第五話 噴出する秘密④
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松ヶ崎警察署の敷地、その留置所内部。
細長い廊下の突き当りに立つ俺は、能力者の男と相対しながら状況を分析していた。
「狭い……ここでこの能力者と戦うのは得策じゃないな。かと言って、建物の外に出たら余計な被害が出そうだし」
「分かった。ならこうすれば良いのだろう?」
打てば響くように間を置かず返事をしたのは、殺人ピエロの仮面をつけたヴィオレット・オーバン。彼女は視線だけ天井に目を向けたかと思えば、一瞬にして生成した岩石の杭を射出していた。
声すら挟む間もなく射出されたその杭は留置所の天井を破壊して、ぽっかり空いた穴からは夕焼け空がこんにちはしていたのである。
「どうだ、屋根で戦えば被害は最小限で済むと思うが」
「ここで物質的被害を増やすな!」
「そうは言うがな、他に最適な戦場もあるまい。足場の崩落に気を付ける必要もあるが……今だって、人の足音が複数、近付いている」
「……一理なくはない」
手っ取り早い手であるのは確かである。オーバンを詰問するのも打ち切って、俺は彼女を小脇に抱えたまま天井に開いた穴目掛けて跳躍していた。
後は、能力者の男がここまで上がって来てくれれば心置きなく戦える、と思ったのだが。
「降りて来いよ、餌の分際で」
「あ?」
眼下で膨れ上がった魔力が天井の穴からと溢れ出したかと思った直後、天井がバックリと切り取られて消える。
するとどうだろう。穴の開いた面積が増えて、つまり俺が戦場として想定していた屋根の面積が大きく削られてしまったのだ。
「ひょっとしなくても、判断ミスったかこれ」
「確かに。これだけの能力の持ち主なら、障害物なんて消してしまえば問題解決できてしまうな」
「やってから気付くな馬鹿! 破壊の規模が余計でかくなったじゃねえか!」
「馬鹿は君もだ! 私の提案に賛同した時点で同罪だぞ!」
そんな事を言っている間にも天井の面積は削られてしまって、結局俺はオーバンを脇に抱えたまま元の廊下へ着地させられるのだった。
こちらが思惑を果たせず舌打ちを溢していると、それを見ていた男は苛立ちを更に増した態度で言う。
「やっと降りて来たな……余計な手間かけさせやがって」
「余計な手間かけさせてんのはお前だよ。何つーめんどくさい能力だ」
既に、この場へ迫って来る足音は近くにまで迫っている。それどころか、男の背後には駆け付ける無数の警官の姿が見えていた。
先頭を走る壮年の刑事は、はっきりと俺達の姿を捉え、そして声を荒げる。
「そこまでだお前ら! 両手を上げて大人しくしろ!」
きゅ、と硬質な床に耳障りな音を立てながら止まった壮年刑事は、その鋭い眼光を俺達に突き付ける。
そしてそれは彼だけに留まらず、後続の警官もまた同様で、無数の視線が俺達を射抜く。
彼らの視線を肌で感じながら、眉間に皺を刻んだ。
「こうなる事は予想してたが……間に合わなかったか。おい、何か策は思いつくか?」
「ここでもまた私を頼るのか君は……少しは自分でも考えたらどうなんだ?」
「考えられるならこんな状況になってないだろ。お前は運ばれてるだけなんだし、早く策を立てろ」
「簡単に言ってくれる……」
脇に抱えられたままのオーバンは、俺を恨めし気に見遣ってから溜息を吐いていた。
一方でその遣り取りを聞き取れずとも目撃していた警察官達はと言えば、苛立ちを露わにして怒鳴っていた。
「聞こえなかったのか! 大人しく両手を上げろ、そのふざけた仮面も剥ぎ取ってやる」
「ふざけたくてこんな仮面着けたわけじゃないんだけどな……」
言いながら、片手でひょっとこの面を叩く。
この場面にもしプサッフォーが居たらと想像したら、より一層カオスな空間が出来上がっていた事だろう。何せ、彼女は変態仮面な覆面をしていたのだ。
……などと現実逃避に走っていたら、俺達と警察官達に挟まれていた能力者の男が不愉快そうに背後を振り返って警官らに目を向ける。
「邪魔すんなよ、ゴミ屑の分際で……」
「んだと、こいつ……」
「――っ」
いけない!
男を中心に膨れ上がる魔力を感知して、俺は即座にオーバンを降ろしながら指示を出す。
「壁だ! 分断しろ!」
「分断……了解!」
余りにも勘弁過ぎる指示だった筈だが、幸運にも指示はオーバンに充分伝わってくれたらしい。
彼女が床に手を触れてから三秒とせず、能力者の男と警官との間を遮る石の壁が床から生えたのだ。
魔法の存在を知らない者からしてみれば、それは度肝を抜かれるに充分過ぎる出来事で、事実壁の向こうからは驚愕の声が聞こえてくる。
「な、何だこれはぁ!?」
「これで当面の危機は凌げる……そこも塞いでくれ」
「ああ」
先程、俺が拳で殴って開けた穴もオーバンの岩石魔法によって塞がれる。これにより、容易な手段で部外者が乱入する可能性は大きく低下させる事に成功したのだ。
とは言え、男の“空間を切り取る”能力から攻撃を受け続けてしまえば、生の林檎を齧るように、いずれ食い破れてしまう事だろう。
「壁、破られる前に勝負を着けねえとな」
「……しかし、こう壁で戦場を限定してしまっては、結局あの能力者が有利だぞ」
「確かにそうだが、戦いようはある。俺だって無策って訳じゃないからな。ほら、見てろ」
目の前で見る見る膨れ上がる男の魔力を認識しながら、俺もまた己の魔力を展開させる。赤葡萄酒色のそれが形作るのは、人一人分の大きさを持つ、巨大な扇だ。
それを意志のままに一度二度と仰がせてみれば、男が展開させていた魔力は風に煽られて乱れに乱れ始める。
「この場一帯をお前の魔力で満たそうったってそうはいかせねえよ!」
「テメエッ!」
強い風の流れを作る。
たったこれだけで、戦況は一気にこちら有利に傾く。
一部始終を見ていたオーバンは、俺の顔に視線を向けて感心した様に言った。
「随分と良い策だ。私が造った壁のお陰で、無闇に他人のいる方向へ奴の魔力が拡散する可能性も低いからな」
「だろ? それに、アイツの能力は自分の魔力が一定以上の濃度を持たないと“切り取る”事が出来ない。こうやって風を仰ぎ続ければアイツの能力を恐れる必要なんざないって訳だ」
話しながらも、気は緩めない。
体に魔力を薄く纏わせて全体的な身体能力を補強し向上させ、俺は男に肉薄する。
「ようやく殴れるな、お前を!」
「……調子に乗んな!」
あっという間に男との距離を詰めて拳を振り被った段階で、悪寒が背中をなぞって後退する――と、同時に。
男の体から、更に魔力が溢れ出したのだ。
しかもそれは、どれだけ扇で煽いだところで中々飛ばされない。
僅かに後退しながらも、その空間にしがみ付くように強風へ抗って見せたのだ。
「マジかよ、あの魔力の濃さ。無尽蔵だっての?」
「おまけに魔力の制御能力がここに来て向上している様だぞ。しぶといなんてものではない。このままでは、結局この辺り一帯が奴の魔力に包まれてしまう」
今は魔力で出来た巨大な扇で煽いでいるだけに、男の魔力の範囲が拡大する速度は微々たるもの。だけれど、それはそのままじり貧でもあった。
今も絶えず男から湧き出る魔力は留まるところを知らず、じわじわとこの空間を魔力が満たそうとしていたのだ。
「退避するのが得策じゃないか、マモル?」
「だが、それをやるとこの男が野放しになるぞ。外には警察が居る。どれだけの被害が出るか……」
仮にここで俺達が離脱してから、オーバンの岩石魔法で蓋をして能力者を閉じ込めたところで状況は好転しない。
何せ、ここは警察署の敷地の中だ。閉じ込められた男に脱出の意思が無かったとしても、警察が内部の調査と除去を兼ねて壁を破壊してしまうだろう。
そうなれば、結局は能力者が暴れてしまう訳で。
「もう少し、耐えるべきだな」
「だが、そんな事を言って退避の機会を逃すような事があれば、君だって死ぬかもしれないんだぞ!?」
分かっているのかと、真剣な雰囲気を纏った灰色の瞳が俺を見据える。彼女が俺の身を案じてくれている事を犇々(ひしひし)と感じ取って、つい笑いが漏れた。
「な、何がおかしい!?」
「普段から、お前の事をあれだけしばき倒してるのに、よくそこまで心配してくれるなってさ」
「この期に及んで何を感心している!? 知り合いに死なれたら目覚めが悪いのは人間として当然の事じゃないか!」
俺の服の裾を掴み、ぐいぐいと引っ張る彼女の力は、いつもより強い。必死さの滲んだ彼女の態度に、俺は子供を揶揄うみたく彼女の額を軽く小突いた。
「そんな焦るもんじゃない。まあ見てろって」
「見ている間に相手の魔力が拡大しているじゃないか! 何が目的かは知らないけれど、そんな自殺行為をみすみす看過なんて……」
「だから自殺行為じゃねえっての。お前は……もう少し思考を広く持てよ」
また、笑いが零れる。
馬鹿にするというよりは微笑ましいものを見ている気持ちになっていると、俺がまだ動く気のない事を悟った彼女は叫ぶ。
「いい加減にしてくれ! 私は……」
「――あら、取り込み中失礼」
涼やかな女性の声が、オーバンの言葉を遮る。
俺も聞き覚えのあるその声の主の名は、プサッフォーのものだ。
マスクにサングラス、キャップに和服という不審者感満載な格好をした彼女は、妖艶な流し目を俺へ寄越しながら言った。
「お待たせ、増援二名をお届けに上がりました」
「ここが戦場……まるで小さな闘技場だな。気分は剣闘士だ、このコンスタンディノス・ドラガシス・パレオロゴスの実力、目に焼き付けよ!」
「ころっせうむが何だか知らんが……毛利 豊前守 吉政、見参。また会ったな、暴食の獣よ」
恭しく、そしてわざとらしく大仰なお辞儀をして見せたプサッフォーの言葉に続いて、二人の男が順に口を開く。
どちらも、喋りながら漆黒の大剣と漆黒の刀を抜き、臨戦態勢を整えていた。ただし、どちらも白マスク伊達眼鏡に帽子と万全の変装をしているせいで、闘気のほどが素人には伝わりづらい。
何はともあれ闘志充分な二人の姿を見て、オーバンはぽかんとした顔を見せながら言った。
「マモル、これは……」
「だから、俺は死ぬ気ないって言っただろ。って言うか今回は増援が来るの前提とした戦闘だったんだぞ。俺とお前だけで戦わなくちゃいけない状況じゃなかったんだ。ひょっとしなくも、その事を忘れてたろ」
「……あ」
笑いながら彼女の勘違いを指摘してやれば、オーバンの顔は見る見るうちに赤くなっていく。
それは羞恥か、もしくはいろいろな感情が複雑に絡み合ったが故の怒りか。
どちらにしろプルプル震える彼女の姿は何だか面白くて、口端が自然と緩んだ。
「き、君は、君はっ、慌てている私を見てほくそ笑んでいたとでも言うのか!? 何と趣味の悪い、最低だ!」
「誰もほくそ笑んではいねえよ。お前が勝手に慌てて焦ってただけじゃねえか」
尚もぎゃんぎゃん抗議しようとするオーバンだったが、彼女の脳天に手刀を落として強制的に黙らせると俺はコンスタンディノスと吉政に言う。
「援護はこのまま続ける。二人は男が展開してる魔力を斬って無力化、ついでに確保まで頼んだ。殺すなよ」
「「承知」」
今度こそ、ここで決着させる。
俺達の誰もがその意思を抱きながら、終局が近い事を肌で感じ取っていたのだった。
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