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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第八章 アメリカン・ロビン=フッド㊦
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第一話 看過せざる事態④



「……何だか、騒がしい?」

 無機質な灰色の壁に背中を預け、綾音は閉じていた瞼を持ち上げる。

 三方を壁に、そして一方を鉄格子で囲われたその場所は、中にいる者を収容して逃がさない。まさに牢屋だ。

 そしてその牢屋の中にあって、何かが砕かれる騒音や悲鳴らしきものが、壁や床を振動となって(つた)っていた。

「外で何か起きてるんですか?」

「静かにしろ、十七番。下手な口答えやお喋りは罰則の対象だぞ」

「……っ」

 十七番、それはこの牢に収容されてから綾音に付けられた名前――記号だった。

 まるで実験動物のような呼称は、実際にここで実験動物扱いされた事で、納得は出来ずとも理解は出来た。

「まさか、警察の人がこんな酷い事に一枚噛んでるなんて……!」

 体育座りの恰好で体を丸めて蹲る綾音は、己の考えの甘さを今更になって悔いていた。

 そして、どうして百鬼組や護が綾音の事を頑なに遠ざけようとしていたのか、ここに至って何となく察したのだ。

「誰か、早く助けて……」

 彼女の口から小さく、何度目とも知れない悲痛な呟きが漏れた。

 この研究棟には、綾音だけでなく十人ほどの男女が個別の牢に入れられて囚われている。

 一番幼いのは、自分が囚われの身になる直前にも見た、海外の血が混ざったハーフの女の子だ。まだ十歳未満だというのに、彼女もまた番号で呼ばれ、実験体としての扱いを受けていたのである。

 当然、綾音からしてみれば義憤から感情を爆発させたものの、所詮囚われの身では何を言っても罰則を受けるだけの結果になって終わっていた。

「おい、聞いたか? 今、ウチの工場に侵入者が多数いるらしいぞ」

「マジか? じゃあ、この騒がしさってのは……!」

「ああ、そう言う事なんだろうさ。ここも危ないんじゃねえか?」

 不意に、牢を監視していた者達が何やら騒がしくなる。風の流れが若干強くなったことを考えると、扉が開け閉めされて人の出入りがあったのだろう。

 その事を裏付けるように複数の足音が忙しなく辺りに響き渡っていた。

「警察に見られたら普通にヤバいもんなココ。いや、協力者もいるけど……大多数は知らないだろ、この実験の件」

「そらそうだ。下手に広まってマスコミに知られたら大不祥事だぞ。って言うか、魔法とかいう訳わからん存在が外部に漏れたらとんでもない事態になりかねない」

 聞こえてくる騒めきは、牢の中に囚われている者にも充分聞こえてしまえる程度のものだ。

 故に綾音は、もしかしたら自分達が助け出されるのではないかと期待を膨らませた、が。

 そこで一人の男がこの場へと駆け込んで来るのだった。

「全員聞け! 騒ぎが大きくなり過ぎた、この場から撤収だ! 実験体は全員移送するぞ!」

「ぜ、全員って……ここに入る十人を? まあ、そう言われちゃやらざるを得ないけどよ……警備の連中は何やってんだか」

「いや、さっき聞いた話だと一号研究棟に侵入者が一人で乗り込んで、もうヤバいらしい。実験体の脱走が始まってるってよ」

「マジかよおい」

 騒めきが広がる。だが、齎される情報に引っ掛かりを覚えたらしい看守の一人が、伝令役に一つの質問をぶつけていた。

「侵入者が一人だけ? とっとと取り押さえれば良いじゃねえか」

「それが馬鹿強いらしくて……赤っぽい(もや)を操る能力者だって聞いたぞ。そりゃ警備の人間でどうにか出来る訳もねえだろうさ」

「能力者? おいおい、冗談きついぞ。そうなるとここもっととズラからないと、攻撃される危険がある訳かよ」

 騒めきが、より一層大きくなる。

 一方、綾音は聞こえてくるその内容から、誰かが助けに来てくれている事を理解して、僅かな希望を胸に抱く。

 ――もしかして、護?

 榮森から聞いた話では、山道での戦闘で見た赤黒い(もや)を操る男性は、己が幼馴染である護らしい。

 その能力者の存在は、これまでも何度かSNSで話題になっただけに、綾音も良く知っている。もし本当にその正体が護で、彼がここへ助けに来てくれているのだとしたら――。

「謝らなくちゃ」

 これまで、あれだけ迷惑をかけて、今回なんて今までと比べ物にならないくらい迷惑をかけてしまって。

 仮に彼だったとしたら、誠心誠意謝って、感謝の意志を伝えよう。

 でも、何て喋ったらいいんだろう? どの面を下げて会えば良いのだろう? 自分は散々、彼の事を疑って、善意に気付けなかった愚かな人間だというのに。

「おい実験体ども! 今からこの場所より移動する。下手な抵抗なんて考えるんじゃねえぞ!」

「…………」

 動揺を押し殺して、高圧的な調子で命令を下してくる看守の声を聞き流す綾音の心は、自責のせいか暗く沈んでいた。



◆◇◆



 やはり綾音の姿は、そこには無かった。

 事前に研究員から情報を聞き出した通り、綾音はもう一方の研究棟に収容されているのだろう。思い切り舌打ちをしてやりたい気持ちを堪えて、俺こと百鬼 護は一人の男に問う。

「ここに居るのは、これで全員なんだな?」

「あ、ああ、間違い無い。全部で八人だ」

「……八人? 十人くらいいるって話だった筈なんだが」

 事前に聞き出していた情報との齟齬に眉根を寄せながら問い返せば、それだけでも問い詰められた相手は声を上擦らせていた。

「し、知らない! 俺も良く知らないが、途中で実験体から抜かれたんだ! それ以上は俺も知らない!」

「そうかい、説明御苦労」

 鉄格子の一部屋に入れられた研究員にそう言ってやった俺は、それから居並ぶ八人の民間人を眺める。

 彼らは年齢も性別もまちまちで、下は二十代前から五十代まで幅が広い。しかしその誰もが、顔に疲弊の色を滲ませていた。

「今からここより脱出する。俺の指示には従って欲しい」

「あ、アンタは何者なんだ?」

「ただのしがない一般市民だ。良いから、助かりたいなら俺の指示に従っとけ。じきに助けも来る」

 既に、外で控えているプサッフォーには合図を送ってある。彼女なら、その持ち前の転移能力であっという間にこの場所まで乗り込んで来る筈だ。

「そうは言うけどな、アンタのそのふざけた仮面と言い、何だか信じきれないんだよ」

「……身バレ防止の為だ。このデザインの仮面を着ける羽目になってるのは、俺としても甚だ不本意だけどな」

 苦笑して答えながら、俺はひょっとこ(・・・・・)の面を軽く叩く。だがそれでも遠慮なく猜疑の視線を向けてくるのは、五十代半ばほどの年配の草臥(くたび)れた男だ。

 他の者からも似たような視線を向けられている事を感じ取った俺は、肩を竦めて言ってやるのだった。

「俺を怪しいと思うのならここから動かなければ良い。強制するつもりはないからな。アンタら一人一人を説得する時間も惜しいんだ」

「…………」

()るか()るかはそっちの自由だぜ。博打を打ちたくない、このままが良いっていうのなら大人しく牢屋の中に戻るんだな」

 この場にある複数の鉄格子で仕切られた部屋を顎でしゃくって示すが、この場にいる八名の老若男女は誰一人としてそこへ戻ろうとはしなかった。

「じゃあ全員、こっちに従ってくれるって事で良いんだな?」

「どうせなら警察とかの方が信頼出来るんだがね、この状況ではそうも言ってられないだろ?」

「……警察? 馬鹿言え、それこそ信頼なんざ出来ないぞ。アンタらを実験体扱いしてんのには、警察すらも一部嚙んでるんだからな」

 渋々、と言った様子の老境に差し掛かった男の言葉を鼻で笑ってやれば、場は動揺に包まれた。誰もが、俺の失笑と共に放たれた言葉に耳を疑ったらしい。

「ば……嘘を言え! こんな、こんな非人道的な実験を行って、許される筈がない! 明るみに出れば警察だって……」

「だが実際に助けに来たのは警察でも何でもない一般人だ。警察を頼らなかったのは何でだと思う? 頼りにならないからだ。つまり、そう言う事だ」

 正確に言えば、魔法という特殊能力への対抗手段を警察が持たない事も理由の一つであるのだが、話がややこしくなるので敢えて伏せる。

「な、なら……」

「おっと、話はここまでだ。アンタらにお迎えだぞ」

 実験体としての扱いを受けていた彼らは、まだまだ俺に訊ねたい事が山積みとなっているみたいだったが、時間はここまで。

「ちょっとゆっくり来過ぎじゃないか、プサッフォーさん?」

「そんな怒らないでよマモル。私の能力は基本的に視界に映る範囲でしか一気に転移出来ないのよ? 建物内なんて見通しの悪い場所じゃ、どうしたって進みは遅くなるわよ。って言うか、一々能力使うのは効率も悪いし」

 部屋の扉を開けて悠然と入って来るのは、褐色肌をした和装姿の美女だ。そのエキゾチックな顔立ちには変わらず嫣然とした笑みを湛え続け、まるでレッドカーペットを通る女優みたいでもあった。

「……俺は転移能力なんて持ってないから、どこまでが本当か知らないけど、もう一方の研究棟を制圧した時はもっと早く駆け付けてくれよ?」

「分かったわよ。でも、和服だと走りづらくていけないわ。脱ごうかしら?」

「そこまではせんで良い。立派な変態じゃないか」

 ここは敵地の真っ只中だというのに緊張感の欠片も無い事をのたまうプサッフォーには、自然と苛立ちが蓄積する。

 これ以上、無駄な時間を喰わせる心算(つもり)なら後で強く文句をつけてやろうと思っていると、俺の心を読んでかは知らないがプサッフォーは動き出していた。

「それじゃあ、私はこの人達を安全圏まで避難させるわね。マモルはもう次の方に向かっていいわよ。もう一棟の方にいるんでしょ、アヤネちゃんが」

「……何なんだ、その顔は?」

「べっつに? ただ応援しているだけだもの。むしろマモルは私から何を感じ取ったのかしら?」

「……救出作業を再開する。プサッフォーさんも抜かるなよ」

「了解。素直じゃないのね」

「そんなんじゃねえって言ってるだろ」

 救出した人々の脱出誘導をプサッフォーに任せ、俺は更にもう一棟の実験施設へ足を向ける。自然、その足取りは()き立てられるみたいに早くなっていた。

「クソ野郎どもが、よくもこんな胸糞の悪い真似を……!」

 さっきの研究棟で救出した八人を見ただけも、この場でどれだけ人としての尊厳を踏みにじるような真似が行われて来たのかは想像に難くない。

 何が行われていたのかは深く聞く気にもなれないが、八人全員が疲弊と不安と諦観をその全身から漂わせるだけの何かが行われていたのだろう。

 そしてその中に、この前助け損ねた幼い女の子と、更には綾音まで含まれているとなれば、口惜しさも一入(ひとしお)だった。

「必ず助ける、必ず……!」

 もう一方の研究棟までの距離は、五十メートルほどか。身体強化を施した脚力ならあっという間のものだったが、穏やかではない俺の心からすれば、それでも遅い。

 叶うなら、今この瞬間には綾音を始めとした面々を牢から救出し終えていたいくらいなのだ。

 ……だが、そこで思わぬ邪魔が入る。

「――っ、この魔力は!?」

 研究棟の入り口まであとほんの少し、そこまで差し掛かったところで、悪寒に襲われた俺は急制動を掛けていた。コンクリートで敷かれた連絡通路を運動靴がガリガリと引っ搔いて、ある程度走っていた勢いが衰えたところで、横っ飛びに回避。

 そして。

「――っ!!?」

 さっきまで俺が立っていた空間を、灼熱の炎が焼き尽くす。


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