第一話 看過せざる事態➈
◆◇◆
ソファーに腰掛け、神経質そうな面長の男は不満の丈をぶちまける。
「全く……何たるザマだ! 検体のうち、約半数を奪われるなど! “アーベント”、貴様も何をしていた!?」
「申し訳ございません。しかし、ここまで速く敵に研究施設が露見する事態となったのは、やはり頻繁に人が出入りしていたからかと思われます。新たな施設ではそう言った事を極力減らすようにすべきかと」
仮に部下と上司の関係にあったとしても現代社会であれば許容できない様な叱責の嵐。しかし、その直撃を受けている筈の“アーベント”は身じろぎもしないで頭を下げ、意見していた。
もっとも、そんな彼の提案に榮森 晋太郎は耳を貸す気配も無くて。
「貴様はどの立場から物を言っている!? 能力者や能力について、この国の富を握る人間に知ってもらわねば様々な機会を無駄にしかねないのだぞ!?」
「ですがこの状況を続けるようでは、せっかく研究施設を移動させたところで元の木阿弥です。何の為に人家の少ないこの施設に移動したのか……」
「だから私に意見するなと言っている! 私の指示一つも果たす事の出来ない能無しが! 検体全て奪われるような状況にないからこそ良かったものの、もしそうなっていたらどう責任を取るつもりだ!? 貴様を検体にしてやろうか!?」
「…………」
頭を下げているアーベントの表情は、榮森には見えない。よって、彼のその能面のような無機質な表情は、誰にも知られる事はなかった。
「我々“ノクス”も、百鬼組の攻撃に備えねばなりません。なので、研究施設警備にメンバー全員を加える事は出来ません。単純に、私達だけで百鬼組の能力者の襲撃に完全に対応する事は不可能です。そちらからも警備の数を揃えて貰わねば……」
「私達警察に協力すると言っておきながら手を抜いていたと言うのかね? 舐めた真似をしてくれる」
ねちねちと追い込んで詰問するように、榮森が言う。
だが、それでも“アーベント”は堂々とした態度を崩さない。
「余裕がないと申し上げているだけです。既に確保した検体の中には、活用できる者もいるのではないですか? そちらを動かせば戦力増強にもなるでしょう」
「こちらの内情にまで口を挟むような真似は止めて貰おうか“アーベント”。君達も私達も、協力関係であるのであって、従属関係を築いた訳ではないのだからね」
「そうですか……」
都合の良い時に都合の良い理屈ばかりを振り翳す榮森。
それでは明らかなダブルスタンダード、かつ不平等ではないかと、冷めた目で榮森の足元を見遣る“アーベント”は、それでも巧妙に内心を隠していた。
「“アーベント”、この研究施設でも同じ様に警備に抜かりあれば、今度こそ貴様を検体とする。覚悟しろ」
「……それは無理かと」
「何?」
「実は、既に榮森課長以外の方ともパイプを作りまして、私の身柄の安全は保障されています」
「貴様、勝手に……!」
「協力者は多ければ多いほど、私にしてみても目標が達成しやすいですからね。勝手に私を検体にすれば、方々(ほうぼう)が黙っていません。課長もお気を付けを」
徐に顔を上げ、慇懃かつ淡々とした口調で述べる“アーベント”は、変わらず冷静だった。
その鋭い三白眼に見据えられては榮森も強引な手をここで実行する訳にもいかず、むしろ気圧されて沈黙していた。
「ここで私と契約を解消して検体として差し出そうとするなら、また別の警察関係者に魔法の話を持っていくだけ。協力者は互いを尊重してこそです。それが破綻するなら、協力者足り得なくなる事をお忘れなく」
「ぬ……無駄に知恵の回る。良いだろう。だが今度こそ前と同じ失態を演じる訳にはいかぬ。警備増強については同意して貰うぞ。具体的には、この施設に常駐させる貴様の仲間の数を増やして貰う。快適な住処が欲しいのなら、貴様ら全員置いてやる事も可能だぞ?」
「有難い申し出ですが、それでは百鬼組に対する監視が疎かになります。特に、この新たな研究施設は東京にあるのです。地方都市である松ヶ崎市とは、相応に距離がある。これでは何かあった時に即応できません」
残念ながら、と首を横に振る“アーベント”。そんな彼の話に、榮森も道理を見出せない筈は無くて、言葉に詰まっていた。
「……松ヶ崎の監視の目について、強化すると約束しよう。その代わり、施設に常駐する戦力を増強して欲しい。これでどうかね?」
「ええ、それであれば喜んで。具体的にはどれくらいの人員を割いていただけますか?」
「それは上と相談しない事には決めかねる話だが……」
「ではそれまで、この研究施設の増員についても待たざるを得ません。引き続き、この施設の警備には私と“クリュザンテーメ”が当たるのみです」
東京の二十三区外、人里離れた緑が豊富にある施設の一角で、彼らは絶えず言葉を交わし続ける。
もっとも、その内実は圧倒的に“アーベント”が優勢な交渉事となっていた。
「それでは、また何かあった時に検体を奪われる結果になりかねないではないか! ふざけるな!」
「ふざけてなど居りません。東京と松ヶ崎市までの距離があるのですから、戦力の割合もこうなるのが自然です」
「何故ここの方が手薄になる!? おかしいではないか!」
苛立ちをそのままに、榮森は声を荒げてソファーに握り拳を叩き付けていた。でも、やはりその程度で“アーベント”が気圧される事は無くて。
「地理的に敵と近い場所が手厚い人数配置になるのは自然な話では? 逆に、地理的に見ればここは遠いのですから、自然と比較的手薄になります。不安でしたら東京の警察から増援を貰えば良いのでは?」
「キャリア共の力をそこまで借りろと!? 下手をすれば私の手柄を取り上げられないとも限らないではないか!必要最低限の助力以上の事を許せば、奴らは間違い無くしゃしゃり出てくるぞ!」
「では、どうするのですか?」
「……っ」
あちらを立てればこちらが立たず、と子供のような主張を展開する榮森に、“アーベント”は内心で失笑を押し殺して話の続きを促していた。
「榮森課長は、どうしたいので?」
「だから、貴様らの全戦力をこちらに……!」
「それは出来ないと何度も言っているでは無いですか。松ヶ崎市の方が百鬼組の最前線、しかもここまで距離があって簡単には救援に向かえない。もっと言えば、我々はヴィオレット・オーバンの身柄を確保する事が目的です。それよりも研究施設の警備を重視する事はあり得ません」
「……っ!」
トドメと言わんばかりにオーバンの件まで持ち出した“アーベント”の言葉で、また榮森は一瞬沈黙せざるを得なくなっていた。
「ここの警備をそんなに堅くしたいのであれば、松ヶ崎市かこの施設のどちらかに、多くの警官を配置しなければなりません。どちらにするかはお任せしますが」
「……そうか。なら、上に話を通して松ヶ崎の警官を増員させよう。ついでに、今しがた丁度良い作戦も思いついたのでね」
不意に、流れが変わる。
“アーベント”もその事を感じ取って、その能面のような表情に若干の色を付けて榮森の目を向けた。
「それは素晴らしいですね。是非、私にもお聞かせ願いたいものですが……宜しいですかな?」
「……癪だが、良かろう」
先程まで、アーベントによって精神的に詰められていたとは思えない態度で、榮森 晋太郎は笑みを浮かべていたのだった。
「警察権力を上手く使うのだ。今こそな」
【幕間】
プ「この時代って、本当に娯楽が多いわね。目移りしちゃうわ」
護「目移りって……プサッフォーさんなんて見るもん固定してるだろが。検索履歴とか見たらヤバそうマジで」
プ「見たい?」
護「要らねえよ」
プ「はい、見せてあげるわ」
護「人の話聞けよ!?」
プ「もう、目を背けるなんて可愛い反応。じゃあ音読してあげるね。今日の昼に見たのは○○(ピー)と○○(ピー)と○○(ピー)で、後は○○(ピー)に○○(ピー)とか」
護「もう規制音の嵐で何も分からないんだが。いや知りたくも無いんだけどね?」
プ「もう、素直じゃないんだから。逆にマモルは何を検索しているのかしら? 猫だけ?」
護「悪いかよ」
プ「面白味の無い趣味ね。あ、ひょっとして発情期の猫を見て興奮したりとか?」
護「しねーよ! 誰が異常性愛者だ!?」
プ「違うの? マモルって私とベクトルは違えども同類だと思ってたけど」
護「一緒にすんな! 誰がお前みたいなヤベー奴と同類だと!?」
プ「連れないこと言わないでよ。人間なんて年中発情してる分、猫より変態なんだから」
護「その話は今どうでも良いのでは!?」
プ「さあ、そんな事を言って現実から目を背けてないで……兎さんになりましょう?」
護「寄るな変態!」
プ「酷いわねえ、同性愛者を差別するなんて時代の潮流に逆らう真似はしない方が良いわよ?」
護「俺は変態を差別してるだけなんだが!?」
プ「でも私を差別するって事は同性愛者を差別するって事にもなるわよね?」
護「今は頓智の話をしていない!」
プ「そんなに顔を赤くしなくても良いじゃない。ほら、素直になって……」
護「だからよるな変態! 退けぃ!」
プ「あ、逃げちゃった……。んもう、素直じゃない子ね。そう言うところが可愛いんだけど。モウリもそう思うでしょ?」
吉「据え膳食わぬは男の何たらとは言うが……儂から見てもお主は少し怖いがな。古代希臘人は皆がお主みたいだったのか?」
プ「私みたいって言うと少し語弊があるわね。男は妻を持ち、そして同時に青少年を愛する……ああ、美しきかな少年愛! そして男に愛された少年もまたやがて長じて妻を持ち、青少年を愛するのよ。素晴らしいサイクルだと思わない?」
吉「儂がいた頃の日ノ本も似たようなものだったな。やはり時代や場所が違えど人の考える事は同じか……」
プ「少年愛は単なる肉欲に留まらず、そこに育まれる強固な絆……あれほど美しいものはないわ!」
吉「確かに、あのような関係は羨ましくもあるものだ。儂はそう言う機会に恵まれず、そもそもそこまで直接的な興味はなかったが……互いを信頼し合う関係は天晴と言う他あるまい」
プ「前々から思っていたけれど、貴方はとは話が合いそうね」
吉「うむ、まさか異国の人間、それも女性とここまで趣味が合うとは思っても見なかった」
オ「……なあマモル、あの二人は何をあんなに盛り上がっているのだ?」
護「悪い事は言わないから止めとけオーバン。ヤベーから。やっぱあの人達の価値観ちげえわ」




