第四話 魔の力➈
「オーバン、スイッチオン」
「了解した」
父とオーバンのその短い遣り取りが聞こえたかと思えば、俺の右太腿に激痛が走った。
「~~~~っ!?」
立つ事はおろか、座っている事すらも出来ない痛みに、俺はその箇所を押さえて畳の上で悶絶していたのだった。
「ちょ、待って、何で、何で俺が……!?」
「冷静さを失いかけていたからだ。少しは冷静さも戻るだろ?」
「元から冷静だよ! つ―か何なんだこれは!? オーバン、俺の脚を手当てするついでに何を付けた!?」
言いながら、俺は自分の右太腿を指差す。今はズボンを穿いていて包帯の類も見えないものの、色々なものがグルグル巻きにされている関係で、よく見ると若干だが膨らみが見える。
「それは首輪みたいなものだ。君が冷静さを失いかけたりしたら、傷口を締め付ける。頭に昇っていた血も痛みで下がるだろ?」
「だ・か・ら! 何でそんなものが俺に付けられなくちゃいけないんだよ! わざわざ傷を悪化させかねない様なものを!」
「こうでもしないと君を制御できないからだろうが。今回の君の暴走については情状酌量の余地もあるから、この程度の処置で済んでいるのだ。怪我が治るまでの間は大人しくしているんだな」
いい気味だと言わんばかりに腕を組んで鼻を鳴らすオーバン。それはいかにも俺を痛め付けて喜んでいる様にも見えて、顔が引き攣らない筈がなかった。
すると、そんな様子を傍から見ていた父が余計な一言を言い放つ。
「……まるで、三蔵法師と孫悟空みたいだぞ」
「誰が西遊記だ!?」
「……とまあ、茶番は置いといて」
「茶番じゃない! 俺からしたら全然茶番じゃないからね!?」
ここまでの遣り取りを全て取るに足らない事として始末をつける父に、俺は即座に抗議の声を挟む。
だけど、誰も俺の主張を拾ってくれるものは居なくて、あっさりと場の話題は変わっていく。
「ここでいま一度、魔法の発現過程についてのおさらいをしておこう。オーバン、話を頼む」
「了解した。この世界に於いて、人間が能力者となる原因としては、濃密な魔力との接触が挙げられる。それ以外の細かい要因として、強烈な感情の蓄積もあるが……こちらはそれ単体では能力の発現には届かない」
「あくまでも強烈な感情を蓄積させた状態だと、魔力に触れた際に能力が発現する可能性が高くなるってだけだもんな」
抗議するだけ無駄と諦めを付けた俺は、会議の中で空気のような存在感とならない様に、オーバンの話に乗っかって補足を付け加える。
「そう言う事だ。で、この仮説を裏付けるように、強烈な魔力反応を伴う歪に接触した者、その中を通って来た者は、等しく特殊な能力を身に着けている事は、この場にいる面々を見れば一目瞭然だろう」
「……でも、そんな面々の中にいて俺とか棟梁は結構魔力と接触している筈なのに、一向に能力者にならないのはどうしてなんだ?」
オーバンの説明を不意に遮って、挙手したのは金さんだ。彼は何やら期待感を抱えている様子で、よく見ると目の奥がキラキラしているみたいだ。
しかし、そんな彼の子供のような期待を打ち砕くみたいにオーバンは淡々と説明を口にしていた。
「単純に適性が無いのだろう。もしくは、能力が発現するまでの魔力の接触量が閾値に達していないのか」
「閾値っていうと……どういう事だ?」
「簡単に言うと、この国でメジャーなアレルギー反応である花粉症と似たようなメカニズムだ。花粉に接触し続けて限界量を超えた途端、アレルギー反応として花粉症状が出る。それが魔力となった場合の話さ」
若干早口気味なオーバンの説明は、気を抜けば右から左へと聞き流してしまいそうになる。それこそ、能力者ではない金さんからしてみれば尚更で、彼は暫しの間、視線を虚空で彷徨わせていた。
「……じゃあ、俺が能力者になるにはもっと魔力を浴び続けないといけないって訳?」
「必ずしもそうとは限らん。能力発現までの閾値には個人差もあるし、何よりそもそも適正が無ければ幾ら魔力と接触しようとも無駄だからな。特に、これだけ周囲に能力者が居ても能力が出ないという事は……」
「……そっかー」
最後の最後で言葉を濁したオーバンだったが、そこだけ誤魔化したところで意味はない。とっとと彼女の言わんとする事を察した金さんはがっくりと肩を落としていた。
「以上が、能力の発現するメカニズムという訳で……話を本筋に戻そう。護の保護し損ねた女の子が能力者となった理由は、やはり濃密な魔力との接触なのだろう」
「日常生活の時点で魔力と常に接触していた、とか?」
安直な、余りにも安直すぎると分かっている可能性を、俺はついつい口にする。
しかし、オーバンは意外にもそれの可能性を首を軽く横に振って否定した。
「その可能性も無きにしも非ずだが、一番考え得るのは、護たちの戦闘現場に立ち入った事が関係あるかもしれん。能力者同士の戦闘だ、当然その辺りは濃密な魔力が漂っているからな」
「そこで魔力に触れて、閾値に達して能力が発現……」
「最も自然なシナリオがそれだ。詳しくは研究して見なければ分からないが、もしかしたら死の淵にあった事も関係しているかも分からん」
結局、はっきりとこれだと言える原因は掴めないと、オーバンは言う。だとすれば、この場で述べられた様々な状況が重なって女の子の異常な回復能力が発現したと考えるのが良いのかもしれない。
「どっちにしても、今後も引き続き街や人のいる場所での戦闘は避けるのが無難という事か。目撃される可能性や巻き込まれてしまう可能性もあるからな」
「仮に戦闘するのなら、魔力濃度を下げる事の出来る魔力結合粉を散布する事も視野に入れる必要があるだろうが……それは私達の戦闘能力も低下する諸刃の剣だ。マモルの魔力だけが粉と結合しない点はアドバンテージだろうがね」
父の言葉を肯定したオーバンが、不意に俺を見遣る。
しかし、悲しいかな。今の俺は脚を怪我している上に謹慎を命じられている身だ。当分は戦力として役にも立たないだろう。
「なあオーバン、俺の怪我って全治どれくらい?」
「普通なら一、二カ月だな。君が受けたのは散弾銃の鉛玉だ。中に入っていた弾丸は摘出済みだし、いま私が製作している薬品次第では傷の治りはもっと早くなるかもしれんぞ」
「……え、嘘でしょそれ使うの?」
「何だ、不服かね?」
「当たり前だ!」
怖すぎる。
是が非でもオーバンお手製の薬品など処方される事態は避けなくてはならないと、俺の本能が告げているのだ。
思わずこの場で会議が行われているのも忘れて叫び散らしてしまったその時、不意に我が家のインターホンが鳴らされた。
「……誰だ?」
「見て来ます。場合によっては警察の可能性も考えられますので、棟梁たちは見られちゃ不味いものを隠して、身も潜めといてください」
怪訝そうな父の言葉に続いて座布団から立ち上がった金さんは、部屋を出てインターホンの液晶モニターを覗き込んでいた。
そして。
「……ん? あ」
「どしたの、金さん?」
モニターを見遣って、怪訝そうな顔も一瞬、すぐに何かを思い出した様子を見せた彼に、俺は片足で立ち上がりながら問い掛ける。
しかし、金さんは質問に答えてくれる気配も見せず、ただ沈黙していて、俺は左足だけで跳ねながら近寄り、モニターを確認する。
「……あ、あ、こいつ」
「何だ、何が居るんだ護?」
「……紅床だ」
「は?」
「紅床 悠太とかいうあの窃盗団のリーダー。何でか知らないけど、いま玄関先にいる」
液晶画面に表示されたその顔は、見間違えようもなくあの男だ。俺はこの男の身柄を助けるために左太腿に銃創を負う羽目になったのだから、忘れる筈もなかった。もっと言えば、我が家に忍び込もうとしたのも記憶に新しい。
「お前……こんな時期に何をしに来た? 言っとくけど、お前に取れる金目のものは無いぞ」
『冗談きついぜ。この前痛い目に遭ったのに、もう一回挑むほど馬鹿じゃねえっての。それより、頼みがあってここに来た』
「頼み……?」
眉根を寄せながら彼の意図について問い返せば、真剣な表情で本題を切り出す。
『ああ。警察に捕まった俺の仲間を助けて欲しいんだ』
「仲間って……お前もお前の仲間も泥棒として捕まったんだろうが。犯罪者の逃亡をこれ以上助けて堪るかってんだ」
元をただせば、彼は窃盗犯で、既に捕まっていた人間で、だというのに今もこうして逃げているのは止むに止まれぬ事情があるからに他ならない。
具体的に言うなら、能力者として、実験体として警察および“ノクス”に確保されそうになった彼を、百鬼組としても保護せざるを得なかったのである。
『そう言ってくれるなって。ただ単に犯罪者として捕まってんならいざ知らず、俺の仲間は何だか良く分かんねえ奴の実験体にされてんだぞ? おまけについさっき、そいつらが収容されている建物に、小さな女の子まで運び込まれた。人道的見地? からして俺は見過ごせねえって思った訳ヨ』
「嘘っぽい人道的見地だな」
軽薄な調子を崩さない紅床の態度は、何だか癪に障る。しかし、彼の嘘くさい良心を一蹴してやりながらも俺は門前払いする気を無くしていた。
『やらない善よりやる偽善てね。それでどうなんだい、俺の提案に乗るか反るか、或いは話だけ聞いてくれるのか。今決めて欲しいんだが?』
「……俺の一存では決めかねる。けど……金さん、出迎えてやってくれ」
「若!? そんな勝手な事を」
出来れば俺が出迎えて下手な事をしないように牽制してやりたいが、脚の傷口が開き、肩にも傷を負っている状況では碌な道案内も出来やしない。
金さんは不服そうな態度を見せているものの、そんな彼を納得させるべく道理を説くのだった。
「俺の勝手な予想だけど、紅床は嘘を言っていない。それに、こいつにはこの前の戦闘の時に、ウチへ来るようにも言ってあるんだ。父さんだってコイツが家に来るのを嫌とは言わないだろうさ」
「確かにそうだけどよ」
「コイツの言う、建物に運び込まれたって言う女の子の話……繋がるとは思わないか? 話を聞く価値は、確実にある」
かなり高い確率で紅床が見たという女の子は、先程の戦闘の折に俺が“アーベント”に奪われてしまった子供のことだろう。
『歓迎してくれて感謝するぜ』
「少なくとも、こっちが招いたんだ。招待してから来るまで遅かったが……どんな理由であれ来てくれて良かったよ。“ノクス”に捕まっちまったら、苦労して助けてやった労力が水の泡だからな」
ちら、と俺が視線を落とすのは今も絶賛鈍痛を放って熱を持っている太腿の傷口だ。
『ああ、あの時はどーも。お陰で助かったよ。そういや、アイツらは一体何なんだ? “ノクス”って何のことだ? 俺の体も、一体どうなっちまってんだか教えて欲しいもんだね』
「まあまあ、インターホン越しに話し続けるのもおかしな話だし、後はこっちに上がってから話してやる。もうちっと待っとけ」
矢継ぎ早に質問を投げかけてくる紅床は、疑問が湧き上がって止まないのだろう。
彼のそんな内心が簡単に想像出来て、俺は何だか微笑ましいものを見る様な気持ちになりながら待つようにと告げていたのであった。
【幕間】
護「三月か……ぽかぽか陽気が増えて来たなあ」
オ「また君は……猫みたいな事を言って」
護「寒いよりは暖かい方が良いじゃんか。オーバンは違うの?」
オ「私としてもその方が好きだがな。そう言えば、三月ってテレビで雛人形がどうのと聞くのだが……何の事なのだ?」
護「雛祭りのこと? それなら三月三日に行われる年中行事だぞ。女の子の成長を祝う奴だな。」
オ「ほー……どんな内容なのだ?」
護「人形を飾って、装飾して、美味いもん食う祭りだ」
オ「日本の行事って大体そればっかじゃないか?」
護「祝ってんだから当然だろ」
オ「クリスマスだってそんな感じじゃなかったか? しかもあれは外来行事だと聞くが」
護「日本人はパーティーピーポーなんだよ」
オ「絶対違うだろ。……まあ良い。それで、雛祭りは飾って終わりという事なのか。何だか、勿体無い気もするが」
護「そんな事はないぞ」
オ「そうかのか?」
護「ああ。雛人形にはそれ以外にも楽しみ方が存在する。例えばそう、勝手に髪の毛が伸びるのを鑑賞するとか」
オ「……ん?」
護「夜中に独りでに動き出してヘッドバンキングしてるのを眺めたりとか」
オ「立派な怪談じゃないか!」
護「何回捨てても戻って来るとか」
オ「楽しみ方の基準がおかしい!?」
護「後はそうだな……」
オ「もう良い! もう良いから! 眠れなくなってしまうではないか!」
護「そんな怖がらなくても良いだろ。ウチにだってあるんだぞ、雛人形。ここ長い間、手入れはしているが飾ってないだけでな。ほら、ここの蔵に沢山しまってあるだろ?」
オ「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
護「あ、いま勝手に首が動いたような?」
オ「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
護「そんな怖がるなって。冗談だから」
コ「貴様ら、何を一体そんなに騒いで……嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
護「うっさいな、何でコンスタンディノスさんまで絶叫してんの……大の大人が情けない」
コ「こ、怖がってなど居らんわ! 決して、この我が恐怖に駆られるなどあり得ん!」
護「あ、人形が浮いた」
コ「ぎゃあああああああああ!?」
護「だから冗談だっての。二人して情けない……ん?」
オ「どうした、マモル?」
護「誰か、雛人形を勝手に弄った?」
オ「いいや? 私もコンスタンディノスも、一ミリたりとも触れていないが?」
コ「そ、その通り! 我の剛力ではか弱き人形など簡単に壊してしまいかねないからな!」
護「冗談止せや。さっきまでこんな所に雛人形の首が転がってなんて居なかったんだぞ? ほら」
オ&コ「Nooooooooooooooooooo!?」
護「あ、おい逃げんな!? ……ったく、誰だよこんな酷い真似した奴は……っと? あれ、こんな所にも首が。あ、ここにも落ちてる」
「…………」
護「……あれ? 落ちてる首の数と、人形の数が合わないんだけど……まさか、ね……」
「…………」
護「だ、誰かいるのか!? いるなら返事しろ!」
「…………」
護「な、何だお前!? ……う、うわああああああああああああ!?」




