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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第七章 アメリカン・ロビン=フッド㊤
331/565

第五話 実行あるのみ⑧

◆◇◆



「“ゼー”、“レーヴェ”の具合は?」

「ぼちぼち、だな。百鬼(なきり) 護の一撃が相当重かったみたいで、回復にはまだ(しばら)くかかりそうだ」

 テーブルの上に頬杖を突きながら、“ゼー”と呼ばれた緑髪の男は眠そうな目をベッドに向ける。

 そこには顔面を包帯でぐるぐる巻きにされた男が寝かされていて、時折唸り声を上げながら呻いていた。

「あの……クソガキがっ、(いて)ぇ、(いて)ぇよ……」

「あんまり喋るな“レーヴェ”。体のあちこち、それこそ顔面だって崩壊も良いところだったんだぞ。ここで無理に動かされたら、やっと元に戻してやった顔面だって崩れかねねえ」

 そう語る彼の苦労を物語るように“ゼー”の目元には隈が出来上がっていて、疲労の凝縮された溜息を溢していたのである。

 しかし、そんなゼーの諫めにも、伏せっている“レーヴェ”が耳を貸す気配はなくて。

「うっせえ。……百鬼 護、アイツの顔面はぐっちゃぐちゃにしてやらなきゃ、気が済まねえんだ」

「はいはい、じゃあそのためにも、今はしっかり休んで傷を癒さないとな。お休み」

「っ」

 しゅる、と伸びた蔓の先端から飛び出した張りのような突起が、レーヴェの首筋を刺す。どうやら注射のように何かの液体が注入されているみたいで、途端に“レーヴェ”の瞼が重くなった。

「どうした、急に“レーヴェ”が静かになったみたいだが?」

「鎮静剤を打ち込んだからな。“シュピーゲル”もお一ついかが?」

「結構だ。何だか知らんが猛烈に嫌な予感がする」

 植物魔法の使い手であるゼーの体に、先端に針を持つ蔓が巻き付く。その動きはまるで蛇のようでいて、しかし植物が独りでに動き出す有様は常人であれば奇異に映る光景であろう。

 もっとも、この場に魔法を目にして狼狽(うろた)える様な人間が居る筈もなく。

「それにしても、“レーヴェ”がここまで手酷くやられるとはな。想定外も良いところだぜ」

「戦闘現場は確認したが、あれだけの出力を誇る威力を掻い潜って“レーヴェ”を戦闘不能に陥れた奴の実力は、着実に上がっている。口だけではないのだろう」

 冷静な口調で分析を口にして見せる“シュピーゲル”に、“ゼー”は大きな欠伸をしてから両肩を竦めて見せた。

「はた迷惑な……誰かとっととぶっ殺してくれればここまで手間取らせられる事も無かっただろうに」

「もう難しいんじゃないか? モウリと名乗る首狩り族に、コンスタンディノスと名乗る筋肉族……連中の前衛戦力が強すぎる。おまけにプサッフォーだったか? アイツの空間移動能力まで合わさっては、捕捉して殲滅するにも困難だ」

「そんな事を言ってたらもう任務が遂行できませんって匙を投げるようなもんじゃねえか。このまま手ぶらで本国へ帰って見ろ、“シュトローム”の奴になんていわれるか分かったもんじゃない」

 処置なし、と言わんばかりに諦観すら滲んで見える“シュピーゲル”と“ゼー”の会話に、金髪の男が割って入る。

 “アドラー”と呼ばれている彼は、普段と変わらない粗野な動作でソファーに腰掛けると、脚を組んでいた。

「俺はこんな所で終わる気はサラサラねえ。もっと上へ行くんだ。足引っ張ったら承知しねえぞ」

「落ち着けって“アドラー”。別に俺らだってサボろうとか、尻尾巻いて逃げようとか思っちゃいねえよ。ただ、正面から当たるにはちと厳しいって話なんだからさ。勝てないとは言わないが、被害が甚大にならないとも限らないだろ? 現にレーヴェだってこのザマだ」

 ちら、と“ゼー”が視線を向ける先には、穏やかな寝息を立てている包帯男の姿があった。

 アドラーも一瞬だけそちらに一瞥をやると、けれどすぐに“ゼー”と“シュピーゲル”を見据えて言う。

「そんな弱音ばかり吐いて、軟弱で柔弱な性根が見え透いているぞ。こっちの気まで削がれそうになる」

「客観的な事実を述べてるだけだぞ、俺も“シュピーゲル”も。それに、今は“アーベント”が動いてくれている。もう少し様子を見よう、な?」

 取り成すように笑みを浮かべて“アドラー”を諫める“ゼー”だが、その態度がもう“アドラー”にしてみれば気に食わないらしい。諫めも虚しく、余計にヒートアップしていた。

「もう少し、もう少しと……最初からずっとそれしか言ってないじゃないか! お前はいつまで“アーベント”の肩を持つつもりだ!?」

「肩を持っているつもりは毛頭ないんだが……強いて言えば、俺はアイツの才能を評価している。だから、奴なら上手くやってくれるんじゃないかって思ってるだけさ」

「それが肩を持っているというのだろうが! 言葉で理屈をこねくり回して誤魔化そうったって騙されねえぞ」

 胸倉を掴みかからんばかりの勢いで迫る“アドラー”だが、互いの息が掛かり程の距離に顔が近付いても、“ゼー”は取り成すみたいな笑みを剥がす事は無かった。

 それは傍から見れば不気味で不自然であったモノだが、当事者であるアドラーはそれに気付けるほどの冷静さを失っていた。

「お前は何でそこまで“アーベント”の肩を持つ? 俺がアイツと一体どこで劣っているっていうんだ!?」

「熱くなるな、アドラー。お前と奴とで違うところと言えば、そう感情的になるかならないかだ。理知的な行動がとれるという事は、それだけで評価され実績に繋がるという事なんぜ」

「俺が猪みたいな奴だと馬鹿にしてんのか!?」

「そこまでは言ってないんだが?」

 とうとう“ゼー”の胸倉を掴み上げる“アドラー”に、“ゼー”は両手を上げて抵抗の意志がない事を示して、状況が少しでも沈静化するように努めていた。

 すると、すぐに冷静さを若干取り戻したらしい“アドラー”も胸倉から手を離してソファーに腰掛け直していた。

 そうして事態が小康状態になった事を確認して、襟を正した“ゼー”は欠伸を噛み殺しながら言うのだ。

「“アドラー”だって、“アーベント”の優秀さについては疑っちゃいないんだろ? 作戦立案、指揮に至るまでな」

「ああ……もっとも、最近は失策が目立つ気もするがな。紅床(クレトコ)も取り逃がし、挙句には紅床を餌に俺らが百鬼の連中に誘い出されて“レーヴェ”が重傷だぞ? お前だって負傷した」

「……ここ最近の奴の戦績が精彩を欠いている事は俺も否定はしないさ。だからこそ、この前はアドラーに一時的に指揮権も委譲したんだろ? で、お前だって失敗した筈だし」

 違うか? と試す様な口調で“ゼー”が問えば、それだけで“アドラー”は言葉を詰まらせる。

「っ、あれは偶々だ! 次こそは必ず……!」

「そんな事を言い出したらそれこそ限が無いぞ。おまけに、失敗した原因を“偶然”と決めつけるのは危険以外の何物でもねえ。少なくとも“アーベント”は、それまでの反省を活かしてアプローチを変えている。お前にそれが出来るのか?」

 言葉の逃げ道を塞ぐように言葉を矢継ぎ早に繰り出されて、“アドラー”は左右の脚を組み直して上体を前に傾けて反駁(はんばく)する。

「ぐ、偶然なんだから仕方ないだろう!? その場で対応するにしたって限界がある」

「それは“アーベント”も一緒だ。お前の言い分の都合の良いところだけが認められると思わねえ方が良いぞ。そんな言動を重ねれば、信頼は不信によって蚕食(さんしょく)されて(つい)えるだけだ」

「……っ」

 すく、と座っていた椅子から立ち上がった“ゼー”は、すっかり言葉を失った“アドラー”の下に近付いていく。

 そして彼の耳元で、彼だけに聞こえる声で告げるのだ。

「“アーベント”は詰めが甘い。いや、情に甘いというべきかね。その点、お前はその辺を切り離して考える事のできる人材だ。“アーベント”にあって“アドラー”にあるものと言えば、真っ先にそれがあるんじゃねえの?」

「……それは俺を慰めてるのか、貶しているのか?」

「どちらとも取ってどうぞ。ただ、俺はそれをアドラーの強みだと思っている事は間違いねえ。今度の働きには期待してるぜ」

 まるでトリックスターでも気取っているのか、“ゼー”は意味ありげな笑みを浮かべて“アドラー”の肩を軽く叩いた。

 どこか超然とした彼の態度に、“アドラー”は怪訝な顔をしながら問うのだ。

「お前、何を考えてんだ?」

「愚問だな、俺が真っ先に考えているのはこの任務をいかにして効率よく達成するのか。ただそれだけだぜ?」

「……本当にそれだけか?」

「ああ。本当だとも」

 金の瞳に、眉間の皺に、“アドラー”は得体の知れないものを探る色を乗せる。

 だけど、それを“ゼー”は平然として、馬耳東風として受け流していて、感情の読めない満面の笑みを浮かべていたのであった。



◆◇◆


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