第一話 看過せざる事態①
松ヶ崎市、その中心市街にある製薬会社。
その一角に俺は居て、そして散弾銃の銃口を突き付けられていたのであった。
「今度こそ死んで貰うぜ、百鬼 護!」
「……っ!」
肌寒い、睦月の夜空に乾いた音が響き渡る。
だがその弾丸は俺に当たらず、赤葡萄酒色をした壁によって阻まれるのだった。
「残念だったな、ヘンリー?」
「野郎、またそれか……!」
「それ言ったら、お前だって懲りもせず散弾銃使ってるじゃねえか。俺には碌すっぽ当たらないって分かってるだろうに」
展開した魔力の盾は、散弾銃の弾丸程度が貫通する事を許さない。盾のイメージを組み立てている俺の思考が若干だけ揺さぶられるものの、それだけなのだ。
盾の向こう側で、ヘンリーが舌打ちする。
「百鬼 護! テメエ、どこまでも人の事を馬鹿にしやがって……俺らは元の世界に戻る! その為に、お前らにゃ消えて貰わなくちゃ困るんだ!」
「……元の世界に戻る? 出来る訳ねえだろ」
「黙れ! 敵の言葉に、耳なんて貸せるかよ!」
再び、発砲音。それも二つだ。
二丁の散弾銃から放たれた散弾は、十字砲火となって俺に襲い掛かるものの、やはり俺の作り上げた魔力の盾を破るには至らない。
カツンカツン、と盾に叩き付けられる鉛玉の衝撃は、俺にしてみれば周囲に蚊が跳び回っているような煩わしさしかなかった。
「チマチマと豆鉄砲で邪魔しやがって……退けよヘンリー。それに、ローダだっけか? お前ら、いつまで“ノクス”の甘言に乗せられてるつもりだ?」
「うるせえぞ! お前の言葉に貸す耳なんざない! ……ぐっ!」
「認めたくはないかもしれないけど、元の世界に戻るなんて無理だぞ。戻りたくても戻れない奴は、百鬼組に沢山居るからな」
ヘンリーらの使っている散弾銃は、再装填を行う都合上どうしても隙が出来る。そこを衝いて防御を解いた俺が反撃に転じれば、状況はあっという間に一変した。
「どうしても通さないって言うんなら、前回同様にアンタらは戦闘不能になって貰う。恨むなよ」
「このガキが……上から言いやがって、むかつくぜ!」
「アンタらと俺とじゃ、それくらいの差があるって事だ。二人がどんな能力を持ってるのかは詳しく知らないけどな」
「……っ!」
俺が放った魔力の砲丸を、二人は素早い身のこなしで間一髪で躱して見せる。見た限りではどちらも身体能力が強化されている素振りも無いのに躱している事実に、彼らの技量の高さが窺い知れるものだった。
「この前戦った時よりも厄介さが増してる?」
「俺らが護みたいな奴にやられっぱなしでいられるわけねえだろ! 一度だって戦えばお前の狙いだってある程度は絞れるさ」
「普通は簡単に出来るもんじゃない筈だけどな」
どうやらこの二人は相当な戦闘センスを持ち合わせているらしい。羨ましい事だ。
こちらの攻撃を躱しながら再装填を終えたらしいヘンリーとローダは、物陰から身を乗り出して発砲。
「ちっ……!」
散弾銃の厄介さは、その面制圧能力にある。射程が短い分だけ短距離での威力と一度に弾がばら撒かれるのだ。
どれだけ動体視力を鍛えようとも飛び散る弾丸を見切るのは到底不可能だし、躱しきるなんて以ての外である。つまり、防御を取らざるを得ないのだ。
「やっぱその銃、邪魔だな……」
「言っとくが、今回はこれだけじゃないんだぜ!?」
「あぁ……っ!?」
また違う、銃の発砲音。
散弾とは段違いの威力を誇るその弾丸は、広く浅く伸ばしていた俺の魔力盾を一撃で貫通していたのだった。
「は……何の絡繰りだ?」
「どーだ、驚いたか? 散弾銃しか撃たないと思ったら大間違いって事だ」
脇腹を掠めた銃弾に冷や汗を流さずにいられない俺を見て、ヘンリーは得意気に笑う。
そちらに素早く一瞥をくれてやればそこにはライフルを構えた彼の姿があり、更に言えば視界の隅で散弾銃を構えるローダの姿も目に付いた。
「やってくれんじゃねえの!」
ヘンリーとローダの狙いは、散弾銃とライフルの十字砲火だ。散弾対策で防御を広げれば、ライフルの強力な一射で撃ち抜く。逆なら、散弾が隙間を穿つ。
二人の狙いを瞬時に理解した俺は、しかし絶望などしない。むしろ口端を緩めて、ヘンリー目掛けて驀進するのだ。
「俺の勝ちだな」
「んだと、このガキ正気か!?」
「駄目だヘンリー、距離を取ってくれないと援護が……!」
強化された脚力を活かして、俺はヘンリーに肉薄すれば、それだけでローダの持つ散弾銃は使いどころが無くなる。
結果、あっという間に一対一の状況に持ち込まれたヘンリーは、舌打ちを漏らしながら慌ててライフルを発砲していた。
が、当たらない。
「残念。焦った狙いじゃライフルでも俺は殺せないぞ」
「……やってくれんじゃねえの!」
頬を掠めた弾道には目もくれず、俺は赤葡萄酒色の砲丸を撃ち出せば、それをヘンリーが銃身で受け止める。
それはまるで、野球のバッターが死球をバッドで上手に受け止めているみたいで、しかし強度と威力の問題でライフルはグニャリと歪んでいた。
「じゃあな。俺は急ぎなんだ。押し通らせて貰う」
「ま、待ちやがれッ!」
魔力で作られた砲丸を受け止めたヘンリーのライフルは、もう銃身も曲がって使えない。つまりは、狙撃の危険もない。
奇襲を受ける危険を考えたら、ここで二人を戦闘不能に追いやるのも悪くないかもしれないが、今は時間が無いのである。
「コンスタンディノス達が時間を稼いでる間に……!」
この製薬会社の工場には、無数の人々が魔法の人体実験の材料とされているのだ。彼らを救出する為にも、ここで無駄な時間を喰っている場合では無かった。
「間に合え、綾音……!」
幼馴染の少女も、どういう訳かここに囚われていると聞く。その話が嘘であってくれれば嬉しい事はないが、恐らくは事実だろう。
何せ美才治 綾音は、ここ暫く消息不明。おまけに家に帰らないせいで、彼女の家族も安否を心配しているのだから。
彼女の両親は警察にも捜索願いを届けているとは言っていたが、この人体実験には警察の関係者も噛んでいる。彼女が警察の協力によって「発見」される事は、まずないだろう。
「……“ノクス”も、警察の一部も。何の報いもなしで終わると思うなよ」
同じ敷地内で聞こえる、金属の打ち鳴らされる音を耳にしながら、俺は囚われた人々の姿を探していた。
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