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第7話 花婿と新婚生活を始めます

 ルドベキアが夫婦の寝室を訪れると、天蓋ベッドで大きな枕を背にしたランドルフ、その傍にはウエスト夫妻が待っていた。

 手招きされて仕方なく近寄ると、ウエスト伯爵から礼が述べられる。


「すまなかった、息子が目覚めたのは君のおかげだというのに。この部屋から追い出し、今後の話をするなどもってのほかだった。だが息子も突然7年間も眠っていたと言われ、大変なショックを受けたことをどうか理解してほしい」


 君のおかげとは、ランドルフに対して『目を覚ませー、親のためにー』を行ったことだろうか。もしくは昨夜のくしゃみで、大量の唾液が口元に飛び散ったことだろうか。


「私がこちらに嫁いだのは、ランドルフ様のお姉様達からいずれ養子をもらい、ウエスト家が無事爵位継承を終えるため。妻とは名ばかりの名義貸し婚ですから、いずれ離縁されて実家に戻されることも覚悟しておりました。私は大学を(・・・)卒業(・・)できるなら、よけいな口出しをするつもりはございません」


 大学の件をさりげなく主張しておく。

 毅然と振る舞うルドベキアに、三人は驚いた面持ちになった。


「そういう意図が全くなかったとは言わないが、息子に人としての幸せを、との親心からの婚姻だった。ルドベキアは私達夫婦が考えていた以上に、このウエスト家に幸運をもたらしてくれた。息子も同じ気持ちだ。引き続き、大学での寮生活をスタートさせて週末は我が家で過ごす条件で構わない。どうか、ランドルフの傍に留まってもらいたい」


 ウエスト夫妻がルドベキアを引き寄せ、丁重に手を取った。吹けば飛ぶような末端伯爵家の娘に、本心から感謝しているようだ。


 大学に行きたい、卒業もしたい。

 夫妻の人柄は信じられても、やはり何か裏がないかと引っ掛かる。

 今は良好な関係でも、ガーフィールド公爵家のようにある日突然牙を剥くかもしれない。


 それでもルドベキアは、この魅力的な提案を断ることができなかった。


 ──美味い話には必ず裏があるものだ


「ランドルフ様のお気持ちを、直接伺ってもよろしいでしょうか」


 勿論だと言って、夫妻はそのまま部屋を出て行こうとしたので引き留める。ランドルフがどんな態度に出るか分からないし、病人相手に二人きりで話をしていて、具合が悪化するのは怖い。


 よって夫婦の目の前で、ルドベキアはランドルフに近寄って視線を合わせた。


「ルドベキアです、体調はいかがですか? 心からお見舞い申し上げます。突然のことで大変かとは思いますが、私はこれも何かのご縁だと考えております」

「……」

「ランドルフ様はスウィフト家の事情をどこまでお聞きになったかは分かりませんが、我が家は大変困窮しております。ですからご両親からの嫁いでくれれば支援する、というお言葉は大変ありがたかったのです。ランドルフ様は下賤な私ではご不満でしょうが、何卒よろしくお願いいたします」

「……」


 特に反論もなく、ランドルフはルドベキアから視線を外しただけに留まった。


 外見はともかく、頭の中身はまだ13歳。18歳の綺麗なお姉さんから「あなたの花嫁ですから、よろしく」などと、頭を下げられ照れたのだろう。

 夫婦というより不自由な身体で退屈だろうから話し相手になる、ぐらいでいいのかもしれない。


「ところで、夜の共寝はこれからどういたしますか? 意識が戻ったのだから別々にと仰るなら、私は隣の自室で休みます。それからお母様から夜眠る前にはおやすみのキスを、朝目覚めたらおはようのキスを、毎日熱烈にお願いよと申し付かっておりますが必要ありますか?」


 ルドベキアのこのセリフに、ランドルフは面白いほど耳を赤くした。


「あらいやだ、本人の口からはねぇ。おほほほほっ、母親の私からお願いします」

「そうだな、私からも頼もう。あははははっ」


 頭脳は13歳で身体は20歳なのに成長不良で外見は16・17歳! の息子。その花嫁に「一緒に寝てあげて、おやすみとおはようのキスもよろしくね」と頼む両親は、一見気持ちの悪い絵面だが微笑ましかった。


 そしてその夜、薄暗い夫婦の寝室で。


 脚が丸出しになる丈の短い薄い布地の夜着姿で現れたルドベキアに、ほの暗い室内でも分かるほど、ランドルフは動揺しているように見えた。


「おやすみなさいませ、旦那様」

「!?」


 ルドベキアがそっと唇を重ねてしばらくそのままでいると、何と弱々しいながらも吸い付いてくるではないか。驚いて顔を離すと、ランドルフはむっとした顔になり目を閉じてしまった。



 *



 新婚生活が始まったものの、ランドルフはとにかくむっつりしている。スラスラ喋れないにしても、もう少し愛想が欲しいとルドベキアは思う。


「13歳ぐらいの男の子は、気難しい年頃ですから」


 グレタの主張が正しいなら、積極的に話し相手になる必要はないのだろうか。


 食事も別、始めたリハビリも見せてもらえず、一日中別行動。顔を合わせても当然会話はなく、夫婦生活がないままベッドで一緒に眠るのみ。

 冷え切った熟年夫婦のようだが、夜と朝の口づけだけは繰り返されているのだから奇々怪々だ。


 あまりにも奇妙な二人の生活だが、最終的には受け入れることにした。ランドルフの現状を理解してほしいと、医者から妻であるルドベキアに、説得工作があったからだ。


 7年間も寝たきり状態だったので、どこまで身体機能が回復するかは分からない。脳の損傷がないこと、皮膚への刺激に反応があることから、リハビリをすればある程度動くことが可能になるかもしれない。

 ただし、そのリハビリは非常に苦痛を伴うもののようだ。


 動かなかったものを動かそうとするのだから慎重に行わなければならず、大変な時間を要する。毎日毎日激痛に耐えて訓練を続けても、目に見えた進歩はなく、それでも頑張り続けなければならない。

 そう医者はルドベキアに力説した。


 現にスタートさせたリハビリは相当過酷なものらしく、ランドルフはそれを見られることをとにかく嫌がった。悶絶する姿がみっともない、と恥じているそうだ。


「意気消沈して、暴言を吐いたり暴れたり、ということがあるかもしれません。若奥様にはぜひ、その現実を受け止めてあげてほしいのです」

「了解いたしました」


 そもそもランドルフは話せず・動けずだから、暴言・暴力など不可能だ。要は医者は遠回しに、構わず放っておけと言いたいのだろう、とルドベキアは解釈した。


 よくよく考えると、本人には申し訳ないが、すぐに動けたり多弁でないというのはありがたいことかもしれなかった。

 夫がリハビリで忙しいから、ルドベキアは国立大学内にある図書館に出向き、半日ほど本を閲覧する時間が取れるのだから。


 これでいいのだろうか、と迷うことだらけなのだが。


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