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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第八章 アメリカン・ロビン=フッド㊦
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第一話 看過せざる事態⑧

◆◇◆



「棟梁、戻りましたよ。若にもちゃんと伝言してきました」

 襖を開け、三榊(みさかき) 迅太郎は落ち着いた所作で敷居を跨ぐ。彼が入室したその部屋は、百鬼(なきり)組が棟梁を務める百鬼 真之(さねゆき)の書斎だ。

 そこでは、只ならぬ気配を纏った者達が所狭しと座り、並の者なら雰囲気だけで肝を潰してもおかしくないくらいの威圧感を伴っていたのだった。

「伝令、御苦労だった迅太郎。さて……では本格的に作戦を煮詰めていこう。まずは紅床(くれとこ)、お前の知り得た情報について一から説明して貰おう。より詳しくな」

「お、俺から?」

「当たり前だ。お前から情報が(もたら)されたのだから、実際に見聞きした者から詳細に話を聞き出さなくてどうする」

 ギロ、と真之から鋭い視線を向けられて、紅床(くれとこ) 悠太(ゆうた)は小さく情けない悲鳴を漏らしていた。

「……まだ東京から帰って来たばかりだってのに人遣いの荒いことで」

「何か言ったか?」

「いえ別に? んじゃ、報告させて貰いますわ」

 しれっと態度を取り繕った紅床は、脚の低い長机の上に広げられた地図に身を乗り出す。

「囚われた人たちは東京のココ……まあ俗にいう二十三区外って奴だな。で、この人里離れた施設に収容されてるっぽい。流石に中身までは確認できなかったけどよ」

「多摩地区か。確かにあの辺は場所によっては地方都市より人の少ない場所もあるからな。人目に付きにくく、研究資材や資金を調達しやすいという意味では丁度良い場所なのかもしれん」

「まあな。実際、俺らも見付けるには苦労したぜ。まさかこんなところに、ってな」

 腕を組んで語る紅床の背後では、二人の男がその苦労を思い出してか何度も頷いていた。

 彼らは元々紅床と同じ盗賊団のメンバーであり、そして百鬼組へ盗みに入った挙句撃退された者達でもある。

 が、彼らもまた能力者を研究する施設に収容されており、四日前に百鬼(なきり)組が助け出した者でもあった。

「紅床、それにそこの二人も……その頑張りには感謝する。何かの形で(むく)いてやるから安心してくれ」

「お、そりゃ本当かい棟梁。有難いねえ」

「“ノクス”や警察から逃れるためとはいえ、こちらに協力してくれている者を無碍(むげ)に扱うような真似はしないさ。まあ、辛くなったらいつでも言ってくれ。お前が我々に協力しないにしろ、今後の生活の安全は保障するぞ」

 四日前に研究施設から助け出した者達からは、既に聞き出せるだけの情報を聞き出した上で、今後の身の振り方を決めて貰っている。

 幾人かは以前までの日常生活を希望し、残りは百鬼(なきり)組に加入の道を選んだのである。

 彼らからしてみれば危ない人体実験に巻き込まれた手前、もう日常生活には戻れない、戻れたとしても多くの障害がある事を察していたのだろう。

 結果として、百鬼(なきり)組の構成員は微増した。

「俺らは窃盗までやらかした犯罪者だ。いまさら普通の生活なんざ望めないし、かといって大人しく出頭したところでまたあの研究材料にされるのが関の山ってなれば、もう残るはアンタらに協力する以外ないさ」

「殊勝だな。それが分かっているなら、下手な真似はするなよ。百鬼(なきり)組の人間となった以上、特に能力を悪用したような犯罪はな」

「分かってるって。だからあの地獄みたいなオカマバーに放り込むのはもう絶対にやめてくれよ……」

 再び恐怖がぶり返したのか、紅床(くれとこ)とその部下二人は青い顔をして畳に視線を落としていた。

「……話が逸れたな。戻そう、警備の状況は? 地形は? どこが、どの時間帯が手薄か、目星は?」

「矢継ぎ早に質問しないでくれって。警備はぱっと見だと大した事は無いように見える。能力者自体が希少だから、俺が透明化すれば幾らでもやり過ごせるくらいには(ざる)だ。ま、頭数だけ見れば多いと思うぞ。あちこちに監視の目がある」

「流石に強行突破は難しい、か」

「そりゃ普通そうでしょうよ。あと、伏兵とかも居る可能性がある。俺の透明化能力だけでどうにか出来ると思うのは危険かもな」

 そう言いながら、紅床は部屋に居並ぶ面々に目を向ける。特にこの場にいる吉政とコンスタンディノスは彼の透明化能力を一瞬で看破して追跡を掛けてきたこともある怪物なのだ。

 その出来事は、しっかりと紅床のトラウマとなっていた。

「地形については……衛星写真とかもあるこのご時世、俺が詳細に解説してやる必要はないと思うけど、どう?」

「確かに、空からの景色を一発で見られるこの技術は驚異的だが……やはり実際に行った者の話を聞かねば分からない事も多い。例えばそう、川の中州に建物があるが、深さや水の流れの速さ、水の澄み具合はどうだった?」

「川? いや、そこそこ深いぜ? 場所によっては大人が頭まで浸かるだろうし。流れも小さな子供なら簡単に流されるくらいはありそうだった。水も清流って感じだったぜ」

「そうか。それと、施設周辺で身を隠せそうな場所を幾つか上げて欲しい。そこの地図に印をな」

 今も孫臏(そんぴん)は喋りながら様々な事を考えている様子で、手元のタブレットや机の上の地図に視線を行き来させていた。

 見るからに頭の切れの良さを覗かせる彼の姿に紅床も圧倒されつつ、その指示に従うのだった。

「川の下流は農村だから、まあこの辺は隠れるにも適してるんじゃないか? 人目に付く危険は大なり小なりあるだろうけど……夜なら平気だろ。後はこの施設の周辺が森だから、どこでも姿は隠せるんじゃねえかな。近付き過ぎなければ」

「近付き過ぎなければ、か。それがどの程度なのか、分かりにくい表現だな」

「しょうがねえだろ、文句言うなら自分の目で確かめろっての」

「私のこの車椅子では中々難しいのだから仕方あるまい。その内、オーバンの小娘に義足でも作らせてみれば楽にはなるがな」

 ふと、孫臏は書斎と廊下とを隔てる(ふすま)に目を向ける。見えないが、その先では孫臏が常用している電動車椅子が停められているのである。

「……ここまで好きに話したが、私の脚についてなど今はどうでも良い話だったな。紅床(くれとこ)、話を続けてくれ」

「あ、ああ。地形の話はこれで良いとして……時間帯だっけ? そりゃもう脳死で夜がお勧めだぞ。あの辺は都市部と比べて全然人が居ないし、建物も無い。人工灯が少ないから、夜陰に乗じて動くっていうのは悪くないだろさ」

「だが、敵もそれを警戒していないとは思えないな。赤外線センサーくらいは揃えていてもおかしくなさそうだ。特に一度、別の場所とは言え俺達が研究施設を攻撃している訳だしな」

 孫臏と紅床の話にも一段落ついて、ここでまた真之が会話の主導権を握る。

「サーモグラフィーを誤魔化せる備品があれば良いんだが……流石にそう言った類のものは値が張るし、調達には時間が掛かる。どうしたものかな」

「私もこの時代の目覚ましい科学技術全てを網羅し切れている訳ではない。今回の作戦については組み立てに慎重を要するとしか言いようが無いぞ」

「そりゃ無理もない。知識の範囲が膨大過ぎて昔みたいな“万能人”は生まれにくい世の中なんだ。まだまだこれから、追々理解していけばいい」

 智者とは言え、限界はある。

 その事を重々承知している真之は、孫臏に過度な期待を向ける事もなく、そう言っていた。

紅床(くれとこ)、施設の内部状況について、何かしら分かる事は?」

「全く無い、と言えば嘘にはなるけど……大したものは無いぞ。現状、俺の元窃盗団仲間を四人残して交代制で監視はさせてる。取り敢えず、この三人の出入りは確認できてるぜ」

 ぱさ、と机の上に紅床が広げるのは、複数枚の写真だった。それらは遠方から撮ったものを更に拡大したせいか被写体は極めてぼやけたものであったが、真之(さねゆき)は眉間に皺を寄せながら言う。

「榮森 晋太郎……それと“アーベント”、“クリュザンテーメ”。画質は荒いが何となく分かるな」

「お、分かるか? 苦労して撮影した甲斐があるってもんだ。こいつらの出入りも確認出来たんで、こりゃいよいよ疑う余地も無いなって話になった訳ヨ」

 お調子者のお手本みたいな話し方で両手の人差し指を立ち上げる紅床は、自身の手柄をまるで誇示しているとも感じられる。

 もっとも、周囲の誰もそれに対して反応を示すこともなかったのだが。

「もしかすると、他にも能力者がこの施設の警備に当たっている可能性がある。どの道、衝突は避けられないと見るのが妥当かな。孫臏はどう見る?」

「やはり救出部隊は戦力を増強させておくべきだろう。しかし、そうするとこの家の守りが手薄になりかねない。“ノクス”とて愚か者ではないから、ここが手薄と知れば猛禽(もうきん)のように襲い掛かって来る筈だ」

「戦力配分はやはり難しい所になって来るな。頭数は中々増やせないとすれば、やはりこちらの戦力を強化、もしくは敵戦力を弱体化させられれば良いのだが……どうだ、オーバン?」

 ふと、ここで真之が目を向けるのは、灰色の長い髪を後頭部で団子状に纏めた小柄な少女――ヴィオレット・オーバンだった。

 彼女は出し抜けに話を振られたにもかかわらず、(珍しく)話をしっかりと聞いていたらしい。一切の齟齬(そご)もなく応じて見せた。

「戦力強化についてはまだ時間が欲しい。と言っても半月掛からないとは思うぞ。敵戦力弱体化については、既に前の戦闘でも使用した事のある魔力結合粉(コネクテンディ・プルウィス)が良いと思う。魔力と結合して砂を生成する特殊素材だから魔法の威力を低下させられるが、作るには手間も金も掛かるのが難点だな」

「ついでに、その威力低下は敵味方無差別、だったか。悩ましい話だが……護の場合はその影響を受けないのだったか?」

 記憶を手繰(たぐ)って問う真之。しかし、オーバンを除いた多くの者はその話について行けずポカンとした顔を晒していた。

「ああ、彼の魔力は少し特殊だからな。魔力を扱いはするが、分類的には異能(インシグニア)に相当するのだろう。未来を予知したり、透視したり、千里眼だったりと、肉体に付随する特殊能力を持つ者はこれに分類される。基本的に体内器官の一部が極端に強化されているものだから、結合粉の影響を受けにくい。マモルの場合はもっとよく研究してみるべき案件だが」

「…………」

 長々と語られるオーバンの魔法講義。これも、やはり多くの人は右から左に聞き流していた。幾人かはどうにか食いつこうと努力していたようだが、呆気なく限界が来たらしい。

 結局、真之が口を開くまで場は沈黙に包まれるのだった。

「なら、その特殊な粉を活用する場面を想定して護の配置運用を……」

「待て棟梁殿、その粉は他の能力者全員に弱体化の影響を(もたら)すのだから、それありきでの運用は危うさが強い。万が一、その状況であの豎子(こぞう)が孤立した場合、誰が助けに入るというのだ?」

「む。確かにリスキーな手だったか。単純に身体能力の高い毛利やコンスタンディノスも部隊編成に組み込んで置けば、粉の影響も受けず、有効な策だとも思うが」

 純粋な疑問を持った視線を向ける真之に、孫臏は馬鹿にするでもなく終始真面目な口調で説明していたのだった。

「場面を限定すればそうだろうな。例えば、敵がもう能力者しかいない、であったりとか。駄目押しの一撃としてこの上ない手である事に間違いはない。しかし、以前にも使用したというなら敵とてこの粉の対策を打っている筈だ。もしくは、この粉の影響を受けない系統の能力者……異能(インシグニア)だったか? それが用意されていたら意味もない」

「敵の戦力次第って感じは否めないからな。俺の見通しが甘かったか」

「何度も言うが、戦術として見るなら悪くない。もとより、この世界や魔法について知識の薄い私にしてみれば簡単には思いつかない作戦だからな。棟梁殿の話も無駄になる事はないさ」

 そこまで語り終えて、孫臏は机の上に置かれていた皿から煎餅を取り出して齧る。

 室内に甘じょっぱい匂いと同時にパリパリとした音が響き渡る中、嚙み終えた煎餅を嚥下(えんげ)した孫臏は自信たっぷりに言うのだ。

「状況は把握した。既に何通りもの作戦は私の頭の中で立っている。だがまだ立てられる作戦はある筈だ。各々(おのおの)、その実力と知恵をもっと私に教えてくれ。知れば知る程、戦術の幅も広がる。奇策から常策まで、存分に提案して欲しい。頼むぞ」

 また新たな煎餅へと手を伸ばしながら、孫臏はその鋭い眼光を光らせていた。



◆◇◆


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