第二話 後の先①
『警察だ。百鬼組、門を開けろ。窃盗、銃火器所持、誘拐の容疑で家宅捜索に入る。我々を入れろ』
「……はぁ?」
早朝に事件が起こった、それだけは俺にも分かった。
でも、それだけだ。
「えっと、あの……何ですか急に?」
『だから警察だと言ってるだろ、家宅捜索だ。容疑は今言った通り。早く開けろと言っている!』
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!?」
警察とは思えない剣幕でインターホン越しに捲し立ててくる男は、確かに警察官なのだろう。現に液晶画面には警察手帳を掲げているのも確認出来る。
とうとう恐れていた事態が起こったのか――と俺こと百鬼 護は冷や汗を額に浮かべていた。
『開けろ、早く!』
「だから待ってくれってば!」
家宅捜索なんてこれまでの人生で一度も経験が無いのだから、そう言われた所で本当にそうして良いのか分からない。
分かり易く言えば俺は焦っていた。
「こ、金さーん! 何かヤバそうなんだけど!? 警察が来て家宅捜索だって!」
「んあ、家宅捜索だぁ? 藪から棒に何だそりゃあ。冗談……って訳でもなさそうだな」
どんどん、と木製の年季が入った門を叩く音が、玄関にまで聞こえてくる。門から玄関までは庭があるので相応の距離がある筈なのだが、かなり強い力で門を叩いているらしい。
『早く開けろ! いい加減にしないと強行突破するぞ!?』
「うっげ、マジモンかよ……しょうがねえ若、門を開けに行くぞ。大手、この事を大声で組のモンに知らせろ。まだ多少なり時間はあるからな」
「了解しました!」
「ほ、ホントに開けんの……?」
「家宅捜索だからな。これはもう無視できねえ。下手な事をやったら公務執行妨害だぞ」
先を行く金さんの後を追い、俺もサンダルに足を通して駆け出す。
そうして外に出て門を見てみれば、まるで破城鎚でも使っているかのように扉が激しく揺さぶられていた。
「開けろ百鬼組ぃ!」
「はいはいっと、今開けますよー」
高圧的で威圧的なその声にたじろいだ様子もなく、金さんは軽い調子で応じつつ、門の閂を抜いていた。
それを俺もまた手伝ってやれば、警察側が扉を押していた事もあってあっという間に全開となる。
「こんなデカい門扉を、そんな勢いよく開けたら危ないってのに……」
「お前ら、百鬼組の人間だな? 今から窃盗、銃火器所持、誘拐の容疑で家宅捜索に入る。余計な真似はせず、その場から動かないようにしろ」
「え? あ、まあ……さいですか」
ぞろぞろと無遠慮に踏み込んで来る警察官達の数は、総勢二十人ほどだ。その内の一人がこちらに睨みを利かせながら命令口調で告げられた内容に、俺は顔を顰めた。
彼らは警察であり今も公務を執行中なのだから、どれだけ気に入らなくとも直接的に妨害するような真似は避けねばならないのだ。
それが、どれだけ高圧的であろうとも。
「これ、どうなるんだよウチは……」
「大丈夫だって。そんなに心配しなくとも、こうなった時のマニュアルとかは定めてあるんだ。俺も家宅捜索は初めての経験なんだけどな」
「その割には金さん、結構堂々として立って言うか」
「そりゃ、だからマニュアルとかあるって言ったろ? ある程度取り決め通りに動けば良いんだからそこまで難しい話じゃない訳よ」
目の前で続々と庭を通って玄関へ入っていく警察官達を見送りながら、金さんは自慢げに片目を瞑って見せる。
しかし、寝起き早々こんな事態に付き合わされている俺としては欠伸を噛み殺すのが精一杯で、彼に対して頼りになるとか言った類の感想を抱く事は無かったのだが。
「幾らマニュアル通りに対処したって言っても、もしかしたら変なもんが見つかっちまう可能性とか無いの?」
「無いんじゃねえかな。現状、銃火器含めてヤベェのはオーバンの嬢ちゃんが作ってくれた地下研究所に貯蔵してあるんだ。普通の人間は魔法で隠匿されてるなんて気付ける筈もない」
「そりゃそうだけど……っ!?」
不意に俺は、言葉を断った。いや、驚愕で息が詰まったと言った方が正しいかもしれない。
――何で、どうしてアイツここにいる!?
「ん? 若、急に焦り出して何かあったのかよ? 何を見つけた?」
「“アドラー”だ」
「ん?」
「“アドラー”が居る。“ノクス”の“アドラー”だ」
怪訝そうな顔をするばかりで察しが遅く感じられる金さんに少しの苛立ちを募らせながら、俺は集団の中にいる一人を指差した。
すると確かにそこには、彫の深い顔立ちをした見覚えのある男の姿があって。
「よお、百鬼 護。まさかこんな形で会う事になるとは、思っても見なかったぜ」
「……同感だ。一体どんな手を使ってしれっと警察の中に紛れ込みやがった?」
こちらの存在に気付いたらしい“アドラー”が、挑発的な笑みを浮かべながら俺に近付いていた。
「怖い顔すんなって。今の俺は警察の一味だぞ? 下手な事をすればお前だってしょっ引かれてもおかしくない。分かってるんだろうな?」
「…………」
「まあ安心しろよ、俺だって今は戦闘に来た訳じゃない。まさかこんな人目の多い場所で、それもこの世界の警察官がいる前で、魔法を使った戦闘をおっぱじめるほど馬鹿じゃねえからな」
心底馬鹿にした調子で肩を竦めて見せる彼に、黙って遣り取りを聞いていた金さんが怒りのせいか顔を赤くしていた。
そんな彼を俺は軽く手で制しながら、皮肉交じりに応じる。
「……偵察か。確かに警察と一緒に来れば堂々とこっちの内情を探れるもんな。嫌らしいったらありやしない。流石は“アーベント”だな」
「その名前を俺の前で褒めないで欲しいもんだ。不愉快なんでね」
「そりゃ失礼。アーベントは油断できない強敵だからな。お前と違って」
「野郎……!」
すっとぼけた調子で視線を明後日の方向に向けながらそう言ってやれば、たったそれだけで“アドラー”の表情に憤怒の色が浮かんでいた。
けど、実際に手が出される可能性を少しでも下げる為に、俺は牽制の言葉を放つ。
「おっと良いのか? お前だって警察の一味として行動してるって言ってたけど、こんな所で急に住人相手に殴り掛かったりしたら、幾ら何でもただじゃ済まないぞ」
「……っ!」
若干小馬鹿にした感じで言い放ってやれば、それが更に彼の神経を逆撫でしたみたいで、彼は傍目に見ても怒りを強く堪えていた。
「けっ、余裕をこいてられるのも今の内だ。どうせお前らだって早朝にこんな状況になるとは思っても見なかったんだろ? 油断して出てくるであろうボロがどれくらいあるのか……楽しみだぜ」
「何個見つけられるかって? 残念ながら答え合わせは無いからな。ある筈の無い物探して地団駄踏んでも、俺は知らないぜ?」
「言ってろ、クソガキ。散々俺らを虚仮にした事を、この時間で後悔してるんだな」
唾を吐き捨てんばかりにそれだけ言うと、スーツに身を包んだ”アドラー“もまた我が家の玄関の中へ消えていった。
「……結構格好いい事を言ってくれんじゃねえの、若。その姿を綾音ちゃんに見せられたら良かったんだけどねえ」
「家宅捜索を受ける実家を見せるって? 止めてくれ恥ずかしい。俺は御免だね」
こんな時にこんな事を思うのは不謹慎かもしれないが、今だけは綾音が攫われていて良かったと思うのであった。
「……それにしてもさ、オーバンとか毛利さんとか、あの辺はこの世界の法律についてまだまだ詳しくないんだけど、放置したらヤバいよね? 場合によっては公務執行妨害もあり得るって言うか」
「あー、それはな。あの人達は日本国籍どころか、本来この世界で存在する筈の無い人たちだし……彼らが能力者って観点から見ても警察に目をつけられる事態は避けたいな。まあ、今頃は大手がその辺上手く知らせてくれてるだろ」
「大手さん様様だな」
大明神様、と冗談交じりに俺は両手を合わせてやるのだった。
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