第四話 魔の力⑧
◆◇◆
我が家の居間では、尚も重苦しい空気が流れていた。
その中でも中心というべき存在である父は、眉間を揉み解しながら言う。
「……無関係な、それも幼い女の子にまで能力者が生まれているとはな。思っていたよりも事態は深刻かもしれん。オーバンはどう考える?」
「私もサネユキその意見に賛同する。魔力の拡散はより広範に、高濃度で起こっているらしい。レーダーで監視して、分かった気になっていた私のミスだ」
深刻な顔をして俯きがちにそう答える彼女は、実際にその心の中で己の不足を責めているのだろう。内心を慮るに余りあるその態度に、俺を含めた多くが同情の視線を向けていた。
「オーバン一人のミスに帰するのは無理がある話だ、そう気を病むな。俺も、棟梁としてオーバンの負担をもっと軽減すべく、人材を割くべきだったのだろうな」
「サネユキが努力していたのは私も知っている、それこそ貴方が自責の念に駆られる必要はないだろう。何よりも問題は、警察組織に確保された女の子の身柄だ」
「……普通に保護、であれば良いのだが」
口に出しながら、父もその願いが望み薄である事を確信しているようだ。全く晴れる気配の無い鬱屈した空気を更に重くするみたいに、オーバンも明るい望みを両断する。
「難しいだろうな。マモルの話ではアーベントがその子の身柄を確保したのだ、恐らく能力者である事は向こう側にも知れている。貴重な研究サンプルになるのが想像出来る。この世界では、まだまだ魔導士……あるいは能力者は稀有な存在なのだから」
「人間が人間を、そこまで露骨な実験体にしようというのは、何だか身の毛のよだつ話だ。オーバンの推測が的中しているのだとしたら、一刻も早くその女の子の身柄を奪還する必要があるぞ」
事態は一刻を争う。だが、相手は警察組織と、それに協力する“ノクス”だ。名実ともに相手するには分が悪かった。
その事を補強するように、父とオーバンの遣り取りを黙って聞いていた孫臏が口を開く。
「だが、それも中々難しい。何せ、その女の子と我々とに血の繋がりは無いのだ。この国の法律上、赤の他人でしかないのに、保護と称してこの家に連れ帰っても、誘拐犯になるだけだ」
「それも、仮にも警察組織から奪還となると、国家権力そのものとの全面戦争、って事態にもなりかねない、とな」
孫臏の言葉に賛同して更に言葉を付け加えるのは、毛利 吉政。彼も、まだまだこの時代にやって来てそこまで長くは無いというのに、ある程度この国の社会制度に関する知識を身に着けているらしい。
孫臏もそうだが、歴史に名を残す人物だけあって、やはり理解力や頭の回転も並大抵ではないのだろう。
「警察組織の内部に、こちらの味方に付けられる者が居れば話は別だろうが、事情が事情だ。魔法の話なぞしても、多くの者はそれを真に受ける事はしないだろう。何より、人選を誤れば無闇に敵を増やすだけになりかねない」
「孫臏殿の言う事だ……その懸念が外れる事はないだろう。となると百鬼殿、これは結構難しいのではないか? 儂の目には、もはや無理難題とすら思えてくるのだが」
「そこまで心配しなくてもいい。百鬼組の人脈はそう甘くないからな。歴史も古いんだ、実はあちこちに繋がりはある。使いようによっては、警察を黙らせる事だって出来なくはない」
話の流れが、再び父の真之に向けられる。当然と言えば当然の流れであったが、彼は言い淀む様子もなく平然と、そして自信ありげに言ってのける。
その姿に孫臏は追及する必要を感じなかったようで、話題を切り替えていた。
「ある意味、組織の腐敗とも言える話だが……なら、そちらの目星については百鬼殿に任せるとしよう。何よりまず、こちらは敵の情報を手にする必要がある。優秀な斥候が居てくれれば良いのだが……この場には役不足の者しかおらんからな」
「貴様、この我を見て溜息を吐いてはおらなんだか!?」
孫臏の溜息をかき消すように、大男――コンスタンディノスの大声が居間に響く。近くに座っていた俺からすればそれは耳が痛くなるくらいで、思わず顔を顰めて両耳を押さえていた。
「そんな大音声を出す汝に、斥候の任務が務まるものか。体格も目を引く、はっきり言って存在自体が不適格だ、疾くこの世から消え去るが良い」
「何故にローマの皇帝たるこの我がそんな事まで言われなくてはならない!?」
「喧しいからに決まって居るじゃろうが。だから孫臏殿もお主に向けて冷たい目を向けておるんじゃ。存在自体が鬱陶しい南蛮人が。お主の武勇は認めるが……もう少しその浅慮さを何とかしたほうが良いぞ」
フルボッコ。孫臏だけでなく吉政までそれに加わった事で、ただでさえ脳筋気味なコンスタンディノスは苦境に立たされていた。
「こ、この……異教徒どもが!?」
「落ち着けって。会議の場を喧嘩の場にする気か? お前ら全員この場から摘まみ出すぞ」
口で勝てぬなら力で、と言わんばかりに座布団から立ち上がろうとするコンスタンディノスを、俺が慌てて制止する。
同時に俺は孫臏と吉政にも目を向けて、牽制の言葉を向けるのだ。
「話が進まなくなるから、二人も感情を逆なでするような言葉を差し控える様にしてくれって」
「ふん、冷静さを失って“アーベント”に泥を付けられた若造がほざくと、説得力が違うな」
「お前は論点をずらして話をややこしくすんなよ!」
俺まで喧嘩を売られて、ついついと声が荒くなる。
もういっそのこと、吉政も孫臏もここから一旦つまみ出してやろうかと、動き出そうとした矢先。
「オーバン、スイッチオン」
「了解した」
父とオーバンのその短い遣り取りが聞こえたかと思えば、俺の右太腿に激痛が走った。




