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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第七章 アメリカン・ロビン=フッド㊤
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第一話 包囲構築①

『臨時ニュースです。先程、松ヶ崎市内で散弾銃と思しきものを所持した外国人らしい男が確認されたそうです。現在、警察が捜索に当たっていますがまだ確保には至っていないとの事ですので、住民の皆様は無闇な外出を控えるようにしてください。繰り返します……』

 そのニュース報道を耳にした瞬間、俺こと百鬼(なきり) 護は動いていた。

 具体的に言うならひょっとこ(・・・・・)の仮面を身に着け、手近にあったロングコートを引っ掴んで夕暮れの松ヶ崎市を駆けていたのである。

「こうも次から次へと……夕飯もこれから作って食おうって時に、呪われてんのか俺らは!?」

 赤葡萄酒色(ワインレッド)の足場を宙に生み出して、飛び石の要領で夕焼け空を横切りながら、自然とそんな悪態が漏れていた。

 風呂上りの体からしても、冬と春の間に位置するこの時期の風は、まだ寒い。おまけに腹ペコな状態なのだから、苛立ちも一入(ひとしお)だ。

 そんな訳で、ポケットの中で着信を告げる携帯端末を取る動きもぞんざいなものになっていた。

「……もしもし?」

『護、俺だ』

「知ってるよ。着信の所に父さんの名前も出てるし」

 言いながら、無線イヤホンを起動して携帯端末と接続して片耳にそれを装着すれば、携帯端末をポケットにしまう。

『なら本題に入ろう、オーバン達から話は聞いた。ニュースも見た。状況については理解した。俺の指示も待たず勝手に行動した事に関しての小言は後にして、指示を下す。良く聞け』

 無線イヤホンのスピーカーの向こうから聞こえてくる冷静な父の声に混じって、多種多様なノイズが聞こえる。恐らくだが、今も我が家は天手古舞(てんてこまい)のてんやわんや(・・・・・・)状態なのだろう。

『護はそのまま、テレビで報道されている辺りを重点的に捜索だ。現場での戦闘及び能力の使用は極力避けろ。発見しても接触はするな、監視をするんだ』

「接触も駄目なの? 流石にそれは……」

『今回は状況がイレギュラーだ。それにお前一人先行させた状態で、(ひずみ)を通って来た存在が悪意を持っていた場合、危険なんだぞ』

「そんなの誰がやったって危険だろ。これでもしも警察が先に接触して強引に確保なんてしようとしたら、大惨事だって起きかねない」

 (ひずみ)を通った人間は、これまでもそうであったように全てが能力者となって特殊能力を発現させている。

 その事は、百鬼(なきり)組の機密を知る人間であれば誰もが認識している事実であり、潜在的な脅威であった。

『なら護は、その(ひずみ)を通ってやって来た奴と、真面に会話できるのか? これまでだってオーバンの翻訳機が無ければ、会話できないものが大多数だったんだぞ』

「…………」

『会話できなければ接触した所で意味はない。大人しく発見したら待機、監視に努めろ』

 グサグサと釘を刺してくる父の言葉に、真正面から反論しようという余地も意志も霧散した。

 もっとも、ただやられっぱなしなのも気に食わない俺は、確認する体裁をとって問うていた。

「了解。けど、状況によっては対応を変えても良いんだろ?」

『状況によっては、だ。その際にもまた逐一指示を飛ばす。必ず報告してから俺の指示を待て。突発的な戦闘に関しては、お前の判断に任せざるを得ないがな』

「現場はあっという間に変わるし、その言葉を待ってたよ」

 言質がこれで取れた……と思ったのだが、(かぶ)せる様に父は付け足して言った。

『言っておくが今の言葉で全権委任されたと勘違いするんじゃないぞ。後でお前の目付け役も派遣する。くれぐれも迂闊な真似はするな、自制しろ』

「そこまで言われなくたって我慢くらいするって。しかも監視役への目付けって……どんだけ息子を信用して無いんだよ?」

『……今更(いまさら)何を言ってるんだ、お前は。今度また動画でも取られたらタダじゃ置かないから覚悟しろ。それと、電話は繋いだままにして置くように』

「……り、了解」

 脳裏を過ったのは、この前に撮影されてしまった能両者の少年との戦闘、その一幕の事だ。

 あっという間にネットに拡散されてしまったあの映像は、もはやなかった事になど出来る筈もない。ここで新たに映像を撮られてしまったら、それこそ火中に油を投じる様なものである。

「……碌に独り言も言えやしない」

『何か言ったか?』

「大した事じゃないよ。取り敢えず、記者とか警察が集まっている辺りに現着、捜索を開始する」

『そうか。くれぐれも、くれぐれも迂闊な真似はするんじゃないぞ』

「…………」

 耳に胼胝(たこ)でも出来てしまいそうなくらい口煩い父の言葉に応じず、俺はただ無言で渋面を作った。

 そんな事をしていると、電話の向こうから不機嫌そうな声が返事を促していたのだった。

『分かってるのか?』

「…………」



『護ッッッ!!』



「~~~~っ!?」

 父の強い語気が、無線イヤホンのスピーカーを通して俺の鼓膜を突き刺し、強烈な耳鳴りが頭を襲った。

 おまけにそのせいで空中の足場から転落しかけたが、間一髪立て直して持ちこたえる。一拍遅れて背中と掌から嫌な汗が吹き出していくのを知覚しながら、俺は渋々返事を絞り出すのだった。

「……了解しました」

『それで良い。怪我には気を付ける様に』

 その言葉を最後に、スピーかーの向こう側から父の気配は消えた。しかし相変わらずガヤガヤとした人の声が聞こえているから、電話は繋がりっぱなしでいる様だ。

「っ…………」

 思わず飛び出そうになった何の気もない独り言を飲み込んで、夕暮れの街を見下ろす。

 ビルの立ち並ぶ中心市街は斜陽の光が照らし、間延びした影が面積を占め始める。それはまるで、夜の訪れを予告するようだった。

『若、どうだ? (ひずみ)から通って来たって思しき奴は見つかったか?』

(こがね)さん……幾ら何でも早すぎるでしょ。どんだけ()いてんだ」

 騒めきの一つが、スピーカーを通して明確に俺を指名する。その聞き覚えのある声に、俺は苦笑していた。

『当たり前だろ。街のど真ん中で銃持った人間の出現と、オーバンの嬢ちゃんが街中で(ひずみ)の発生を報告したんだ。そりゃあ急いだりもするさ』

「この松ヶ崎市にどれだけの人が住んでると思ってんだよ。上から見下ろしたって簡単に見つかりやしないって」

 条坊制(じょうぼうせい)、などという言葉が思いつきそうな直線と直線が行き交う車道は、ヘッドライトを(とも)し始めた車達が団子(だんご)を作り始めていた。

 それを、宙に浮かばせた赤葡萄酒色(ワインレッド)の足場から見下ろした光景は、照明という宝石に彩られて美麗なものだった。

 周囲に遮蔽物が何も無い高度にいるせいで、冷えた風が頬を、肌を、全身をなぞる。

『今こっちは増援の準備中だ。出られる連中は順次三人組で出発させている。若のいる付近は若に任せた。広く捜索しないといけないからな』

「俺へ直接の増援無し? マジで?」

『しょうがねえだろ。松ヶ崎市は広いんだ。若の戦力を考えれば、ここから増援をやるのは駒が余る』

「言われなくても分かるけどー……」

 ここは松ヶ崎市の中心市街である。

 一番栄えていると言える松ヶ崎中央駅と、それに付随した商業施設まで集中しているのだから、人口密度だって田園地帯とは比べ物にならない。

「人探しならマンパワーが一番必要な筈だよな?」

『棟梁の話では、若に増援を寄越すと余力が出て暴走しかねないってんでね。我慢しなさい』

「一番の理由はそれか!」

 勿体ぶるのを止めたらしい(こがね)さんのぶっちゃけに、ついつい声を荒げていた。

『んじゃ、俺も捜索隊に編成されて今から出るんで、これにて失礼~』

「あ、待てよ(こがね)さん! 父さんを呼べ! その結論にはまだまだ納得できていないんだぞ!?」

 そそくさと遠ざかっていくスピーカーの向こう側の気配。それを呼び止めようと声をかけたところで、手の届く範囲でない彼を引き留める事は出来なかった。

 後には、また家の中の喧騒が聞こえてくるばかりだったのである。

「ったく、本来ならここでの通話は真面目な話が十割を占めるべき場面だろうに……!」

 わざと無線イヤホンの向こう側にも聞こえる声量で独り言を(こぼ)した俺は、それから再度眼下に広がる街並みを眺めた。

 先程よりも増した人と車の姿は、黄昏時(たそがれどき)である事も相俟(あいま)ってぼんやりとしている。これでは、幾ら高いところから見下ろしたところで日中に比べたら人の識別がこんなになるのは当然だ。

「本格的に市街地捜索に入る。とはいえ、報道陣が詰めかけているからって言って簡単に見つかる訳じゃないって事、理解しとけよ」

『大丈夫大丈夫、若ならやってくれるって』

「……そもそもこの場にもう居なかったらどうしようも無いぞって事を言いたかったんだがな」

 能天気お気楽に聞こえる声の主は、今更聞き違えようもなく三榊(みさかき) 迅太郎さんだろう。

 イレギュラーを楽しんでいる子供のような彼に、ついつい大きな溜息を漏らす。

「迅太郎さん、アンタはいつこの街での捜索に動くんだ?」

『今のところ未定。捜索隊って言っても街全域を調べる訳じゃなくて、若のいる付近を中心に重点的な捜索をするだけなんだ。それに、捜索に人員を割き過ぎて本拠地を疎かには出来ないだろ』

「それもそうだな」

 宙に生み出していた赤葡萄酒色(ワインレッド)の足場を消して人目の付かない場所に着地した俺は、羽織っている上着のポケットに手を入れる。

するとそこには硬質な感触の物体が入っていて、家から持って来た仮面が落ちていない事を確認していた。

『そういや若、ちゃんと顔隠す何かは持ったんだよな? 身バレの危険を考えたら、市販のマスクは無しだぞ?』

「勿論、ちゃんと顔面隠れる奴を持ってるよ」

『へえ。で、何の仮面を持ってったんだ?』

「……ひょっとこ(・・・・・)

『…………』

 人混みを歩きながら、むすっとした声で迅太郎さんの質問に答えてみれば、無線イヤホンからの反応が一瞬消えた。

 だけど察するにそれは、彼がイヤホンの向こう側で腹を抱えて爆笑しているからなのだろう。事実、耳を澄ませば微かに笑い声が聞こえる。

『ひ、ひょっと、ひょっとこ……? マジで? 若またひょっとこ(・・・・・)の仮面着けんの? もしかして気に入ってるとか?』

「違う! ただ単に手頃な位置にある仮面を引っ掴んだらそれだったんだよ。ついこの前に使った時、軽く洗ったりしてそのまま放置されてたからさ」

 急いでいたし、慌てていたから仮面が何であるかまでをよく確認しても居られなかったのである。

 その結果、偶々手に取ったのはひょっとこ(・・・・・)だった。選ばれたのはひょっとこ(・・・・・)でした!

『だとしても、複数ある仮面の内の一つが()りにもよってそれとか……不思議な縁もあるもんだ』

「プサッフォーさんに頼んで、今から代えの仮面持って来てもらうとか無し?」

『無しだ。余裕がない。何かあったらその仮面を着けてのご活躍を祈ってるぜ。テレビに映ったら録画しといてやる』

「いや録画されない方向で努力してくれないかな?」

 どんなに切迫していても、暇さえあれば碌でも無い事に余力を割こうとするのはいかがなものか。

 しかし、そんな抗議を今更やったところで真面に聞き入れてくれる者は、この組の中には誰もいない。

『あ、話変わるけど街は今どんな感じ?』

「帰宅ラッシュで車が通って……ついでに言うと、一部通行止めが出てるせいで渋滞が起き始めてる。通行人も速足に立ち去っていってる」

『散弾銃持った男女二人組、だもんな。そりゃ通行止めも出来るし、付近には酔狂な趣味を持った野次馬か、他にはマスコミや警察くらいしか集まらねえよな』

「まさにそんな感じだよ。野次馬する気の連中はホントに危険って言葉の意味を理解してんのかねえ? 警察が規制していたって現場付近うろつくの止めないぜ」

 張られた規制線の内側には警官が立ち、外側には報道陣(マスコミ)が隙あらば規制線を突破せんとする勢いで集まっている。

『報道陣が詰めかけて、警察も居るからな。これだけ人間が居れば混ざっても大丈夫、とか安易に考えてんだろ。だとしても、流石に散弾銃持ってる奴相手に野次馬するのは異常だと思うけどな』

「現場を直接見てなくてもそう思うよね。警察官の苦労が……」

 現に、今も(つど)って来た野次馬や報道陣に警察官が背脚なく注意を飛ばしている。が、それに耳を傾けている者がいる様子はない。

 赤信号皆で云々の言葉と似て、誰も警官の話に耳を傾けていないから平気だと彼らは勝手に判断しているのだろう。

「何か起きてからじゃ遅いだろうに……」

『転ばぬ先の杖だろ。幾ら言ったところでそいつらには通じねえって』

「んで、そいつらの安全を俺らが守らなきゃいけないんだろ? 何か釈然としねえよ」

 ポケットに両手を突っ込んで喋りながら、俺は規制線の前に群がる群衆を背後から眺める。これでは建物の隙間を縫うように張り巡らされているKEEP OUTの範囲を、一望して把握する事は難しそうだ。

「今、報道では何て言ってんの?」

『若こそ現場にいるんだから聞こえそうなもんだけどな』

「残念ながら騒音が酷くて聞こえないね。野次馬も状況良く分かってないみたいだし」

 片側二車線の道路は閉鎖され、車の通行を阻害する目的でカラーコーンやパトカーがアスファルトの真ん中に鎮座している。

 歩道も閉鎖されている点は違いなく、そこから民間人が入り込まない様に警察官が目を光らせている様だ。

 ここに来て百八十センチを超えた身長の利点を活用出来た事を密かに喜んでいると、丁度そこで迅太郎さんが俺の問いに答えてくれるのだった。

『目撃証言のあった付近を中心に封鎖して警察が虱潰しに当たってるってさ。まだ発見には至ってないらしい。それと、銃撃戦になるかもしれない旨が警告されてる』

「相手が散弾銃(ショットガン)持ってりゃ……そらそうだわな。ほっとけば機動隊も駆け付けて来そうだよ」

 現場は騒然として、緊迫ともしている。

 いつこの均衡が崩れるのか誰にも想像が付かないのだから当たり前の話だが、規制線の内側で警察官達は忙しなく動き回り、情報共有を行っていた。

「どっちが先に見付けられるか……時間との勝負になりそうだな。そうなると、これって俺に増援寄越してくれた方が良いよな、完全に!」

『かもな』

「かもな、じゃない! そこで意味の無い同調してないで早く父さんに増援寄越せって伝えてくれないかな!?」

『……残念ながら無理だそうだ。棟梁も首を横に振ってる』

「何でだよ!?」

 どう考えてもこうなったら警察よりも早く例の男女二人組を確保しなくてはいけない筈なのだ。

 だというのに、この期に及んで父は一体何を考えているというのだろうか?

『男女二人組が規制線の外にいる可能性諸々を考えたら、他を手薄に出来ないからだ。もしかして若、忘れてたのか?』

「……あ、それもそっか。悪い、ちょっと焦ってたわ」

 うっかりしていたと己の不明を詫びれば、迅太郎さんは電話口で「おい」を連呼しながら笑っていた。

『しっかりしてくれって。あ、でももし仮にその規制線の中で発見したら増援自体は送るってさ。規制線の中でチンタラしてたらいずれ警察に見つかりかねないからな』

「……今は取り敢えず、その約束が取れただけでも良しとするよ」

 良かったな、と言葉をくれる迅太郎さんにそれだけ返事をして、俺は人混みを離れ跳躍。

 瞬時に宙で生成させた赤葡萄酒色(ワインレッド)の足場を飛び石にしてビルの屋上に駆けあがる。

「規制線内部に潜入開始する。規制線の外の捜索については完全に任せるよ。俺だって警官に見つかったら面倒だし、細心の注意を払って動かなくちゃいけない」

『了解。その辺は任せとけ』

「はいはい、宜しく」

 軽い調子でそれだけ言ってから、俺は渋々とひょっとこ(・・・・・)の面を装着していたのであった。



◆◇◆


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