第五話 実行あるのみ⑪
◆◇◆
『潜入は途中で失敗。今は“クリュザンテーメ”、及び“アーベント”と交戦中だ。後詰の任務、しっかり果たせよ』
「了解。プサッフォーさん、こっちは何時でもいいぞ」
「そう。じゃあ、行くわね?」
一瞬にして、視界は切り替わる。
待機していた車の中から、製薬会社工場の屋根に、俺――百鬼 護は立っていたのだ。
「それじゃ、私はまた戻るわ。御武運を」
「プサッフォーさんも、ありがとね。撤退時はまた世話になると思うけど」
「ええ。その時は報酬も弾んで貰うわ」
その言葉を残して、褐色肌をした和装美女は姿を忽然と消した。
後には、俺一人が工場の屋根に立つばかり。
「……あそこか」
工場の屋根というそこそこ高い建物の上に立っているせいもあって、夜の街並みは相応に良く見える。
仄かな月明かりが相殺され、夜空に浮かぶ星々の光すらも減衰させられる夜景の中にあって、工場の一角で行われている戦場を発見するのは難しい話では無かった。
「派手にやってる……これじゃ警察が来なくてもそれ以外の人だって来ちゃうだろうに」
強烈な風が吹きつける音がする。ついでに言えば建築物が崩れる音すらもする。
夜にあって、その音は余計に街の夜空に響き渡っていて、野次馬がこの周囲に駆け付けるのも時間の問題だろう。
「こんだけ派手にやってるのは……わざとなんだろうな」
“ノクス”の連中は、警察の一部と手を組んでいる。何かがあったとしても揉み消せると踏んでいるのだ。
しかしそれとは対照的に、百鬼組は警察組織に比肩できる後ろ盾はない。大々的に不祥事を揉み消せるだけの力はないのである。
「最悪、今回の作戦は誰も救えないで終わる可能性すらあるんじゃないか?」
『そうさせない為にお前が後詰に居るんだろ? こちらからの指示通りに動け』
「失態を取り返す為にも、精々やらせて貰うよ。無理のない範囲でね」
そう言うと、俺は戦闘が行われている場所へ向かう――事はせず、闇に紛れて工場の敷地内に降り立つ。
「おい紅床、そっちの状況は? 戦況は?」
『その声は……百鬼 護だったか? さっきまでの会話から察するに援護に来てくれたんなら助かる。現状、二対二で俺には良く分かんねえ戦闘になってて……』
無線イヤホン越しでも、紅床が焦っているのが良く分かる。早口で、切羽詰まっていて、何より激しい風の音がノイズとなって入り込んでいる。
だが、だからこそ俺は彼に頭から冷や水を被せる様に冷たい声で話を遮るのだった。
「そんな事は聞いてない。毛利さんとコンスタンディノスさんはまだ余裕そうなんだな?」
『よ、余裕かどうかは俺が素人だから分からねえけど……今のところ、敵も味方も怪我一つねえよ』
「なら平気だな。ヤバそうになったらすぐに逃げろよ」
『え、ちょ、助けに来てくれたんじゃねえのかよ! 後詰なんだろ!?』
気のせいかさっきよりも焦り具合が増している様にも感じられるが、彼が話している途中でコンスタンディノスの雄叫びが聞こえるに、戦闘はまだまだ元気に続行されていると見て良さそうだ。
そうであるのなら、まだ暫くは放置して良さそうであるとも言える。
「後詰は必ずしも前衛を助ける為の存在じゃないって事だ。ヤバそうになったらすぐ逃げろよ。透明化能力があるなら、逃げるのもそんなに難しくない筈だ」
『だからって限度があるっての! 俺なんて大した戦闘能力なんて無いんだからさ……』
「気合で頑張れ。お前なら出来る」
『お前っ、とうとう俺の相手するのが面倒臭くなってるだろ!?』
「…………」
無線イヤホンから聞こえる彼の悲鳴に聞こえないふりをして、俺はそれ以上紅床と会話するのを止める。
とは言え、今は非常時。
誰とも密に連絡が取れるように、実戦部隊組は誰もが無線イヤホンを装着して通話状態にあるせいで電話を切る訳には行かない。
そのせいで、通話全体に紅床の悲鳴が響くのだった。
『護、煩いからアイツを黙らせてくれないか?』
「良いけどその場合、俺は別動隊としての役割を果たせなくなるんだが?」
『……処置なしか』
紅床の悲鳴の合間を縫って、父の溜息がイヤホンから鼓膜を揺らした。
それを聞いて、俺は思わず破顔しながら工場の敷地内を走る。途中、警備員と思しき者の背後を通り過ぎたが、彼らも戦闘の音に気を取られていた。
「上手い具合に陽動になってくれてる。これなら、上手く行きそうだな……と」
不意に、騒音に気付いたらしい白衣姿の男が建物内から姿を見せていた。出で立ちからしてこの工場の研究員だろうか。
もしかしたらこの工場内で囚われている能力者の研究に従事している者の可能性もある。というか、この時間まで工場に居るのだから、そうでない方が不自然かもしれない。
「こんな事態になったら、分からない事はすぐにでも訊ねるに限る……ってね。こんばんは」
「な……誰だ、お前っ?」
「おっと、静かに。下手打ったら頸動脈やるよ?」
即座に背後へ回り込んで、赤葡萄酒色の魔力で作り出した棒を男の首筋に押し当てる。
実際には首筋に押し当てたそれは、安全の為に刃物としての役割は為していない。だが、首筋に物が当てられている事実が、研究員にしてみれば命の危険を覚えたらしい。
「こ、殺すのか、俺を?」
「いいや、その必要が無ければやらない。質問に答えてくれればな」
上擦った声と、微かに感じる震えからして、明確に男は怯えているらしい。俺自身、この犯罪者然とした脅迫行為に罪悪感を覚えないでもなかったが、これはもう仕方ないと割り切る他に無かった。
「しつ、質問……?」
「ここの工場内に囚われて実験体にされている人たちだよ。知ってるんだろ?」
「し、知らないっ。俺は何も……」
「本当に? 嘘を言ってもすぐばれるぜ?」
「ひっ!?」
見せつける様に赤葡萄酒色の魔力を展開させる。同時にそれを俺が意のままに操って人間の手を象って見せれば、男の口から小さな悲鳴が漏れた。
「お、お前、もしかして……能力者?」
「その言葉が口から出るって事は確定だな。囚われている人たちの場所はどこだ?」
「ば、場所は……あそこだ」
震えながら、男は造られたばかりと思しき連絡用廊下に接続された建物の一つを指差す。そちらに目を向けた俺は、男の首筋により強くナイフに見せかけた棒を押し付ける。
「そこだけ?」
「え?」
俺が何を言っているのか分からない、と言わんばかりの男に、俺は逃げ道を塞ぐように低い声で問う。
「本当に囚われた人が居るのはそこだけなんだな?」
「……も、もう一カ所ある。あそこだ」
「ほー……二か所。それで全部なんだな?」
「ぜ、全部だ! 嘘は言ってない! 少なくとも俺は、それ以外の場所を知らないんだ!」
そう言って首を左右に振って見せる男に、俺は嘘の気配を読み取れず、これ以上詰問する事を諦める。
代わりに、また新たな問いを向けるのだ。
「中に囚われている人の内訳は? 何人だ? どっちに何人がいて、それぞれどんな人が収容されてる?」
「お、俺だって全部は知らないんだ! そんな事を言われても……」
震える声で紡がれるその言葉を、俺は舌打ちで遮った。時間が無いのだ。ここでそんな言い訳を聞いて、それから話を聞き出して、一つずつ問い詰めて真偽を確かめる時間的余裕がない。
今も“アーベント”達を相手に吉政達が戦っているが、ここで更に敵側に増援が来たりすれば戦局は一気に変わってしまう。
故に俺は、質問を手短なものに切り替えていた。
「なら全部で何人がこの工場に囚われている? 答えろ」
「お、多くて二十人、くらい……だっ!」
「随分と数が多い……その言葉に嘘は無いんだな?」
「ああ、本当だ! 誓って嘘じゃない! 捕獲した能力者や、犯罪を犯した一般人、それにこの研究に反対した研究者も実験体にされてるから……だから多いんだっ」
べらべらと喋ってくれる内容の中に、胸糞の宜しくない内容まで混ざっているだけに、思わず俺の眉が跳ねる。
だが、今はそれに対して拘っている場合ではない。この研究者の良心を問い詰めてやりたい気持ちを押し殺して、俺は悪態を吐くに留めるのだった。
「……なるほど。随分とあくどい真似をしてくれるゴミ溜めだな、ここは。因みに、美才治 綾音という名に聞き覚えは?」
「し、知らない! こ、これだけ話せば良いだろ!? 頼むから命だけは……俺を殺さないでくれ!」
「ああ、分かってる。殺しはしない」
もとより、“ノクス”でもない人を殺す気など毛頭ないのだ。俺が大人しく拘束を解いてやれば、男は驚きながらも自分が助かった事に安堵していた。
「あ、ありがと……う?」
「どういたしまして。寝てろ、ゴミ」
心底ほっとした様子を見せる男の蟀谷を、俺は躊躇なく殴る。相応の威力を乗せたその一撃は、たったそれだけで男の意識を刈り取って、芝生の上に叩き付けていた。
その男に、俺はもう一瞥もくれてやらず独り言ちった。
「……後は、全員救うだけだな」
赤葡萄酒色の魔力を纏いながら、二棟の建物に視線を向ける。
だが、その行く手を阻む様に二人の男女が俺を挟む。
「百鬼 護……また会ったな。今度こそ穴だらけにしてやる」
「そう言うアンタは……散弾銃の。ヘンリーとローダ、だっけ? まさかここでまた会う事になるとはね。邪魔だ、退け」
薄暗い中でも、彼らの容貌は良く分かる。男――ヘンリーは髭の濃い、彫の深い顔立ちをしている。女――ローダもまた彫の深い顔立ちをしているが、一方で華奢な体格をしている。どちらも紛れもない戦意を纏い、俺を睨み据えていた。
「残念ながら、そりゃ出来ない相談だ。こっちも事情があるんでさあ」
「……っ!」
「今度こそ死んで貰うぜ、百鬼 護!」
ヘンリーがそう言うと同時に担いでいた銃を構え、そして間髪入れずに発砲した。
騒々しい夜空に銃声が響き渡り、騒音に紛れて掻き消えたのだった。
【幕間】
コ「明るい……火も使わずにここまで明るく街を照らす技術があったとは……文明の進歩とはここまで偉大なのか」
吉「コンスタンディノス殿もそう思うか。儂も聞いた話でしかないが……電気を発見して光に活用したのはお主ら南蛮人らしいではないか。確か、亜米利加合衆国とか言う国の人間だとか」
コ「ほう、聞いた事はないが……その国の、誰が作ったのだ?」
吉「とーます・えじそん、というらしい。人伝に聞いた話だがな。どこまでが本当だかも分からん」
コ「ならこの時代に詳しい人間に聞けば良かろう。マモル、マモル!」
護「何だよ、一々そんなでかい声で呼ばなくても聞こえるっての」
コ「この電球を発明したトーマス・エジソンについて話を聞かせて貰えんか?」
護「急に何の話かと思えば……ネットのフリー辞典に載ってるくらいの内容なら説明してやれるよ。スマホもあるし」
吉「心強い。儂らもこの時代の文字が読めればここまで手間取らせる事は無いのだがな。助かる」
護「覚える気が無い癖によく言うぜ。日本語の読み書きを覚えてくれなきゃ後々困るって何度も言ってるのに……で、エジソンだっけ? 何が聞きたい?」
コ「発明について、他に何があるのか気になるが……そうだな、エピソードとかも聞かせてくれると有り難い」
護「へいへい分かったよー……っと、因みに今俺も調べて知ったけど、エジソンは電球発明した訳じゃないっぽいぞ」
吉「え?」
コ「モウリ殿、どういう事だ?」
吉「や、儂はただ話を人伝に聞いただけで……」
護「エジソンは改良しただけだとさ」
コ「では、誰が電球の発明を……?」
護「気になるなら自分で調べるんだな」
吉「吝嗇め! それくらい教えてくれても良いではないか!」
コ「そうだぞ! こんな所で尻切れトンボにされては、気になって眠れないではないか!」
護「子供か。それに、丁度良い機会だ。二人も日本語の読み書きができる様になっておけばいいだろ。特に毛利さんなんかは覚えるの簡単だと思うし」
吉「冗談ではない! あんなもの、日ノ本の言葉として相応しい文法を一切守っていないではないか! 儂は認めんぞ!」
護「ここで老害を発揮するか……めんどくさっ」
吉「誰が老害だぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」




