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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第七章 アメリカン・ロビン=フッド㊤
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第四話 魔の力④

「今日こそ、逃げられると思うな。やれ、“アーベント”」

「承知しました」

 榮森の後ろに控えていた銀髪三白眼の大柄な男――“アーベント”が一歩踏み出すと同時に、俺の顔面に強烈な風圧が押し寄せる。

「……っ!」

「さて、もう何度目の正直だったか。百鬼 護、君には表舞台から退いて貰いたいものだ。君にとって相応(ふさわ)しい次の舞台は……そうだな、俎板(まないた)とでも言えば良いだろうか」

「そこで実験体として切り刻まれろって? 御免被(ごめんこうむ)るね。お前らが自分で実験体になって来いよ。俺がそっちに付き合ってやる義理はねえ」

 俺の足元で寝かされていた、唯一の生存者である女の子を抱き上げながら、俺は自分の周囲に魔力を展開させる。

 それだけで強烈な風の勢いは大幅に減衰して、呼吸や視界を妨げられる事は無くなったのであった。

「……何だ、百鬼 護。その幼女を抱えて、誘拐でもするつもりか?」

「違うっていう俺からのツッコミ待ちのつもりかよ? ただ単に、ここで放置していたら生前者のこの子も巻き込まれないって思っただけだ」

 後退しながら並べ立てたその理由は、本心の半分でしかない。もう半分は、彼女が高度な自己再生能力を獲得している事実を、“ノクス”や警察に知らせる訳にいかないからだ。

 連中の物言いからして、この女の子が能力者だと分かれば容赦なく実験体やサンプルとして身柄を拘束する事だろう。

 だから意地でも彼女の能力を知られる訳にも、ましてや渡す訳にもいかなかった。

「生存? これだけ大破した車に乗っていた幼い子供だけが……それはまた、随分と素晴らしい奇跡だな。ならとっとと、ここにいる警察に引き渡せば良いだけだと思うがな」

「アホ言え、お前らみたいな胡散臭い組織と手を組むような連中に、この子をホイホイ引き渡せるもんかよ」

 現状、女の子の怪我はまだ完全には回復し切っていない。今も目に見えて傷が癒えていくが、回復速度は全ての傷が一瞬で治る程では無いのである。

 当然、今の状況で彼女を引き渡せば、その様子が“ノクス”達に確認されてしまう訳で。

「百鬼 護……貴様がそんな真似をするのなら、それこそ警察は貴様らを幼女誘拐犯として大手(おおで)を振って逮捕出来る訳だ。更に言うなら、そこに転がっている夫婦を殺害した罪も着せれば完璧だろうな」

「彼らが亡くなった直接の原因は、お前のところの“レーヴェ”とか言うクソ野郎のせいだよ。だってのに、全部を俺のせいにしようだなんて、虫のいい奴だな」

 責任の所在で言うのなら、“ノクス”を罠に誘って戦闘を引き起こしたこちら側にも非はある。更に言えば、こんな場所で“レーヴェ”と戦闘する選択をしてしまった俺に非があるのだ。

 しかしそればかりが、しかも“ノクス”側から責め立てられるのは、どうしたって納得いく筈もなかった。

「こちらに原因があるなど……そんなもの、焼け焦げた木々を見ればある程度は分かる。だが、魔法の実在が認知されていないこの世界で、その真実を受け入れる事が出来る人間は一体どれだけ居るのだろうな? まあ、大多数の人間は警察の発表を信じてくれるだろうさ」

「どこまでも腐った事を……!」

 だけれど、それは事実だ。

 実際に警察が発表した場合と百鬼組が発表した場合では信憑性に明確な差が生じるし、内容に関して言えば余計にそうである。

 片や、百鬼組が犯人であると良い、片や魔法のせいであると主張したら、それは当然前者の方が現実味はあるのだから。

「何を言うかと思えば……私は可能性の話を論じているに過ぎない。それが実行される未来を予言している訳ではないのでね」

「半ば脅しのような真似をしておいてよく言う! どうしたらそこまで最低な人間になるか、不思議でならないね!」

 “アーベント”の能力によって生み出された四つの竜巻は、炭化した木々の破片を巻き込みながら、俺目掛けて集結してくる。

 とは言え、その進みは特別早いという訳でもないだけに、強化した脚力で難なく躱す、が。

「……っ」

 やはり、戦闘の際に走り回り過ぎた代償として右腿の傷に(さわ)ってしまったらしい。そこを中心に全身を駆け巡る鈍痛が、どうにも思考を邪魔する。

「君は最低と言うがね、私は己の望む将来を掴むために一生懸命なだけだ。ひたむきな人間を見下すなど、それこそ人間性を疑われる話だとは思わないかな」

「ああ言えばこう言って……」

「因果関係が逆だ。私がこう言えば、君がああ言っているのさ」

「……俺はお前と言葉遊びをする為にここにいる訳じゃねえ!」

 鈍痛と“アーベント”に対する苛立ちを発散するように、俺は魔力を操って計八つの砲丸を――いや、杭を形成させる。

「これこれは……今までの君とは異なって、殺意でも芽生えたのかね?」

「そうなった理由を自分で考えたらどうだ!? 俺が手加減してやってたら調子乗って一般人まで巻き込みやがって……!」

「結構結構。真っ直ぐな殺意だ。どんな心情の変化があったのか……は、聞くまでも無いのかな?」

 そう語る“アーベント”は、自身の周囲で強烈な風の流れを発生させて、殺到した八つの杭の軌道をズラした。

 だけど、俺としてはそれだけで終わらせる気はない。

「多少、弾道をずらされたくらいで!」

「執念……、執念か。だが、頭に血が上り過ぎて戦闘そのものに対する視点が狭まり過ぎではないかね?」

 もとより、弾道の軌道は俺自身が魔力と、脳内でのイメージに制御されているものだ。だから、どれだけイメージを強く持つかによって威力も精度も違ってくるのである。

 だから、俺は“アーベント”に対して必中の心構えで八つの杭を打ち込んで、しかしあと一歩のところで今度は宙に逃げた彼にひらりと(かわ)されてしまう。

「君のように強固な物質化を行う能力との相性は、私にしてみれば宜しく無いのだが……今の君の精神状態は、非常に相性が良いらしい」

「何の話を……っ!?」

 ぞわりとした感覚が、背中を撫でる。具体的に言えば、それは何やら不自然に感じられる風の流れだ。

 慌てて八つの杭に対する制御を手放した俺は、周囲に展開させていた(もや)状の魔力を操作して全方位に対する壁を生成させる。

 すると、即座に全方位から衝撃が押し寄せ、同時にその一角が食い破られるのだった。

「……こ、このっ!?」

「ほー……耐えたか、耐えるかね。出来あいの急造防御で私の攻撃をほぼ耐え切るか。本当なら戦闘不能へ確実に追い込む気だったが……しかし、損傷としては上々だったかな」

「ぐ……クソ、んの野郎めッ!! 空気の流れなんざ、見て分かるもんじゃねえってのに」

 防御を食い破ったのは、“アーベント”が周囲に展開させていた圧縮された空気の刃だ。魔力の盾を貫通した影響で威力は減衰していたものの、それは右肩の皮膚を切り裂き鮮血を飛び散らせていた。

 そのせいで不意の後退を強いられ、おまけに抱えていた女の子をアスファルトの上に取り落としてしまうのだった。

「……おっと、駄目ではないかね? 怪我をした程度で大事そうに抱えていた幼い子を取り落とすなど、誘拐犯の風上にも置けない男だな、百鬼 護」

「それは失礼しました。わざわざ並行世界(パラレルワールド)から少女一人を攫いに来た奴が言うと説得力が違うな」

 挑発してくる“アーベント”だが、俺は右肩の出血を押さえながら挑発し返す。我ながら上出来な皮肉だと思ったが、彼はやはり冷静さを欠片も崩す事は無かった。

「言ってくれる。それにしても、たかだか幼い子供一人をそこまでして守ろうとした君の行動は理解に苦しむ……おや? これは……ほう、ほう、なるほど」

 俺が取り落としてしまった幼女の下へ優雅に着地した“アーベント”は、ほんの少しの間だけ彼女を見下ろして、何かに気付いたらしい。

 納得した様に一度頷き、それから俺を見て薄く笑ったのだ。

「道理で君が大事そうに抱える訳だよ。確かにこれは、大切な存在だ」

「……そう思うなら、とっとと俺に引き渡してくれると嬉しいんだが?」

「無理を言う。彼女は事故に遭って、両親を失った身だ。ここは一度、警察組織に預けるのが当然の事だと思わないかね?」

 幼い女の子を抱き上げた“アーベント”は、常人を遥かに凌ぐ速度で塞がっている彼女の傷口をまじまじと確認しているらしい。

 丁度、俺が彼女を取り落としたせいで生じた小さな傷口が塞がっているところでも眺めていると見て良さそうだ。ハッキリ言って最悪の展開である。

「……少なくとも俺は、お前らなんかと手を組んだ警察にその子の身柄を預けるべきだとは思わないね。保護とは名ばかりの碌でもない事をするつもりだろ? 下種野郎どもが」

「それを決めるのは私ではない。あくまでも、私はこの世界の、この国の警察組織に対して助力をしているに過ぎないからね。郷に入っては郷に従え、保護して警察に預けた先は私の知る所ではない」

「……!」

「済まないが、それ以上のことに構っている余裕が無いのさ。君のように、暇人ではないという事だ」

「ふざけんじゃねえぞゴミが! いつまで手前勝手な理屈を振り(かざ)すつもりだ!?」

 何としてでも、彼女を奪還する必要がある。そうでなければ、危惧通り、あの幼い女の子も容赦なく魔法や魔力を調べるためのサンプルにされるだろう。

 ……だけど、果たしてこの状況で俺は戦えるだろうか? 女の子を奪還できるだろうか?

 現在、右太腿の傷口が開き始め、おまけに右肩にも新たに傷を負ってしまっているのだ。

 この状況で“アーベント”という手練れを相手に女の子を無事に奪還するとなれば、至難の業だった。それこそ、ここで“ノクス”側に増援でも来たら詰みである。

 だけど、それでも。

「……やって見なきゃ分らない、やってやる。やるしかない」

「何だ、まだ戦う気かね? 既に勝敗は決したと見た方が、遥かに賢いと思うが」

「簡単に引き下がれねえのよ、俺としてはさ……!」

 脳裏に、女の子の父親の遺した言葉が蘇る。


『娘を、頼みます。……この子は何だか知りませんが、まだ生きる気がします。だから、お願いします』


「俺は頼まれたんでね、責任を果たす為にもここで投げ出す訳にいかないっての」

 持てるだけの魔力を、俺は周囲に展開させる。

 それを前にして、“アーベント”は僅かに目を(みは)っていた。

「見上げた、実に見上げた執念と根性だ。それに敬意を表して、君はやはり殺さずサンプルとして捕縛しよう。榮森課長も、その方が良いでしょう?」

「へ? ……あ、ああ。可能ならそれに越したことはない」

 “アーベント”と俺の戦闘を眺めていた面々は、榮森を含めて圧倒されていたらしい。いきなり“アーベント”に話しかけられた榮森の声は、動揺が透けて見えるくらいには裏返り、上擦っていた。

 しかし、俺からしてみればそんな事はどうでも良くて、銀髪三白眼の男を睨み据えて、告げる。

「“アーベント”。とっととその子を引き渡せ。さもなけりゃ、こっちは殺す気なんだからな」

「何を言うかと思えば……もとより私は、以前から敵対者は殺す気だぞ。その程度の言葉では脅しにもならん。むしろ、(ようや)く私と君が同じ土俵に立ったのではないかね?」

「言ってろ……何度も言うが俺が手加減なんて舐めた真似をしてたばかりに無関係な人まで巻き込んで、遂に死人を出したんだ……もう、躊躇(ためら)ってくれると思うんじゃねえぞ」

 より強固に、全身に魔力を巡らせて身体能力を強化する。腿や肩の傷口に軽くない痛みが走ったけれど、知った事ではない。

 右手には盾を、左手には刀を赤葡萄酒色(ワインレッド)の魔力で生成し、また周囲には幾つもの棘と、杭を生成させる。

「言った通りに……私を殺す気か」

「何をしてでも殺す気だよ。ひたむきに殺させて貰う」

 アスファルトを、蹴る。

 真っ直ぐに、目指すは“アーベント”。その首筋だ。

「君がそこまで怒っているのは、初めて見たな。手負いで、尚且つ君の頭に血が上っていなければ私も苦戦は必定だっただろうが……」

「余裕こいてんじゃねえぞ目つき犯罪者が!」

「顔が凶悪な君に言われたくないな」

 振るった魔力の刀は空を振り、牽制と攻撃を兼ねた魔力の棘と杭を射出しても、それらは強風の障壁が着弾を邪魔していた。

 ならばと、俺は更にアーベントとの距離を詰める。それが出来るだけの強化を、全身に施しているから。多少の傷は覚悟の上で、この男を俺はここで殺すと決めたのだ。

 だけど、どうしてか攻撃の幾つかが掠りはしても、決定打には全く届かない。まるで、雲を掴むようだった。

「……今の君では私には届かない。勢いや気迫だけでは、戦いの趨勢を決するには足りないのだ」

「御託を聞く気はねえ!」

「相手の動きをある程度予想して、対応する手を決めておく……冷静な時の君ならそのくらいはやっていたと思ったが」

「――ぅっ!!」

 咄嗟に腹にあてた右手の盾が、重い衝撃を受け止める。

「君も知っての通り風魔法は、基本的に体を使って繰り出す攻撃手段を持たない。だから近接攻撃には(すこぶ)る弱いが……その代わりに体の向きや状況によらない自由な方向、タイミングでの攻撃が可能だ。これは君だって、重々承知して警戒していたと思ったがね?」

「届けっ……!」

「無駄だよ、無駄だ。どれだけ君の実力が高かろうとも、冷静な立ち回りを見失った君は、あっさり負けること以外に出来るものはない」

 負けじと至近距離で振るった刀の横薙ぎは、しっかりと刀の間合いだったのにも関わらず、あっさりと躱される。

「獣のような戦い方は確かに危険だが……私は“ノクス”の“アーベント”。これまで何度、修羅場を潜って来たと思っている?」

「~~~~っ!!!」

 途轍もなく圧縮された空気の壁が、全身に叩き付けられる。それはまるで、コンクリートの壁が突っ込んで来たようなもので。

 俺は呆気なく、ガードレールを突き破って崖下へと吹き飛ばされる。

 気が付けば、俺は落ち葉の上に背中をつけ、葉の落ちた枝の隙間から曇天を見上げていた。どうやら、一瞬だけ意識を失っていたらしい。

「勝負ありだ。君はこれで終いだな」

「ふ、ざけ、んな……!」

 風の力で浮かび上がり、崖下に降りるアーベントに反撃を見舞おうとした俺は、しかし四肢が思うように動かない。

 何より、思考が上手く纏まらない。全身を魔力で強化していたとは言え、頭に強い衝撃を受けてしまった事が原因なのだろうか。

「…………」

「さて、確保といこ……むっ?」

「あらあら、ごめんなさいね。この子は、私達の方の預かりなの。貴方達に渡す事は出来ないわ。そう言う事で、ごきげんよう」

「……プサッフォー、また君か。こうなるのであれば、欲を出さずやはり百鬼 護は殺すべきだったか――」

 溜息交じりの“アーベント”の言葉は、唐突に途切れていた。



◆◇◆


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