第二話 後の先③
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「さて、今頃は百鬼組で家宅捜索が入っている頃だな」
「何か見つかれば良いですが……色々と無理をしてねじ込んだのでしょう? 証拠固めも追い付いていないのですから、もしかしたら何も見つからない可能性すらあると思いますが」
無機質で直線的なそこは、硬質な廊下がコツコツとした足音を響かせる。
煌々(こうこう)と灯る蛍光灯はそこを通る二人の男を頭上から照らし、まるで地下通路のように窓の無い廊下をどこまでも示していた。
「何も見つからない、だと? そんな馬鹿な事があるものか。この前の研究施設襲撃で、約十人もの検体を盗み出した連中だぞ。そいつらの行方が一人として知れない以上、百鬼組が匿っている可能性が高いのだ。探し回れば必ず見つかる筈なのだよ」
「確信するには早いかと思います。百鬼組に外部の協力者がいればその理論は破綻してもおかしくない。実行へ移す前にそう諫言申し上げたではありませんか」
尊大な事を言い放ちながら先を歩くのは、神経質そうな顔立ちをした眼鏡の男――榮森 晋太郎。そしてその後ろに続くのは、銀髪三白眼の彫深い顔立ちをした大柄な男だった。
先を行く榮森は若干不機嫌そうに背後へ首を巡らせ、言う。
「まだ口答えするか“アーベント”。情報収集などと生温い事を言ってやってては間に合わんのだ。拙速を尊び行動せねば、より隠匿されてしまう可能性だって高くなる」
「それは違います。既に、我々と警察が手を組んでもここまで手古摺らせるような相手です。その程度の隠匿など連中にしてみれば造作もないでしょう。だからより証拠を固めてから行動したほうが、強力な一撃に繋がるのです」
「煩いぞ。既に実行された事に関してグジグジ言わないで貰おうか。どの道、この世界での物事の決定権は私の方にある。所詮、貴様はこの世界の人間ではないのだから、不慣れな事に口を挟むべきではない」
始めから聞く耳を持たない態度でそれだけ告げた榮森は、更に歩く速度を上げた。それは面倒な“アーベント”の言葉から少しでも遠ざかろうとしている彼の心理が発露した出来事でもあると言えるだろう。
もっとも、その程度で“アーベントが”突き放される筈も無くて。
「あくまでもそう仰るのなら、対等な関係である私からそれ以上の文句は言えません。しかし、それで何か面倒事が起こった時、巻き込まれるかも知れない我々の身にもなって貰いたいですね。協力関係にあるという事は互いの利害関係が一致しているという事なのですから」
「持ちつ持たれつというものだ。その代わり、貴様らに何かあればこちらからも助力は惜しまないつもりだとも」
「……頼もしい話で」
表面上、そう答えながら“アーベント”は冷徹に榮森の腹の内を分析していた。
――これも所詮は口約束でしかない。こちらが弱みを見せればそれに付け込んで、私達全員を捕縛、実験体とするくらいの事はやりそうだな、と。
どこまで行っても、警察と“ノクス”の関係は利害関係が一致しているだけの、その場限りの関係なのだ。本質的な目的はそれぞれ別にあって、いつまでも手を組んでいる事など出来はしない。
「手を切るタイミングは慎重を期さねばな」
「何かつぶやいたかね、“アーベント”?」
「取るに足らない事です。それよりも……ここですか。実験場は」
「ああ。今も無能力者――ただの人間にどうやったら能力が発現するのかについて、実験が続いている」
榮森が液晶画面に暗証番号と眼の光彩、更には指紋まで提示して漸く入室を許可されたのは、廊下の突き当りだった。
そこに“アーベント”もまた続いて入室すれば、入口から見て左手側が巨大な硝子によって仕切られている。
「被験体名、美才治 綾音。“アーベント”も知っての通り、百鬼 護の幼馴染だ。今のところ、彼女も能力が発現する気配はない」
「際限なく高濃度な魔力を浴びせ続ける事で、無能力者に起こる身体的な変化……何も変わらずですか」
分厚い硝子一枚を隔てて、同じくらいの目線に一人の少女が立っている。彼女は質素な貫頭布に身を包み、腕には実験体である事を示すタグと、バイタルを計測する為のコードが取り付けられていた。
映し出される心電図は少女の緊張を示すようにやや早目の拍動を示していたが、彼女は強い意志を示すように榮森や“アーベント”と言った面々を睨み据えていたのだった。
「……まだ抗う意思を持つとは。もっとも、こうなった以上は何も出来まい。ところで榮森課長、既に確保した能力者達の方はどうです? ここ数日、私は実験の方の成果に目を通す暇もなかったもので。魔法に造詣のある者として、進捗を確認しておきたいと思いまして」
「良いだろう。そこの研究員、“アーベント”に見せてやれ」
「は、はい!」
“アーベント”無くしては魔法に関する研究は進まない。それは榮森もこの場にいる研究員も良く知っているから、彼にこれまでの研究資料を見せる事に躊躇など無かった。
もっとも、提示された資料は一部がアーベントにも知られぬように抹消されているのだが、彼はそんな事はとうに看破していた。
看破した上で、何も言わないのだ。どうせこの世界は魔法の事を殆ど知らない場所なのだから、彼らにしてみれば革新的なものであろうとも、”アーベント”にしてみれば大した事はない、と。
「こちらのマインドコントロールは正常に……手懐ける方は上手く行ったみたいですね。薬物投与まで行ったのですか?」
「そうすれば万が一にも反抗出来なくなるだろう? 我々には向かえば薬物が手に入らなくなるとなれば、能力者どもも私達に従わざるを得ない」
「まるで動物園で飼われている獣のようですね」
それは、普通の価値観を持つ者であれば嫌悪感を抱いてもおかしくない内容が羅列されていた。
けれど“アーベント”がその程度で眉の一つも動かす事は無くて、更に資料を読み込んでいく。
「心臓発作……結晶化した魔力の大量摂取か。随分と無理な実験をしたものだな?」
「何分、未知なものでして……」
「無理もない、魔力の過剰摂取による死亡事故は私の世界でも起こるからな。何せ、致死量が人によって違うのだ。この無茶な魔力摂取で能力を発現させる者も居るからな」
無感動に、淡々と資料に目を通しては所見を述べていく“アーベント”。そんな彼に、この場の研究員は視線が釘付けになっていて、ほんの少しの情報でも聞き逃すまいと耳を傾けているのだった。
「あの、“アーベント”さん。もしよろしければもっと魔法について理論的な部分を教えていただけたら嬉しいのですが」
「研究者の血が騒いで仕方ないか? だがそれは出来ない。この世界と私の世界とでは物理が違うのだ。元と魔法が存在しないとされる世界と、最初から魔法の存在した世界なのだから当然だがね。私の世界の知識を語って、変な先入観を持ってしまっては、新たな発見の妨げとなってしまうだろう?」
目を輝かせて教えを乞うてくる研究者に、にこやかな笑みを浮かべてやんわりと拒否の意を示してやれば、研究者はがっかりしながらも納得したのか大人しく引き下がった。
その様子を横目で眺めていた榮森は鼻を鳴らしながら口を開く。
「相変わらずの秘密主義か。少しくらいはこちらの世界の人間に魔法の事をもっと教えてくれてもいいと思うが……毎度、その断り文句ばかりでは貴様も疲れるだろう?」
「榮森課長……ですが、私は一度に新たな力を扱う知識を与えすぎる事を危惧しています。下手をすれば、この世界に大いなる混乱を齎しかねない。故に、この世界の人に、この世界での魔法を発見して貰う方が良いと考えています」
タブレット端末をスライドして研究資料を読み込みながら答える“アーベント”の言葉を、榮森の失笑が遮る。
「御大層な事を言う。迂闊に魔法に関する情報を流したくない、技術的優位性をそちらの世界が確保したいだけだろう? 気付かないとでも思ったか」
「手厳しい事を。ですが、いま研究者に伝えた事に嘘はありません。知識ばかりが先行して実際が空っぽでは、思わぬ失敗を生み出しかねませんからね」
「どうせなら、もっと魔法に関する知識を与えてくれた方が研究もより効率的になってくれるものだが。それでも駄目と言うのかね?」
「……残念ながら」
言外に強烈な圧力をかけられたとしても、“アーベント”はタブレット端末から視線を放さず、堂々とした態度も崩さない。
榮森からの圧力を柳に風と流した上で、ふと視線を持ち上げたのだ。
「それにしてもこの少女、ずっと魔力濃度の高い場所で生活させられていて、だというのに何故ここまで何も異常が起こらない? 普通なら体調に何かしらの変化が起こってもおかしくない頃だが……」
「そんなもの、私が知る筈もあるまい。むしろ、“アーベント”の方がこう言った事には詳しくないとおかしい話だぞ」
「先にも申し上げましたが、ここと私の世界とでは魔力の存在に関して、圧倒的な差異があります。だから、こんな事態に遭遇するのだって私も初めてなのです」
硝子越しに睨みを利かせている少女へ視線を向け返す“アーベント”は、ひっそりと好奇心の炎を燃やしているみたいだった。
もはや周囲の事など耳に入った様子もない彼の横顔を認めた榮森は、不愉快そうに顔を歪める――が、それについて文句を言うよりも先にポケットの携帯端末が着信を告げていた。
「……私だ、どうした? ……それは……どういう事だ!?」
不機嫌さを滲ませたまま電話を取った榮森だったが、スピーカーの向こうから聞こえて来た報告に、目を剥いていて――。
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