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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第七章 アメリカン・ロビン=フッド㊤
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第五話 実行あるのみ①

 紅床(くれとこ) 悠太。

 その男は、ついこの前に我が家へ窃盗団を率いて忍び込んで来た男である。

 能力者であった彼は透明化という隠密性に富んだ能力を駆使して松ヶ崎市内を騒がせていたのだったが、孫臏(そんぴん)の流した噂によって百鬼(なきり)組にターゲットを定めさせられたが最後。

 まんまと孫臏の作戦と組の人間の罠に嵌って迎撃され、仲間共々捕まった。

 その後の処置はオカマバーである“SHAKE IT OFF”に連れていかれ、口に出すのも憚られる様なあの手この手の記憶及び口封じ処置を受けさせられたのち、警察に引き渡されたものだ。

 そんな彼だから、我が家の廊下を歩くその姿は、まるで猛獣を前にした小動物のように体を強張らせ、震えている様に見えた。

「……何だ、そんなに怯えなくても良いだろ」

「そうは言うけどな……またあの“どんまい”とかいう怪物(クリーチャー)が物陰から飛び出して、俺を連行するんじゃないかって……」

「だから大丈夫だっての。今はお前をあのオカマバーに連れて行く理由がないからな」

 (こがね)さんの先導を受けて居間の襖前までやって来た彼は、下手な事を言ったり、不穏な気配を見せようものならその瞬間に逃げ出しそうなくらいだ。

 事実、彼は自身の両肩を抱きながら、俺の言葉の揚げ足を取るように怯えていたのだった。

「理由が出来たら連れて行くのか!?」

「犯罪行為とかすればな。もしそうなったら、今度はもう一生そこから出さないようにしてやっても良いくらいだ」

「勘弁してくれよ……」

 尻の方を押さえて青い顔で震え上がる彼の姿は、そこはかとなく同情を禁じ得ない。

 が、相手は本来なら警察に身柄を拘留されて裁判を待つべき身分の存在なのだ。

「能力者でもあるお前を警察に突き出さないだけ温情があると思って欲しいもんだがな」

「そーいや、この前俺を攻撃して来た連中は何なんだ? 警察と合同している様にも見えたんだが……もしや特殊組織か何かなのか? 変な能力持ってる奴も多かったし」

「話せば長くなるが、そんなところだ。詳しい話はそこの(ふすま)の中に入ってからしてやる。ほら、入れ」

「うひゃー……お邪魔します」

 疑問全てを解消するまで、もう待ちきれないと言った様子の彼の背中を押し、俺は居間へ続く襖を開ける。

 ここまで来れば彼も自然と腹が座ったのか、軽薄な悲鳴を上げて顔を引き攣らせながら敷居を跨いでいた。

 そして、おっかなびっくりとした調子の彼を、父の謹厳とした声が迎え入れる。

「来たか、紅床(くれとこ) 悠太。待ち()びたぞ、随分と遅かったじゃないか」

「え、えっとー……も、申し訳ねえ。ちょっと色々あって、来るのが遅くなっちまって……」

「理由についてはこの際どうでも良い。こうして来てくれれば、それでな。そもそもの話として、お前自身がこっちへ来ようと来まいとも、それで困る事になるのはお前自身だからな」

 着流しを纏い、上座に座る父は腕を組んで紅床に鋭い視線を向ける。

 そしてそんな彼の視線に追従するみたく、居間にいた面々もまた紅床という来客へ目という目を集中させていたのだった。

 就中(なかんづく)(よしまさ)騎士(コンスタンディノス)の視線は殺気すらも感じさせるもので。

「おう、久し振りじゃのう、盗人」

「ぬははははは、生きておったか。次また不届きな真似をしようものなら、今度こそこのローマの皇帝たる我が直々に断罪してやるから、覚悟しておくが良い!」

「あばばばばばばばばばばばばばばば」

「落ち着け紅床(くれとこ)

 我が家に侵入して、手酷い目に遭った時のことがすっかりトラウマになっているのだろう。

 吉政とコンスタンディノスから視線と言葉を向けられた、たったそれだけで紅床は顔面を蒼白にして冷や汗を(したた)らせ、壊れた機械のように振動……もとい震え上がっていた。

「あら、可哀想なくらいに怯えちゃって……可愛いわね。助けてあげようかしら?」

「け、結構だ! アンタにやられた所業、忘れた訳じゃないからな!?」

 妖艶な笑みを浮かべて紅床の様子を心配する言葉を口にするのは、プサッフォーだ。しかし、そんな彼女の申し出を、彼は断固として拒否していた。

 話しかけられるたびに大仰な反応をして見せる彼の姿が初々しくて、俺はついつい吹き出す。だけど、一般常識で見れば、紅床の反応は至極当然なものである。

 客観視してみれば、改めて己が勝手知ったるかつての“日常”から遠くなってしまったものだと思わずにはいられなかった。

「……悪い、やっぱ俺帰るわ。俺の心臓がもたない」

「だから待て。良いから一旦座布団に座れ。俺らに訊きたい事だって沢山あるんだろ?」

「そうだけど、そうだけどよ! こんなヤベー場所で、ヤベー奴が揃い踏みなんだぞ!? そりゃ尻尾巻いて帰りたくもなるわ!」

 身を翻して、俺の胸倉に掴み掛らんばかりに主張する彼の(まなじり)には、涙が浮かんでいた。

 そんな姿が面白くて、腹を抱えて笑いたくなるのを苦労して抑え込みながら、俺は紅床(くれとこ)を宥めるのだった。

「そのヤベー奴らは、お前をどうこうしようと思ったらとっくにやってるから、落ち着け。まだ何も始まってないのにテンパってるお前が一番面白いから、落ち着け」

「一般常識からみて当然の反応をしている俺を笑いモンにしてんじゃねえぞ!?」

 自分はどこもおかしくない、と人差し指を突き出して力説する紅床。彼の気持ちを理解出来ないでもないものの、ここで話のテーブルについてくれない事には、話題が何も始まらない。

 だから俺は、彼の両肩に手を置いて優しく告げる。

「そうは言うけどな……お前だってもう、透明化って言う立派な特殊能力を持った能力者だろ。既に一般常識の埒外(らちがい)なんだ、大人しく腹括った方が楽になるぞ」

「そう言うお前の目は何だか死んでるように見えるんだが?」

「気のせいだ」

 そう言って微笑んでやれば、紅床は震え上がって腰を抜かした様子で、座布団の上にへたり込んでいたのだった。

「……ここまで来たらもう、抵抗はするだけ無駄ってか。もう良い、好きにしてくれ」

「ようやく腹が()わったみたいで何よりだ。まずは茶を飲んで気持ちを落ち着けると言い」

「……ご丁寧にどうも」

 (おもむろ)に、紅床の前へと淹れたての緑茶が入った湯呑か置かれる。

 それを給仕してくれた女性組員――大手さんに、紅床はついついと言った調子で礼を述べながら頭を下げていたのだった。

「カテキンを飲んで、血圧上昇を抑制して……まずはそちらの要件を聞こう、紅床(くれとこ)。構わないか?」

「ああ、元よりこっちは頼る側だ。議題を取り上げるも否もそっちにある。そう言われたら、俺に反対する権利はないからな」

 熱い緑茶をちびちびと口に含んで、すっかり気持ちを落ち着けたらしい紅床の態度に、父は感心した気配を見せるのだった。

「……随分と理知的な事を言う。仮にもウチへ盗みに入ろうとした盗賊団の長とは思えないな」

「俺らにだって止むに止まれぬ事情ってもんがあるんだよ。って、んな事は今どうでも良い」

 静かに、紅床が湯呑を卓の上に置く。

 途端、また彼へと俺達の視線が集中したものの、今度の紅床は恐慌する事もなく毅然とした態度で要件を告げるのだった。

「単刀直入に言おう……俺の仲間を、助けて欲しい」

「お前の、仲間を?」

「そうだ。俺と一緒にアンタらの罠に嵌められて窃盗罪諸々で捕まった俺の仲間だ」

 紅床が口にしたそれを耳にして、父の視線の鋭さが増す。それから、顔の前で手を組ながら、念を押すように紅床へ問うのだ。

「端的に言うなら、俺達に犯罪者の逃走(とうそう)幇助(ほうじょ)をしろという訳だな?」

「そうとも言えるが……聞いてくれ」

「もとよりそのつもりだ。何の事情も無しにこちらへ乗り込んで、犯罪行為に協力しろという馬鹿げたことを口にする奴が居て堪るか。仮にいたら、即座に“どんまい”の所へ引き渡すだけだからな」

「……鳥肌が止まらなくて、話が止まるからそれは止めてくれ」

 心からそう思っているらしい紅床は、一瞬で顔を青褪めさせていた。これ以上脅すと話がまた進まなくなる気配を感じ取って、父も怪訝そうな表情そのままに話の続きを促していた。

「良いから言ってみろ、それが駄目かどうかは事情を聞いてから決める。護も話の続きが気になって仕方ないようだしな」

「いきなり俺に? ……まあ確かにそうだけど」

「ありがとよ。んで、どうして俺がこんな話をここへ持って来たのかってところに(さかのぼ)るんだが……」

 冷え切りかけた空気が、俺というワンクッションを挟んだ事で僅かに温められたお陰か、紅床の強張った表情に少しだけ緩みが生じていた。


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