に諸々の下準備まで取り揃えてくれている。
俺達は実地に乗り込んで軽い偵察を済ませた上で孫臏の策に則って作戦を実行するだけ。でも、その実行するだけというのが曲者なのだ。
「例えばオーバンが慣れない東京観光に興奮して先走って、迷子になりましたーとか、事故に遭いましたーとかってなったらお前の身柄確保や安否確認で救出作戦どころじゃなくなっちまうし、戦力的にも大きな穴が開く。この重大さが分からないのかよ?」
「分かっているさ。だから細心の注意も払おう! だから私を東京観光に連れて言ってくれ! 後生だ!」
「そんな安っぽい事に後生を使うな。嘘にしか聞こえないだろが。あと駅で騒ぐな目立つから」
駄々っ子のように俺の服の裾を掴んで嘆願してくるオーバンの声は、帰宅ラッシュで人のごった返した駅構内でも良く響く。
特に近くを通る人からの視線は多く、針鼠のように突き刺さって痛い。あんまりここで騒ぎ続けると警察が駆け付けて来てしまいそうだった。
「私は東京に行きたいんだぁーー!」
「だから煩いと言ってるだろがこの阿呆っ。場所を移そう、これじゃ人目を引き過ぎる」
「賛成だな。傍から見てると、強面の若が幼気な嬢ちゃんに意地悪してるみたいに見えるぞ」
「……言われなくても分かってるよ。わざわざ言わなくて良いだろ、迅太郎さん」
ここまでの遣り取りを黙って見守っていた一行の中で、三榊 迅太郎が真っ先に俺の提案へ賛成の意を示していた。
「こっちでの塒も既に確保されてるんだ、まずは荷物をそっちに置く意味でも宿に行こう。若と嬢ちゃんも、そこでじっくり話し合えば良い。何なら赤飯の用意もしてやるから、じっくり夜戦してくれてもいいぜ」
「夜戦て……」
急にしょーもない話をねじ込んで来られて、言葉に窮した俺は乾いた笑いを浮かべる事しか出来なかった。
「夜戦とは何の事だ、マモル?」
「さーて何の事だろうな?」
「教えてやれよ若、手取り足取りマンツーマンで」
「アンタ保護者側の人間としてどうなんだその発言は」
人でごった返す駅の構内を進みながら、溜息が出た。
迅太郎さんと言えば息子も娘も複数人育てているパパの立場にある人である。なのにこの言い様とは、彼の元で育てられる子供達の将来が不安だ。
「教えてくれよ、マモルー。夜戦てなんだ?」
「駄目だ。お前にはまだ早い」
「私は君より年上だぞ?」
「年齢だけはな」
オーバンはそれ以外の全てが幼すぎる。というか常識が身についていないというのが一番適当な話だろうか。
「年齢だけとはどういう意味だねマモル!? また私をそんな子供扱いするなんて……」
「子供扱いされるような事しかしてないからだろ。特に今なんて、見っとも無く駄々捏ねてるし……」
「失敬な、私はただ目的達成の為に最短距離で行動しているに過ぎない!」
「それを子供っぽいって言うんだがな」
欲求だけを垂れ流したところで、普通ならそう簡単に受け入れられる筈がないのだ。そしてその事は、今くらいの歳であればだれであっても理解出来る話なのだが……。
「……お前に理解しろってのは、酷な話かね」
「今、私の事を馬鹿にしたなあ!?」
「はいはいそうだなそうだな。とっとと宿行くぞ。俺としてはとっとと風呂入って飯食って寝たいんだけど……」
「東京に行くんだ、勿論マモルもな!」
「……その辺は要相談だ」
背中に負っている衣類などの荷物を背負い直しながら、俺達は既に確保されている宿へ急いでいた。




