第二話 後の先➈
二十日の投稿は休みです。
◆◇◆
「……ヘンリー、ここに居たの?」
「ああ、ローダか。何の用だ?」
「あら? 用が無ければ貴方を探してはいけなかったかしら?」
廃虚然とした外見を持つ、“ノクス”の拠点。
人里離れた廃屋の内装を改築してできたそこは、外見が完全に廃屋である事も相俟って、近寄る部外者は誰も居ない。
そんな拠点の一室に、ヘンリー・ベリー・ローリーは居た。彼はベッドに腰掛け、散弾銃の手入れを行っていたのである。
「新調されたその銃……わざわざ拭いたりして手入れする必要はないって、“アドラー”が言っていなかったかしら?」
「ああ。だがこうしていると落ち着くんだ。癖みたいなもんだな。それに、手入れして布で銃身を拭いたからと言ってこの銃が駄目になる訳でもねえし」
「確かにその通りだけど、これをあの“アドラー”に見られたら、手入れは要らないと言った筈だが? とか言って怒りそうじゃない?」
ヘンリーの横に腰掛け、しなだれかかるローダは、視線を銃に向けた。
「俺らを蔑視してくるような奴の言葉を全部受け取ってやる義理はねえ。金属魔法で銃身を作り出した辺り、実力は本物なんだろうが……それだけだ」
「あちらも、私達の事を完全には信用している訳では無さそうだしね。果たして本当に、この“ノクス”に協力したら元の世界に戻れるのかしら……?」
「奴らはそう言っている。俺達にはそれを確かめる術もない。なら、それを信じるしかないだろ。どんな事をしてでも俺は戻らなくちゃいけないんだ、こんな訳の分からない世界から……!」
疑念を振り払うように、ヘンリーはその言葉を口にする。だが、その脳裏には以前交戦した吉政の言葉が過っているみたいでもあった。
そんな彼の苦悩を見抜いてか、ローダは優しく告げる。
「先住民の権利の為に……それは何も間違っちゃいない話だと思うわ。でも、だからと言ってこの世界で何をしても許される訳じゃない。無理はしないでね、ヘンリー。私は貴方と無事に生きていけるなら、それでも良いのだから」
「そんなこと言って、それで俺らが置き去りにしてしまった奴らが今頃どうなってるか……分からないんだぞ!? もしかしたら殺されているかもしれない! だとしたら、俺は俺自身がどうしたって許せねえ……!」
銃を拭く手を止め、ヘンリーは自身の頭を抱えて、元の世界に置き去りとして来た弟や、部下たちの事を思い出していた。
「そうやって悩んだって、元の世界に戻れる訳じゃない。だったら、どうやって戻れるかについて他の手を探してみるのも手よ?」
「探すって……この世界の言語も碌に喋れねえんだぞ? “ノクス”の連中が貸してくれる翻訳機でなきゃ、この国の人間との意思疎通は図れない。こんなので他から情報を集めようがないだろが。しかも、出撃の時以外はその翻訳機は没収されてるんだぞ?」
この有様ではもはや他に打つ手など無い。
そうやってうんざりした態度を見せるヘンリーだったが、ローダは目を眇めて指摘する。
「明らかに、これって私達の脱走対策と言ったところかしらね? もしかしなくても、必要以上にこの世界の人間と接触する事を避けているわ。何か知られたくない事があると見るのは自然の話よ」
「だから何だってんだ? 今の俺らに出来る事なんざ……」
投げ遣り気味なヘンリーだが、そんな彼に皆まで言わせる前に、彼女は言葉を被せていた。
「これはつまり、元の世界に戻る為に“ノクス”に協力するって話について、大いに疑念を挟む余地があるという事よ。もし私達に知られては困る事があるというのなら、私達が元の世界に戻れるという話自体が嘘である可能性だって、強まって来る」
「……!」
「鍵は……ヘンリーが戦ったって言うあの百鬼組の人間かしらね? 気になる事、言ってたんでしょ?」
「ああ……元の世界に戻る手立てはないと、あの小柄な平たい顔野郎は言ってやがった。俺らは騙されてるってな」
名前は確かモウリとかビゼンとか言っていたかなと、ヘンリーは記憶を手繰る。戦闘時で、しかも名乗りが長かったので正確な所は覚えていないが、モウリと言う名を聞き違えてはいないと確信していた。
「“ノクス”にその件について問い詰めたけど、結局はのらりくらい煙に撒かれてしまったものね。やはり、怪しいわ」
「なら、モウリやその仲間から情報を仕入れるべきだろーかね。上手く交渉できればいいんだがな」
「案外、上手く行くかもしれないわよ? マモルとか呼ばれていたあの少年、私達と前に交戦した時も殺す気は無さそうだったし……いっそ、負けたふりをして捕まってみるとか?」
冗談めかしてローダは提案する。
けれど、ヘンリーは面白くなさそうに鼻を鳴らしていた。
「それで万が一、“ノクス”以上に碌でも無い連中だった場合どうする? 今は行動に自由はないが、体を拘束されている訳じゃねえ。これが今以上に酷くなったら、もう目も当てられないぞ」
「例え演技でも、もう負けるような事にはなりたくないという事かしら?」
ヘンリーの顔を覗き込み、悪戯を思い浮かべた子供のような笑みを浮かべるローダ。対して、ヘンリーはぶっきらぼうに応じていた。
「俺はあくまで危惧しているだけだ。的外れな指摘を得意気になってやらないでくれ」
「そんな事を言って、顔を逸らしてむくれないでよ。図星を衝かれたのが悔しい気持ちは分かるけれどね」
「……どうとでも言え」
視線を逸らしたまま、ローダに一切顔もむけないヘンリーは、そう言うのが精一杯だった。
「……こちらに対する猜疑心が膨らんでいる、か。まあ、それも無理ないわな」
「急に何の話だ、“ゼー”?」
ソファーに腰掛けペンを握る緑髪の男に、コーヒーの入ったマグカップを持った男が背後から話しかける。
「んー? 助っ人二人の話だよ。聞き耳立ててたの」
「悪趣味な」
「何とでも良いたまえ“シュピーゲル”。俺はこの“ノクス”って組織の任務達成に向けて、出来る事をやっているのさ」
しゅるしゅる、と微かな音を立てて蔓がゼーの手元へ引き戻されていく。その様子はまるでロープを手繰っている様でもあったが、違う点とすれば蔓が独りでに動いている事であった。
「その蔓で、どうやって盗聴するんだ?」
「盗聴は人聞きの悪い。俺はあくまで蔓が空気の振動を感知して揺れたのを、事細かに分析して音として書き起こしているに過ぎないんだぜ?」
「聞き耳立ててたって自分で言ったくせに、今更になって言い回しを変えるな見苦しいぞ」
顔を顰め、呆れた調子で開いていた席に腰掛けた“シュピーゲル”は、脚を組んでからコーヒーに口をつけていた。
「……で、何が分かったんだ?」
「あれれー、気にしちゃう? 気になっちゃうの? 悪趣味なこと、気になっちゃった?」
「茶化すな、今は真面目な話をしている。何か重大そうな事があったんだろう?」
「ああ、まあね」
すっかり書き上がった走り書きに視線を落とした“ゼー”は、改めてその羅列を一から黙読した。
「“アーベント”にも報告、した方が良いだろうなコレ。あー、めんどくせっ」
「そんなに重大な事なら面倒臭がっている場合じゃないだろ。とっとと“アーベント”から指示を仰ぐべきだ。何なら、俺の方から伝えといてやるぞ?」
「んー、どうしよっかねえ……」
頬杖をついて走り書きを読み終えた“ゼー”は、その紙を黙って“シュピーゲル”に差し出した。
「一々、東京に出向いた“アーベント”に伺い立てるのも手間だ。こっちの方で何とかしちゃった方が楽かもしれねえわな」
「……事後報告で済ます気か? 後で“アーベント”から大目玉喰らう様な真似だけは勘弁してくれよ?」
「そりゃよっぽどの失敗でもしない限り大丈夫だろ。アイツだって、東京にいるから指示に遅れが出るのは承知しているし、だからある程度はこちらの裁量で動いて良いってお墨付きも貰ってる」
「確かにそうだがなあ……」
「なーに、大丈夫だ。俺に任せとけって話ヨ」
口端だけを吊り上げた不気味な笑みを浮かべ、“ゼー”はソファーから立ち上がっていた。
【幕間】
吉「東京か……かつては片田舎でしかなった江戸が、今や日ノ本の中心となっているとは」
護「毛利さんが居た時代だと、都って言ったら京だもんな。でも天皇だって今や東京にいるんだぞ?」
吉「天皇陛下までもが……時代とは変わるものだな。江戸の徳川が天下を取った事が、長い歴史の中でこんなにも変容を生むものかのか」
護「時間が経てば何だって変容するだろ。因みに、毛利さんは東京行ったらどこ行ってみたいとかある?」
吉「東京で行ってみたい場所……江戸であった頃は特に目立った名所が無かったから、儂としては良く分からんな。護のお勧めは何かあるかの?」
護「皇居とか、浅草? 俺もあんまし東京に行く用事ないし、そこまで魅力を感じないと言うか……」
吉「儂が元の時代に居た時は、都と聞いて心躍らぬ若造は居なかったというに……お主はそこまで魅力を感じられないものなのか?」
護「まー、今は情報とかポンポン手に入ってくる時代だし、そこまで魅力を感じる機会はない、的な。後は単純に東京まで遠い」
吉「遠いとな……しかしここから東京まで電車で二時間そこらで着くのなら、十分に速い話だと思うが」
護「そりゃ安土桃山の人間からすればそうだろうけどさ。あ、そう言えば毛利さんの時代にもあった観光名所、一つあるよ。今さっき思い出した」
吉「ん? 試しに言ってみるが良い」
護「平将門の首塚」
吉「何故よりにもよってそれなんじゃ……」




