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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第六章 ラスト・エンペラー
279/565

第五話 噴出する秘密⑦

◆◇◆



 (そび)え立つ、岩の壁。

 それはどれだけ叩こうともびくともせず、駄目元でドリルを持って来させても微々たる深さしか掘り進められなかった。

 故に、そんな現実に直面した松ヶ崎警察署の吉門 海斗係長は頭を抱えていた。

「何をどうしたら床を突き破って岩の壁なんてもんが生えてくるんだよ……!?」

「幾ら何でも滅茶苦茶ですよ。堅さだって尋常じゃない。こんなの、どうやって穴開けるんです?」

「うるせえ、ドリルで多少は掘れるんだ、それで進めるしかないだろ」

「とは言いますけど、このペースだと穴が開くのにどれだけ時間掛かるか……」

 部下の栗花落 絢斗が弱音を吐くのを叱り飛ばしながら、彼に作業を続行させる。

 その間、壁を突破して中を制圧する場面に備えて、多くの警察官は拳銃装備を整えていた。

(おおとり)主任、ホントにこんな数の拳銃が要るんですか?」

「どうだかな。しかし、留置所をこんな派手に壊すような連中だ。碌でも無い武器を持ってるかもしれない以上、過剰なくらいの武器が無いと取り押さえられないだろ」

「そうは言いますがね……」

 顔を顰めながら周囲を見渡すのは、月夜野(つきよの) 和馬。彼の目には真剣な表情を浮かべた数十人規模の警察官が映り、かつその全員が拳銃を所持しているのだ。

「これ、もう機動隊を動員する案件だと思うんですが」

「今、本部に動員は掛けてるよ。けど到着まで時間が掛る。その間に何かあれば、対処するのは俺達だ」

「……対処、出来ますかねえ」

 苦々しい顔をしながら月夜野が思い出すのは、先程の“男”が見せた力の事だった。

 何だか良く分からないものが自在に広がったかと思えば、それに包まれた物がバックリと消失するなんて光景は、彼にとって今まで見た事のないものだ。

 いや、彼どころかこの場の誰もが見た事ないのだが、その恐ろしさは直接目にした月夜野からしてみれば身の毛もよだつ程である。

「あんな奴を、一体どうやって押さえつけるっていうんだ……?」

「吉門係長の靴の先っちょを消し飛ばしたって話? どうせ何かのトリックだろ。気にし過ぎだ」

「主任、そんな気にし過ぎで済むような話では無いんですよ……」

「お前が何見たのか知らんが、怖いなら下がってろ。何かヘマをやらかしてからじゃ遅いからな」

「いえ、そう言うつもりで言った訳では無くてですね……」

 上手く言語化出来ない事が、月夜野からしてみればどうにももどかしい。そしてうまく説明できないせいで、臆病風に吹かれていると上司に勘違いされるのも、彼からしてみれば何とも我慢ならない事だった。

「月夜野、うだうだ言うな。やるかやらないかだぞ。どっちなんだ?」

「そりゃ、やりますけど……何にしろ、この状況をどうやって打破すんです? 拳銃とかの出番なんてまだまだ先になりそうですし」

「そんな事を俺に言われてもな。こればっかりは……ん?」

「どうしました? ……って、あ」

 鳳が何かに気付いた様子で視線を固定した事に気付いた月夜野も、それに続いて同じ方向へ目を向ける。

 するとそこには、良く見知った上司が歩いて近付いて来る姿があって。

榮森(えいもり)課長……? それと後ろに居るのは、誰だ?」

「え、主任もご存じでないので?」

 怪訝そうな顔を浮かべる鳳に、月夜野もまた意外そうな顔をしてから再度、目を向ける。

 そこには月夜野達の上司である榮森 晋太郎課長と、彼に追従する銀髪三白眼で長身の外国人風の男がいたのだ。

 その外国人然とした見慣れない人物を引き連れた榮森は、胸を張った自信満々と言った態度で謝罪の言葉を述べる。

「済まないな鳳主任、諸事情あって少し遅れてしまった」

「課長、お構いなく……現状についての説明は必要でいらっしゃいますか?」

「問題ない。ある程度は把握しているからな。岩の壁を破るのに苦戦しているんだろう?」

 未だにビクともしないその壁を見遣ってから薄ら笑いを浮かべるその顔は、現場の警察官達を小馬鹿にしている様でもあった。

 それは月夜野からして見ても不愉快なものだったが、表情にはおくびにも出さず、鳳と榮森の会話を見守っていた。

「申し訳ございません。手は尽くしているのですが……」

「別に謝る事ではないさ、これはもう仕方のない事なのだからね。そしてその状況を打破する為に、私は彼を連れて来たのだ」

「彼、とは……先程から気になっておりましたが、この方は何方(どなた)なのです?」

 自然な話題の流れで、鳳は榮森に問う。すると、問われた彼はやはり人を見下した様な笑みを浮かべながら言った。

「この場の救世主だよ。なーに、見ていれば分かる」

「は、はあ……?」

 いまいち要領を得ない答えにぽかんとした顔をする鳳を置き去りに、榮森は背後を振り返って言った。

「さて、ではやって貰おうか。言葉は(たが)わないんだろ?」

「……ええ、(たが)いませんとも。皆さん、危険なのでそこから一旦離れて下さい!」

 そう言ってから三白眼の男が微笑んだところで、月夜野は目撃する。

 普通では目に見えない霧みたいな何かが男の頭上を中心に膨れ上がり、まるで(やじり)のような物を形作るのだ。

「これは……!?」

 周囲の人間も、急に風の吹き荒れる音が聞こえた事で異変に気付いたのだろう。しきりに視線を上へ向けていたが、何も見えずに首を傾げていた。

「月夜野、何が起きてんだこれは?」

「分かりませんが、(やじり)みたいなのが空に……」

「鏃? そんなモンどこにもないぞ」

 やはり、月夜野以外の人間にはそれが見えないらしい。多くの人々は、強い風の音は聞こえるのに風が吹きつけて来る気配はないという不可思議な現象にのみ、首を傾げるばかりなのだ。

「…………」

 そうして二秒後、他の誰もが見えない鏃のような物は、目にも留まらぬ速さで撃ち出され――岩の壁を破砕した。

「――っ!?」

 その光景は、殆どの人からしてみれば何の前触れもなく岩の壁が砕かれた様にしか見えなかっただろう。

 事実、疑わしいものを見る目を三白眼の男に向けていた警官たちは、誰もが驚愕の余り目を剥いていた。

 しかし、その中で吉門だけは驚愕から立ち直るのが早かった。

「道は開けた、突入だーーッ!!」

「りょ、了解!」

 ガラガラとまだ瓦礫の転がる中を、吉門を先頭として警官たちは開けた穴から侵入していく。

 上司が真っ先に入ってしまったとなれば、それこそ周囲のものも続かない訳には行かず、月夜野を始めとした者達も慌てて内部へと雪崩れ込むのだった。

「……?」

 中へ入れば、そこは異様な光景が広がっている。

 一人、中年の男が倒れている他は、合計五人の男女が集団となって月夜野(つきよの)達の方を見ていたのだ。

 そしてそんな彼らを、吉門の声が怒鳴りつけた。

「そこまでだ、全員手を上げろ!」

 彼の言葉に衝き動かされる様に、月夜野達も拳銃を抜いて銃口を突き付ける。何せ、相手は留置所をここまで破壊した連中だ。

 当然、最大限の警戒と牽制を向ける必要があったのであるが、しかし当の五人組はと言えば怯えるでもなく、不敵に笑うでもなく平然としているように見受けられた。

「ふむ、これは……」

「不味いのではないか?」

「言われなくても分かってるよ。念の為とは言え、全員顔隠しといて正解だったな」

 リーダーと思わしいのは、ひょっとこ(・・・・・)の面を着けた大柄な男。余りにもふざけ切ったその出で立ちは、吉門の警告にも答えないせいで、警察を舐め切っている様にしか思えなかった。

 そのせいか、吉門は更に声を荒げて言う。

「手を上げろと言っているのが聞こえないのか!? 指示に従え!」

「……参ったな」

 ひょっとこ(・・・・・)の男がぽつりとそう呟いてから、彼らは何かを話しだす。脱出の算段か、或いは投降するかの相談をしているのかと月夜野は考えたものの、どうやら違ったらしい。

 彼らはチラチラと榮森を――正確にはその近くに立つ三白眼の男に目を向けていたのである。

「“アーベント”だと? ……私の――なった、訳では無さそうだ。しかし、だとすれば――がこの国の――でも言うのかっ?」

「実際の――がな。事実として、警官の――って事は、そう考えるのが普通だ」

 聞こえてくる会話は、声量と距離の問題もあってよく聞き取れない。それから彼らは幾つかの遣り取りを続けている間に、吉門が再度動く。

 つまりは、威嚇射撃を行ったのだ。

「いつまでグズグズしている! 手を上げろと何度言わせんだお前らは! 指示に従わず、下手な事をするっていうなら容赦なく撃つぞ!?」

「……限界、だな」

 周囲に木霊す発砲音を聞きながら、“ひょっとこ(・・・・・)”の男はそれだけを呟いて、そして。

 その男は唐突に赤っぽい(もや)を生み出して彼を含めた五人を包み、それから忽然と姿を消した。

 靄が消える頃には、その場にさっきまで居た五人組が跡形もなくなっていたのである。

「消えた!? 冗談じゃねえ、何だこれは!?」

「探せ、まだ遠くにはいない筈だぞ!」

「地面の中に隠れた、とか!?」

「地面も何も、壁は崩れてるけどここ留置所だぞ? 床に穴なんか掘れる訳ねえだろ!」

 信じられない事象を目の当たりにして騒然とする警官達は、各々が勝手な事を口走りながら散らばり始めていた。

 それは勿論、さっきまでこの場にいた筈の五人を発見して確保する為だったのだが、そこでふと月夜野は目撃する。

 榮森と、それに従う外国人らしい人物だけは、まるでこうなる事が分かっていたかのように、泰然としていたのであった。



◆◇◆


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