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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第八章 アメリカン・ロビン=フッド㊦
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第一話 看過せざる事態⑦

◆◇◆



 研究施設での戦闘、そして俺が綾音を奪還し損ねるという痛恨の出来事を経験してから四日。

 寝ても覚めても当時の事ばかりが頭を(よぎ)ってまんじり(・・・・)とした意識だけが俺を支配していた。

「…………」

 その間、誰それが訓練だの、俺自身も稽古をつけさせられたりしていたのだが、はっきりと覚えている事は(ろく)に無い。

 気付けば四日経っていた、と表現するのが一番しっくりくるだろう。

「強くなったじゃないの、ヴィオレットちゃん?」

「そういうマミは相変わらず……余裕って感じの顔だな」

「そりゃあね、私に勝とうだなんてまだ早いわよ」

「…………」

 ほんのり暖かい湯呑に両手を添える俺は、ぼーっとしてその遣り取りと液晶画面を眺める。画面では二体のキャラクターが、スマッシュでブラザーズな目まぐるしい攻防を繰り広げていた。

 そしてそれぞれ一体ずつを操作しているのは、二人の女性――ヴィオレット・オーバンと俺の母こと舞美だ。

「うぉぉぉぉぉ()ちろぉぉぉぉぉぉお!」

「ふふ! 甘いな、ヴィオレットちゃん!」

(ぬぅあ)ぃ!?」

 空中に母のキャラクターを追い込んだオーバンが追撃を掛けようとして、機先を制した母が逆襲に転じる。

 その一撃が綺麗に決まり、結果として画面外に吹っ飛ばされたのはオーバンのキャラクターだった。

「勝ったぞ……!」

「そんな、そんな、そんな馬鹿なあああああ!?」

「…………」

 この人達は、どうしてこの状況で素直にゲームへ没入できるのか。(いささ)か緊張感に欠けすぎではなかろうか。

 そんな事を思いながら、俺は膝の上に乗っかっている雄の三毛猫――三毛衛門(みけえもん)に手を伸ばして撫で()りまくっていた。

 しかし、普段から余り人に甘えないこの猫は、強情にも全然喉を鳴らさないし、気持ちよさそうに目を瞑る事もしない。

 何の反応もなく、ただただ俺の膝の上で丸くなって置物になっていたのである。

「なー、もうちっと素直になれよ。ほら、気持ち良いんだろ? うりうり」

「…………」

 喉を、耳の後ろを、尻尾の付け根を、肉球を、ナデナデフニフニしても反応はない。時折ピクリと動きはするものの、それだけだ。面倒臭そうな顔と目を黙って俺に向けるだけ。

 これ以上しつこく撫でるとどこかに行ってしまいそうで、止む無く俺は手を止めた。

黒兵衛(くろべえ)とか虎兵衛とか白兵衛は可愛げあるのに、お前と来たら……」

「…………」

 相変わらず、この猫は(ろく)に鳴かない。

 人によっては不気味だとすら言ってはばからないくらいだが、俺はそれが良いと思う。こういう素直じゃない猫を見れば、屈服させた時の感動も高まるというものだからだ。

 こんな話をすると周囲から変態を見る目をされるが、仕方なかろう。好きなのだから。

 さて、三毛衛門が屈服する日が待ち遠しい事だ。

「くっそ、もう一回だマミ!」

「またやるの? もう二時間くらいぶっ通しだけど」

「なあ、オーバンも母さんもゲームのやり過ぎは程々にした方が良いぞ」

「君がそれを言うのかね?」

 俺の声を聞いて振り向いたオーバンが、何とも言えない微妙な顔をして即座に反論していた。

「え、俺何かおかしな事でも言った?」

「どうして君はおかしな事を言っていないと思ったんだ? もう二時間、胡坐(あぐら)の姿勢で猫を撫で続けているじゃないか」

 はあ、と小さな溜息を溢したオーバンは、でもそれ以上話を続ける事を諦めたらしい。早々に俺との会話を打ち切って母と一緒にゲームを再開しようとして――。

「おーい、速報だぞ若! 聞いてくれ!」

「……迅太郎さん? 随分と息せき切ってどうしたの?」

「偵察してた紅床(くれとこ)からの報告だ。若にとって(いと)しの綾音ちゃんの居場所、分かったらしいぞ」

「え」

 襖を開けて駆けこんで来た三榊 迅太郎の話に、居間で寛いでいた俺を始めとした面々は、一瞬動きを止めた。

「いや、誰が(いと)しの綾音だ」

「素直になれよ。嬉しいんだろ?」

「そんな話は今どうでも良いだろ。それより居場所が分かったっていうのは本当なんだな? どこだって?」

 ニヤニヤとした顔を隠そうともしない迅太郎さんに、イラつかないと言えば嘘になる。出来るなら今膝に抱えている三毛衛門(みけえもん)の肛門を押し付けてやりたいくらいだ。

 でも、それより訊きたい事を優先してみれば、彼は俺に「待った」をかけてくるのだった。

「落ち着けって。仮に分かったとしてどうするんだよ」

「決まってんだろ、すぐにでも助け出さないと……父さんにも許可を取って」

「言っとくがこの話は棟梁も既に聞いてる。その上で、若も俺らも待機だそうだ。場所が場所だけに慎重を要するってさ」

「待機って……場所はどこなんだ!? 一体何がそんなに慎重を要するってんだ?」

 迅太郎さんへ掴み掛らんばかりに迫れば、彼は両手を耳の高さくらいまで上げて無抵抗の意志を示しながら苦笑していた。

「焦るな。場所は東京だぞ。こんな田舎の街とは訳が違う。迂闊な真似すればすぐ全国放送、下手すりゃ警察だってわんさか出てくる」

「と、東京……?」

「そう言うこった。慎重を要すって事の意味、良く分かるだろ? ってなわけで待機だ。大人しくしてろよ」

 伝えたい事を伝え終わって、迅太郎さんも一旦満足したらしい。これ以上一気に話を続ける気配はなく、むしろ俺からの質問を待っていた。

「東京のどの辺とか、情報は?」

「残念ながら詳しい場所はまだ秘密だ。今の若に教えると、先走りかねないからな。最近はこっちの指示にも従ってくれてるんだ、ここで命令違反とかやったら謹慎だけじゃ済まないかもしれないぜ」

「……知ってるよ。じゃあ、いつ東京に行くのさ?」

「それもまだ秘密。って言うかまだ未定だ。孫臏(そんぴん)さんが色々と作戦を立てている最中だからな。決まったら作戦も含めて知らされるだろうよ」

「…………」

 聞いて、それも当然かと納得する。だって紅床から情報を齎されたばかりなのだ。それは作戦にしろ何にしろ見通しがまだ立たないのも当然の話だった。

「それと、孫臏さんから伝言だ。若も戦力として数えているから、鍛錬を怠るな。実力不足と見做したら、東京に派遣する部隊編成からは外す、だってさ」

「外す……ね」

「ああ。サボったりしなけりゃ救出部隊に入れてくれるって言ってるようなもんだ。頑張れよ騎士様」

「誰が騎士だ。揶揄(からか)うのも大概にしてくれ」

「おーっと、そりゃ失礼」

 けたけたと笑いながら、迅太郎さんは居間を後にする。同級生にちょっかいを掛ける小学生みたいな彼の逃走を、俺は溜息を吐いて見送るだけだった。

「……無駄に時間を喰ってる場合じゃない、か」

 今の自分に出来る事を、精一杯やる事が第一だから。



◆◇◆


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