エピローグ
この家の住人は、何だか忙しそうだ。
普段はそうでもないし、非常にまったりとした日々を送っているかと思えば、急に慌ただしくなって、まるで戦争にでも行くかのような顔を見せる。
その落差について行けず、何度と心地良い寝場所を奪われた事か。
「毛利とコンスタンディノスが敵に見つかった。身動きが取れなくなると考えたら、やはり護を援護に向かわせるべきか?」
「いや、百鬼殿、それは待った方が良い。むしろ、それを囮として活用した方が良いかもしれん」
「囮?」
「そうだ。現状、ノクスも警察も、戦力を分断せざるを得ない状況下にある。特に警察は、我々が囮として街にばら撒いた精巧な銃の玩具の対応に追われているだろう。つまり、警察が向上にやってくるまではまだまだ時間がかかる」
「その充分に稼がれる時間を活用して、護を向上に囚われている人たちの救援に向かわせるという事か」
「正解だ。現状、この状況での戦闘は敵もこちらが深くまで潜入して来た事を知らしめ、そちらに対する注意が向きがちになるのは当然だ。その隙を縫うのも、実に有効だろう」
「分かった、では護にはその方向で指示を出そう」
また一つ、慌ただしく状況が動いたようだ。
掌ほどの大きさしかない板に向かって様々に喋り倒している姿はこちらからしたら不自然で間抜けな絵面にしか見えないが、その板はどういう原理か音を発する。
初めて目にした時は訳が分からなくて頭がこんがらがりそうだったが、もう慣れた。
あれは、そう言う物なのだと自分自身に納得させて終わりにしたのだ。何せ、考えたら考えただけドツボに嵌りそうな気がしたので。
更に言えば、今の自分が置かれている状況自体がもっと意味分からないものだったので、音を出す板の事など割とどうでも良かったのだ。
「…………」
じっと、己の体を見下ろす。
かつてとは比べるまでもなく小さな体。毛むくじゃらの体は寒さをものともせず……いや、寒い。
毛皮に塗れているくせにこの体は寒い。他人の膝の上か何か暖かいものの近くにいないと寒くて堪ったものではない。
そんな有様だから、この体を埋め尽くす毛は飾りなのかと思ってしまうくらいだ。
おまけに昔とは好みだってガラリと変わってしまった。特に食べ物は顕著で、昔の好物よりも好きなのではないかと思える物と出くわしてしまってから、己の行動原理は覆されまくりである。
己の不甲斐なさを呪い、何度と抗おうとしたのだが、イ〇バ製ちゅ~るの破壊力には抗い難かった。
美味かったなあ……。
「…………」
いかんいかん、話が逸れてしまった。
それで、自分が今、気にしているのはこの家の騒がしさについてだ。
まるで戦場を思い起こさせるその気配は、昔を思い出して血が滾る。
故国を失い、追われ、異郷の地で将軍として故国再興も叶わず朽ち果てる己の中で、とうに枯れ果てたと思っていた高揚感が取り戻される気がするのだ。
今度こそ、と思う気持ちが自分の中で強くなり、死の淵で感じた絶望、無念、未練、憤怒といったものを晴らす機会が、こうして与えられたのではないかと、思う。
だが、この体では折角の好機も中々訪れはしない。この状況に甘んじていては故国の再興など夢のまた夢だ。
しかしまだまだ諦めない。
何としてでも、大願を成就させるのだ!
「…………」
何としても……あ、紐がプラプラしている。
紐が、紐が……。
「っ!」
おっと、いかんいかん、こんな些末事に気を取られていては皇帝(シャーハンシャ―)としての品位を問われてしまう。
己はこんな所で下らない事に時間を喰われている場合ではない。だからこそ、どうにかして……。
「おーい、猫ども! ちゅ~るだぞ!」
どうにかして……。
「ちゅ~る!」
どうにか……。
「ちゅ~るだぞー!」
どう……。
「ほら、要らないのかちゅ~る?」
ど……。
「数量限定、ちゅ~る欲しい奴集まれ~!」
わーい、ちゅ~るだぁ。
やっぱ美味い。故国の再興は食べてから考えようか。そうしよう。そうした方が良い。
「…………」
「いや、しかし良い食いっぷりだな。殺伐とした空気の中でこういう光景見ると心が鎮まるぜ」
「金さん、そんな理由でちゅ~る上げないで下さい。太っちゃうじゃないですか」
「細かいこと言うなって、大手。それとも何だ、お前も食うか? アーンしてやるぞ?」
「……た、食べる訳ないじゃないですか! 馬鹿にしないで下さいよ!」
「何だよ、そこまで強く否定しなくたっていいじゃねえか。ただの冗談なんだし」
「そんなの知ってますよ!」
ちゅ~る美味ぇ。
止まんねえわ。ヤバいってコレ。病みつき病みつき。まだ全然足りねえ。もっとくれ。
「お? 何だ、まだ欲しいのか?」
「…………」
「駄目ですよ金さん! 塩分過多です!」
「分かってるっての。結構値段も張るしな。ほら、鰹節で我慢しろ」
「……!」
鰹節! かつおぶし! KATSUOBUSHI!!
ちゅ~るも良いが、それも悪くない。やはり分かっているではないか、コガネとやら。褒めて遣わす。
「たーんとお食べ。可愛いなあ、本当に」
「……この可愛さについては、私も否定はしませんけど」
「…………」
やっぱ鰹節美味いわ。でもちゅ~るも欲しいなあ。やれやれ、故国再興の夢は遠いものだ。
余が皇帝(シャーハンシャ―)としてパールサに君臨するのは、果たしていつになるか。その日が訪れた時、余は一生かかっても食い切れぬちゅ~ると鰹節を搔き集めて見せるッ!
ストックが尽きました。
九月の更新はお休みしますので、再開は十月です。
よろしくお願いします……。




