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CORRECTORS ~生きた異物~  作者: 新楽岡高
第六章 ラスト・エンペラー
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第五話 噴出する秘密⑥

◆◇◆



 風が、吹く。

 俺が赤葡萄酒色(ワインレッド)の魔力で形作った大型の扇が動き度に巻き起こる風は、そのまま敵の魔力展開速度を制限させていたのである。

 しかしそれでも、徐々に敵の魔力は展開されていく、が。

鈍臭(どんくさ)い動きじゃ!」

「この程度で我らを止められると思うてか!?」

 振るわれる漆黒の日本刀と大剣が、敵の魔力を振り払っては強制的に霧散させていく。

「何だ、何が起きていやがる!?」

「魔力を断ち切る特殊な加工、コーティングが施してある剣だ。ついこの前の戦闘でも見せたと思うが……勝負はこれでついたと言っても過言ではないな」

(アマ)、ガキの分際で俺相手によくそんな事が言えたな! 後で覚えてろよ!」

「後でも何も、君に後はあるまい。当分は刑務所だし、仮に復讐しに来たとしても対処方法は割れている。どうやったって返り討ちだぞ」

 そう語るオーバンは、相変わらず床に手を付けている。今もこの戦場を外と分断している岩の壁を維持する為に、彼女は魔力を注ぎ続けているのだろう。

 彼女の様子をチラリと確認した俺は、それから前衛の剣士二人に注意を促す。

「間違ってもその剣で岩石の壁を斬るなよ。それだけで魔法で維持された壁は簡単に穴が開くんだからな」

「承知している!」

「我を誰と思っている!? 言われずともやらぬさ」

「……だと良いんだが」

 現状、この岩壁の向こう側では警察官がわんさかと控えている筈だ。これでもし一カ所だけでも穴が開けば、小さな穴から水が(あふ)れてダムが崩落するように警察官が雪崩れ込んで来る様子が想像出来る。

「オーバン、現状はまだ破れる気配も無いんだろ?」

「ああ。恐らく壁の向こうでは何かの機材も持ち出している様だが、この程度なら維持するのも容易だな。問題は空からだが、ヘリコプターでも持ち出さない限りは気にする必要もないだろう」

「それと“ノクス”の介入……街中で堂々とやって来るとは考えられないけどな」

 完全には否定出来ないものの、何度かやった全面抗争の様に、七人全員がこちらに向かってくる可能性は薄いだろう。

 だとすれば、彼らはどのような手を打って来るのか……選択肢が多過ぎて俺の脳味噌では割り出す事など出来そうになかった。

「何にしろ、とっととそいつを捕まえて離脱だ! プサッフォーさんも準備しといてくれよ」

「了解、女遣いの荒い人ね。悪くないけど」

「今は軽口言ってられる状況じゃないんだ。アンタの相手はしてらんないぞ」

 挑発的な声と表情を見せる彼女の方に一瞥だけくれてやってから、俺は正面に目を向ける。

 巻き起こし続けた風のせいで敵の魔力展開は思うように進まず、それどころか吉政とコンスタンディノスが武器で魔力を霧散させ続けている。

 その甲斐あって敵の中年男が展開させている魔力の範囲は大きく減少させられていて、もう少しすれば吉政達が男を取り押さえる事も出来そうだ。

「ざけんな! 俺は……俺は、社長だったんだぞ!? 誰が会社を大きくしたと思ってる、あの恩知らず共が……」

「何の事か知らんが、過去の栄光に縋り追って……現実は見るべきだぞ。亡国の主たる我から見ても、貴様は哀れだ。無様だな」

「黙れッ! 知った様な口を利きやがって!」

「ふん、知りたくもない。少なくとも我は、貴様ほど落ちぶれた精神など持ち合わせてはおらんのだ!」

 凄まじい風切り音と共に大剣が振るわれて、能力者の男を包んでいた魔力が払われる。そうなれば丸裸同然となった男の胴体を、大剣の腹が打ち据えていた。

「身の程を知れい! この、愚か者がぁぁぁぁぁぁぁ!」

「ふごっ!?」

 野球のバットを振り回す様なその豪快なスイングは見事に男の胴体の芯を捉え、吹き飛ばす。

 為すすべなく宙を舞った彼の体はそのまま岩壁に叩き付けられたと思えば、動かなくなるのだった。

「ふん、成敗!」

「おい殺してないだろうな」

「どうだかのう? コンスタンディノス殿の力では……頭の打ち所次第では落命させていてもおかしく無かろうて」

 人間がボールの様に転がっていく有様を目にして思わず不安になるが、それは吉政も同じ気持ちでいたようだ。

 彼は警戒を解かずにゆっくりと倒れた男の様子を確認し、脈を図る。

「……生きておる。少なくとも今はな」

「不安になるなあ。まあ、プサッフォーさん頼んだ。纏めて帰ろうぜ」

「そうね。じゃあ……っ!?」

「魔力の気配、来るぞ!」

 にっこりと微笑んだプサッフォーが手を差し出そうとして、唐突に迫る魔力の気配を察知した俺達は身構える。

 俺は即座に赤葡萄酒色(ワインレッド)の魔力を展開させて万事に対応できる態勢を整えた、まさにそこで。

 オーバンの展開させていた岩壁が砕かれる。

「ぐぅ!?」

「攻撃……この威力は“ノクス”の誰かだな」

 一瞬にして壁の一部が破壊された影響で四散する瓦礫を、俺は魔力の盾で全て防ぐ。そうして全て防ぎ切ったタイミングで応戦しようとした、が。

「そこまでだ、全員手を上げろ!」

「っ!」

 一挙に雪崩れ込んで来る無数の足音がしたかと思えば、拳銃を持った警官たちがその銃口を俺達に向けていたのである。

「ふむ、これは……」

「不味いのではないか?」

「言われなくても分かってるよ。念の為とは言え、全員顔隠しといて正解だったな」

 今更ながらにホッとして、俺は己の顔を覆うひょっとこ(・・・・・)の面に手を触れる。非常に格好悪い面だが、身元を秘匿するという意味では絶大な効果を発揮してくれる事だろう。

 と、そんな事を至高の片隅で考えながら、この状況でこれからどうすべきかを本題として思考していると、中央で銃を構えていた壮年の男性が怒鳴る。

「手を上げろと言っているのが聞こえないのか!? 指示に従え!」

「……参ったな」

 ついつい、呟きが漏れる。

 特に一番困った点は、先程コンスタンディノスが撃破してくれた中年の男を確保し損ねた事だ。現状、倒れ伏している彼は、壁を破って侵入して来た警察官に取り押さえられているのだから。

「今から奪還、は……無理だよな」

「左様。儂らではどうする事も出来ん。警察に手出しするべからず、なのだろう? 壁が破壊された時、儂がそこで踏み止まって確保に専念していれば違ったかもしれんが」

「そりゃ無理だろ。だってほら、警察の中の面子を見てみろよ」

「……なるほどな。これは岩の壁も破られる訳だ。儂も退避していなかったら奴の魔法でやられていたかもしれん」

 無数にいる警察官達の中から、俺はある一点を吉政に指示してやれば、彼は得心した様だ。さもありなんと頷いてから、歯噛みをしていた。

「まさか、ここに来て奴らが……」

「冗談じゃねえよな。どーすんだ、この事実」

「待ってくれ、マモルとモウリの二人は何の話をしているのだ?」

「……あそこを見てみろ」

 俺と吉政の会話を耳にしていたオーバンが怪訝そうな表情で訊ねてくるので、彼女にも分かるようにそこを指し示す。

 するとオーバンもすぐに気づいたらしい。目を剥いてから、舌打ちをしていた。

「“アーベント”だと? ……私の目がおかしくなった、訳では無さそうだ。しかし、だとすれば本当に“ノクス”がこの国の警察組織と手を組んだとでも言うのかっ?」

「実際のところはどうだか知らんがな。事実として、警官の中に奴が紛れているって事は、そう考えるのが普通だ」

 神経質そうな顔をした男の横に立つ、銀髪三白眼で長身の男。堀の深い顔立ちは、もう忘れもしない。忘れられもしない。

 そんな人物が、警察と一緒にいる。

 余りにも最悪な事態を前にして、思考が中々定まりにくくなってしまうのは、そんなに不思議な事ではないだろう。

 実際、オーバンはそれが顕著だった。

「馬鹿な、何がどうしたらこんな事に……」

「落ち着け、まだ岩壁の制御を(おろそ)かにするんじゃない。下手したら完全に包囲されるぞ」

 現状、アーベントが魔法攻撃を放って破った一部分だけしか、壁に穴は開いていないのだ。それが、オーバンの魔力供給による維持が無くなれば、どうなるかなど火を見るよりも明らかであった。

 故に、オーバンの動揺を鎮めようと声を掛ける、矢先に――。

 パン、と乾いた銃声が響き渡る。

つまるところそれは、空へ向けての威嚇射撃だ。

「いつまでグズグズしている! 手を上げろと何度言わせんだお前らは! 指示に従わず、下手な事をするっていうなら容赦なく撃つぞ!?」

「……限界、だな」

 ちら、とプサッフォーを見遣れば彼女も俺の意を受けて小さく頷く。その反応を確認した俺は、一気に赤葡萄酒色(ワインレッド)の魔力を展開させるのだ。

「撤退だ、全員プサッフォーさんに掴まれっ」

 俺が指示を飛ばした瞬間、全員が弾かれたように動き出し、プサッフォーに触れていた。

 刹那。

 俺達の視界は一変する。

 崩れて積もった瓦礫や岩壁は嘘のように消え、代わりに慣れ親しんだ我が家の庭が広がっていたのだ。

 その砂利を踏み締めながら、俺は膝に手をついて大きな息を吐き出していたのだった。

「た、助かった……間一髪」

(まこと)に危ないところだったのう。あれだけの銃を向けられて、いつ撃たれていてもおかしゅうなかった」

 黒い刀身を鞘に納めながら、吉政も空を仰いで長い息を吐いているところを見るに、歴戦の彼からしても冷や汗ものだったらしい。

 プサッフォーとオーバンも同様に凄まじい重圧から解放された事で一息吐いていたのだが、この場においてただ一人空気の読めない男が居た。

「新しくなった我が愛剣の威力、確かめて見たかったのだがな……」

「お前、頭のネジ飛んでるだろ」

 勿体無さそうに黒い大剣の腹をなぞるコンスタンディノスは、どうも先程の重圧を本当に理解していたのか疑わしくなる。

「何を言うかと思えば、マモルよ。我とて状況は理解しておる。だがそれを差し引いたとしても、勿体無いと思ったのだ」

「あの状況を切り抜けて最初に出てくる感想がそれな時点でおかしいんだよ」

 とは言え、全員が無事に撤退出来たことも確かだ。その安堵を噛み締める方が有意義な時間の使い方になりそうな気がして、俺はそこでコンスタンディノスから関心を逸らした。

「プサッフォーさん、悪いんだが(こがね)さんと合流してくれ。まだビルの屋上から警察署を観察していると思うし、もし“ノクス”の連中に見つかったら危ない」

「そうね。先に向かうだけ向かっておくわ。十分に情報が集まったら撤収、で良いかしら?」

「ああ。情報が十分集まったかどうかについては、父さんとも連絡を取って判断は頼んだ。危険が迫ってる場合についてはプサッフォーさんの判断に任せる」

「了解」

 虎口を脱して早々の指示にも関わらず、文句の一つも漏らさずに彼女はそれに従ってくれる。それは、非常時という事もあるのだろう。

あっという間に姿を消した彼女の有難みは、もはや言葉では言い表せそうにない。

「瞬間移動の神通力とは、便利なものじゃの」

「便利過ぎてプサッフォーさんに負担掛け過ぎないようにしないといけないんだけどな」

「使える者は使えるだけ使え。遠慮して自分の命を落としたら本末転倒だぞ」

「分かってるよ。今回はもうしょうがないし」

 ひょっとこ(・・・・・)の面を外しながら、俺は再度大きな溜息を吐いていたのだった。



◆◇◆


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