表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/42

第5話 花婿と一緒に眠るのが恐ろしい

 ところで身一つで嫁ぐといっても、かなり特殊な婚姻に対して、ルドベキアにもそれなりの不安はあった。そこで長く仕えてくれている40手前の未亡人のグレタに、侍女として行動を共にしてもらうことにした。


 ルドベキアの性格を把握しているだけでなく、度胸が据わった人物でもあるので、新生活をスタートさせるにあたってかなり頼りにしていた。


 ウエスト家は夫妻も使用人達もどうやらルドベキアを歓迎してくれているようなので、こちらでの新生活が落ち着けば、グレタにはスウィフト家に戻ってもらうことも考えている。

 しかし『人の心を忘れた変わり種』などと家族から揶揄されていても、ルドベキアもやはり18歳の乙女。不測の事態が起こった時のために、誰か信頼できる人間を傍に置きたかった。


「隣の夫婦の寝室でランドルフ様はお待ちです。ルドベキア様も今夜はお疲れでしょうから、ぐっすり眠っておられるうちに朝になりますよ。途中、世話役の使用人夫婦がランドルフ様の体位入れ替えに訪れるそうですが、そのままお休み下さいとのことです」


 グレタが聞いたところによると、寝たきり状態のランドルフをそのまま寝かしっぱなしにしていると、自重で圧迫されて血の流れが滞るそうだ。特に骨などでっぱっている部位が、赤くなったり爛れたり、気づかずに放置しているとそこから皮膚が腐ったりするらしい。


 よって、世話役の使用人夫婦が数時間おきに、ランドルフの身体を動かさなければならないのだ。


 ただ横たわっているだけかと思いきや、それは大変な重労働ではないか。7年間一日も休まずに続けられた数時間おきの介護など、ルドベキアには想像もつかなかった。


「ウエスト夫人から伝言がございます。ランドルちゃんに、夜眠る前にはお休みのキスを、朝目覚めたらおはようのキスを、毎日唇に熱烈にお願いよ。愛するルドベキアちゃんの口づけがあればきっと目覚めるだろうから、よろしくと申し付かりました」


 ルドベキアの部屋と夫婦の寝室の間にある扉へ目線を向けて、グレタは「そろそろお隣りの部屋に」と移動を促す。


 ルドベキアは小さく溜息をついた。

 王子様のキスでお姫様が目覚めるのは物語では定番になるが、さすがに重篤な状態のランドルフに口づけても、どうにもならないだろうに。


 しかし愛しい息子を想う親心のために、これからは毎日欠かさず『目を覚ませー、親のためにー』を行おうと心に誓う。そして明日の夜からは、普通の夜着を用意してもらわなければ。


「す、少し星空を見てからでいいかしら」


 晴れやかな声を上げたルドベキアは、スタスタと窓際に歩いて行き、窓を開け放って夜空を見上げた。すぐさま暗闇の向こうから狼の遠吠えを耳にすることになり、大慌てて窓を閉める。


 ここは王都の金持ち貴族の屋敷が建ち並ぶ住宅地だ、狼などいようはずもない。緊張のあまり幻聴が聞こえたのだろう。


 ここまで特に引っ掛かりもなく過ごしてきたが、真っ暗な部屋で、しかも一晩中ランドルフと同じベッドで眠るのはルドベキアも腰が引けた。

 初夜に対して甘い夢など抱いていなかったが、やはり死人のような男と並んで……という表現は夫となったランドルフに失礼か。


 女は度胸とばかりにグレタの腕をがしっと引っ張り、隣の夫婦の寝室へと歩き出す。


 夫婦の寝室への扉を開けると、明かりが落としてあり、天蓋付きベッドにはランドルフが静かに横たわっているのが見えた。その横でぐっすり眠っていたら、朝になりましたとはいかないのではないか。


 ルドベキアはせっかく開けた扉をすぐに閉める。


「ねえ、グレタ。お願いだから朝まで一緒にいてくれない?」

「私がお二人の寝室に居座っていたなどとウエスト家に広まれば、ルドベキア様の信用失墜に繋がります。今夜を乗り越えれば、慣れるはず。陰ながら応援させていただきますので、しっかりなさってください」


 臆病風に吹かれて後ろ向きなルドベキアを夫婦の寝室に押し込み、グレタはさっさと出口を塞ぎ、ガチャリと鍵まで掛けてしまった。ルドベキアが焦って扉を開けようとして、もう開かない。


 ひどい! 何て卑劣な行為をと憤るが、後戻りはできないのだ。


 大学の入学金も半年分の学費も、嫁ぐに当たっての色々な嫁入り支度の荷物も、ウエディングドレスも宝石も、ウエスト家に全て用意させてしまった。総額で幾らぐらいになるのか想像もつかない。

 今さらやーめた! では済まないと頭の中では理解している。


 ここは『人の心を忘れた変わり種』などと家族から揶揄されている図太い神経を信じて、乗り切るしかないのだが。


 いや、無理だろう! ルドベキアはガタガタと震えながら、いつまでも扉の前で立ち竦んでいた。

 決して振り返りたくはない。ランドルフが「うわあっ!」と大声を上げて脅かしてきたら、どうすればいいのだ。まあ、元気に起き上がってくれたら、それはそれでめでたいのか?

 違う、そうではない、ええっ、何が、どうなれば正解なのだ!?


 この時初めて、ルドベキアはこの婚姻を後悔した。これまで伯爵令嬢にしては修羅場を潜ってきた自負はあったが、全くもって気のせいだった。


「グレタぁ、あ、開けてぇ……」

 ルドベキアの怯えた声が、暗い夫婦の寝室に響き渡る。しばらく半べそ状態でグレタの名を呼んだものの、何の反応も返ってこなかった。


 もうどうにもならないのだ。


 何とかルドベキアは心に折り合いをつけてベッドに向かって歩き、毛布を捲ってえいっとばかりに潜り込んだ。ベッドから転げ落ちそうになるぐらい端っこに寄って、固く目を瞑った。


 ところがそのまま眠ってしまおうとしたところで、『目を覚ませー、親のためにー』を思い出してしまう。記憶力抜群の自分の頭が恨めしかったが、約束は守らなければとルドベキアは自らに言い聞かせる。


 心臓をぎゅっと掴まれるような恐怖と闘いながら、ランドルフに口づけようとしたところで、気合が入り過ぎたのか思いっきりくしゃみが出てしまった。

「ぶえっく、しゅんっ!!」


 あろうことかランドルフの口元辺りに大量の唾液が飛び散ってしまい、血の気が引く。

 げっ、はしたない、ごめんなさい。慌てて花婿の枕元に置いてあったタオルで、ルドベキアは証拠隠滅を図った。


 そして、おやすみなさいと適当に口づけて眠りについた。


 羊が1匹、羊が2匹、羊が3匹、…………羊が108匹、…………羊が10001匹、……眠れない時には羊の数を数えればいい、と何かの本で読んだことを思い出し実行してみる。ところが頭の中に羊が、卒業した国立学院の広大な敷地中に、溢れかえるほど走り回っても眠気など寄り付きもしなかった。


 そうなるはずだった。

 ところが何だかんだでウトウトしていたのか、いつの間にか朝を迎えている。


 見慣れない天蓋、寝心地のいい枕に、触り心地が段違いの毛布。

 無事に初夜を終えることができたのだ、やれやれとルドベキアは肩の荷を下す。


 さあ! グレタを呼ぼうと身をよじった瞬間、見知らぬ男と目が合った。


早々にブックマーク入れて下さった方、ありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ