第五話 噴出する秘密②
◆◇◆
我が家の、玄関。そこで棒立ちした俺は問う。
「……これしかないの? なあ、ホントに?」
「だから、何度も言ってるだろ。他には何も無いよ」
「えー……」
俺は、当惑していた。困惑していた。迷惑していた。
手渡された物を二度見三度見して、それから再度確認の問い掛けをしていたのである。
「……何で“ひょっとこ”面しかないの?」
「だって若、目出し帽は嫌だって前に言ったんだろ? じゃあこれしかないじゃんか。顔を見られない為にもな」
「いや他にもあるだろ」
「じゃあ般若にしとく?」
「ホント無駄なもんが多いなウチは」
そこまで来るともうどっちでも良い。強いて言えばまだ般若の方が状況的には比較的ふさわしいかもしれない。ただ、その二枚ともがそもそも戦闘中に身に着けるものとしては不適格である事に変わりなかったが。
「必要なら蔵から般若持って来るけど」
「要らねーよ。もう時間ねえし」
今こうしている間にも、能力者が暴れているのだ。早く現場へ急行して最悪の事態だけは防がなくてはならない。そして、これから俺が向かう場所は市街地真っ只中の松ヶ崎警察署だ。
だから身元を割り出される事が無いように仮面が必要だったのだが……もうこの際、顔が全面的に隠れれば何だって良い。
「そろそろ現場に向かおう。プサッフォーさん、頼む」
「了解。ヴィオレットちゃんも準備良いわね? 顔、隠した?」
「うむ、ばっちりだ!」
視界の端に差し出されたプサッフォーの掌に手を乗せ、それから俺は彼女とオーバンの顔を見遣って、そして吹き出した。
「お、お前ら……何だその面は」
「何って、ただの仮面だけれど? 素顔を見られる訳にはいかないし」
「そういう事だ。君だって着けているじゃないか」
「だからってどうして変態仮面と殺人ピエロなんだよ!?」
俺の着けている仮面も人の事は言えないけれど、だとしても酷い有様がそこにはあった。
……少し譲ってオーバンの強面殺人ピエロはまだ仮面として許せるだろう、でも変態仮面は駄目だ。これは違う。
「プサッフォーさん、アンタふざけてんのか?」
「ふざけてないわよ。案外これって優秀なのよ? 貴方達の着けている仮面と違って布製だから軽いし、視界も遮らない。便利でしょ?」
「ただ一つ変態的であるという重大な欠点を除いてな」
どこでどんな思考回路に至ったら女性用下着を頭から被り、素顔を隠そうと本気で思えるというのか。
「安心なさい、これはオオテの箪笥の中から拝借したわ」
「……安心とは一体?」
安心どころか犯罪臭すらする。というか立派に犯罪である。大手さんが知ったら確実に顔を真っ赤にして怒るのが想像出来るものだ。
「今から別の仮面を調達……いや、駄目だやっぱ時間がない。あー、もう畜生!」
こんな事になるなら覆面についてもっと準備をしておくべきだったと後悔しても、役には立たない。
頭を抱えていると、プサッフォーがある提案を口にした。
「じゃあ、私とマモルで覆面を交換する?」
「余計に変態感が増すじゃねーか。却下だ却下」
これ以上は時間と体力と諸々の無駄である。
不本意だけれどここで話を打ち切った俺は、再度プサッフォーに言っていた。
「今度こそ行くぞ、頼んだ。もう、お前のせいでどーなっても知らねえからな」
「どうなるのか、楽しみね」
直後、俺達の視界は一変する。
「……はい、到着」
「おう、ありがとさん」
先程まで我が家の玄関にいたのが嘘のように、寒気で満たされた夕暮れの街の中に立っていたのだ。
人目に付きにくいビルの屋上を指定させただけあって辺りに人気は無く、さりとて警察署までの距離は近い。丁度うまい具合に、俺達は警察署とそこで起こっている破壊の様子を眼下に収める事が出来たのである。
「……こりゃ凄いな。能力者大暴れって感じだ」
「建物一つが半壊……程ではないけど、随分と壊れているわね。これ程の威力を持つ能力者が相手では、魔法無しだと厳しいわよ」
写真を撮りながら、プサッフォーが言う。
彼女が言う通り半壊しているように見受けられるのは、警察署そのものというよりは、それに付随した建物だ。壁が破壊された事で格子のある部屋が垣間見える事から、犯罪者などを拘留するのに使う建物らしい。
「マモルが望むなら、もう少し私の能力で近付くわよ? ここからなら人気のない場所は一目で分かるし、転移能力を誰かに見られる心配だってないもの」
「いや、プサッフォーはここで戻ってくれ。父さんが後続の編成をしてくれている筈だ。そいつらを連れてきて欲しい。それと、変態仮面を取り換えて来い」
「そんなご無体な……私から楽しみを奪わないでくださいまし」
俺が指差すのは、プサッフォーの顔面を覆う女性用下着だ。
心底残念そうに消沈して見せるプサッフォーだが、この変態を相手に情けは無用である。一切の慈悲を見せずに再度、帰還と仮面交換を命じてやれば彼女は不承不承の表情で転移していった。
それを見送ってから、俺は再度警察署の様子を見下ろして、言う。
「んじゃ、能力者の確保に取り掛かるか」
「そうだな。では、階段から降りて現場へ……」
「何言ってんだオーバン、直で行くぞ」
ここから階段で降りて徒歩で向かっては時間が掛かり過ぎる。だったらここから飛び降りて一気に向かってしまえば、大幅な時間短縮にもなると言うものだ。
「え、直でって、え、待って、え、マモル……?」
「魔力反応のレーダー探知は任せたからな」
俺の考えについて行けないのか、たじろいだ様子を見せるオーバンを強引に脇へ抱え、そして。
「そら、行くぞ」
「え、え、え、あ、あ、ああああああああ!」
「ビビってないでレーダー見てくれって。そうじゃないと最短距離目指せないだろ」
一息にビル屋上のフェンスを乗り越えて、俺達は街の上空に飛び出した。
同時に赤葡萄酒色の魔力で出来た足場を展開させて、前にもやった様に飛び石の要領で前進していくのである。
「やっぱ空中で行くと早いな。だろ?」
「ひぃええええええええええ」
脇に抱えた少女が煩いが、道程は順調そのものだ。
「……オーバン、レーダーに魔力反応は?」
「あの半壊した建物、そこの、あの角の!」
「どの角だ!?」
「角!」
「だからどこだ!?」
苛立ち紛れにオーバンに目を向けてやれば、彼女は俺の腕にギュッと抱き付いて目を強く閉じている。そんな有様では、正確な場所の報告が出来る筈がないのも道理である。
「おま、お前! 何で目を閉じてんだよ!?」
「こ、怖いんだから仕方ないだろう!? 予告も無しにジェットコースターへ乗せられれば、こうもなるさ!」
「良いから魔力反応の場所を教えろ! 人命が手遅れになっちまうかもしれないだろ!」
そう言って自由な方の手で彼女の瞼を抉じ開けてやれば、彼女の悲鳴は度合いを更に増していた。
「どうして見たくない物を見せるんだ君は!? 悪魔か!」
「緊急事態だっての! 文句言ってないで早く教えろ!」
「半壊した建物、左手側の角! そこの壁を壊して侵入した方が早い! これで良いだろ!」
「でかした、あの角だな!」
「ちがーう! もう一個奥だ!」
「そっちかい! お前言葉が足りねえよ!」
余りにも下手糞なオーバンのナビゲートに苦労しながら目的地を定めた俺は、一気にそこへ急行。
そして、先程までのわちゃわちゃした遣り取りの苛立ちをぶつけるように、魔力を纏わせた拳を叩き付けるのだ。
「そっこだあああああああ!」
拳の叩き付けられたその壁は思った以上に脆く破れ、俺とオーバンは目的の場所へ到着に成功する。
「……間に合ったみたいだな」
「確かにそうだが、君は本当に無茶をしてくれる。寿命が縮んだぞ」
果たしてそこには凄惨な光景は広がっておらず、二人の男が睨み合っていたようだ。具体的に言うなら、小太りの男――例の能力者が、別の男を追い詰めていた形だろう。
そんな状況にあって、追い込まれていた側と思しき男は埃に咳き込みながら言っていた。
「……な、今度は何だよ? 変な仮面着けやがって」
「そう言うアンタは……ああ、この前ウチに侵入して捕まった泥棒じゃねえか」
「ウチって……げ、お前もしやあそこの人間か? って事はこいつもお前んところの差し金って言うんじゃねえだろうな?」
血相を変えて男が指差すのは、今も周囲に魔力を展開させている小太りの男だ。
その問いかけに、俺は首を横に振って答えてる。
「いや、こいつは俺らの身内じゃねえ。どっちかっていうと敵だな。俺らからしてみれば捕まえなくちゃいけない奴だ」
「へえ、そいつぁ有難い。なあ、俺と手ぇ組まねえか?」
「結構だ。どの道お前は助けるし、その後で警察にも突き出す。窃盗団の頭なんだ、アンタにはちゃんと責任を取って貰わねえとな」
「……こりゃ手厳しい」
参った、というように男は苦笑を浮かべて両手を上げていた。
何はともあれ、彼が脅威となる事はなさそうだと判断して、俺は正面に立つ小太りの男を睨み据える。
「よお、ついさっき振りだな? 随分と様子がおかしいみたいだけど、何かあったのか?」
「うるさい……餌が二人、三人。食う……腹、減ってんだよ!」
「うっひゃ来やがった!? 俺はもう御免だぜ!」
膨れ上がる魔力。それに包まれるとどうなるのかを、窃盗団の男も理解している様で、彼は悲鳴を上げると俺が先程パンチで開けた穴から逃げて行った。
「……マモル、あの泥棒を追わなくて良いのか?」
「おい、身元がバレるから名前呼ぶな。それと追わなくて良い。今はコイツを押さえ込まない事にはどうしょもないからさ」
少し見ただけでも、分かる。
ついさっき戦闘した時よりも男は格段にパワーが上がっている。何せ、明らかに魔力の濃度が濃いのだ。
たった数時間の間に何があったのかは知らないが、あの男の様子では自我だってほとんどなくなってしまっている様にも感じられる。
「……まさか、“ノクス”が何かやったとかじゃないだろうな」
不意に脳裏を過るのは、数時間前の戦闘の事。あの時はもう少しで彼を追い詰められると思ったのに、そこで“アーベント”が邪魔に入ったせいでこちらが撤退を余儀なくされたのだ。
「……恐らくだが、君の予想は当たっているだろうな。連中の事だ、接触は間違い無くしているし今の様子を見てもそう考えるのが自然さ」
「だよなあ。余計な事をやってくれたもんだ」
どこからか、“ノクス”の伏兵が奇襲をかけて来るかもしれない。
周囲に視線を配りながら、俺は眉間に皺を刻んでいた。
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