第三話 罠に嵌って木立に入って④
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『護、そっちはどうだ?』
「順調、順調ぉ! 孫臏さんの作戦通りだよ! 実に上手い具合に釣れた」
左耳に付けた無線イヤホンから聞こえる父の声にそうやって応じながら、俺は赤葡萄酒色をした魔力を展開させる。
「真面にやり合うのは割と久し振りかな、百鬼 護!」
「“ゼー”とか名乗ってたっけか、アンタは……もうこの前みたいな好き勝手はやらせねえ!」
「こちらを誘い込んだからと言って調子に乗るな」
繰り出した魔力の弾丸は、やはりというべきか“ゼー”の展開させた植物魔法によって防がれる。
より具体的に述べるなら、地面から唐突に突き出した無数の木の根が壁となっていたのである。
「しっかし、俺らが紅床を狙っているって分かったとして、早速それを餌として使って来るとはね。随分と対応が早いじゃないの」
「今のウチには優秀な軍師さんが居るんでね……っと!」
お返しと言わんばかりに四方八方から針のように伸びて来るのは、木の枝だ。とは言えそれは非常に細く、脆い。
俺が古代中国に出てくる流星鎚を真似た物を魔力で作り出して振り回せば、それだけで軒並み圧し折れていった。
「……ああそうかい。どうせならこの場で百鬼組の軍師さんにお目通りしてお礼の一つでも言ってやりたいもんだ。ここ最近の嫌らしい作戦も全部、そいつが絡んでるんだろ?」
「んー、全部と言われると、どうかな」
「隠すだけ無駄なことだろ。途中からいきなりお前らの打つ手の潮目が変わったんだ。それについてまだシラを切るのは見っともねえぜ」
ばらばら、と何かの種子らしいものをポーチから取り出してばら撒く“ゼー”の行動は、俺の警戒度を引き上げる。
そうして何が来ても良いように身構えつつ、言っていた。
「仮にそうだったとしても今はどうでも良い事じゃねえの? アンタらは、この状況をどうやって脱するかを考えた方が身のためだと思うからね」
「……そう言いつつ、俺らに考える時間や余裕を与える気もねえ癖によお。嫌な性格してるぜ、百鬼 護」
刹那、都合四カ所から凄まじい速度で新緑が芽を出す。
それは早送り再生でもしているかのように、若葉からあっという間に背を伸ばして、葉を、茎を成長させて花まで咲かせていたのである。
「まだまだ寒い季節だ。気温や気候的にあまり賢い使い方じゃねえけど、しょうがねえ」
「まーた悪趣味な植物を……」
見たところ、俺に対して「こんにちは」をしている四体の植物は全て同一種類らしい。
地球のものと違う点とすれば、その草本植物がその辺の木よりも大きく太く、ウネウネ動く蔓には針状の突起が伴っている点だろうか。
「マジで悪趣味だな」
「二度も悪趣味言うな。俺の世界の赤道付近に分布している植物一つだぞ。立派に生きてるもんを馬鹿に済んじゃねえ」
「じゃあ俺らも立派に生きてるんで、この世界引っ掻き回すの止めてお家に帰って貰えないかね?」
「前にも言ったが、貰ったお給料でおまんま食ってる身としては無理な相談だぜ。これ、雇われ者の辛いところね」
おチャラけた調子で肩を竦めた“ゼー”は、慈しむように植物の一つに手を触れて寄り掛かる。
「……ひょっとしてアンタ、サボテンに話しかけたりしてる人?」
「そこまで友達が居ない様にでも見えるか?」
「居ても居なくても、話しかける人は話しかけるもんだろ」
「確かにな。“アーベント”辺りは、やってても不思議じゃねえや」
不意にそんな事を言い出して笑いだす“ゼー”だったが、それもごくごく短い時間のことだった。
「ここまで来たら、無理に撤退するより多少無理してでもお前ら殲滅させた方が楽かもな。って訳で、死んでくれ」
「お前らに俺が殺せるとは思えないね。これまでだって誰も殺せてないんだからさあ」
展開させていた赤葡萄酒色の魔力が、確固たる形を作り出して俺の両手に収まる。
いうなればそれは、魔力で形作られた二振りの刀だった。
「“ゼー”、アンタにはとっととこの場から退場して貰うよ。他の奴らの救援にも行ってやりたいからね」
「ああ? 一筋縄でいくような相手だと思われてんのは納得いかないな。ホント、舐められたもんだよ」
「……っ」
身を捻る。
地面を潜行して迫って来た蔓が、さっきまで俺が居た空間を絡め捕っていた。
だが、結果はそれだけである。
紙一重の距離でやり過ごした俺はそのまま地面を蹴り、“ゼー”本人目掛けて驀進していた、が。
「……手っ取り早く俺を倒そうって? 対策くらいしてるっての」
「だろうな。そう来ると思ってるさ!」
頭上から、地面から、またも植物の蔓が飛び出していて、俺の行く手を阻み、それから反撃に転じようという考えが透けて見える。
故に、俺は最初からそのつもりで進路を九十度、切り替えた。
「まず一つ目は、そこッ!」
生えている気味の悪い草本植物の一株に、魔力の弾丸を撃ち込んでやる。
見た目通りの頑丈さを誇っているだけに、かなりの打たれ強さを見せていたが、その隙に肉薄した俺は右手の魔力の刀を振るって根元から斬り倒していた。
そしてそこから、急制動を掛けてまた進路を切り替える。
「倒しやすい敵から潰すのは、戦術の基本らしいからね」
「ガキの分際で、また小賢しくなりやがってからに……」
同じ要領でもう一株も切り倒せば、既に“ゼー”の生み出した植物は残り二株となっていた。
その事実に、“ゼー”は不愉快そうな皺を見せながら二株の守りを固めさせていた。
「向こうから持って来た種だって無限じゃねえ。そう簡単にホイホイ切り倒されて堪るかってんだ!」
「……ま、そうなるよな。でもそれはそれで、俺としてはアリな状況なんだよ!」
“ゼー”が攻撃用に生み出した植物を、その植物自体の自衛に回した以上、今度は“ゼー”自身が手薄となる。
だから、今度の俺の狙いは――。
「当然、この“ゼー”を狙ってくる訳だ」
「……っ」
「読めてない訳ねえだろ、青二才」
冬と春の狭間のような気温とは言え、ここは木々の茂る、山の森。植物魔法の使い手である“ゼー”からしてみれば相性抜群とも言えるフィールドであるだけに、彼自身の身を守る手段はふんだんにあった。
落葉した周囲の枝がまた独りでに伸び始め、“ゼー”に迫る俺を刺し貫かんと迫っていたのである。
「…………」
でも結局、俺がそれに身を穿たれる事はなくて。
その代わりに赤葡萄酒色をした魔力の弾丸が、ゼーの脳天に落下していた。
「ぐぉ……!?」
当たり所が悪ければ死んでもおかしくないその一撃を受けた“ゼー”は、低く呻きながら蹈鞴を踏む。
同時に、そのせいで彼の意識に空白が生まれ、俺に迫っていた木の枝の動きも、途中で止まっていた。
「流石のアンタも、頭上の“置き弾”にまでは意識が届かなかったみたいで何よりだ」
「糞餓鬼ッ……!」
一瞬だけの隙。
でもそれは、俺が距離を詰め切るまでには充分過ぎる時間だった。
“ゼー”は慌てて己の身を守る為に魔法で防御手段を講じていたが、間に合わないだろう。
「……!!」
事実、俺の振るった二振りの刀は、展開されていた中途半端な防御ごと“ゼー”の体を斬る、確かな手応えを伝えてくれた。
でも、それは少し浅いもので。
「この俺に傷を負わせるとは……!」
「傷を負っただけで済むと思うな!」
右の肩口を押さえる“ゼー”は、その重心を後ろに傾けて、どうやら後退する腹積もりのようだ。
もっとも、剣が届く間合いだというのに重心が後ろに乗ってしまうのは、致命的な隙だった。
すかさず更に一歩踏み込んだ俺は、左手に持つ刀を突き出し、剣道で言う片手突きの要領で刺突を放つ。
「――ッ!」
「……させない」
これで終わる、筈だった。
もう少しで“ゼー”の体を刺し貫く筈だった魔力の刀は、しかし横合いから飛んで来た水の奔流が攫って行く。
更には、岩をも砕きそうな水の弾丸が続けて飛来して、俺は慌てて盾を形成させて急場を凌ぐのであった。
「んの野郎……!?」
「“クリュザンテーメ”、現着。これより戦闘に介入開始。“ゼー”は後退を」
無表情、無機質な言葉を発しながら、水色の髪をした少女は落ち葉を踏み締めそこに立っていた。
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