第三話 罠に嵌って木立に入って②
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我が家の自室で畳の上に寝っ転がって、窓から見える夕焼け空を眺める。
雲一つない赤い空には時々鳥が舞い、近くを通る車の音が微かに聞こえていて、体が退屈さを主張するように大きな欠伸が飛び出した。
「何も、起きないな……」
「良い事じゃないか。皆がゆっくりできて、マモルも猫と戯れながら少しでも傷を癒す事が出来る」
今も、右手に持ったプラスチック製の猫じゃらしが緩急自在に動き回って猫共を翻弄し続けている。
しかし、そんな中にあって三毛衛門ただ一匹だけは頑なに動かない。それはまるで本能を必死に押さえこんでいる様にも見えて、明確な自我を持っているかと思えなくもない。
「確かにそうかもしれないけど、これじゃ平和を通り越して無だぞ。この前、俺が負傷してまで助けてやったあの能力者も結局はウチに来る気配無いし」
「仕方あるまい。その男は私達の家に忍び込もうとした窃盗団の長なのだろう? ならトラウマもあって簡単にこちらへ寄りたいとは思うまい」
ふりふり、と三毛衛門の目の前で猫じゃらしを動かしても、やはり反応は無い。代わりに黒兵衛が反応して、勢いそのままに三毛衛門の顔面へと突っ込んでいた。
「その指摘も一理あるよ? あるけど、あんだけ危ない目に遭っておいて、それでも我儘言えるもんかね?」
「絶対にこちらへ寄りたくなくなるくらいのトラウマを植え付けられたのだろう。今にして思えば、私も孫臏の兵器実験台として彼らを都合よく使ったからな」
「どーせ碌でもない兵器ばかり使ったんだろ」
寛いでいたのに、いきなり顔面に激突されて温厚な三毛衛門も怒ったらしい。報復として黒兵衛の頭を前脚で固定した上で猫キックをお見舞いしていた。
「電磁加速砲が威嚇射撃として通用する距離の測定などで大いに役立って貰ったからな」
「いや、電磁加速砲はそもそも威嚇射撃に向かないのでは?」
「うむ、実に向かなかった。威力が高過ぎるし、風圧その他諸々的にも、危険だったのだ」
猫キックを喰らっていた黒兵衛が拘束から離脱して、そのまま猫同士でのじゃれ合いに発展していく。傍観していた他の猫まで加わって、もはや猫じゃらしも要らないカオス状態が出来上がる。
「だろうね。っつーか、幾ら地下の実験場とは言えそんな威力の弾丸撃って大丈夫だったんだろうな?」
「問題ない。私が手ずから造ったものなのだから、その辺については信用して欲しい」
「お前がそこまで言うなら平気なんだろうけど……」
ちら、と猫から視線を移して灰色髪の少女――ヴィオレット・オーバンに目を向ける。
彼女は唐突に俺が視線を向けて来た事で不思議そうに顔を傾げていた。
「どうした、マモル?」
「いや、随分と平然としてるなって……既に、作戦は開始されてるんだぜ?」
「それは君だって同じ事じゃあないか。寝っ転がって、猫とじゃれて、傷を癒している」
ちら、と彼女が目を向けるのは、俺の太腿だ。長ズボンのせいで目に付きにくいが、服の下ではまだ包帯でぐるぐる巻きにされている。
「傷の方はもう良いだろ。治り始めているし、魔力で外骨格まで作って重点的に右太腿を強化すれば良いんだからさ。それだけで患部への負担は劇的に減らせる」
「とは言え、まだ激しい運動については厳禁だ。仮に戦闘になったとしても、長距離の移動や長時間の戦闘は駄目なんだからな。分かっているんだろうね?」
「お前にそこまで言われんでも分かってるっての。何でオーバンにこんな事を……」
いつもと立場が逆転している事実に、若干むっとしながら猫共に視線を向け直す。既にじゃれ合いは終局を迎えて、各々がのんびりと畳で寛ぎ始めていた。
「私だって君に口を酸っぱくして注意なんてしたくないさ。けど仕方ないだろう、君が立派な怪我をこさえるから……」
「へいへい、重々反省してますよ。けどまさか、あの距離から拳銃の弾が命中するなんて思わなくてさあ。次は油断しないよ、あの髭男め」
ふと脳裏を過るのは、散弾銃を持った茶髪茶眼の髭面男だ。あの時の戦闘では大した事は無いと判断して追い討ちをして置かなかったせいで余計な怪我を負ってしまった。
次会った時にはちゃんと戦闘不能に追い込んだ事を確認してやらねばと、胸に刻み込んでいた。
「この世界の、過去の時代からやって来たと思しき男女……一体、君達のどこの場所で、どれくらい昔の時代からやって来たのだろうね?」
「さて……そう言えば、この前戦った時は普通に日本語が通じてたんだよな。頭に翻訳機っぽいの着けてたけど」
今になって思い出したその事象を口に出した途端、オーバンは打てば響くようにして説明してくれるのだった。
「“ノクス”の連中も全く準備しないでこちらの世界へやって来た訳ではないという事だろう。むしろ、突発的にこの世界へやって来た私に比べたら十分な準備をして来ていると言っても過言ではない。幾らこちらが数的に有利とは言え、中々簡単に潰せないのはその辺にも理由はあるさ」
「今度こそ潰せればいいんだけど、まあそう簡単にはいかないよな」
「だろうな。戦力を削ぎ落とせれば良いのだが……」
ノクスが一筋縄でいく相手でない事は、これまでの戦闘で確信していた。きっと、組の上層部や作戦の立案を任せられている孫臏もその辺は重々承知していると思われる。
「今回、警察がどれくらい絡んで来るのか、ってところは大きいよな?」
「いうまでも無くかなり深くまで絡んでいるんじゃないか? マモルだって捕まりかけたじゃないか」
「あー……あの時もしも捕まってたらと思うとぞっとするぜ。人体実験とか冗談じゃない」
徐々に徐々に狭まって来る警察官達の包囲は、今思い出しても鳥肌ものだ。足を撃たれたせいで機動力が死んでしまい、包囲の外側にはノクスの面々まで控えていたのだから、もはや独力での脱出は不可能だった。
プサッフォーの救援が無ければ、今頃はどこぞの研究施設にいた、かもしれないのだ。
「頼むからマモル、今回の作戦でもヘマとかしないでくれよ?」
「……しねーよ。これ以上、皆に迷惑なんざかけられるかっ」
若干不機嫌になりながらゴロリと畳の上を転がって仰向けになってみると、階下が何やら騒がしい。誰かが大声で何かを叫び、複数人が廊下を走り回っている様だ。
その騒々しさが意味するところを即座に悟った俺は、勢いをつけて上体を起こしていた。
「どうした、マモル?」
「アホ、どーしたじゃねえ。出動だ。多分だけど、作戦が発動したぞ」
「……そうか。既に私も準備は万端だ。いつでも出れる」
「だろうな。戦力として指定された奴らは全員、いつでも出られる態勢を整える様に言われてんだからさ」
左足を軸にして立ち上がりながら、俺も己の内に闘気を充満させていた。
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