第三話 罠に嵌って木立に入って⑧
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「“クリュザンテーメ”、現着。これより戦闘に介入開始。“ゼー”は後退を」
宙を、水の流れが駆ける。
その上を滑るように移動しながら姿を露わにしたのは、水色の髪を後頭部で団子状に纏めた少女だ。
俺はそんな彼女の姿を認め、片耳に付けた無線イヤホンに指を押し当てる。
「増援……つっても数は一。押し切れる筈だ。戦闘は継続で良いだろ、孫臏さん」
『無論だ。その一人が誰の手にも終えない程の猛者ならまだしも、そうではないのだろ?』
「ああ。既に一人手負いにしてそいつは撤退の構えも見せてるから、数は相変わらずだし」
『なら戦いあるのみ。こちらの伏撃は相手の気勢を削ぐに充分なものだ。立て直される前に逆転不可能なところまで戦力を削れば良い』
無理押しをする必要はない、と言外に告げる孫臏に「了解」とだけ返して、盾を展開させながら周囲を見回した。
現状、この人気のない木々生い茂る山中は、落ち葉が舞い上がり、土が捲れ上がり、春に向けて新芽を蓄えていた眠り木たちが砕かれ倒されていく有様だ。
「乱雑で派手な開墾事業だな……」
「上手でもない皮肉を言って、余裕を見せているつもり?」
「……随分辛辣なこと言ってくれるじゃねえの」
地面を穿つ水の弾丸。それを盾で受け止めながら、俺は受け流すように笑っていた。
戦況は、こちらが押している。数の上では“ノクス”は八人、対する俺達は四人と圧倒的に不利なのだが、奇襲が絶大な効果を発揮していたのだ。
「……助かったぜ“クリュザンテーメ”。悪いが後退する。“シュピーゲル”、悪いが現場は任せた」
「ここで下がらせるかっ!」
「うぉっ、ヴィオレット・オーバン……!?」
ぱたたた、と落ち葉の上に鮮血を滴らせながら、“ゼー”はオーバンの攻撃を防御する。だが、反撃に移るだけの余裕はないのだろう。
俺に斬られた箇所を片手で押さえ、失血を少しでも防ごうと努力するのに精一杯の様だ。
「くそ、“ゼー”が!?」
「ぬはははは、我より視線を逸らすとは愚かなり! 刮目せよ、我が剣閃をッ!!」
「ぐぅううっ、邪魔くせえぞこの筋肉達磨ぁ!」
辺り一帯に、金属同士の打ち鳴らされる銅鑼の様な音が響き渡り、火花が散る。
コンスタンディノスが大上段から振り下ろした大剣の一撃を、金属の壁で受け止めた“アドラー”だったが、その壁が決壊するのはあっという間だった。
「奴らめ、特殊加工を施した剣だ! 魔法での防御なんざ焼け石に水だぞ。“アドラー”、そいつから離れろ! そうじゃなきゃ、援護が出来ない!」
「煩いぞ“レーヴェ”! お前が電撃なんていう面倒な能力を持ってるのが悪いのだろうが! 自分の能力なんだから、電気くらい制御して俺に当てないくらいのことをやって見せたらどうだ!?」
「出来たら苦労はしない! このまま撃てばお前とその大剣の大男と一緒に感電するに決まっているだろう!」
仲違いをしているのではないかと思う様な両者の遣り取りは、それだけ“ノクス”にとって状況が追い込まれている事を示している様だった。
「二人共落ち着け……“レーヴェ”はオーバンの相手を。俺が“アドラー”のカバーに入る。“エーデルシュタイン”はヘンリー達と“クリュザンテーメ”のカバーを、フリーで動いてくれ」
「“レーヴェ”、了解」
「“エーデルシュタイン”、了解」
「待て“シュピーゲル”! テメエ、勝手に指揮を……」
「今はそんな事を言ってられる場合じゃないだろ! まず“アドラー”は目の前の筋肉剣士を何とかしろ!」
「…………」
尚も不満気な気配を見せるアドラーだったが、シュピーゲルの一喝で反論を諦めたらしい。舌打ちだけをしてコンスタンディノスに視線を向け直していた。
「お前らのところ、随分と混乱してるじゃないか。それに、リーダーっぽい“アーベント”も今日は姿見えないみたいだけど?」
「その問いに答えてあげる義理は、私には無い。貴方はただ、黙って私に殺されれば良い」
「機械仕掛けの人形みたいな事言いやがって……」
前々から思っていた事ではあるけれど、やはり“クリュザンテーメ”は不気味だ。感情と表情に起伏が見られなくて、何を本心で抱えているのかすら欠片も読み取れない。
「……何にせよ、俺がお前に殺される訳ねえだろ。返り討ちにしてやる」
「出来るの、貴方に?」
「ああ?」
水の弾丸に対する御釣りとして、こちらも赤葡萄酒色をした魔力の弾丸を撃ち込みながら、俺は眉根を寄せる。
「百鬼組の事、少しは調べている。実戦回数は多くなく、百鬼 護は人を殺した事は一度もない。違う?」
「……それがどうした?」
「もう気付いている筈。人を殺した事の無い人間が、簡単に人を殺す事なんて出来はしない。それこそ、本当に殺される手前まで行かなければ、貴方みたいな人間は人を殺す事は出来ない。だってそんな覚悟、最初から無いでしょ?」
「…………」
小さく、舌打ちが漏れた。
やはり、分かっていたけれど看破されていた様だ。
「殺す気の無い攻撃は、危険だけど怖くない。だって死なないから。さっき“ゼー”に負わせた手傷だって、命を絶つ事が目的じゃ無かったのは、斬りつけられた部位を見れば分かる」
「単純に、防がれて躱されて、浅く入っただけなんだが?」
遠退いていくのは、“ゼー”の背中。あっという間に木々の陰に隠れて見えなくなってしまった。
「仮に防がれなくても、致命傷の一撃になる事は避けている。だって、あの時のゼーの防御は四肢がはみ出たぞんざいなもの。腕なり足なり斬り落とす事は容易だった」
「肉を断つより骨を断ちたかっただけだって」
「だったら首筋を狙えば良い。もしくは太い血管のある場所を狙えば良い。そうすればもっと出血して、失血死に持っていく事だって可能」
珍しく、と言える程には“クリュザンテーメ”と話した事は無かったけれど、印象と違って彼女は思ったよりも良く喋る。
「……アイツに付いた傷も、結構深めだと思うけどね」
「でもすぐ止血できるし、失血死に届かない。多分、貴方以外の人間ならあそこで迷わずに命を奪う一撃を放っていた。違う?」
「…………」
ちら、と今も続いている周囲の戦闘に目を向ける。
コンスタンディノスも、吉政も、そしてオーバンでさえも、そこに必要以上の手加減をしている様子は見受けられない。
それはこれまでの戦闘でもそうであったし、もっと言えば、迅太郎さんや金さんですら同様であった。
「百鬼 護。他人の命を奪う事に抵抗を覚え、それにしがみ付いている貴方はこの場での戦闘に向いていない。早急にこの場から去るべき」
「……るせぇよ」
「万が一、誰かを殺してしまった時、自責の念に押し潰されるかもしれない。自分自身の為にも」
「うるせえと言ってんだ! その程度の揺さぶりで俺がこの場から後退するとでも思ったかよ!? 認識が甘い!」
拳大の弾丸を都合十発、生成する。
こちらの攻撃態勢を察知した“クリュザンテーメ”は即座に迎撃態勢に入っていたが、その様子を目にして俺は笑う。
「さっきまでと同じだとか、思ったんならお前の負けだ」
「……!?」
果たして、俺が放った十発の弾丸は“クリュザンテーメ”に射出される事は無かった。
代わりに斜め後方でオーバンと交戦していた“レーヴェ”に、全弾が殺到していたのである。
「ッ――――!!?」
「“レーヴェ”!?」
オーバンの攻撃を躱しながら反撃に転じていた彼に、十発の弾丸を全て捌くだけの余裕は無かった。ある筈が無いのだ。
結果として四発ほどが、彼の体を打ち据えて少なくないダメージを与える事に成功したのであった。
「不味い……“エーデルシュタイン”、“レーヴェ”のカバーを!」
「やっている! “レーヴェ”、後退しろ!」
「ぐ……う、ぅ」
かなりいい具合に攻撃が決まったからか、棒立ちになって俯いたまま動かない“レーヴェ”。そんな彼を“エーデルシュタイン”がカバーに入りながら呼び掛けていたが、反応は芳しくなかった。
「“レーヴェ”!!」
「……聞こえてるよ、んな呼び掛けなくても」
ふら、と上体を一度揺らめかせた“レーヴェ”は先程とは何だか纏う雰囲気が違った。
更に言えば、彼に呼び掛けている“エーデルシュタイン”が何やら焦った気配すら見せていたのである。
「聞こえてたなら早く後退しろ! 体へのダメージが……」
「問題ねえ。この程度ならどうって事ねえのよ。ひひひひひっ、不意討ちとはやってくれたな百鬼 護?」
「……!!」
狂気に滲んだ笑みが、そこにはあった。
青色の目は血走り、全身から殺意を漲らせて俺だけに注視していたのである。




