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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第八章 アメリカン・ロビン=フッド㊦
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第三話 そうだ東京行こう①

 ガタゴトと、電車は揺れる。

 車窓から差し込む赤い夕陽は、下手に直視すればしばらく目がチカチカしてしまう事だろう。

「座る席ミスったかな……」

「仕方ないんじゃないか? 私達全員が並びで座れる場所は、手頃なのがここくらいしかなかったのだから」

「それもそうなんだけどよー……」

 鬱陶しいくらいに網膜目掛けて突き刺さって来る陽光に目を細めながら、俺は車内を見回す。

 帰宅ラッシュに片足を突っ込んだ時間帯であるからか、どの車両も社会人や学生の姿が多く見受けられる。

 満員電車という程ではないにしても、ちらほらと立ったまま携帯端末を弄っている人が目についていた。

「マモル。そんなに嫌そうな顔をしなくても、夏じゃないからじきに陽は沈む。それまで目を閉じるなりしてやり過ごせば良いだけじゃないか」

「それはそれで退屈って言うか……スマホの液晶も見難(みにく)くてしょうがない」

 やむを得ず明度を上げて画面に視線を落とすが、やはり視界の端から差し込んで来る陽光がチラチラと邪魔をする。

 どうしようもない不愉快さに舌打ちの一つでも溢し掛けたが、そこでふと横から壮年の男の溜息がする。

「ふん、これだから最近の若い者は……たかだかそんな薄っぺらい板一枚に執着しおってからに。こんな者共が儂の子孫たちだとは情けない」

「そういう毛利さんもがっつりイヤホン差して音楽聴いてるじゃねえか」

 声のした方へ目だけを向ければ、そこには無線イヤホンを両耳に装着し、瞑想っぽい事をしている毛利 吉政がいた。

 生まれた時代が違うせいか、彼の座っている姿勢が非常に綺麗なので周囲と比べて若干浮いている様に見えなくもない。

「それはそれ、これはこれだ。私はこのスマホとかいう板を見る為に四苦八苦するお主の情けなさを嘆いておるのだ」

「四苦八苦はしてねえよ。てか毛利さん何を聴いてんの?」

「別に何でもよかろう?」

「いや気になるじゃん。踊念仏(おどりねんぶつ)とか?」

「あ、止めんか青二才!」

 自分が正しいと言わんばかりの吉政の態度が気に食わなくて、隙を見て彼のポケットから携帯端末を引っ張り出す。

 すると、吉政は電車内だというのに異常な慌てぶりで端末を取り返しに掛かって来るのだった。

「返せ、返さんか!」

「分かった、分かったからっ。電車内でそんなにデカい声出すなって」

 余りの剣幕に驚かされながら、俺は渋々として端末を返そうとするが、同時にその液晶画面に表示された文字を見て目を剥いた。

「も、萌えって……毛利、さん?」

「何かの?」

「いやあ、あの……萌えがキュンでトキメキがどうのこうの、みたいな曲名の表示が……」

「びぃぃぃぃくわぃえっとぉぉぉぉお!」

 俺が顔を引き攣らせながら、ついつい確認の言葉を口にした瞬間、また吉政が叫ぶ。それはもう、電車の走行音に負けないくらいの声量を出していたのだ。

「毛利さ……」

「ばっっっくおーーーーふ!!」

「車内では静……」

「しゃあああらぁあああっぷ!」

「お前が黙れ」

 もう止まらなそうなので、軽いアッパーを繰り出して強引に口を閉じさせた。そのせいか吉政は舌を噛んだらしく、口を押えて悶絶していた。

「マ、マモル? 何があったのだ?」

「色々あったんだよ、いまさっきほんの数秒の間にね」

 周囲一帯、全てからの視線が集中する中で、オーバンが怪訝そうに問いかけて来るのを、俺は愛想笑いで誤魔化した。

 だって言える筈がないのだ。まさか吉政がいかにも萌え系アニメの、女性声優が甘い声で歌い上げる曲らしきものを聴いていたとは思うまい。

 もしかしたら、そう言う独特の歌声が売りの歌手なのかもしれないが……何となくその線は薄い気がする。

「恨む(つぉ)、護……」

「電車内で騒ぐからだろ。大体、最近の若い者はとか言っておきながら何つーもん聴いてんだアンタは」

 恨めしそうな視線と共に小声で囁く吉政は、まだ舌が痛むのか若干だが呂律(ろれつ)が怪しい。

 そんな彼に一瞥(いちべつ)をくれる事も無く、俺は周囲の人たちに向けてペコペコと頭を下げていた。

「おー、若が謝ると効果(こうか)覿面(てきめん)だな。文句ありありの視線があっという間に消えていく。これが強面(こわもて)マジックか」

「その言い方止めてくれ迅太郎さん」

 物凄く楽しそうな笑みを浮かべて野次を飛ばす迅太郎さんは、しかしまだ好奇心が収まらないらしい。変わらず悪だくみをしていそうな顔で吉政に目を向けた、が。

「で、毛利さんは……ん?」

「何じゃ、急にどうしたのじゃ三榊(みさかき)殿?」

「それが……ちょっと、な」

 唐突に話が中断された事で、追及される側だった筈の吉政ですら迅太郎さんから何かを感じ取ったらしい。しきりに周囲を見回している。

 俺達は全員揃って、何事かを察知したと(おぼ)しき迅太郎さんに視線を向けていたのだった。

「……煙草(たばこ)くせえな」

「煙草って……あ、確かに。ここ禁煙の筈だけど」

 迅太郎さんが席を立って、それに続いて俺も立ち上がる。その匂いは隣の車両へ続いているらしく、ひょっこりとそちらを覗けば――。

「……うっわ」

「いかにも(やから)、だな」

 覗き見た先に居たのは、中年の男。長袖長ズボンからは、若干だが刺青(いれずみ)もはみ出していた。そんな彼は電車内で立っている人が居るというのに優先席に寝そべり、挙句に堂々と喫煙していたのである。

 顔は(あか)らで、窓の(さん)には酒と思われる缶が三本ほど置かれていた。

「酔っ払い? にしても、これはえぐいな……」

「あーあー、煙草も既に二本目か。吸い殻も放置と来たら危ないったらありやしない」

 床に捨てられた煙草はまだ煙を立てていて、暖房の風に煽られて細く白く棚引(たなび)いている。

「何じゃ、あの明らかに態度の悪い男は……気に食わんな」

「全くけしからん。我が締め上げるべきか」

「あー、落ち着いてな毛利さんとコンスタンディノスさん。ここで変に絡んだり絡まれたりしたら面倒だから。俺らの目的忘れた訳じゃないでしょ?」

 この東京行の電車に乗っているのも、そもそもは研究施設に捕らえられている綾音達を助け出す為である。

「“ノクス”や手を組んでいる一部の警察は確実に百鬼(なきり)組を監視してるんだぞ。だから俺らはプサッフォーさんの転移能力で家から駅まで移動して来たんだ」

「どうせならプサッフォーの能力で東京まで移動してしまえば良かったものを」

「転移能力だって連続使用したり長距離移動は負担が大きすぎる。疲労が蓄積して、大事な時に使えなくなったら困るだろ。つか、これは出発前にも説明したと思ったんだけど」

 こちらの動きを気取られない為には、プサッフォーの能力を上手く活用する以外に今は最適な手段がないのだ。

「分かっておるわい、言ってみただけじゃ」

「そうかい。じゃあ、ここで面倒事を起こして警察が駆け付ける事態になったりした場合を考えて、ここは大人しく下がるぞ」

()いのか? この時代の価値観にそこまで慣れ切っていない儂でも、これは行き過ぎているものだと何となく分かるものだが」

「それは鉄道会社がやるべき領分だ。必要なら警察だって呼んでくれるさ。百鬼組(おれら)の出張る場所じゃない」

 そう言って吉政を下がらせた俺だったが、ふと視線を感じてそちらに目を向ければ、よりにもよって(くだん)の男と目が合ってしまった。

 おい嘘だろ。

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