第四話 魔の力⑥
「ほう? 確かに、父親は途中で息を引き取ったらしいし、機密の流出については問題ないと思うが……それよりも重要な事とは何だ?」
「父さんにはその時点で伝えてたんだけど、その女の子が能力者だったんだ。それも、かなり高い自己再生能力でさ」
「……自己再生? そう言えば、あの時に百鬼殿がそう言って驚いているのは耳にしたが……そうか。私が毛利殿らに撤退の指示と指揮を執ってゴタゴタしている間にそんな事が」
俺がそこまで無理をしていた理由に合点がいったのだろう。当時の状況を思い返して整理しているらしい孫臏に、更に説明を付け加えていた。
「で、彼女の父親からも娘を頼むって伝えられてさ。だから余計に取り返さなくちゃーって、なったんだよね」
「父親から童に関する後事を託されて、しかもその童は能力者で……か。中々に条件が揃っているな。豎子が無理をした理由については、分からなくもない」
ふむ、と孫臏は自身の黥がある付近をなぞりながら話を聞く姿勢を見せ、俺は彼から更に同意を引き出すべく言葉を続けていた。
「でしょ? そうなったら、意地でも“ノクス”の連中に渡す訳には行かないって思うのが普通だし」
「その結果として無理をして傷をこさえ、捕まる寸前になっているのでは愚かとしか言いようがないがね」
「……手厳しい」
このまま、完全に孫臏から肯定を引き出せる程、彼はやはり甘くない。分かっていた事だが、彼は恐ろしいくらいに冷徹で、客観的に物事を捉える事が出来る思考の持ち主なのだ。
「そうなると……百鬼殿。やはり豎子に長い謹慎処分を下すのは止めるべきだろうな」
「しかし、こいつの軽率な行動については叱責があってしかるべきだと、俺は考えるが」
「無論、この豎子を不問とするのは私も反対だ。そうだな……傷が癒えるまでは謹慎とするのが丁度良さそうだな。その間、罰則を設けるのも悪くない」
聞こえてくる孫臏と父の会話に耳を傾けながら、俺は黙りこくって傷の手当てによる激痛に耐える。
肩口の手当ては一段落ついていたが、続いて右太腿の傷口の手当てが曲者だったのだ。
「あーあー……やったな、やりやがったな、若。傷口が開いてるじゃねえか」
「しょうがないだろ、色々あったんだよ」
「そうは言うけどな、こりゃ確実に医者案件だ。俺の手に負えねえや。止血しか出来ねえ」
ぐっ、とガーゼが傷口に押し当てられて包帯で巻き直される。血に塗れた包帯は外されてビニールシートの上に転がされるが、我ながらびっくりするくらいの出血量だ。
道理で頭がくらくらする訳だと一人で納得していると、不意に玄関の方が騒がしい事に気付く。
「……何だ?」
「若以外の戦闘部隊のご帰還だろ。プサッフォーさんは若を離脱させる為に使ったからな。あっちは孫臏さんの指揮で迅速に戦場から撤退、からの車移動だったんだ」
「…………」
悪気はないのだろうが、金さんからその説明を受けて申し訳なくて気まずい気持ちが心の奥から湧き上がって来る。
何せ、彼らの帰還が遅れたのは俺自身が勝手に暴走して迷惑をかけてしまったせいに他ならないからだ。
もしかしたら、撤退する際に怪我をした者だって出ているかも知れないと思えば、余計に気分は暗くなった。
しかし、そんな俺の気持ちを知る由もない帰宅者達は、ドスドスと廊下に足音を響かせながら近付いて来て、居間の襖を勢いよく開いていた。
「ふふははははははは! ローマの正当なる皇帝、コンスタンディノス・ドラガシス・パレオロゴスの帰還であるぞ! 皆の者、我らを讃えよ、崇めよ! はーっはっはっは! はーーーーっはっはっはっは……ブゲホゲホッ!」
「ふん、無様に咳き込むくらいなら、わざとらしく喧しい高笑いなぞするでない。それこそ銅鑼の様な大音声で吠えおって、耳鳴りがするわ」
「帰ったぞぉー。マモル、怪我したと聞いているが、大丈夫か?」
三者三様、との言葉がぴったりくる有様で姿を見せたのは、コンスタンディノス、吉政、そしてオーバンだ。
彼らは至って平常通りの運転振りを見せていて、目に見える限りでは傷の類も見当たらない。
「皆……三人とも、本当に無事なのか?」
「私の心配をするくらいなら自分の心配をしたらどうだマモル? 戦闘に加わった四人の中で一番重傷なのは君なんだぞ。というか、他三人は精々が掠り傷だ。“ノクス”の方は少なくない損害を出している筈だがな」
「うむ! 敵を罠に嵌めてくれたから数的不利も何のその、終始圧倒しておったわい! この我の筋肉のお陰でもある!」
「ええい、ここで筋肉を強調する奇怪な姿勢をするでないわ邪魔苦しい!」
その様子を見るに、オーバンが言う通りに誰も大きな怪我は負っていないらしい。自分以外に損害は皆無という事実に、俺はホッとして強張りかけた表情はあっという間に緩んでいた。
「おお、そっちの三人も無事に帰って来られたみたいで良かった。大手も、車の運転も御苦労だったな」
「棟梁……いえ、私に出来るのはそれくらいですから」
孫臏と話し込んでいた父も、三人の帰還とその無事を喜んでいる様だ。しかし、気のせいか孫臏ともどもそこはかとなく悪巧みをしている気配がしなくもない。
そんな不吉な予感を俺が抱えているのを余所に、父はオーバンを手招きで呼び寄せ、それから何か耳打ちをしていた。
「……なあ金さん、あの三人は何を企んでるんだろうな?」
「さーて、何だろうな。若の方を頻りに見てる気がするから、若に関する事なんだろ」
あ、またオーバンがチラッと俺を見た。何だろう、非常に宜しくない予感がビンビンである。
「うん、俺もそうなんじゃないかとは思ってるけど……さてはその物言い、金さんは対岸の火事を決め込む気だな?」
「実際、対岸の火事だし? 俺は外野から眺めさせて貰うよ。何が起こるのかなーって」
「何という非情な男!」
ニヤニヤしながら野次馬根性を発揮する金さん。
彼の非情さを持てるだけの語彙力を総動員して非難したいくらいだが、俺の貧弱過ぎる語彙力では結構難しい芸当だった。
「謹慎処分を受ける様な真似をした若が悪いんだろ。何があっても甘んじて罰を受けるんだぞーっと」
直後、金さんが太腿の傷口を一際強く締め付けて、ガーゼがより強く傷口に押し付けられる。
それはつまり、傷口を中心に激痛を走らせるものであり。
「い、痛ぇぇぇぇぇぇぇえっ!?」
我が家に、涙目となった俺の悲鳴が轟いた。
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