第五話 実行あるのみ④
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百鬼家、その地下にあるオーバン手製の地下研究所の一室で、俺は堆く積み上げられたブツを呆然と見上げていた。
「……何だ、この量は」
「仕方ないだろう、サネユキが用意しろと言ったんだ。私としてはそれに従って出来る限りの時間と労力を割いたのだぞ」
目の下の隈を擦りながら、長い灰色髪を後頭部で団子に纏めた小柄な少女――ヴィオレット・オーバンは俺の横に立った。
眠気がかなり強いのか、目をしばしばとさせながらふらついている彼女は、もう睡魔に負けるまで秒読みと言ったところか。
「だとしてもこれは……戦争でもすんのかね、ウチは」
「まだ謹慎中の君には関係の無い事だ。傷の治りはどうなんだ?」
「お前のくれた傷薬……癒傷薬だっけ? お陰で太腿の傷の治りも早いよ。あんなの持ってるなら、もっと早く投与してくれても良かっただろうに」
ついでに言えば、この前の戦闘で“アーベント”に付けられた方の傷に至ってはもう完治と言っても過言では無かった。
素人目に見てもそれなりに深い傷だと思っていたが、この前の戦闘から経った五日でこれは目を瞠る回復速度である。
「貴重品なんだぞ、あれは。昔から作られているものだが、この世界からしてみたらまず素材となる薬草が無いからな。作ろうと思ってもそう簡単にいくものじゃない」
「その割には、じゃあ何で持ってた?」
「だ・か・ら! 調合したんだ! この世界のあり合わせの材料と、“破片”から抽出した魔力とを調合して、それっぽい性能を持つ薬をな!」
この糞忙しい時によくも仕事を増やしてくれたなっ! と睨み付けてくるオーバンの目つきは、目元の隈も相俟っていつも以上に迫力が強い。
何より彼女に負担をかけた紛れもない事実は、俺にばつの悪さを覚えさせて、視線を逸らしながら疑問を口にする。
「それっぽいって……じゃあ、俺は試験薬を投与されたって事かよ」
「一応、私自身が実験台になって見たが、人体に影響はなかった。心配しなくても平気だぞ。ただし、所詮は代用素材で作った代用薬だ。性能は本来のものには遠く及ばない。悪く思わないでくれよ」
彼女は若干、申し訳なさそうな表情を見せてそう言っていたけれど、俺からすれば頭の上がらない話だった。
「……何から何まで、何つーか、お前やっぱ凄いわ。本職は理工学とかその辺だとか言ってたのに、ここまでやっちまうとは」
「ふん、この程度しか出来ないと笑ってくれ。望んでも無いのに天才と持て囃され、嫉まれ、身柄を狙われ……君達にも迷惑をかけている身だぞ」
「真面目か。普段の怠惰さはどこ行った」
てっきり、胸を張って自分の才能を誇るかと思ったのに、落ち込んだ様子を見せるとは思いもしなかった。
しかし、そんな俺の心配を察する余裕もないのか、ふらふらとした彼女の体が不意にぐらつく。
「……っと!? おい大丈夫かよ」
「限界……寝る」
「まあ、これだけの仕事を抱え込めばそりゃそうもなるわな。ブラック企業そのものだぜ」
慌てて受け止めたオーバンの体を横抱きにしながら、俺は改めて積み上げられた弾薬の山に目を向ける。
現状、銃器についての頭数は揃っているから、いざとなった時にこれだけの弾薬があれば下手な武装組織なら壊滅させる事も夢ではないだろう。
「こんなの、警察に見つかったらそれこそ洒落にならいっての……」
とは言え、ここは我が家の地下室。入り口はオーバンの岩石魔法によって封印され、彼女が能力を行使しない限りは侵入する事も叶わない。
仮に家宅捜索が入ったとしても、この場所が見つかる事はまずないと言い切ってしまって良かった。
「おいオーバン、このまま研究所出てお前の部屋に運んで行くから、入り口の施錠だけは怠るなよ。その時だけ起こすからな?」
「んにゃ……マモルが施錠を」
「出来る訳ねえだろ。岩石魔法の使い手がお前だけなんだから」
寝ぼけ眼かつ、寝ぼけた彼女の脳味噌は碌な思考回路になっていない様子で、頓珍漢な事を宣っていた。
そんな彼女の発言へ即座にツッコミを入れてやりながら、俺は研究所の外へ続く階段に足を乗せていたのであった。
何度も言う様に我が家の地下にあるその研究所は、地下の結構深い場所にある。当然、地上に出るまでには相応の長さの螺旋階段を登り続ける訳だ。
「どうせなら、エレベーターみたいなのがあった方が楽だと思うんだがな」
「……それだと、私が一々操作するのが……面倒、だろ? 特に、今みたいな時は」
「確かに、寝ぼけたお前が操作するエレベーターは……乗りたくないな」
エレベーターがジェットコースターになってもおかしくない。
何だかんだで悪くない判断をしていると言えるオーバンに同意を示しながら、階段を登り続けていれば、割りとすぐに出口に差し掛かる。
「ほらオーバン、入り口閉じろ」
「うむ……ちちんぷいぷい……」
「今までそんな呪文唱えてないだろ」
寝ぼけているせいか、本気か冗談か分からない言動を見せる彼女の姿は、見ていて不安以外の何物でもなかった。
「大丈夫だ、もう入り口は閉じたぞ……」
「本当に大丈夫なんだろうな」
念の為、手で開いたりしないかを確認してみれば、確かに封印が完了したらしい。
それに安堵しながら、俺は地下研究所への入り口があるこの室内を見回した。
当初、オーバンの研究所として割り当てられたこの部屋は、元々は誰も使っていない和室だった。それが今や畳やその下の板も退けられて、家屋の基礎が剥き出しとなってガレージの様な有様だ。
「いつ見ても寒々としてんな、ここ」
「…………」
俺の呟きに答える声は、無い。代わりに一人の少女が、俺の腕の中で無防備な寝顔と穏やかな寝息を立てていた。
とっとと彼女の部屋にある布団に突っ込んでやろうと廊下を歩く俺は、そこで我が家が少しだけ慌ただしい空気に包まれ始めている事に気付く。
「……大手さん? 何があった?」
「若か。オーバンも連れて……そうだな、知りたかったらそのまま居間に集合してくれ。傷も殆ど治ってるんだろ?」
「ああ、まあね」
偶々、廊下ですれ違った馴染みの女性組員を呼び止めてみれば、彼女はいつも通り棒飴を咥えながらそれだけ答えて去っていく。
彼女の背中を見送って数秒した俺は、彼女の勧め通りに、オーバンを抱えたまま居間へ足を向けていた。
恐る恐る、開け放たれた襖から覗いてみれば、こちらの気配に気付いたらしい父の、鋭い眼光が出迎えてくれるのだった。
「……護か。まだお前の謹慎は解いていないつもりだが、何しに来た?」
「いや、俺だってここの住人だし、騒がしかったら何があったのかくらいは思うだろ」
「そんな事、説明しなくてもある程度は推察も出来るだろ。とっと失せろ、謹慎はまだ続いているんだぞ」
「……っ」
素っ気なく、そして厳しい態度でそれを言い渡されて、俺は腹を立てながらも返す言葉が出ない。
大人しく、そのまま引き下がろうとしたそこで、遣り取りを見ていた女性――プサッフォーが口を挟んだ。
「まあまあ、サネユキさん。マモルの肩と脚の傷も殆ど治って来ているのです。ここまでの謹慎期間もしっかり守っていましたし、そろそろ良いのでは?」
「甘い顔をすれば付け上がる。特にコイツには、基準は厳格でなくてはならない」
「そんなこと言って、下手に厳しくし過ぎて不満が爆発されたら、もっと困る事になってもおかしくないのでは?」
「…………」
降って湧いたようなプサッフォーの弁護に、父は沈黙して思案している様だった。




