第五話 噴出する秘密➈
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騒めく空気を、蛍光灯の明かりが煌々(こうこう)と照らす。
白っぽい色が優勢の壁と天井は、人々の忙しない息遣いと足音、話声を片端から跳ね返して、騒々しさ増幅させているみたいだった。
「留置所を破壊した男は榮森課長が確保して一件落着……だったんですかね?」
「さて、そんな事を言っている栗花落は本心どうなんだ?」
「自分ですか? いやあ……何て言うか、釈然としない、的な感じが拭えません。だって榮森課長が横からやって来て全部、本当に全部掻っ攫ったんですよ?」
「だろうな。俺も同じ気持ちだ」
留置所を破壊される騒動から一夜。
松ヶ崎警察署は相変わらず忙しさに包まれていた。普段の業務もそうだが、留置所が破壊された事で更に対応業務が増えてしまったのである。
だから今も部署を問わず職員は天手古舞であるのだが、彼らを尻目に吉門 海斗係長はソファーに背中を預けていた。
「確保された男は榮森課長が勝手に連行、ここに留置所が無いからとの理由で今は他の署で取り調べが行われているそうだ」
「昨日の今日で、ですか? 随分対応速いですね。どうせなら、今回のドサクサに紛れて逃げ出した窃盗団のリーダーもそれくらい迅速に対応してくれれば良いのに」
「何故かは知らんが、それだけ課長があの男を重視しているって事だ。課長の親族は警察官僚のエリートだし、そのコネを最大限活用したんだろう。何故そこまでするのかは、読み切れないが……もしかしたら、これと関係があるのかも知れん」
眠気覚ましのエナジードリンクをスポーツ飲料感覚で飲みながら、吉門はポケットから携帯端末を取り出す。
そしてその液晶画面に何かを表示させて、栗花落に見せるのだった。
「これって……ああ、少し前にネットで話題になった橋の袂の戦闘、って奴ですよね?」
「そうだ。背の高い男が少年と戦っている様子だ。変な靄みたいなものが見えるだろ?」
その薄暗い画面の中に写っていたのは、二人の人間。彼らはまるで特撮映画のような挙動を見せて争っている様だった。
栗花落もその動画を見てすぐに理解したらしく、画面を指差しながら言う。
「ええ。確かにこれ、昨日あのひょっとこの面を着けてた奴が見せた、あの赤っぽい靄に似てますね。何かの手品かと思ってましたけど」
「俺もそう思ったが、この動画を思い出して、そこから昨日の様子を振り返るとどうにも手品とかマジックの類には思えなくてな」
「…………」
隈の出来た目元を擦る吉門の言葉を聞いて、栗花落は彼を気遣うように眉をハの字にしていた。
「本物の魔法って奴ですか? 係長、やっぱ寝た方が良いんじゃ……」
「俺を過労死寸前の人間扱いすんな。ちゃんと思考も正常だよ」
「ヤバい人ほどそう言うんですよ」
「まだ話は終わってない! 良いから聞け」
強引に休ませようとしてくる部下の手を払い、彼は真剣な表情で話を続けていく。
「もしも、もし仮に魔法って奴が本当に存在するんだとしたら、これまでこの街で頻発していた原因不明の事件の数々も、説明が付くだろ?」
「ですけど、それって犯罪行為の内容を魔法って言葉で誤魔化しているだけにも聞こえますよ?」
「確かにそうとも言えるな。だが、そもそもの話として俺達が認識していない何かが犯罪の中に混ざっている、そのせいで事件の根本的解明に至っていない……としたらどうだ?」
再生させていた動画を停止させながら吉門は栗花落に問えば、彼は深く考え込む素振りを見せてから声を絞り出す。
「……考えられなくは無いですけど、荒唐無稽ですよ。何でもありになってしまいます」
「でもお前だって見ただろ? ぱっくりと切り取られた壁、格子、いきなり床を突き破って出て来た岩の壁、それにあの赤黒い靄……あんなのを今俺達の持っている知識でどう説明つける? 科学者だって無理だろ」
その指摘を受けて、栗花落はついつい自動販売機の横にある窓に目を向ける。しかし、そこには暖かな日の光に照らされたビルが建っているだけで、半壊した留置所は視認できない。
「……仰る通り自分もそれは目の当たりにしましたけど」
「極めつけはアイツら全員が一瞬で消えた事だ。俺達が見てたのはホログラムか何かだったってのか?」
「明らかに実体は持ってましたし、それはなさそうですよ」
「じゃあ、何をやったんだと思う?」
「…………」
突き詰めて突き詰めて、そうして突き付けられたその問いに栗花落は答える言葉を持たなかった。
だから彼は、話題を逸らすように言っていたのである。
「仮に係長の言う事が本当だとして、じゃあどうやって捜査するんです? 魔法なんてもの、皆知らないんですよ?」
「ああ、その部分についてだが……ここで話が繋がる」
「繋がる?」
「榮森課長がどうして迅速に、そして横槍を入れて犯人を確保して連行したのか、ってな」
「……!」
休憩フロアの観葉植物を眺めながら語る吉門の言葉に、栗花落は驚きの色を隠せない。
「まさか、課長は何かを知っていると?」
「少なくとも俺はそう睨んでいる。魔法やそれに似たものがあるにしろ無いにしろ、ここでこんな動きをするのは不自然だからな。お前だってそう思うだろ?」
「確かにそれは……怪しいですね」
「だから後々、榮森課長には根掘り葉掘り聞き出さないといけないと俺は考えている。今は犯人を連れて出掛けているからな」
今の榮森は、留置所のある最寄りの警察署で犯人を直接取り調べている、筈なのだ。
もしかしたらその取り調べで何か余人に知られてはいけない事も調べているのではないかと思う吉門だが、そこへ乱入する訳にもいかなかった。
「課長が連れていたあの銀髪の外国人についても、何か分かれば良いんですが」
「そうだな。あの男も間違い無く何かを知っている。というか、以前に俺へ接触して来た事もあるんだぞ」
「……本当ですか?」
「百鬼組が武器を隠し持っているかもしれない、とのタレコミを俺に寄越したのは奴だ。その時は信じるに値しないと判断して追い返したがな。今思うと、その頃から課長に接触したと考えるのが自然かもしれん」
これまでに松ヶ崎市で起こった事件、そしてその時の捜査内容、指示などを思い出しての吉門の言葉に、栗花落は辟易とした顔を露骨に浮かべていた。
「何だか、俺達ってとんでもない事に巻き込まれようとしてるんじゃないでしょうね?」
「まだそうと決まった訳じゃない。というか上司の前でそんな態度取るとは良い度胸だな」
「いや勘弁してくださいよ。ただで刑事課ってだけで激務なのに……愚痴くらいは溢させてくださいって」
「冗談だ、こんな時にまで説教かましたりはしねえよ。ただ、月夜野と鳳共々扱き使ってやる。覚悟はしておくんだな」
「……そんな殺生な」
犬が寂し気に鳴くような声を漏らしながら、栗花落は天井を仰いでいた。
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