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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第八章 アメリカン・ロビン=フッド㊦
347/565

第二話 後の先②

◆◇◆



 松ヶ崎警察署、刑事課。

 無機質な蛍光灯の光が刑事達を、そして雑然とデスクの上に散らばった捜査資料を照らしている中、警部の榮森(えいもり) 晋太郎課長は告げる。

「既に知っている者もいると思うが……百鬼(なきり)組に対してガサ入れを行う。現状、それに必要な書類を揃えている段階だが、もうじきだ。各員、心を引き締めるように」

「……な!?」

 その宣告に、榮森直属の部下であり警部補を務める吉門(よしかど) 海斗係長は目を剥いて、己が耳を疑っていた。

「え、榮森課長! 本気なのですか!?」

「本気も本気だよ、吉門(よしかど)係長。私はこの街で騒乱が起こっている原因を()の組織に見出さずにはいられないのだ」

「み、見出すと……一体何を以って百鬼(なきり)組をそこまで疑うのですか!?」

「暴力団染みた存在であるにもかかわらず、歴史が云々を振り(かざ)して自警団面する組織だ。むしろ、疑いの目を向けぬ方が警察としてあるまじき態度だと思うが?」

 刑事課に所属する者達の耳目が全て、吉門と榮森に集中するのを、両者は肌で感じ取っていた。

 けれど、どちらも外野の視線など一切ものともせず吉門が戸惑いの籠った言葉を榮森に向けていたのだった。

「私はその家宅捜索の件について、全く聞き及んでおりませんが!? 一応であっても、私は課長の部下なのではありませんか?」

「当然だ、今の今まで話していないのだからな」

「何故ですか!?」

「君が、そして君の部下がそんなに信用できなかったのでね。それ以上の理由が必要かな?」

 傲慢としか言いようがないような態度で、わざとらしく首を傾げて見せる榮森。そんな彼に追従するみたく、刑事の幾人かが吉門へ嘲笑を向けていた。

「……いつの間にこんな真似を」

「私はこの街を守る為に心ある刑事達から声をかけたに過ぎない。私の邪魔をしてしまう様な部下を最初から頼りにしてしまえば、大事な話がしょっぱなから転んでしまうだろう?」

 厭味(いやみ)ったらしいとの表現がぴったりと来る喋りで吉門の神経を逆撫でする榮森は、どこかこの状況を楽しんでいる様にも見受けられる。

 つまりは、吉門に対して衆人環視の中で精神的優に立つ事への優越感に浸っているみたいだったのである。

「……では、私と私の部下はその家宅捜索には全く触れないという事で宜しいですか?」

「いいや、そう決めつけるのは早計だぞ吉門(よしかど)係長。君とその部下にも、家宅捜索には加わって貰う。それくらいは出来るだろう?」

「かしこまりました……」

 俯きがちになりながら眉を顰める吉門(よしかど)。その表情の機微を運よく気付いたらしい榮森は変わらず嫌味の滲んだ調子で問うた。

「何だ、不満かね?」

「いえ、少し意外なだけですよ。特にそれ以上の話ではありませんから」

「意外、意外か。ならばいい、私が指示を下した時は大人しく従えよ。私の部下として、そしてこの街の治安を守る警察官としての責任を果たす時だ」

「……承知いたしました」

 露骨に軽蔑と敵意、怒りの視線を上司へ向けてしまわない様に抑え込みながら、吉門は短く了解の意だけを告げていた。





「…………」

 日が経ち、その日が訪れた。

 松ヶ崎警察署が、百鬼組に対して家宅捜索を仕掛けるその日が来たのだ。

 そしてその家宅捜索に動員された警察官の中に、吉門と彼の部下の姿もあって。

「……係長、本当に百鬼組から事件の手掛かりが出てくると思いますか?」

「分からん。が、どうせ今回の家宅捜索は榮森(えいもり)が裏で手を回した結果だろうさ。百鬼(なきり)組への捜査、証拠固めも終わっていないにもかかわらずこんな家宅捜索など……普通なら裁判所が令状を出す筈がない」

 吉門自身、過去には若干だけ百鬼組が何か知らの犯罪行為を行い、この街に良くない騒乱を呼び込んでいるのではないかと疑った事も無くはなかった。

 でも、やはりというべきか百鬼組はどれだけ調べても犯罪の痕跡、それこそ松ヶ崎市を騒がせる事件の元凶であると吉門には思えなかった。

 実際に吉門の下で百鬼組について捜査した事もある月夜野(つきよの) 和馬巡査とてそれは同じなのか、家宅捜索の手を緩めずに語る。

「ですね。明らかに何か強引な力が働いているんだろうなって思いますよ。それが何かは分かりませんが……榮森家の力ですかね? あそこ、代々が警察庁のエリートでしょう? 榮森課長は自分だけ落ちこぼれてるのが気に入らないみたいですが」

「その話、余り大きな声で言うものじゃないぞ。誰がそれを聞きつけて奴の耳に入れるか分かったものじゃない。変に癇癪(かんしゃく)を起されても面倒だからな」

 若干小馬鹿にした調子で溜息を吐いた吉門は、押し入れから山積みにされたキャットフードや猫のおやつなどを取り出しながら家宅捜索を続ける。

 ぽいぽいと取り出されるその袋たちを、バケツリレーの要領で吉門から受け取った月夜野(つきよの)は、後ろの同僚へと手渡した。

「まー、あの人は感情が突沸(とっぷつ)しますからね。吉門係長、そろそろ沸騰(ふっとう)(せき)を投入してくださいよ。自分、もう火傷(やけど)とかしたくないです」

「突沸に沸騰石……また懐かしい名称を。中学だったかの理科の実験であったな。って言うかそんな事を急に言われて反応出来るのは俺くらいなもんだぞ」

「……みたいですね」

 吉門が押し入れから取り出したキャットフードを受け取って、後ろの同僚――栗花落(つゆいり) 絢斗(けんと)の方へ振り向いて手渡せば、その同僚はキョトンとした顔をするばかりであった。

 どうやら見るからに月夜野の話が理解出来ていないみたいである。

 それが栗花落(つゆいり)らしいと失笑を漏らした月夜野は、しかしすぐに表情を苦笑に切り替えていた。

「……キャットフードとか猫関連のものが多過ぎやしませんかね?」

「押し入れ丸々一つがこれで潰れているってのは、驚き呆れるべきなのか……」

「え? 吉門係長、あさましくなったんですか?」

「お前な、あさましくなったら死んじまってるだろうが。無駄に知的なボケかましやがって……」

 結局、空っぽになった押し入れの中から法に触れそうなもの、もしくは怪しいものは何も見つかる事は無かった。

 綺麗さっぱり途方に終わった事実に、疲労の滲んだ溜息を吉門が漏らす中、怪訝そうに話へ割って入る部下が一人。

「係長と月夜野、何の話をしてるんです?」

「古典だ。栗花落(つゆいり)だって中学高校でやらされただろ?」

「あー、ありましたね。アイヌ民族の集落でしたっけ?」

「それはコタン」

「あれ? じゃあ開拓系ボードゲームの」

「カタンだな。逆に何で知ってるんだお前」

木綿(もめん)!」

「コットンじゃねーか!」

 冗談なのか本気なのか分からない回答を連発する栗花落に、吉門と月夜野は二人で交互にツッコミを入れていた。

「古典だよ! やっただろ、ありおりはべりいまそかり!」

「モリモリ太り今はガリ!」

「……何だって?」

「係長、もう駄目です。真面(まとも)に相手したら駄目ですコレ」

 明らかにふざけている方向になってしまった遣り取りは、これ以上続けるだけ時間と体力の無駄と判断した月夜野によって遮られるのだった。

「それにしても窃盗、銃火器所持、誘拐の容疑……とは言ってましたけど、この家宅捜索で見つかる気がしないんですが」

「単純に百鬼組は敷地が広いからな。それこそ捜査員も猫の手を借りたくもなる。ひいひい言ってると日が暮れるぞ」

 家宅捜索の人数としてはそれなりに大き目の人数を動員しているのだが、それでもまだまだ捜索の進捗具合としては遅々として進まないのが実情だ。それくらい、この家は広く複雑なのである。

 吉門としてもこの先でまた押し入れを漁ったりなくてはならない事を考えると憂鬱以外の何物でもなくて溜息を溢そうとした、矢先。

「あ、話飛ぶんですけどさっき門で擦れ違ったあの大柄な少年って、本当にあの時の男なんでしょうか?」

「……本当に話がぶっ飛んだな」

「これが栗花落(つゆいり)節か」

 さっきから訳の分からない回答と相槌しかやっていなかった若い刑事が再び口を挟む。

 目まぐるしく変わる話題に目が回りそうになってしまいそうな吉門と月夜野だったが、彼らの捜索作業は先が長いのだ。

 自然、黙々とした作業に耐え切れなくて、その話題に応じていた。

「あの少年とは俺も会った事がある。何ならこの場にいる(おおとり)以外は全員会った事あるんじゃないか? 名前は確か、百鬼(なきり) 護。棟梁である百鬼 真之の息子だ」

「ですね。栗花落も結構前の放火魔事件の際に聞き込みしたって言ってたよな」

「ああ、そういやしたわ。強面(こわもて)で威圧感あるけど、話してみたら結構常識的だったぞ。普通過ぎてビビった」

「そりゃ高校生だもんな」

 身分が年相応の少年であるのだ。話してみれば普通の少年である方が当然なのだ。もっとも、月夜野から見てもあの少年の威圧感は相当なものであったが……。

「けど、あの少年が本当にあの赤黒い(もや)を操ってたのか……確かに背丈は一緒くらいなんだが」

「月夜野、試しに攻撃してこいよ。もしかしたら靄でてくるかもしれないぞ」

「冗談言うな。警官だからって何でも罷り通る訳じゃない。それに、万が一あの少年が只の人間で、一方的に怪我を負わせる様な事になって見ろ、大問題だ」

 松ヶ崎市を騒がせる、その原因の一端。

 百鬼 護がそれを担っていると言われ、尚且つその証拠と言い張る光景を見せつけられても、月夜野は半信半疑だ。

 それだけ彼が目にした光景が彼の知識と常識を超えたもので、異常なものであったのである。

「この家宅捜索で、何か手掛かりになるものが見つかれば良いんですが……どうですか、係長?」

「上司に最前線で物を捜索させるとは良い度胸だな月夜野。まぁ良い、どっちにしろ望みは薄いだろうさ。相手は百鬼組、過去にガサ入れがあった事は幾度かあるらしいが……決定的な証拠は掴ませたことが無いからな。今回も恐らく、有力なものが見つかるとは思えん」

 それこそ、今回は杜撰も杜撰な家宅捜索だ。証拠になりそうなものがこの敷地内にあるとの確信を(ほとん)ど固めずに乗り込んでいると言っていい。

 故に、吉門は評す。この家宅捜索は無駄なものであると。

 そして無駄だと思っても上司を持つ労働者である以上、彼はそれに逆らえず徒労としか思えない作業に取り組まされるのだ。可哀想な話であった。

「全然見つからねえじゃねえか……!」

「あの金髪の外人は何なんです?」

「“アーベント”とか呼ばれてる男の仲間らしい。あれの名前は確か“アドラー”だったか? 榮森課長の協力者でもあるみたいだけど、警察でも無い奴が我が物顔で家宅捜索に加わるなんざ、一体どうなってやがる」

 今も、捜査員と一緒になって家探しの片棒を担いでいる彼は悪態を吐き、押し入れなどから取り出した物品をぞんざいな手付きで放り捨てていた。

 余りにも横柄な有様に、他の捜査員ですら顔を(しか)め、捜査されている側の百鬼組の人間に至っては、無言で額に青筋を浮かべていたのであった。

「おいおい、誰かアレを止めろよ。百鬼(なきり)組の連中がいまにもぶち切れて飛び掛かりそうだぞ」

「流石にそれは無いんじゃないですか? 組の人間が公務執行妨害で捕まりかねませんし……後で嫌味の一つや二つや三つくらいは覚悟した方が良いかも知れませんけど」

「冗談じゃないぜ……」

 参ったものだと手袋をつけたままの手で頭を掻いた吉門は、顔馴染みでもある百鬼組棟梁、真之の顔を脳裏に浮かべていた。



◆◇◆


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