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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第七章 アメリカン・ロビン=フッド㊤
329/565

第五話 実行あるのみ⑥

◆◇◆



「榮森さん、今日も来ている様ですよ」

「……今日も、かね? これはまた、随分と疑われてしまったものだ」

 そう語る男――榮森 晋太郎は、薄く笑いながら窓辺に立ち、ベネチアンブラインドの隙間を指で広げて窓の外を覗いた。

「どの辺だ?」

「はい。正門脇、隙間からこの工場を窺っている様子で」

「ふむ……ああ、居たな。あれだけ私達はこの街の治安を守る味方だと告げた筈なのだが……どうしてこう、信じて貰えないのやら」

 理解が出来ないと言わんばかりに両肩を竦める榮森が視線を向ける先には、一人の少女が居た。

 名前は、美才治 綾音。

 百鬼組についての情報を集める際に、その伝手(つて)として活用した少女であり、そしてこれからも都合よく活用するつもりの人物だった。

「ここまで不信感を向けられては、手駒として使うにも無理があるかね。“アーベント”はどう思う?」

「そうですね……これ以上放置するのは宜しくないでしょう。上手く取り込めるならそれに越した事は無いですが、活用するにしても用途が限定的です。かと言って、ここでもう放置を決め込むのは、彼女の口から何かが漏れる危険もあります」

「用済みならいっそ、という事か。しかし、流石に娘一人をさっと消去(デリート)するのは手間だぞ。パソコンのファイルとは違うのだからな」

 とは言え、出来なくもないとは思っていた。

 何せ榮森(えいもり)は警察官だ。捜査に関する指揮権を握る立場にあり、そして魔法という未知の力に関する知識も持ち合わせている。

 上層部の権力も合わせれば少女一人の失踪くらいはどうにでも出来るのだ。

「この施設がある事を彼女に知られてしまったのは、良くなかったか……」

「保護したあの幼い女の子は保護した(むね)はしっかりと伝えた筈ですが……どうやらそれが本当かどうか、疑問を持っていた様ですね」

「まんまと後をつけられてこれか。私がここへ頻繁に出入りし過ぎたという事もあるのだろうな。彼女の処分について、“アーベント”も考えておいてくれ」

 煩わしい事だと言わんばかりに溜息を漏らした榮森は、そこから近くの椅子に腰を据える。

「……ところで、捕獲したサンプルの方はどうかね?」

「素晴らしい、と言わざるを得ないでしょうね。この工場にある研究施設もそれなりに設備が整っていたお陰で、検査も滞りなく……余すことなく、能力者の解析が進んでいます」

 タブレット端末を操作して“アーベント”が提示して見せるのは、この工場内に収容されている能力者達の生体データだ。

 そちらに一瞥をくれてから手に取って、各種ページをスライドして眺める榮森は、軽く鼻を鳴らす。

「ふん、当然だ。ここは上層部が能力者の研究を行う上で松ヶ崎市内にあって地理的にも丁度良いと太鼓判を押していた場所だ。社長との話も着いていて、機密の保持も完璧と言っていい」

「製薬会社からしてみれば棚から牡丹餅(ぼたもち)のような話です、裏切るような真似はしないでしょうね」

「だろうな。特に……あの防村(よげむら) 芹那とか言ったか? この前捕獲したあの能力者が持つ自己再生能力は、薬剤の効能を確かめる上でも意味を持つ」

「ええ、実際に会社の人達からも多く、感心と驚愕の言葉を貰っておりますよ」

 五日ほど前、偶然にも保護――捕獲に成功した幼い女の子の能力は、榮森からしても驚愕の一言だった。

 不老不死、とまではいかないのだろうが、目に見えて傷が癒えていく有様を見て、唖然とならない方が不自然なくらいなのだから。

「それで、他の実験体は?」

「能力者の再調整、マインドコントロールと言った部分では上手く行っている様子ですよ。こちらも専門家が担当していますからね」

 碌な資料も見ずに(そら)んじる“アーベント”の言葉通り、榮森が開いたページにはその旨が記されていた。

「では、あの窃盗団……紅床(くれとこ)が率いていた連中はどうだ? あれらは能力者ではないただの人間。透明化の能力について知っている連中だ、何を喋るか分からんので迂闊に外には出せんから、無能力者の実験サンプルとして丁度良いと思ったが……」

「今のところ、能力が発現する様子は無いですね。適性が無いのか……」

「最終的に使い道が無ければ、処分方法も考える必要がありそうだな」

 事も無げにそう言って見せた榮森には、他人がどうなろうと一切関係無いと言わんばかりの感情が透けて見える。

 もっとも、“アーベント”もその事を一切咎める真似も気配も見せず、提案するのだ。

「今の研究状況について、その目で確認なさいますか?」

「そうだな……上手く研究が進めば、私もその特別な力を手にする事も出来るかもしれん。何より、魔法の研究などという面白そうなものをこの目で確認しない手はない。今日も研究施設に向かってみるかね」

 がた、と立ち上がった榮森は、読みかけのタブレット端末を“アーベント”に返却して歩き出す。

「……私の出世は、もう目前だな」

「ええ、左様ですね」

 これから先に待っているであろう輝かしい未来を幻視して、期待に胸を膨らませる榮森。その背中を、“アーベント”は相変わらず冷め切った冷たい目で眺めていた。



◆◇◆



 風呂に入ってから夕飯を食べ終え、そのまま居間で携帯端末の液晶画面を眺めながら俺は独り()ちる。

「毛利さん、コンスタンディノスさんを紅床(くれとこ)が連れて研究施設に潜入……可能であればそのまま、そこに捕らえられている人たちの救出、か」

「脱出の際には私の出番という事よ。この転移能力さえあれば、一気には無理でもピストン輸送である程度纏まって脱出させられるもの。ところでどうでも良いけど、ピストン輸送って何だか淫靡(いんび)な響きじゃない?」

「何を言い出すかと思えば……」

 自分の携帯端末に送られたPDF形式の文書を眺めつつ、俺は渋面を作った。他方、その渋面の原因となった褐色肌の和装美女は何が面白いのかカラカラと笑っていたのだった。

「そんな反応しなくても良いじゃないの。私としては貴方の抱える不満とかが少しでも軽くなればと思っての事なのよ?」

「余計なお世話だ。俺は頼んじゃない」

「あら素っ気ない。後衛配置にされたのが随分と不本意で不貞腐れの根も深いみたいね」

「……そんなんじゃねえっての」

「よく言うわ。どう考えてもそうでしょ」

 全てを見透かしていると言わんばかりに、妖艶な笑みを浮かべた彼女――プサッフォーの目が、俺の顔を覗き込む。

 それが気に入らなくて、俺は即座に顔を明後日の方向に(そむ)けて見せるのだったけれど、結果として余計にプサッフォーの悪戯(いたずら)心に火をつけてしまったらしい。

 彼女は着けてもいない眼鏡を持ち上げる仕草をしながら、言うのだ。

「マモルの考え、当ててあげようかしら? どうせ脚と肩の傷もある程度は癒えてきて、謹慎も解かれて動ける様になったって言うのに、どうして後詰(ごづめ)配置なのか……納得がいかないってところよね?」

「違う。全然違う」

「違わないわよ。本当に違ったら、マモルの性格上ここまで顔を(そむ)けたりはしないもの」

「…………」

 ついつい、視線だけを彼女に向けた。

 するとそこには案の定、得意気な顔をしたプサッフォーの顔があって、ここで俺が何度弁明したところで聞く耳を持たないであろう事がありありと見て取れる。

 無闇矢鱈(むやみやたら)と否定するのもやるだけ無駄と見えて、無意識のうちに溜息が漏れ出た。

「……この製薬会社の工場に紅床(くれとこ)の仲間や、俺が助け(そこ)ねた女の子が囚われて、魔法に関する人体実験の材料にされているっていうんだ。それを助ける為の戦力なら、多目に動員して万が一に備えた方が良いだろうにって思っただけだ」

「つまり、潜入する頭数にマモル自身が入っていないのが不満なのよね? どうせならそこにマモルも入れば、白兵戦力としては申し分ないからって」

「そうだ」

「つまり自分が予備戦力扱いな事が気に食わない、と」

「…………」

 また話が戻って来て、俺は苦虫を嚙み潰したような顔をプサッフォーに向けていた。

「アンタ、俺を煽るのもいい加減に……」

「そうやって抱え込んでる不満を、幾ら私に当たったところで意味はないわよ? ねえ、ソンピン?」

「ここで私に話を振るな、女」

 俺の真横に座っていたプサッフォーが会話のボールを向けたのは、居間の中での距離の離れた卓に座っている黥面(げいめん)の男だった。

 孫臏(そんぴん)と呼ばれた彼は不満そうに口元を歪めていたが、俺を視線に捉えると渋々と言った様子で話し出す。

豎子(こぞう)は前衛として運用させるなと、棟梁殿から条件付きで謹慎が解かれている。故に後詰(ごづめ)なのだ、分かったら大人しく指示に従え」

「…………」

 有無を言わさぬ迫力と眼力に、俺は口から出かかった文句を飲み込まざるを得なくなる。

 結果、吐き出しようのない不満を燻ぶらせてまたも子供のように顔を逸らした俺に、孫臏は煎餅を齧りながら言っていた。

()ねるな、何かあればすぐ豎子(こぞう)も出撃する事になるのだからな。まあ、毛利殿とあの脳筋が紅床の能力によって終始隠密行動に成功すれば、荒事の出番など無いに等しいのだが」

「確かに、警察と事を構えるとは言ったものの、実際に剣を交える様な事態にならないに越したことはないわね。とは言え、この工場を襲撃して囚われていた人を助けた時点で、魔法の存在を知る警察の一部とは決定的に敵対関係になってしまう訳だけど」

「仕方あるまい。こうなっては避けようもないのだからな。遅かれ早かれこうなるのなら、向こうが態勢を整える前に決着させるに限る」

 バリバリと噛み砕いた煎餅を飲み込んで、それから湯気のくゆり立つ湯呑の茶を飲み下す孫臏は、改めて俺に目を向けた。

「もうじき、作戦は決行される。私の統率から(はぐ)れるなよ、豎子(こぞう)。次は無いと思え」

「……ああ、流石に今回は事態が事態だからな。指示以外の真似はしないさ。それより、製薬会社の工場の話を持って来た紅床の話は信じられんのか? もしかしたスパイとかの可能性もあるかもしれないのに」

 ここまで来て、その場合であったら作戦の何もかもが水泡に帰すと言っても過言ではない。

 故に、俺は紅床(くれとこ)が我が家にやって来た五日ほど前から抱えていた疑問について(ただ)してみれば、孫臏はスラスラと答えるのだった。

「既に真偽の調べはついている、安心しろ。仮に私が看破し(そこ)ねていたとしても、紅床には作戦の詳細を伝えてはいない。後詰に誰が、どこで控えているのかなどが細かく外へ漏れ出る心配はない」

「はー……そうかい」

 歴史に名を残す智者は先々の事まで見通せているらしい。皮肉の一つでも口をついて出てしまいそうになるが、孫臏相手に口論しても言い負かされる未来しか見えないだけに、自重する。

「じゃあ俺も、最悪の事態に備えてちゃんと待機しときますよ、軍師様」

「ああ。何かあった時はアテにしているぞ」

 微かに俺が混ぜ込んだ嫌味までしっかり理解した上で、孫臏は不敵に笑っていたのであった。



◆◇◆



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