第三話 罠に嵌って木立に入って➉
「おいおい、止めてくれっての!」
眼下からゆっくり、ゆっくりと登って来る白色の軽自動車に、そんな俺の願いなど届く筈もない。何も知らないであろう一般人の乗る車は、そのまま道なりに俺達の居る方へ登って来るのであった。
こうなってしまっては仕方ない。一般人に目撃されてしまうリスクはあるが、ここは山林の中だ。手早く決着をさせてしまえば何とかなるだろう。
「……せめて、アイツの意識を俺へ集中させないと」
ぼそりと呟いてから身構えれば、レーヴェも俺がこれ以上場所を変える気が無い事を悟ってか、鼻息も荒く獰猛に笑っていた。
「どうした百鬼 護、何もしてないのに何だか具合が痛そうに顔が歪んでるぞ?」
「余計なお世話だ。ただ、これ以上俺がアンタから逃げ回るってのは、もう諦める方向で行かせて貰おうと思ってね」
「ひひひひひっ、遂に俺と真正面からやり合う覚悟が、死ぬ覚悟が整ったみたいだな。俺に血を流させた代償は高くつくぜ」
「……すでに手負いのお前が俺をどうこう出来るとは思えないけどな。このまま一気に、終わらせる!」
……地面を、蹴る。落ち葉を巻き上げ、所狭しと並ぶ木々の幹や枝に手をかけて、目まぐるしく方向転換を繰り返す。
対する“レーヴェ”もこちらを迎撃すべく雷撃を放ち続けていたものの、この山林の中で目まぐるしく動く的に絞り込むのは至難の業であり続けるようだ。
「やっぱ、ここじゃお前の攻撃は当たらねえな!」
「ざけんな! ならお前が近付いて来た所で……っ!」
「俺がお前に近付いて戦ってやるなんていつ言った!?」
既に、“ゼー”に切創を負わせた魔力の刀は解除して、身に纏う靄の中に混ざっている。そしてその靄から造り出した砲丸を、次々と射出していたのである。
こうしておけば、“レーヴェ”は山道を登って来る車の存在に気付く事もなく、車が通り過ぎる前に撃破する事だって無理な話ではない。
「このまま終いだ! とっとと倒れろ!」
「馬鹿にして……馬鹿にしやがって糞餓鬼がぁッ!!」
また放った一撃が、“レーヴェ”の胴を捉えるが、しかし彼はしぶとくその場に二本の足で立ち続け、倒れない。
「何て頑丈さだ!? 防御手段も碌に無い癖して……!」
「打たれ強くなきゃ、雷造成魔法は使いこなせねえ。だってそうだろ、砂鉄なんかを使うならまだしも、電気だけじゃ物理的な障壁は作れねえからな」
「だから頑丈で、嫌にすばしっこいって訳かよ!」
よりにもよってここで想定外のしぶとさを見せてくるレーヴェに、俺の心は逸る。早く、早く倒さなければ、この戦闘を目撃されてしまう危険がある。
何より、下手をしたらこの戦闘に巻き込まれてしまう可能性すらあるのだから。
「手加減、止めるべきか……!?」
口をついて出た言葉と一緒に、“クリュザンテーメ”の顔が脳裏に浮かぶ。
『百鬼 護。他人の命を奪う事に抵抗を覚え、それにしがみ付いている貴方はこの場での戦闘に向いていない。早急にこの場から去るべき』
『万が一、誰かを殺してしまった時、自責の念に押し潰されるかもしれない。自分自身の為にも』
「…………」
違う。あんな言葉はただの幼稚な揺さぶりだ。耳を貸して心を惑わせては敵の思う壺でしかない。
「殺す必要はない……倒せれば良いんだ」
そうやって自分に言い聞かせながら、俺は攻撃を続けていたが、そんな俺の心を読んだかのように“レーヴェ”は言った。
「ああ、何だ? お前は何を焦ってんだ、百鬼 護?」
「焦り? 気のせいじゃないか」
「いーや、そんな筈はねえ。さっきから狙いが若干荒い割に攻撃の頻度が増えた。お前の動きそのものも忙しない。なあ、お前は何をそんなに焦ってんだ?」
その指摘が証明するかのように、実際に俺の攻撃はもう“レーヴェ”に殆ど当たらなくなっていた。あっさりと躱され、それが余計に焦りを生んで、狙いをより荒くする。
その結果として、それを“レーヴェ”も視認してしまって――。
「ああ、そういう事か」
「――ッ!!」
眼下から九十九折の山道を通って登って来る白い軽自動車を視界に収めて、彼は嗜虐的な笑みを浮かべて納得したのだ。
「目撃者を出したくない……或いは危険に巻き込みたくないとか、そんなところだよな? 健気だな、百鬼組ってのは。何も知らねえ人間の為にそこまでするかね」
「……何の事かな」
「今更になって惚けんなって。もうおせえよ。お前のせいで散々不愉快な思いさせられてんだ、こうなりゃまずは手始めに……」
「っ、“レーヴェ”、テメエ!!」
ちらりと車に目を向けるこの男の狙いが何かは、すぐに分かった。
だから駆け出そうとして、しかし右の太腿に強烈な鈍痛が走る。そこはこの前銃弾を受けて、まだ完治していない傷口がある箇所で。
「……っ!!」
脚力を強化したりして誤魔化してはいたが、この前の傷がいよいよ限界に近付きつつあるという事なのだろう。
何にしろ、その激痛に気を取られたせいで、俺自身が地面を蹴るまでに遅れが出てしまっていて。
「――っ」
だけど、まだ望みはある。
間に合うか分からないけれど、この赤葡萄酒色をした魔力で盾を作り出せれば、攻撃の矛先が向けられた車を庇う事くらいは――と、思ったその時。
「まず消し炭になるのは百鬼 護、お前だ」
「!!?」
……陽動。
出し抜けにレーヴェの青い目の向く先が俺へと切り替わって、瞬間に彼の本当の狙いを悟った。
――――――――。
一拍遅れて、閃光と雷鳴が辺りを支配する。
◆◇◆
「ひひひひひっ、そーら! どうだ俺の一撃は!? 消し炭か、消し炭になったかなぁ!?」
雲行きの怪しくなり始めた空の下で、“レーヴェ”の哄笑だけが響いた。
周囲は一面に黒煙が立ち込め、焼け焦げた土や木、落ち葉などが独特の鼻につく匂いを充満させていたのだった。
「……ん? 返事がねえって事はやっぱ死んだか、死んだか百鬼 護? ざまあねえな!」
けたけたと尚も笑い続けるレーヴェの姿は、周囲が炭化しているという異常事態なだけに、傍から見ても狂気が滲んで見える。
「しっかし、強力過ぎたかなあ? でもアイツのすばしっこさだと、面制圧で行かないと避けられかねねえしなあ」
炭化して黒焦げとなった木々はもはや自重を支えるだけの力も残っていないのか、幾つもが途中で折れて下へ下へと落下した。するとそれが将棋倒しを引き起こし、地面へと十二分な勢いをつけてアスファルトの道路に叩き付けられていたのだった。
「派手な破壊って最高ぉ! やっぱぶっ壊してこそだよなあ! ひひひひひっ!」
辺りに、彼以外立っている者が誰も居ない。
その事実は、“レーヴェ”にして見ればこの上なく自尊心を満たし、気分を高揚させるものだった。
高揚感に、全能感に浸り、彼は空を見上げて――。
「いやぁ、やっぱり“ノクス”に入って良かっ……」
「――ぅるぁぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!!」
黒煙の中を掻き分けて、唐突にそれは“レーヴェ”の眼前へ姿を現した。
大柄な体、腰だめに握り締められた拳、そして強面に明確な敵意を乗せた少年の顔。
「お前ッ――」
百鬼 護。
その存在を認識できたかも怪しいほど僅かな時間の後に、“レーヴェ”の顔面へと右の拳が叩き込まれていたのである。
「~~~~っ!!」
その、言葉にならない獣のような声は、果たしてどちらのものだっただろうか。
“レーヴェ”にしてみれば全く分からないまま、彼の意識は途切れていた。
◆◇◆
俺が全力の助走と力を込めてぶち込んだ右ストレートは、無事に哄笑をしていた不愉快な男――“レーヴェ”を殴り飛ばす事に成功していた。
だけど彼に追撃を掛ける事も、死んだかどうかを確認する事も、生きていたら捕縛する事もしなかった。
「…………」
俺はただ黙って身を翻して、暗い気持ちで眼下に広がる光景へ目を向けていたのである。
そこには炭化した倒木の下敷きとなった、白い軽自動車の姿があったのだから。
「救えなかった、のかよ……?」
思わず、その呟きだけが漏れる。
遠く、どこかでサイレンの音が聞こえた、気がした。
【幕間】
舞「怯えろ、竦め! キャラクターの特性も行かせぬままに死んでゆけぇぇぇぇぇぇえっ!」
オ「ぐっはあああああああ!?」
護「母さんとオーバン、二人で奇声あげて何やってんの……?」
オ「見ての通り大乱闘でスマッシュしてるブラザーズだが?」
護「いやゲームしてんのは見れば分かるんだけど、もう少し静かにやろうな。だってここ、居間だし」
オ「そう小さい事を言うなよ」
護「お前の背も小っちゃいしな」
オ「小っちゃい言うな!」
舞「ひょっとして、護も混ざりたいの?」
護「そーゆー訳じゃなくてだな」
オ「マモルにはやらせんぞ! これは私が巫女のバイトをして買ったのだからな! 君みたいな意地悪には絶対、遊ばせてやらないからな!」
護「小学生か。別にそこまでしてやりたい訳じゃないし、良いよ」
オ「本当に良いのか……?」
護「お前はどっちなんだ」
オ「こんな楽しいゲームをやらないとは、君も人生を損しているな」
護「余計なお世話だ。俺は猫が居れば事足りるの」
舞「我が息子ながら相変わらず変態ね……将来心配だわ」
護「母さん、別にゲームやらないくらいで心配されても」
舞「いやそうじゃないんだけど……」
護「大体、このゲームを買って他にやる人いんの?」
オ「ソンピンとかもやるぞ!」
護「孫臏さんが? 意外……だけど、まあ運動とか出来ない分だけ自然な話か」
孫「呼んだか豎子?」
護「いや、孫臏さんもゲームするんだなって」
孫「ああ。この格闘ゲームか。自分の好きな妖怪を選んで自由に操作するのは、何だか足があった頃を思い出して楽しくてな」
護「思っていた以上に重い理由……って言うか怪物って。それキャラだからね?」
孫「敵の怪物を嬲って炙って刻んでぶっ飛ばす……実に爽快な気分だな。殷の紂王や夏の桀王はこんな気持ちだったのだろうか」
護「生き生きした顔で怖いこと言わないでくれ……」




