第五話 実行あるのみ⑦
◆◇◆
夜。
本来なら闇の支配する時間。
だけど人が暮らし、営みを紡いでいく中で闇はその範囲を徐々に減らし、隅へと追いやられていった。
火が、やがて時間を経て人工灯が取って代わり、夜の無くなった眠らない街が数々と出来上がっていったのである。
そしてそんな眠らない街――と言っても所詮地方都市――の松ヶ崎の中心市街を歩く毛利 吉政は、きょろきょろと辺りを見回していた。
「……何度見ても慣れんな、この街は。明るすぎる。おまけに匂いも強い。コンスタンディノス殿はどうか?」
「ヨシマサ殿と同感である。我の居た帝都でも、ここまで匂いが強く明るい場所はどこにもなかった。夜は月明かりとほんの少しの蝋燭が頼りになるばかりだったというのに……」
小柄な男の言葉に、大柄な男もまた物珍しそうに辺りを気にして、同意を示す。
一方、二人の遣り取りを耳にしていた男――紅床 悠太は、怪訝そうな顔をしながら言うのだ。
「何だお前ら、この街並でそんな驚くとか、どんな田舎から出て来たんだよ。ここよりもっと凄いところなんて幾らでもあるんだぞ? それこそ、東京とかな」
「東京……江戸か。話には聞くが俄かには信じられん話だ。儂が居た頃は江戸なんて片田舎だったのだが」
「アンタはいつの話をしてんだ? 江戸幕府が出来てから今に至るまで、日本の中心は東京だって事くらい今日日、小学生でも知ってるぞ」
どこまで一般常識が無いのか、と言わんばかりに紅床は呆れた態度を見せるのを、吉政は当然ながら快く思わないらしい。
すぐにむっとした表情になったかと思えば、間髪入れずに反論していた。
「仕方あるまい、儂は本来この時代にいる筈の無い人間なのじゃからな」
「……何言ってんだマジで? まあ良いや」
吉政とコンスタンディノスが、そもそも過去の時代からやって来た存在である事を知りもしない紅床は、もはやそれを真面に聞き入れようとすらしていなかった。
代わりに表情を引き締めると話題を切り替えて、両者へ注意を促すのだ。
「何はともあれ二人共、これ以上は必要以上に騒ぐなよ。人通りも少ない分だけ声も響きやすいんだ、下手したら警察に見つかっちまう」
「そんなに不味いのか?」
「そりゃそうだろ。俺は留置所から脱走した犯罪者で、アンタらは日本刀と大剣持ち。竹刀袋とかで隠しているから良いものの、職質されたら一発アウトだからな?」
アスファルトで舗装された歩道を歩きながら紅床が振り返れば、そこには一目見て棒状の何かを背負っている男二人の姿がある。
片道二車線を通る車の数も疎らで、歩道を通る歩行者の数も少ないが、だからこそ余計に棒状のものを背中に負っている二人の姿は目立つのだ。
「マジで気を付けろよ。アンタらの持ち物なんてしっかり銃刀法違反なんだから」
「……そんなものか。百鬼殿もその辺は気にしている様だったが」
「あー、もう。どこまで常識無いんだこの二人は」
訳が分からない、というように頭をボリボリ掻いた紅床だったが、またすぐに気持ちと表情を切り替えた。
「頼むからしっかりしてくれよ。アンタらにヘマされると、俺の仲間だって救い出せないんだからさ」
「無論、手を抜く事はせぬ。それよりも、お主の能力の方が気掛かりなんだが?」
「安心しろ、今日に至るまでだって全く訓練してねえわけじゃない。アンタら二人の姿を見えなくするくらいなら簡単な話だからな……おっと」
そこでふと、紅床が足を止める。
続いていた吉政とコンスタンディノスも足を止めれば、視線の先には塀で覆われた工場と思しき建築物が明かりを灯していた。
「ここだ、ここ。この製薬会社の工場に、俺の仲間が捕らえられてんだ。ついでに言えば、小さな女の子とかもな」
「護が救い切れなかった女の童か。良かろう、儂らに任せるが良い」
「ぬははははは、そう言う事だ。大船に乗ったつもりでいるが良い」
「静かにしてくれ、目立つだろ。……ったく、隠密行動って事を本当に理解してるんだろうな」
苦労が絶えない事にストレスが蓄積しているらしい彼は大きく一度溜息を吐いてから、吉政とコンスタンディノスに対して注意事項を口にしていた。
「良いか、俺の透明化能力は全方位から見て透明になるものだ。当然、そうなったら味方からも見えない。間違ってぶつかるとか、そんなヘマすんなよ」
「分かっている。儂らは既にここ数日はそれについて訓練も積んだからな。下手は打たん」
「だと良いんだが……それと、耳につけてるイヤホンは絶対外すな。姿が互いに見えないのに連絡が取れなくなったら大問題だからな」
「分かって居るとも、我を誰だと思っておる? ローマ帝国の皇帝にしてキリストの守護者たる……」
「はいはい、それはもう良いから、行くぞ」
また面倒な事が始まる前にと言わんばかりに、紅床は話を強引に打ち切って、自身の能力を発動させる。
するとどうだろう。彼の手に触れていた吉政とコンスタンディノスもまた、紅床の透明化が連鎖するように体が透き通っていく。
「おお……何度やっても慣れんな、これも」
「自分の体が自分の目で見えないというのは、何ともおかしな話である。……では、征くか」
「おい勝手に仕切んな。先導は俺だし、そうじゃなきゃ実験が行われてる建物の大体の場所、分からないだろ?」
勇み足で勝手に突撃しようとするコンスタンディノスを紅床は慌てて制止してから、塀の一角を指差す。
「あそこの塀を飛び越えるぞ。良いな?」
「ほう、手だけ透明化を解除する事も出来るのか。便利だのう?」
通行人が見れば、それは手首が浮いている様にしか見えないだろう。事実、吉政も驚きの声を上げていたが、紅床は誰にも見えないドヤ顔を浮かべながら再び手首を透明化させていた。
「能力を行使する者の特権だよ。アンタらみたいに、透明化を付与された奴は自分じゃ出来ない。あと、透明化の付与って言っても制限時間はある。気を付ける様に」
「承知」
「うむ、良かろう」
その返事を耳にして満足した紅床は、二人を連れて工場の塀を乗り越える。二メートル程度しかない塀だったので、吉政とコンスタンディノスに至っては易々と跳び越えていたが、透明化している両名の凄まじい身体能力は誰の目にも映る事は無かった。
「……で、どこへ行けば良いのだ?」
「あっちだ。一際大きい建物の、更に奥。向こうまで行って回り込めば分かる」
「そうか。では参ろう……む?」
そこでコンスタンディノスが言葉を切った直後、三人が立つ辺りを懐中電灯の光が照らした。
「おい、誰かいるのか!?」
「「「っ!!」」」
眩い光に照らされて、紅床達は息を殺す。
身動ぎ一つせず、ただその場で固まって、沈黙を保つのだ。しかしそれでも、三人の緊張は強くなる。
一方でその懐中電灯を照らす男に、別の男が声を掛けていたのだった。
「どうした?」
「いや、さっきここから人の話す声が聞こえた様な気がしてな」
「……どこにも見当たらないぞ? 気のせいじゃないか?」
聞こえてくるその会話は、この場に侵入者が居る事に関して懐疑的な内容だ。故に、紅床以下三名は誰しもが同じ姿勢のまま胸を撫で下ろす。
そうしている間にも、警備員の会話は続いていて。
「ああ、長時間牢の疲れが溜まってたのかもしれん。ここ最近、働きっぱなしで俺の頭がおかしくなったのか……」
「あり得る。何か知らんが、ここ最近は変な研究所も新設されて、色々な人も出入りして忙しいもんな」
「だな。何をやってるのか訊いても、お前らには関係無いの一点張り。何様なんだか」
「噂じゃ人体実験が行われてるとか何とか」
「へっ。馬鹿馬鹿しい、こんな所でそんな大層な事が行われてて堪るかってんだ。んじゃ、他んところ行こうぜ」
気怠そうな会話を続けながら、警備員二人は連れだってその場を後にして行く。彼らの背中を見送って紅床達は安堵の溜息を吐いていたのだった。
「……行ってくれたか。冷や冷やしたぞ」
「それにしても、透明化というのは凄いな。今回が初めての実戦であるが、本当に誰にも見えないとは」
「うむ。我も若干感動しておる」
「とか言って、この前アンタらの家に忍び込んだ時は透明化してる俺をしっかりロックオンしてたくせに」
吉政とコンスタンディノスの両名から感心の言葉を貰った紅床だが、しかし彼の顔は冴えない。何せ、自分の能力を過信したせいで一度エライ目に遭っているし、その張本人が今目の前に居るのだから。
「お主は気にしている様だが、この前遭遇した際に比べて、能力を扱う技術が向上している、と言えば良いのだろうな。魔力の制御も良く、隠密性により優れているのではなかろうか。今ならば、儂も簡単にはお主の居場所を見敗れはすまい」
「……お褒めに預かりどうも。今はアンタらが味方で良かったって心の底から思うね」
見える者など誰もいないというのに、紅床は大袈裟に肩を竦めて乾いた笑いを浮かべていたのだった。
◆◇◆




