第五話 噴出する秘密➉
◆◇◆
一月、二月と過ぎて、寒さは幾分無くなってきたといえる。
吐く息が白くなる時間は徐々に少なくなり、それに比例して陽が上っている時間も長くなってきた。
しかしながら、一度日が傾いてくれば寒さはぶり返して、今もマフラーを首に巻いた女性は首を竦めていた。
その様子を運転席の車窓から眺めていた榮森 晋太郎は、不意に助手席から声を掛けられる。
「さて、如何でしたかな榮森課長殿。私からの贈り物、有効に活用出来そうですか?」
「……上々だ。随分と面白く興味深いものを受け取れて、私としても大満足さ。あの特殊な錠……もし複数あるのなら貰いたいのだが」
顔を向けずに目だけを横に向けた榮森が見るのは、助手席に座す銀髪三白眼の男。
すると失礼な視線の向けられ方をした彼は、不快そうにするでもなく、ただ少し惚ける様な声音で言うのだ。
「ああ、あれですか。そんなにご入用で?」
「貴様の言う能力者の身柄を拘束する上で、ただの手錠では力不足だからな。もしも新たに能力者を確保するとしたら、複数あった方が良いだろ?」
「なるほど、お目が高い。早速、能力者を捕らえるおつもりで?」
赤く灯っていた信号が青になり、車の流れが動き出す。榮森の運転する車もその流れに従って帰宅ラッシュの車道を進むが、それは亀のような速度であった。
「そちらが私に寄越してくれた魔法や魔力についての資料を基に、こちらでも確保したあの男の能力を調べてみたが驚異的なものばかりだったのでね。これは我が国の発展の為にも是非保護すべきと判断したのさ」
「保護、ですか。どこか目星はついているので?」
「目星も何も、昨日遭遇したふざけた仮面をつけた連中は全員、貴様と同じ能力者だろう? あれは確保しなければなるまい」
「ああ、百鬼組の連中ですか。確かにその情報は私がお知らせいたしましたが、同時に手強い事もお伝えした筈です。どうやってなさるおつもりで?」
興味深そうに、三白眼の男は問う。
「目には目を、歯には歯をだ。貴様にも協力して貰うぞ、“アーベント”。我が国の安全の為だ。武器も持たずに人を殺せる力を持った人間を、野放しには出来ないからな」
「そうですか……ではもし、私が断ったら?」
「断れると思うのかね? それはつまり、この国の警察組織を敵に回すという事に他ならないが」
言うまでもなく、それは脅しだった。明確な脅しで、ここで無関心を貫く事は許さないと、榮森は“アーベント”に迫っていたのだ。
そんな圧力を前にして、しかし当の彼は些かも動じず、それどころか内心では侮蔑の感情すら覚えつつ言っていた。
「冗談ですよ、言ってみただけです。私にしてみればこれは乗り掛かった船だ。貴方に情報も流したのです、ここで傍観を決め込むのは無責任ですからね」
「そうかね、なら良いのだが」
「ええ、こんな平和な国が能力者の無秩序な行動で滅茶苦茶にされてしまうのは、平和を愛する者として看過できないものです」
ニコリと微笑んで、歯の浮くような言葉を並べ立てる“アーベント”の態度に、榮森は面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「貴様が本心からそう述べているのかなどどうでも良い。精々国の為に働いて貰おうか」
「……喜んで」
緩んでいる様に見える“アーベント”の瞼の隙間から覗く銀色の目に、喜色は無い。果たしてそれに気付いている素振りを見せない榮森は、満足そうに頷いていた。
「時に榮森課長殿は、どの様にして能力者を確保するつもりで? 誰を標的にするかを決めたは良いものの、具体的な手段はどのようになさるのです?」
「流石に令状も無しに乗り込むのは法に引っ掛かる。かと言って貴様が手強いというのなら、真正面から乗り込むのも無理がある。なら残るは、搦め手だろう?」
「搦め手……」
「見ているが良い。警察組織に所属する私の手腕と手段は、その辺の民間組織を軽く凌駕するのだよ」
くつくつと腹の底から湧き起る笑いが堪え切れないのだろう。体を僅かに揺らす榮森は、頭の中で何やら計算をしているらしい。
そんな彼を冷めた目で一瞥だけくれたアーベントだったが、そこで声を掛けられて視線を引き戻させられる。
「高校生の能力者……百鬼 護とか言ったな。昨日は私も目撃したが、仮面で顔は分からなかった。しかし貴様はその顔を知っているとの話ではないか」
「無論ですとも。もっと言えば奴の通学路も把握しています。だからこうして私は車に乗せて頂いているのでしょう?」
気づけば、車のライトがイルミネーションの様に列をなして灯る車の流れを外れ、榮森の車は砂利の敷き詰められた駐車場に停車する。
サイドブレーキを引き、シートベルトを外した彼はそれから横柄な態度で“アーベント”に問うた。
「ふん、それで奴はどこだ? これで空振りであったら承知しないぞ。私の貴重な時間、無為にしては取り返しがつかぬからな」
「大丈夫ですよ。ほら、丁度そこに」
「ふむ……」
狙い澄ましたかのように“アーベント”が指差した先には、歩道を歩く大柄な男子高校生の姿があった。
だがそれだけでなく、彼の後ろには一台だけ自転車が続いていて――。
「でかしたぞ、“アーベント”」
◆◇◆
夕暮れは騒がしい一方で、何だか静かな印象を受ける。
街のあちこちで車が走り、人が行き交っているのだから本来静かである筈など無いのだが、そんな感想を抱いてしまうのは、偏に陽が傾いて薄暗くなっているからなのではなかろうか。
何気ない日常の終わりを眺めるのも乙なものだなあと、年齢に見合わない爺臭い事を考えながら歩くのは、百鬼 護である。
しかしそんな彼の、のんびりとした思考は自然に湧き出たものではなく、ただ単なる現実逃避の賜物で。
「護! ねえ、何でそんなに無視するのさ!?」
「無視はしてねえって」
「してるじゃん! 今まで私と一緒に帰ってたのに、急にそれを止めるとか言い出して、最近は避けてばっかりだし。それに、昨日だって私の自転車が壊れて、護が怖い顔になってて……どうして!? 何がそんなに嫌なの?」
現実逃避を続けるのも限界、と判断した護は後ろについて来る自転車、そしてそれを手で押している少女へ応じて言った。
「そりゃだって、お前といると変に目立つし、毎回毎回松女の生徒からジロジロ見られるの好きじゃないっての」
「今更それ? 話も逸らして、どう考えても私を避けてる理由って他にもあるでしょ。私、そんなに悪い事した?」
「してねーよ。……ったく、じゃあな」
「あ、ちょっ、いきなり曲がるなんて卑怯だぞ!?」
いつまでも少女――美才治 綾音の相手をするのが面倒になったらしい護は、彼女の隙を衝いて交差点を走って右折。
反応が遅れた綾音は間に合わず、慌てて戻ろうとした時には信号は赤になってしまっていた。
「もー……何なのさ、ホントに」
走り続けてぐんぐんと遠退いていく護は、綾音の方を一切振り返らない。それが本当に冷淡に感じられて、綾音としては己が嫌われてしまったのではないかと思わずにはいられなかった。
「護の奴、何考えてるんだか」
彼女にしてみればそれが寂しくない道理はなくて、だけどそれを紛らわす方法も分からなくて、行き場の無い独り言だけが漏れ出ていた。
「そこの君、どうしたの?」
「え、あ、わ、私ですか?」
「そうそう、一人でこんな所で停まって何をしてるのかなって。信号も青なのに全く動かないし」
不意に綾音へ声をかけて来たのは、中年のスーツを着た男性。少し神経質そうに見える顔立ちだが、その表情には笑みが浮かべられていて、友好的に接しようとの意図が感じ取れる。
だけど、だからと言って見ず知らずの人間へ簡単に警戒心を解く綾音では無くかった。
「だ、大丈夫ですよ。すぐ帰りますし、お構いなく……」
「ああ、そんな警戒しなくても平気だよ。私は榮森 晋太郎。松ヶ崎警察署の警部で課長を務めている者だ」
「警察……官?」
見せつけられた警察手帳をまじまじと眺めていた綾音の呟きを、榮森は肯定する。
「そうだよ。ここ最近、物騒な事件が多いからね。普段は私も現場に出ないんだが、そうも言ってられないんだよね」
「は、はあ……街の為に、ありがとうございます」
職務質問をするでもなく、単純な世間話に話題が移り始めた事に、綾音は戸惑い愛想笑いを浮かべるので精一杯だった。
「ところで、さっき一緒に自転車漕いでたのは、彼氏さん?」
「え? いえ、別にそう言う訳じゃなく手……ただ単に幼馴染ってだけですよ」
困った様な笑みの色を更に濃くして、綾音は手を振って否定する。その姿に微笑ましさを覚えたように破顔した榮森は、夕焼け空を眺めながら言う。
「幼馴染かあ。良く聞くけど本当にあるものなんだね。私はそういうの、縁遠かったから。けど、さっきの男の子、やけに素っ気なくなかった?」
「まあ、実は最近そんな感じで……良く分かんないんですけど、何か隠してるみたいで」
見ず知らずの人間相手だからこそ、人はついつい本心を漏らしてしまう場面は、往々(おうおう)にしてある。そうして漏れ出た綾音の言葉を聞いて、榮森は僅かに口端を吊り上げていた。
「ふーん、そっか。じゃあその隠し事、知りたくない?」
「……え?」
「もし君が知りたいと思うなら、君があの子について知っている事と引き換えに私からも教えてあげよう」
「あの、その……け、結構です!」
そこはかとなく、とんでもない事に巻き込まれてしまいそうな予感を感じ取って、綾音は自転車のペダルに足を乗せる。
そんな彼女の背中に、変わらず冷静な口調で榮森は言った。
「そんなに焦らなくても良い。気が向いた時に、松ヶ崎警察署に来てくれればそれで良いよ。そうだな……もし署まで来てくれる事があったなら、こいつを職員に渡して榮森課長を呼んでくれって伝えてくれ。もし私が署にいたら、すぐ応対するから。電話でも良いけどね」
「これは……」
「安っぽいメモ用紙でごめんね。この状況で公用名刺を渡すのは微妙なところだからさ。これが嘘かホントかは、警察署に行けば分かる」
若干押し付けるように渡されたのは、走り書きされた榮森の名前と電話番号。それを受け取った綾音は当惑しきりだったが、彼女を置き去りに榮森は踵を返す。
「それじゃ、私もまだ仕事があるんでね。本当に気が向いた時に、連絡をくれれば良いよ。嫌なら捨ててくれても構わないから」
「ちょっと……!?」
言いたい事だけ言って一方的に立ち去っていく榮森に置いて行かれて、結局綾音はまた交差点の脇で一人佇んでいた。
「…………」
信号が切り替わり、動いていた車の流れが止まり、止まっていた車の流れが動き出す。
その流れには目もくれず、美才治 綾音は受け取ったメモを片手に立ち尽くす――。
【幕間】
護「コンスタンティノープルの陥落と言い、世の中って呆気なく滅亡した国って結構多いよね」
プ「確かに多いわね。私の時はアッシリアがそれだったわ。その後の混乱で、沢山の同胞がメソポタミアへ傭兵として向かっていったくらいだもの」
孫「呆気ないというか、阿呆な理由で滅んだ国なら中原にもある。周の幽王が良く知られておった」
護「幽王? 何したの、その人」
孫「妃の笑う顔が見たいからと、国の危機を知らせる狼煙を嘘で何度も上げてな。結果として本当に危険が迫った時に上げた狼煙を誰も信じず、滅んだ」
護「リアルオオカミ少年……」
コ「世の中、一定数の愚か者は居るという事であるな」
孫「鍵を掛け忘れたりな」
コ「貴様ぁぁぁぁぁぁぁ! そこになおれぇい!」
護「鍵かけ忘れたのはコンスタンディノスさん本人じゃ無いんだけどな」
プ「これについては可哀想って言う他に無いわよね」




