第四話 魔の力②
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「こんな山奥に向かえって……あのゴミ課長は何考えてるんですかね?」
「止めろ栗花落。そういう事を言い続けるとふとした時に口をついて出ちまうぞ」
「……は、失礼しました」
助手席の車窓から外を眺めれば、そこが木々の生い茂った山道である事は明白だ。
落葉した茶色の木々が流れゆくその景色を眺めながら部下を咎めた警部補・吉門 海斗係長は、運転席に座る部下に目を向けた。
「鳳、ところであれは何だと思う?」
「……さあ、何でしょうか? 自分は運転中なので良く見えませんが……もしかしたら、途中で聞こえた落雷のような音が関係してるのかもしれません」
顔を顰め、目を細め、車の前席に座る二人は山道の先に目を向けて首を傾げる。
それに続いて、後部座席に座っていた部下――月夜野と栗花落もまた、怪訝な顔をしながら二人して車窓を覗き込む。
「係長、何かあったので?」
「見れば分かる。車のサイレンで聞こえにくかったが、雷鳴も聞こえただろ? あそこだけ雷でも落ちたのかみたいな景色だぞ」
栗花落の問い掛けに、吉門は尚もまじまじと山林の一角に視線を向け続ける。
「あー、あれですか。凄いなコレ。範囲も広いような」
「下手をしたら車道にまで影響が出てるかもしれないですね。係長、交通課に応援要請出しますか?」
「勝手な事をすれば課長がまた荒ぶる。その辺はまたあの人が判断するだろうさ」
ふん、と鼻を鳴らしながら吉門が目を向ける先には、先頭を走る警察車両の姿がある。
都合三台の警察車両は、その全てが喧しくサイレンを鳴らし、松ヶ崎市域の外れにある山道を爆走していた。
「今回もまた、あの正体不明の男を取り押さえるのでしょうか」
「それだけで済めばまだ良いがな。何だか俺は、犯罪の片棒を担がされているような、そんな気に食わなさが拭えない」
「係長、僕の軽率な発言を咎めといて、軽率にそんなこと言うの止めて貰って良いですか」
「……言う様になったな栗花落巡査」
「すいませんでした」
「…………」
唐突に始まった同期と上司の寸劇を横目に、月夜野和馬は徐々に迫って来た黒焦げ地帯へと意識を集中させていく。
「鳳主任、この落雷……少し変では?」
「少しどころじゃねえだろ。何であんなに黒焦げの範囲が広くなるんだってな。しかもあの様子だと、木が倒れてる。さっきも言ってた通り、車道を塞いだりして無きゃ良いが」
「万が一、そこに車が巻き込まれていたりしたら惨事ですね。それこそ救急車とか消防車を呼んだ方が良いかもしれません」
道を更に進むにつれて、山道の先で起こっている事がより鮮明に目に入り始める。
もしもの事態を想定して月夜野がそう言えば、不意に吉門がポケットから携帯端末を取り出していた。
「もしもし……ああ、松ヶ崎警察署の吉門だ。悪いが今俺達が居るところへ消防車と念の為の救急車も頼む。落雷と思しき自然現象の結果、倒木が発生している。万が一を考えて出動要請を出してくれ」
「……吉門係長? 勝手にそういう真似したら榮森課長が怒るってついさっき自分で仰ってませんでしたか?」
「改めて現場が近付いて来て、認識が変わった。責任は俺が持つ。こんな有様では、どうして警官の俺達が消防を呼ばなかったのかと後で詰められかねないからな」
「……確かに、こりゃ酷いですね」
先行する一台目が停止し、それに続いて停止した吉門らの乗るパトカーが停車した付近は、黒焦げになった木々が将棋倒しを起こして車道を塞いでいた。
おまけに、もっと言えばその倒木の隙間から白い軽乗用車すら見えていて。
「まさかまさか、本当に巻き込まれた一般人の車があるなんて……吉門係長の判断は間違ってなかったですね」
「世辞は良い! とっとと救出作業に当たるぞ!」
一台目のパトカーから降りて呆然とした様子で顔を見せる榮森を放置して、吉門らは即座に車を降りて動き出す。
「よ、吉門係長! 勝手に何をしている!?」
「勝手にも何も、あの車に乗っている人を助けなくちゃいけないでしょう! ぼさっとしている場合ですか!」
榮森の統制を外れて動き出した部下に、榮森は慌てた様子で文句を言っていたが、それを吉門が即座に封殺する。
そしてそのまま、吉門達は倒木の下敷きとなった白い軽乗用車を救出しようとして、気付く。
誰がやったのか、車の左右と上部は倒木がある程度ながら退かされて、車の内部には人の姿が一切無いのである。
「……既に木が退かされている?」
「係長、あれを見て下さい!」
「あれってのは……っ!」
不意に月夜野が指差した先にいたのは、一人の大柄な男だった。その男の脚元では、どうやら車に乗っていたらしい三人家族が寝転がされていた。
一方、遅れてその男も吉門らの存在に気付いたのか、赤葡萄酒色をした靄を展開させたかと思えば仮面を作り出して、その顔を隠していた。
吉門からしてみれば、その行動には見覚えがあるもので、即座に拳銃を構えて声を上げていた。
「あの靄……この前の奴だな! 貴様、そこで何をしている!?」
「…………」
吉門に続いて、部下三人も拳銃を抜いて銃口を得体の知れない男に向けた。
同時に、吉門は考える。
あの得体の知れない男は、ここで一体何をしていたのかと。もしや、この状況を引き起こしたのはあの男なのではないかと、考えたのだ。
だとすれば、男が彼の足元に転がしている家族三人は殺害か何かでもされているのか……それにしては、不自然な点が多い。
故に、吉門は横に立つ部下へ一瞥をくれながら問うた。
「月夜野、お前はアイツが何をしていたと思う?」
「はっきりとした事は言えませんが、普通に見たら車に乗っていた一家を助け出したものかと」
「やっぱそう考えるのが普通か……」
だとすれば、そもそも彼にこうして銃口を構えるのは不自然な話ではあるが、相手は正体不明の靄を纏う男である。
吉門としては迂闊に警戒を解く訳にもいかなかった。
「大人しく、我々について来い。事情を聴取したいのでね」
「…………」
「返事はなしか。相変わらず寡黙だな」
拳銃の安全装置が外れている事は既に確認している。もしもあの男が不穏な動きをすれば、すぐにでも発砲できるだけの姿勢を、吉門たちは整え終えていた。
しかしそのようなピリピリとした状況下で動いたのは、両者どちらでも無かった。
「……また会ったな、百鬼 護。高校生がこんな場所に居るのは、教育上宜しくないのではないかね?」
「…………」
「ふん、身元を割り出されても反応は無し、か。歳に見合わない随分な胆力を持っている様じゃないか」
まるで役者のような、そして人を喰ったような態度を見せるのは、榮森 晋太郎課長だ。彼は先程動揺していた事実を微塵も感じさせない姿で男――百鬼 護を睨み据えていた。
「それにしても、百鬼組は随分と酷い真似をするじゃないか。こんなに木を倒して、おまけに何の罪もない一般人を巻き込んだ。それをどう償う気かね?」
「…………」
百鬼 護は、無言で自身の足元に転がる三人家族に視線を落としているらしい。だが、それだけだ。
何を言うでもなく、代わりに不気味なくらい怒りの雰囲気だけが伝わって来る。
対する榮森は、腕を組んで余裕を強調していた。
「また黙秘か。現行法律では魔法の使用に関する処罰が規定されていないからと言って、調子に乗るなよ。法の運用次第では、貴様の様な人外を拘束するのも無理ではないのだぞ?」
「ま、待って下さい榮森課長! 魔法とは何の事ですか!? それに、百鬼って……本当にあの百鬼組が!?」
「吉門係長、私の邪魔をしないでくれ。今は君の相手をしている場合ではない。私は今、人外を相手にしているのだからね」
「じ、人外……?」
おおよそ人に向けるに相応しくない言葉を平然と口にする上司の姿に、流石の吉門も露骨に表情を歪めさせていた。
もっとも榮森はそちらには興味を示さず、さも当然と言った調子で尚も話を続けていて。
「今日こそ、逃げられると思うな。やれ、“アーベント”」
「承知しました」
銀髪三白眼の男がそう答えた直後、辺りを暴風が吹き荒れた。
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