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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第七章 アメリカン・ロビン=フッド㊤
321/565

第四話 魔の力⑦

◆◇◆



 山に生い茂る、裸の木々。

 春に向けて、萌芽の準備を着々と整えているそこにあって、不自然に黒焦げとなった場所に警察官達の姿が見える。

 炭化した木々は自重に耐え兼ねてか将棋倒しを起こしており、それがそのまま車道へ飛び出し、一台の白い軽自動車を押し潰していた。

 一目見ただけで、それはまず不幸な事故であると誰もが思うだろう。

 実際、松ヶ崎警察署の警部補を務める吉門 海斗係長は痛ましいものを見る目で、その現場を眺めていた。

吉門(よしかど)係長! 遺体の身元が一応判明しました。亡くなったのは、防村(よげむら) 由嗣(よしつぐ)とその妻エルマ。どちらも身分証を携帯してくれていて助かりました。特に、妻の方は頭部がアレですからね……」

 吉門の視界の隅に走り込んで来るのは、部下である栗花落(つゆいり) 絢斗(けんと)巡査。彼は手元のメモに視線を落としながらそれを読み上げ、続いてアスファルトの上に寝ている二つの遺体に目を向けた。

 一方、吉門は報告に来た部下へ視線だけを向けながら問う。

「生き残ってたらしい女の子の方は?」

「それが……あの“アーベント”とか言うのが勝手に身柄を保護して、今は榮森(えいもり)課長の乗るパトカーの中に。当然ですけど、身分証の有無も、名前も良く分かっていません。ただ、亡くなった夫婦の娘と見るのが自然かと」

 栗花落が向けた視線の方向に追従して吉門も目を向ければ、そこには一台のパトカーが停車している。

 その中には吉門たちの上司である榮森が乗車しているのだが、彼が向ける視線は酷く冷たいものだった。

「なるほどな。話を聞こうにも……という訳か。いや、仮に意識を取り戻したとしても話を聞き出そうとするのは非道な真似だな」

「両親が死んで、自分一人だけ生き残る……そう考えると、運が良いのか悪いのか分かりませんね。両親の死亡を伝えるタイミングを誤れば、心を病むかもしれません」

「それもそうだし、何よりこれだけの事故があったんだ。すぐにでも女の子を病院へ運んで(しか)るべきだと思うんだが……榮森課長は何を考えている?」

 憎々し気に、そして吐き捨てる様にそう言った吉門は、足元に転がっている炭化した木の破片を蹴り飛ばす。

 その彼の態度は上司に対する明らかな不信感や警戒心というものが見て取れて、榮森と吉門の関係性の一端が良く表れていた。

「まさかとは思うが、榮森課長が実は幼女趣味(ロリコン)だった……なんて事はないよな?」

「真面目な顔して何つー事を言い出してるんですか。いや、そう考える気持ちも分かりますけどね。勝手に幼女の身柄を保護して、病院にも連れて行かないんですから」

 おおよそ、一般常識からかけ離れた行動をして見せる上司に対して、部下が信じられないものを見る目を、(ある)いは不信感を募らせるのはごく自然な話である。

 それこそ、榮森に関しては普段の行いからして評判が良くないのだから、尚更(なおさら)であった。

「まあ、そっちについてこれ以上考えるだけ無駄だろうな。さっきの戦闘……“アーベント”の動きを見ただろ? あんな奴が相手じゃ、銃すら真面(まとも)に通じるか怪しい。武力で女の子を取り返そうとしても、返り討ちに遭うのが関の山だ」

「……榮森課長が百鬼(なきり) 護って呼び掛けてた男との戦闘の一幕ですか。確かに凄かったですね、あれ。映画の世界に紛れ込んだみたいでした」

 赤い(もや)を操る男と、それと対峙する“アーベント”。両者の目まぐるしい戦闘は圧巻と言う他なくて、吉門たちは何も出来ず呆然とその一部始終を眺めている事しか出来なかった。

「あれが本当に何のトリックも使っていないんだとすれば、洒落にならないと思わないか? 何なんだ、あれは」

「魔法……なんですかねえ。“お辞儀をしろ、ポッター!”とかできちゃったり?」

 おちゃらけた調子で肩を竦めて見せる部下は、ニヒルに笑う。そんな栗花落(つゆいり)に対して、吉門は眉を寄せながら注意を飛ばしていた。

「真面目な話をしているんだぞ」

「自分だって真面目ですよ。あんな非現実的な光景をもう何度も見せつけられてるんです。訳わかんなすぎて投げ遣りになる瞬間だってありますよ」

「言いたい事は分からんでもないが……というか、毎度誰かしらが匙投げた言葉を言ってる気がすんな」

「吉門係長だって言った事あるじゃないですか」

「…………」

 ついつい口をついて出た言葉が、藪蛇だったらしい。部下の指摘に、吉門は堪らず顔を逸らしていた。

「それはさておき、そもそもの話として何故この森の一角だけが黒焦げになっているのか……落雷があったとしても、そんなに雲は厚くない上に雷の威力が高過ぎる。一体どうしたらこんな事態を生む事になるんだ……」

「うわー、係長の話題逸らしが露骨だなァーー」

「煩い黙れ。月夜野(つきよの)は……(おおとり)主任と一緒にまだ諸々調べている最中か」

 部下の追及を強引に封殺しながら、吉門らはこの不可解な現場と、そこで目撃した不可解な出来事の原因を探っていたのだった。





 現場の保全と調査にあたる吉門らを余所に、松ヶ崎警察署の警部である榮森 晋太郎課長は、車内の運転席に腰掛けて腕を組み、後部座席に首を巡らせていた。

「……でかしたぞ、“アーベント”。百鬼(なきり) 護や紅床を捕え損ねたとしても、今回は収獲(・・)があった訳だからな」

「お褒めいただきありがたき幸せと存じます。此度のことで、多少なりとも榮森課長のお力になれた事、この“アーベント”も誇りに感じております」

 後部座席にて足を組み、車窓の(さん)に肘を当てて頬杖をつくのは、銀髪三白眼の大柄な男――“アーベント”だ。

 彼の横、後部座席の中央には意識もなくグッタリとして薄汚れた幼女が、眠っているかのように“アーベント”へ寄り掛かっていた。

 その女の子の足にある傷が、見る見る塞がっているのを確認して、榮森は目を眇めながら言葉を吐き捨てる。

「ふん……美辞麗句(びじれいく)が過ぎるのも考えものだな。貴様の言う言葉は何だか陳腐で嘘くさいぞ。それに、貴様は結局のところ私の要望そのものには応えられていない。その事を忘れるな」

「存じ上げております。必ずや、課長の期待に添えるよう、最善を尽くさせていただく所存でございます」

「その言葉に偽りがない事を祈っている。ま、偽りだとしたら……分かっているな?」

 脅し掛ける様に、(いびつ)に笑って見せる榮森だが。友好的とは言い難い笑みを向けられている筈の“アーベント”は、微笑を湛えたまま平然としていた。

「その様な恐ろしい事態にならぬよう、努力は惜しまぬつもりでございますよ。……君もそうだろ、美才治 綾音?」

「え、ええ……」

 やや剣呑な空気の中で、不意にアーベントは幼女を挟んでもう一つの後部座席に座っている女子高生に水を向けていた。

 出し抜けに話を振られた彼女――美才治 綾音は目を白黒させ、借りて来た猫のようになりながら言葉を絞り出すのだった。

「あの……その、私にはちょっと、何の事だか分からなくて」

「分からない、という事はないのではないかな? 君とて榮森課長から、魔法について、百鬼組や百鬼護についても聞かされている、という話ではなかったか」

「た、確かにそうですけど……そうですけど、さっき“アーベント”さんと戦ってたのが本当に、本当に護なんですか? 私にはやっぱり……」

 未だに信じられないと言った調子で、おずおずと確認の言葉を発する綾音。そんな彼女の言葉に被せる様に、榮森が不機嫌な調子で口を開いていた。

「それについては君が採集してくれた唾液のDNAサンプルが裏付けてくれたと、私から説明したと思ったが? 君は何を以ってその証拠を疑っているのかね」

「そ、そう言う訳じゃなくて……やっぱり、いざ目の前で見せつけられてもどうにも信じられないんです。魔法なんて……」

「そうは言うがね、今の君が、後部座席で“アーベント”と挟んで座っているその幼い女の子も能力者だよ。見ての通り、傷が癒えているだろ?」

「…………」

 顎で榮森がしゃくって見せるのは、意識を失ったままの女の子だ。そして彼の指摘通り、女の子の足にあった傷が目に見えて消えて、やがて周囲の肌と見分けがつかなくなっていく。

「この街には、君が良く知る“普通の人間”と異なる存在が姿を現し、猛威を振るい始めているのだ。中には、その能力を悪用する者だって出て来てもおかしくない。例えば……丁度そう、百鬼(なきり)組のようにね」

「……正直、私にはまだ信じられません。百鬼組も、護も、悪い事をしているなんて」

「だが、現にこうして死者が出ている」

「――っ!!」

 綾音の言葉を全て否定するように、榮森(えいもり)が放ったその言葉は、彼女を絶句させるには充分な威力を持っていた。

「木々を焦がし、その余波で車が倒木の下敷きとなって、男女二名が死んでいる。君は遺体を直接見ていないから実感が湧かないかもしれないが、あの向こう側には人間の抜け殻が明確に二つ、転がっているのだ」

 (おもむろ)に榮森が指差すのは、焼け焦げた倒木と、それの下敷きとなっている軽乗用車だ。

 その付近では刑事たちが忙しなく動き回り、職務に取り組んでいた。

「……じゃあ、護は犯罪者として捕まるんですか?」

「捕まえられれば良いが、日本の法律には魔法の使用や規制をするものは何も無い。現行法の運用解釈や彼らの行動次第では適用する事も出来るだろうがね、限界があるんだ」

「じゃあ、どうするんです?」

 おずおずと、綾音が問えば榮森は饒舌に答えて言った。

「相手が法の外に居るのなら、こちらも法の外の技術で対応するしかないという事だ。テロリストや犯罪者に、事が起きてから法律を説いても意味無いだろう?」

「……そうなったら、人が死ぬ可能性もあるって事ですか。護や、百鬼組の人達が」

「勿論、ある。だが、そうしなければ無関係な人がもっと死ぬかもしれない。日本での常識的に考えて、銃を持った人間を放置しておくことは出来ないからね」

 そこまで聞いた途端、綾音はやや前のめりになっていた体を落とし、背中を座席に預けていた。

 その様子を横目で確認していた“アーベント”は、彼女の不安を紛らわすように口を開く。

「……そこまで心配するな、美才治 綾音。必要が無ければ百鬼組の人間とて殺しはしないさ。あくまでもやむを得ない場合はと、榮森課長は仰っているのだ」

「やむを得ない場合は、ですか……」

「そうだ。つまり、君の幼馴染を殺されたくなければ、君はもっと私達に手を貸す必要があるという事だ。分かってくれるかね?」

 今後も協力の意志を確認するように、“アーベント”は笑みを向ける一方で、綾音の表情は硬い。

「護達を、百鬼組の人達を殺さないって約束してくれるなら……」

「それは状況次第としか言えないね。分かるだろう?」

「じゃあ、この女の子はどうするつもりなんですか?」

 綾音は、自身の抱える不安や疑念を一つずつ潰すように、質問を投げかける。そしてそんな彼女が視線を向ける幼女に、榮森もまた視線を向けてからハッキリと言い放つのだった。

「無論、保護をする。この子は能力者だ。しかも特異な自己再生能力の持ち主とくれば、悪用したがる輩も多いからね。警察組織の人間として、国の治安を守る身として、彼女の身柄の安全を確保する義務が私にはある。だからそんな不安そうな顔をしなくてもいい」

「そう、ですか……」

「ああ、そうだとも。警戒しなくとも、私は警察の人間だ。もう少しくらい信じてくれても良いのではないかね?」

「分かりました……」

「君が理解のある人物で良かったよ。ああ、実に良かった……」

 後部座席に向けていた首を(ひるがえ)して、フロントガラスに目を向けながら語る榮森は、その口端を僅かに緩めていた。



◆◇◆


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