第二話 後の先④
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百鬼家。
警察の家宅捜索が行われているその一室で、“アドラー”が苛立ちを発散させていた。
「ええい、何故だ、どうして欠片も見つからない!?」
「ご納得いただけたかな? ウチは法律に反するような事なんて何もやっちゃいない。片付けはこっちの方でやっておくから、とっとと帰ってくれると嬉しいんだが?」
畳の上にぶちまけられた衣服や日常用品などを見渡して、百鬼 真之は眉間に深い皺を刻んでいた。
誰が見てもそれは露骨な不機嫌さを滲ませていて、“アドラー”の周りにいた警察官の中には気圧される者もちらほら。しかし、当の“アドラー”本人は変わらず苛立ちを発散させ続けていた。
「ふざけるな! 何だその態度は!? 片付けを我々にやらせず、とっとと追い返そうとするなんざ、やっぱり何か隠してるんじゃないのか!?」
「そう思うならまだ探せば宜しい。だがそうすると、更に家が散らかってしまってね……片付けるのも手間なんだよ。だから、これ以上お店を広げるのは勘弁して貰いたい」
「そうやって疚しいものを隠し通そうとしてもさせねえ! 探せ、クローゼットから取り出した衣服の、その中までもう一度探すんだ!」
「……やれやれ、思った以上に頑固だな」
処置なし、と言わんばかりに肩を竦めて溜息を吐いた真之は、これ以上アドラーを説得する気も無くなったらしい。一人の壮年刑事に足を向け、口を開いた。
「首尾はどうだ、吉門係長殿?」
「見ての通りだ。……係長にもなって、部外者を組み入れた家宅捜索隊で百鬼組へ乗り込む羽目になるとは思わなかったぞ。しかも、この様子だとどう見ても空振りだ」
「だろうな。ウチは何度も言っているが潔白でやってるんだ」
「よく言う。バレなきゃ犯罪じゃないを地で行くような組織のくせに」
吉門の口から、失笑が漏れる。それから彼は捜索の手を止めると立ち上がり、真之を真正面から見据えるのだ。
「……今度こそ答えて貰うぞ。お前ら、何を隠してる? 何に関わって、何に巻き込まれてんだ? ハッキリ言ってこの状況、異常以外の何物でもないぞ?」
「ああ、そうだな……」
「また白を切るつもりならそうは問屋が卸さねえ。これ以上隠し事を重ねるってんなら、俺にも考えがある。本格的にお前らの事を、探らにゃいかんからな」
「それは困る。主にお前とその部下がな」
「……どういう意図を孕んだ言葉だ、それは?」
暗に自滅するぞと告げる真之の言葉に、眉根を寄せた吉門は低い声で詰め寄る。
それに対して薄く笑った真之はと言えば、吉門にだけ聞こえる声量で答えるのだ。
「ここ最近、この街を騒がせているのは……魔法って奴が絡んでるのさ」
「……はぁ?」
「事ここに至っては、もうお前に隠し続ける必要もあるまい。吉門だってその尻尾を何度と目撃しているんだろう? 知らないとは言わせないぞ」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔を三秒ほど晒す吉門。それは、真之の言っている言葉に対して全然理解が追い付いていないという事を示していた。
「いつまでそんな間抜け面を晒しているつもりだ、吉門? お前が知りたくて知りたくて仕方なかった事なんだぞ?」
「ま、待て、そうは言っても……お前、今なんて言った?」
「だから、魔法だ」
「何が!?」
「ここ最近、街を騒がせている原因さ。その様子だと、警察内でも知っているのは穏当に極僅かと言ったところ……下っ端は命じられるがままに、だな」
孫臏の読みは見事に的中していると、混乱の極致に達している吉門を眺めながら確信しているらしい真之。
が、そんな彼の納得している素振りが何の事か分からない吉門は混乱から立ち直って疑問を噴出させていた。
「お前……どこまで、どこまで知ってる!? 吐け、吐きやがれ、知ってる事全部吐きやがれッ」
「落ち着け。こんな場所で長々話す訳にもいかない。そんなに知りたいなら……ついて来い」
せっせと捜索に勤しんでいる吉門の部下や“アドラー”らに気付かれぬように気配を殺し、声を潜めながら、真之は彼を誘導する。
「……それで、俺をこんな所にまで連れて来て、何をする気だ? 言っとくが何かしようってんなら後々とんでもない事になるぞ?」
「そんな剣呑な話をしようって場じゃないぞ。ただ少し、面白いものを見て貰おうと思ってな」
「面白いもの……?」
完膚なきまでに家宅捜索された一室。そこは真之の書斎であり、様々なものが畳の上にぶちまけられていて、足の踏み場もない酷い有様だった。
それを見回して、吉門は顔を顰める。
「ゴミ屋敷も斯くやという程に散らかったお前の部屋を見せられても、面白いもんなんざ何も無いが?」
「散らかしたのは警察なんだが?」
「……すまん、冗談だ」
これ以上の茶々は真之が本気で怒りだしそうな気配を感じ取って、吉門は両手を上げて誤魔化し笑いを浮かべていた。
「それで、俺に何を見せるつもりでこんな所へ? 余り長く捜索から離れてると色々疑われかねないんだぞ」
「分かっている、だから手短にいこう。入れ、オーバン」
閉め切られた襖の向こうに真之が声をかければ、間を置かずに一人の少女が入室する。
艶やかな灰色の長い髪、理知の光宿る灰色の瞳、あどけなさと端麗さの融合したエキゾチックな顔立ち。それは、どれ一つをとっても吉門の視線を釘付けとするに充分だった。
「初めましてかな、ヨシカド係長。私はヴィオレット・オーバン。歳は十七、ガリア共和国はリュテス大学理工学部に所属していた」
「ガリア共和国……? 聞いた事はないが、海外の子?」
「似たようなものだな。そちらについても順を追って説明していくが……手っ取り早く魔法って奴を見て貰おうか。頼む、オーバン」
詳しい話について後回しにさせて、真之は本題の続きをオーバンに引き継ぐ。
だが、当のオーバンは不満程ではないにしても不安の色を若干だけ滲ませて吉門に目を向けていた。
「承知した。しかし、本当に見せてしまって良いのか? 所詮、この男も部外者なのだろう? だからこれまでもサネユキは黙っていたのだし」
「もうここまでくれば今更だ。これ以上秘密を伏せても、不信感ばかりを募らせてしまうだろうしな」
「私は人の心の機微については良く分からんから、それで良いというのなら従うまでだが……では、ヨシカド。見ていろ」
徐に、オーバンは腰に差していた木の枝――いや、短杖を取り出して指揮棒のように振るう。
するとどうだろう。虚空に無数の礫が生成され始めたのだ。
当然、それを見せつけられた吉門は目を剥く訳で。
「これは……何なんだ!?」
「魔法さ。こことは違う……ムンドゥスと呼ばれる世界では当たり前の用に存在している魔力という物質を介して起こせる現象だ」
「こことは違う世界って何だよ!?」
「並行世界だ。言ってしまえば私は、違う世界からやって来た人間なのさ。あの捜索隊に加わっている“アドラー”も同様だ」
「はぁーー?」
書斎を、吉門の間抜けな声が満たしていた。




