第一話 看過せざる事態②
◆◇◆
同時刻、同じ製薬会社の敷地内。
そこに、毛利 吉政は居た。彼は天井の破砕された室内で、銀髪三白眼の男を見据えて切っ先を突き付けるのだ。
「“アーベント”。貴様も出張ってくれるとはな……そっ首、今ここで叩き落としてくれるわい!」
「口を開けば首、首とな。相変わらずの首狩り蛮族ぶりには、関心を通り越して呆れすら湧いて来るぞ」
「儂からすれば、貴様らのしぶとさに呆れかえっておるわ。とっとと我が刀の錆となれい!」
瓦礫の転がった床を、蹴る。先に動いたのは吉政だった。
天井に穴の開いたその室内は人工灯の光は殆ど無く、ただ月光ばかりが寂しく差し込んでいた。
それはつまり、この場が戦闘をする上でこの上なく不向きである事を示していたのだ、が。
「こんな所で君らに斬り殺される訳には行かないのでな……私より先に、君が死んでくれると嬉しいのだが?」
「ちぃ、鬱陶しい風を纏いおってからに!」
「……? 私の風魔法が霧散させられた? ……厄介な性能の付与された武器じゃないか」
吉政の持つ漆黒の刀身が振るわれると同時に、“アーベント”の操る風魔法が無効化される。
即座にその事実を察した“アーベント”は、怜悧な顔立ちに皺を刻みながら次なる手を打っていた。
「透明化しているヨシマサと、コンスタンディノスだったか? となれば、その透明化の原因から排除する!」
「……うぉっと!?」
“アーベント”と“クリュザンテーメ”が対峙するのは、吉政の他には二人。
その内の一人は、戦闘能力がお世辞にも高いとは言えないだけに、“アーベント”の狙いは実に理に適ったものだった。
「あぶねえなこの野郎! 殺す気か!?」
「紅床 悠太……ここしばらく、行方を追っても見つからない訳だ。百鬼組と合流していたか」
「そりゃ、アンタらみたいなヤバい連中につけ狙われたらそうもなるっての。あーもう、災難続きだぜ」
間一髪、アーベントの攻撃を勘で躱しきったラッキーボーイこと紅床 悠太は、攻撃の矛先を向けられた動揺のせいで透明化を解除していた。
当然、それは吉政とコンスタンディノスの透明化も解除された訳であるが、両者はその事について特に文句を垂れる事はしない。
「ここまで来れば、いつまでも体だけ透明化させておく必要もないからのう。コンスタンディノス殿、儂と連携、期待しておるぞ」
「うむ、姿が互いに見える分だけ動きやすいのだからな。我に任せておけい!」
そもそも、二人の持つ特殊加工が施された刀剣は、魔力を受け付けない性質上、紅床の透明化能力の効果を受けられなかったのだ。
つまり、漆黒の抜身だけは誰の目にも映っていただけに、ここで吉政とコンスタンディノスの透明化が解けたところで大した問題など無かったのである。
「紅床、お主は下がっておれ」
「へいへい、足手纏いは退散しときますよってね。何かあったら呼んでくれよ~?」
能力者同士の戦闘に、透明化以外の特殊能力を持たない紅床は足枷にしかならない。その事を彼本人も重々承知しているからか、不満を漏らす事もなくその場を後にするのだった。
「逃がさない、紅床……!」
「おおっと、通さんぞ“クリュザンテーメ”! ここを簡単に抜けると思うでないわい」
「無理にでも通ろうとするのなら、我らの剣がその命を刈り取るまでよ! ふはははははははははは!」
強硬に突破しようとする気配を見せる少女――“クリュザンテーメ”だが、その行く手を当然のように阻む武士と騎士に、乏しいながらも不快さを露わにしていた。
「不愉快。“アーベント”、思い切りやってもいい?」
「止めろ“クリュザンテーメ”。ここは一般人もいる製薬会社の工場敷地内だぞ。下手な目撃者や死者を出してみろ、余計な騒ぎを起こしかねない」
「じゃあ、加減する」
「程度による。この辺一帯を吹き飛ばす様なら却下だ」
「…………」
“クリュザンテーメ”の内心まで見透かしてばっさりと切り捨てる“アーベント”。にべにもないその態度に、彼女は若干だけ両頬を膨らませていた。
そんな彼女の頬を軽く突いて空気を抜かせた“アーベント”は、溜息を吐きながら言うのだ。
「メインは私が攻める。お前は援護に回れ」
「……了解」
不自然な風が吹き荒れ始める中、既に臨戦態勢を整えたらしい“アーベント”が吉政とコンスタンディノスを見据えた。
「君ら二人には、ここで捕まって貰おう。貴重な実験体だ。榮森課長に差し出す土産にも丁度良い」
「大きく出たな、身の丈に合わぬ事を言い出すのは勝手だが……後々無様を晒すだけだと知れ」
「ほう、もう私に勝った気でいるのかね? ……甘く見られたものだ!」
本格的な戦端が、開かれる。
その気配をこの場の四名誰もが感じ取って、神経を研ぎ澄ませていた。
◆◇◆
歩きながら、俺は顔を隠す為に家から持って来たひょっとこの面を被る。正確には、他のデザインの仮面を持って行こうとしたのに、面白がった組の人間からこれを無理矢理持たされたのだ。
甚だ不本意で、工場の敷地内を歩きながら自然と不満の滲んだ溜息が漏れた。
「俺が侵入してる旨も、もうこの製薬会社の方に情報入ってるんだろうけど……その割には警備も笊だ。奇襲隠密行動のお陰って奴かね。毛利さん達の陽動も上手く行ってるって事なんだろうけど」
先に研究員から聞き出していた情報を元に、実験施設の一棟に足を向けた。
入り口では厳重でハイテクなセキュリティロックまで掛けられていたものの、所詮は魔法に対する体制を持たない施設だ。
俺が能力を行使して抉じ開ければ、それだけであっという間に破壊が成功していた。
「な、何だね、君は!?」
「ここは部外者立ち入り禁止だぞ!? 誰か、警察を呼べ! 警備員と外部の警備会社も!」
「はん、人体実験だの何だのをさんざんやっておきながら何言ってやがんだ。ここに囚われてる人たち、解放させて貰う!」
「な、何を……!?」
徹底的に厳重なセキュリティロックと扉を力づく破壊して侵入した俺が、目立たない道理はなかった。
中に足を踏み入れた時点で、扉の破壊音を聞きつけたらしい研究員や警備員が駆け付けていて、入り口付近には無数の人間が集結していたのである。
「侵入者は一人だけだ! ふざけた仮面着けやがって……取り囲んで捕まえちまえ!」
「……邪魔すんじゃねえ。退け」
どれだけ屈強な人間でも、数の多さで圧殺してしまえば良いと、この場に出くわした多くの者は思ったのだろう。
警備員だけでなく多くの研究員も俺を取り押さえるべく駆け寄って来るのだが、残念ながら俺はただの人間ではない。
「退けって言ってんだろうが!」
真っ先に近付いて来た警備員の一人を派手に殴り飛ばしてみれば、それだけで一瞬、彼らの動きが鈍る。
そしてその隙を活かして、周囲に素早く赤葡萄酒色の魔力を展開させてみれば、この場に居合わせた誰もが目を剥いていたのだった。
「これは……!」
「まさかコイツ、能力者!?」
「おせえよ、気付くのが」
俺という存在が常人の埒外に居る事を今更になって悟った彼らは、もう全てが遅すぎた。
次の瞬間には、拳大の無数の砲丸が研究員や警備員たちを襲い、瞬く間に意識を刈り取って制圧していたのである。
……ただし意図的に一人の研究員だけは、倒さずに。
「おい、そこの。一つ訊きたい」
「ひっ!?」
見るからに荒事とは無縁の生活を送っていたのであろう研究員に視線を向ければ、それだけでその男は情けない悲鳴を漏らしていた。
「この建物に実験体となった人たちが収容されている、で認識はあっているんだろうな?」
「そ、それは……」
「下手な嘘はつかなくて良い。既に情報は聞き出しているから、これは単なる最終確認だ。やってもやらなくてもいい念押しって奴だよ。それで、どうなんだ?」
意図的に圧力をかける目的で、ゆっくりと距離を詰めてやれば、男は吐く息を震わせながら一歩、二歩と後退る。
だけど、背後の事が目についていなかったらしい彼は、呆気なく廊下に背中を打ち付けて逃げ場を失っていた。
「どうなんだ? 早く答えろ」
「……お、お前の言う通り、ここはそう言う場所だ。実験体にされているのは、大体二十人くらい」
回答は、既に聞き出していた内容と殆ど同じ。ここまで裏付けが取れたのなら、もういよいよ間違い無いと確信した俺は、最後に一つ質問を投げかけた。
「美才治 綾音という名前に聞き覚えは? ここに囚われていると聞いたんだが」
「……ビサイジ? いや、知らん」
「嘘を吐くと碌な事はないと思っておけよ?」
壁を背中に負い、身動きの取れなくなった研究員との距離を詰める。詰める。詰める。
額が激突しかねない程の距離で詰問するが、それでも返答は変わらなかった。
「ほ、本当に知らないんだ! 俺らだって、実験体の個人情報を深く掘り下げる事は禁じられてる! 情が移るとか何とかでな!」
「……そう。なら最近、十歳くらいの女の子と、高校生くらいの女の子が実験体に含まれたりはしたのか?」
「あ……ああ、それはある。名前は知らないけどな。年齢のデータを見た時に、若くて驚いた。最近の事だったし、良く覚えてる。もう一つの研究棟に収容されてる筈だ」
「なるほど。分かった、情報提供感謝する」
聞き出したかったことは、これで一応聞き出せた。
研究員の返答に満足した俺が詰めていた距離を離せば、彼はへなへなと腰を抜かしていたのだった。
「……な、なあ、アンタは何の目的で、何者で、どうしてこんな所に首を突っ込んで来たんだ? こんなアンダーグラウンドな実験の行われている場所に乗り込んで、タダで済むと本気で思ってんのか?」
「それはこっちの台詞だ。迂闊に俺らへちょっかいを掛けて来ておいて、タダで済むと思ってんじゃねえ。お前の上長にもそう伝えとけ」
「ひ……ひっ!?」
気付けば俺は、研究員の胸倉を掴んで凄んでいた。
しかし、ふとこれ以上貴重な時間を浪費できない事を思い出して、即座に手を離して――。
「お前も寝とけ」
「え?」
無造作に繰り出した裏拳が研究員の顎を捉え、一瞬にしてその意識を刈り取っていたのだった。
これで、完全に辺りの制圧成功した事を確認した俺は、しかし舌打ちを漏らす。
「綾音はもう一つの研究棟側なのか……引きが悪かったな」
今からそちらへ向かうべきかと、もう一人の自分が問うてくるけれど、是とはできない。だって、今こうして乗り込んだ研究棟の中にも、実験体として囚われている人が居る筈なのだから。
ここまで来て彼らの存在を後回しにするのは、非常に効率が悪かった。
「まずはこっちから、ちゃっちゃと助け出そう。プサッフォーさん? 聞こえる?」
『ええ、聞こえるわよ』
無線イヤホンを装着した耳を押さえながら呼び掛けてみれば、すぐに妖艶な声が返って来る。間違いないプサッフォーのものだ。
即座にそう判断して、俺は彼女に告げる。
「二つある実験棟の一つに侵入完了。今から救出作業に入るから、こっちが準備整え終わったら転移してきてくれね?」
『了解。じゃ、楽しみにしてるわね?』
「あいよ」
それだけで話を打ち切って、俺は研究棟の深部へと侵入していく。
てっきり罠やそう言った類のものが仕掛けられているかと警戒していたのだが、蓋を開けてみたらどうだろう。
「……案外、何も無いもんだな。監視カメラとかはあるけど」
こう言った施設は、機密性の重視で突拍子もない罠の一つや二つがあってもおかしくないと思ってしまうものだが、現実はそうでもないのか。
罠のメンテナンスなども考えれば無理のない話だと一人で勝手に納得していた俺は、廊下の突き当りで特別頑丈そうな扉に行く手を阻まれていた。
「カードキーとか網膜、暗証番号系のセキュリティロックかな……うわ、面倒臭そうな奴。まあでも、正直それがなくても行けるしな」
恐らく、常人では突破は困難を極めるであろう厳重な施錠の施された、鈍重な扉。
だけどそれは、あくまでも地球世界の中の日本国において強固なセキュリティを誇っているというだけの話であって。
「……俺の能力に掛れば、ってね!」
凝縮された赤葡萄酒色の魔力は砲丸を形作り、そして。
鋼鉄をも、強引に破壊する――――。
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