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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第七章 アメリカン・ロビン=フッド㊤
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第三話 罠に嵌って木立に入って⑥

「う、宇宙人ですか?」

「違います」

「じゃあ、電波が入っているとか……」

「違います」

「だとしたら何なんですか」

並行世界(パラレルワールド)、とどのつまり異世界人です」

「……ちょっと待って下さい」

 質問に対して爆速で返って来る“アーベント”の答えに、またも綾音の脳味噌が理解の限界を超えたらしい。

 椅子に座った状態で両手で頭を抱え、自身の太腿に視線を落としながらぶつぶつと独り言を唱えていた。

「榮森課長、やはり急すぎたのでは?」

「そんな事を言い出したら魔法の存在の話をする時点で急だ。何せ、この世界では本来存在する筈の無い力なのだからな。今話そうが後で話そうが一緒だろう」

「……それもそうですか」

 “アーベント”が榮森の斜め後ろに立ってそんな会話をしている間に、綾音も考えを纏め終わったらしい。

 一度咳払いをしてから、彼女は深々と頭を下げていた。

「お、お見苦しいところをお見せいたしました……」

「気にしないでくれ。君が混乱するのも無理はない。一先ず、大丈夫かね?」

「ええ、何とか。ただ、これから話を進める前に提案が一つあります」

「……提案? はて、何かあったかな」

 このタイミングで何かを言おうとする綾音に、榮森もアーベントも怪訝な顔をしつつ、同時にどのような事が来ても良いよう密かに警戒を強める。

 だが、そんな彼らの心構えは杞憂だった。

「はい、ちょっと私達三人で病院行きませんか? 脳味噌の検査を……」

「この場の全員正気だから安心してくれ」

 どうやら、まだまだ綾音が混乱している事を早々に悟った榮森は、ついついと言った様子で溜息を吐いていた。

「もしも君がこれ以上理解出来ないというのであれば、話はここで打ち切っても良いが……どうかね?」

「いえ、大丈夫です。失礼しました、続けていただきたいです」

「そうか。ならアーベント、君がここへ来る事になった経緯を説明してやってくれ。事細(ことこま)かにする必要はない、掻い摘んだもので良いぞ」

「承知しました」

 余り細々した事を話してもまた混乱されて話が進まなくなると判断した二人は、珍しく心の底から意見が合致していたが、どうでも良い事である。

「私は向こうの世界……ムンドゥスからやって来ました。何故かと言えば、ヴィオレット・オーバンを追跡して、という事です」

「……ヴィオレットちゃんを?」

 聞き覚えのある名前を耳にして、綾音は長い灰色髪の少女の顔を思い浮かべた。

「おや、ご存じでしたか。そう言えば彼女を匿っている百鬼組と近しい間柄でしたね、では知っていても不思議ではない事ですか」

「そ、そんな事より、何でヴィオレットちゃんを追跡なんてするんですか?」

「それは……彼女が犯罪者だからです。時空と世界すらも越えて逃げた彼女の身柄を押さえるべく、私はこの世界へやって来たのです」

 真剣な表情で、真っ直ぐ綾音を見据えている“アーベント”の態度は、真摯そのものだった。嘘を吐いている様にも見えず、だけど綾音からすればまだ信じる事も出来ず、驚愕しながら質問を重ねていた。

「そんな……じゃあ、あの子は一体何をやったって言うんですか?」

「詳しく言ったところで理解出来ないでしょうが、時空を乱したという罪、ですかね」

「……時空を乱す?」

 また突拍子もない話が出て来たものだと思う反面、既に魔法だ何だと聞かされている綾音は、そこについて深堀するのを諦めた。

 ここで話の腰を折るよりも、もっと先の話を聞く方が良いと判断したのである。

「そうです。ここ最近、この街では不可解な事件が起きている話については、榮森課長が話して下さったと思います。そう言った事件が起こる様になった原因は、ヴィオレット・オーバンの実験とその失敗によって引き起こされたのです」

「実験、って……その結果とこの街での事件に何の関係があるっていうんです?」

 果たして、ヴィオレット・オーバンは本当に犯罪者なのか。まだまだ納得の出来ない綾音は尚も質問を重ね、それに対して“アーベント”は淡々と澱みなく答えるのであった。

「良いですか、私達の世界、ムンドゥスでは魔法が一般的に存在しています。しかし、この地球世界ではそんなものは認知されず、空想の産物となっている。科学技術が発展して、それだけで成長して来た世界ですからね。ではそんな世界に、魔力や魔法を使える存在が紛れ込んだらどうなるか……その結果についてはもう、ご存じの通りだと思います」

 綾音の脳裏に過るのは、今年度の九月ごろから起こっている幾つもの事件だ。放火や、季節外れのスリップ事故……気になる出来事は、挙げていけば限が無い。

「それが、解決困難な事件に繋がって……じゃあ、そんな難しい事件が解決したのは」

「その通り、魔力や魔法についての知識が増えたからに他なりません。そしてそれを(もたら)したのはほかならぬ私です。理由は言うまでもなく……ヴィオレット・オーバンの身柄を確保する為です」

「ヴィオレットちゃんの身柄……」

 再度、“アーベント”がオーバンの身柄を確保することの重要性を説き、それでも実感の沸かない綾音は鸚鵡返しに呟く事しか出来ずにいた。

「既に彼女の実験失敗による余波は冗談では済まされません。この世界と向こうの世界が一時的につながってしまう“(ひずみ)”現象の発生により、魔力がこちらへ漏れ出し、地球人の中から能力者が生まれ、凶悪で解決困難な事件が発生してしまっているのですからね。彼女に罪を償わせる為にも、一刻も早い身柄の確保が必要なのです。故に、この世界の警察組織の手も借りているという訳ですよ」

“アーベント”が口を開けば開く程、彼の言っている事の正しさが補強されていく。そんな気にさせられて、綾音は顔から徐々に血の気を失っていった。

「じゃあ、百鬼(なきり)組は……」

「ヴィオレット・オーバンに騙されているのか、はたまた互いに利用しているのか……」

「だ、騙されているに決まってます! あの組織はこの街の平和を守る為に存在しているんですから、もしその話が本当なら、ヴィオレットちゃんをすぐにでも引き渡す筈です」

 そうに違いない、と綾音は強い言葉で“アーベント”の推察の片方を否定する。が、そんな彼女の期待を裏切るように今度は榮森が口を開いていた。

「……ところが、実情はそうでも無い」

「そうでも、無い? おかしなこと言わないで下さいよ。だって護たちは……」

「我々は、ここ最近の不可思議な事件の元凶はヴィオレット・オーバン及びそれに協力する百鬼組によって引き起こされたものだと睨んでいる」

「ありえません!」

 目に見えて感情的になって、綾音は叫ぶ。

 しかし、それに対する榮森は冷ややかなものだった。

「それを決めるのは君ではない。が、我々としても現行の法律では魔法云々で警察権の行使を行うのは難しい。なので他の理由を付けて家宅捜索や身柄の拘束について考えている所なのだが……相手は犯罪者とそれに協力している組織だ。迂闊な真似をすれば近隣住民にも被害が及ぶ可能性がある」

「だから待って下さい! 百鬼組がそんな事をする訳無いんですって!」

 百鬼組は犯罪組織である。

 もはやその事は既定路線であると言わんばかりの榮森の話を、綾音は強引に打ち切らせようとまた声を荒げていた。

 もっとも、まるで駄々っ子のような真似をする彼女には、ただ榮森から冷め切った視線が向けられるだけだった。

「それは君が決める事ではないと言っている。現に、君が採取してくれた百鬼 護の唾液、そこから取れたDNAは……とある血液の持ち主と一致した」

「……とある血液の?」

「それがそこに映っている大柄な方の男だ。(もや)を操っている方、と言った方が分かり易いかね?」

「……そんな!?」

 再び榮森が顎でしゃくるのは、綾音の目の前に提示されたノートパソコンの液晶画面だ。

 そこでは丁度、大柄な男が靄を操って砲弾のようなものを生み出し、そして小柄な少年目掛けて射出しているところだった。

「その画面の彼は、私達警察としても何度か遭遇しているのだ。この間、警察所の留置所が破壊された事件でも、この男はふざけた仮面を着けて現場にいた。そしてついこの前……この男の血液が偶然にも手に入ってね。これで、科学的に見て百鬼 護がこの映像の人物である事が疑う余地も無くなったのだ」

「ど、どうしてすぐに護が犯人だって疑って、調査できたのですか?」

 何かの間違いであってくれ。どこかに、推理に穴があってくれ。そう願いながら、綾音が問えば、しかし無情にも今度は“アーベント”が間を置かずに答えていた。

「それは私が、既に百鬼 護と何度か戦闘した事があるからです。恐ろしい男でした。まだ若いのにもう自身の能力を使いこなして、明らかに戦い慣れている。日常的に能力を行使している証拠でしょう。そしてその結果、私の力では手に負えないからと、この国の警察組織……榮森課長に助力を願ったのです」

「私もその時点で映像に映っている男が百鬼 護だと話には聞いていたが……私は直接戦った訳でもない以上は、DNA検査が終わるまでは確定とは言い難かったのでね。こうして証拠を照合した結果……悲しい事だが疑念は確信へと変わった訳なのだよ」

「DNA、で……」

 DNA鑑定。その言葉の意味は、この科学が発達した社会ではこの上なく説得力を持つものである。

 まだ精度が低い頃ならいざ知らず、誤判の可能性は限りなく低くなった鑑定技術を否定する事は、現実を見ようとしない事と同義であった。

「む……榮森課長、申し訳ございません。少し所用で、席を外します」

「何かあったか? 良いだろう、後は私に任せてくれ」

 もはや返す言葉もなく沈黙する綾音をよそに、“アーベント”は足早に部屋から退出していった。

 後には、また榮森と綾音だけが残される。

「それで、君はどうする?」

「……どうする、とは?」

「この秘密を知って、君はどうするべきだと思う? 何も聞かなかった振りをして日常生活に戻るか、或いは百鬼組を止める為に動くべきか。さあ、君の良心はどちらを選ぶのかね?」

「……それは」

 混乱して、追い詰められた彼女は、選ぶ。

 選ばさせられている(・・・・・・・・・)とも気付かずに――。




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