第4話 花婿と結婚式を挙げました
ウエスト夫人との約束を守り、晴れてウエスト家に嫁ぐまでは、とルドベキアは忙しい学業の合間を縫ってランドルフに教わった口づけを施した。
相手は全く意識がないので、やはり自らの唾液を飲ませてやるのは一苦労だった。「目を覚ましてね、愛する私のために」も、忘れない。。
ランドルフの部屋に婚約者として入室し、ベッドの横に用意された椅子に腰かけて、小一時間ほど二人きりで過ごす。窓から日が差し込むのを横目で見ながら、目を閉じたまま動かない相手に向かって囁くのだ。
「今日はお天気がいいのですよ。きっと、薬草がよく乾きます」
サイドテーブルに用意された菓子やフルーツに手を伸ばし、紅茶を啜る。そんな風にルドベキアは、暫しの一人芝居を楽しむのだ。
できれば婚約者の男そっちのけで、読みかけの植物誌や薬物誌を持ち込んで、一心不乱に読書に励みたい気持ちもあったがさすがに控えることにした。
「ウエスト家で用意していただけるものはどれも素敵です。私は幸せなのかもしれませんね、ランドルフ様との婚姻が決まって」
夢現に話しかけるように。
未来の伴侶は決して目覚めることはない、愛を囁いてくれることもないだろう。それでも誰に強制されたわけでなく、全て自身が決めたこと。
このチャンスを生かし苦境に陥っているスウィフト家を必ず救う、とルドベキアは決意する。
──探し求めるものはいつだって手にしている、どう使えばいいかが分からない
再び窓に目を向けると明るい光。それでいいのだと励ましてくれるルドベキアの寄る辺は、案外すぐ傍に在るのかもしれなかった。
*
教会での結婚式がない、参列者もいない、大々的なお披露目の場も設けられずではあまりにも申し訳ない、とウエスト家からはスウィフト家にお詫びはあった。
ルドベキアには、やたらと豪華なウエディングドレスと、身に着ける宝石なども届けられた。
結婚式はウエスト夫妻とウエスト家の使用人達、ルドベキアの父親が見守るのみだ。そのような挙式で、やたらと飾り立てられてもどう振る舞えばいいのか。
双子の妹達の参列が拒まれた時点で、ルドベキアは晴れ姿を誰かに見せる意欲など消え失せていたというのに。
それでも、結婚式当日はやって来る。
ウエスト家の屋敷の大広間では、心浮き立つことなく純白の花嫁衣装を纏うルドベキアが、背筋を伸ばして立っている。隣では夫になるランドルフが、車いすの上で意識がないまま、ぐったりと無駄に美しい意匠の正装に身を包んでいた。。
ランドルフの閉じられた瞼の上に開いた目の絵でも描き加えれば、もっとサマになるだろうか? と、ルドベキアは不謹慎な冗談を思い浮かべる余裕すらあった。
主役の二人の後ろに互いの親が立ち、部屋の隅でウエスト家の使用人達が静かに見守る形で、式は進んでいく。
「誓約の言葉を」
当然ながら、この挙式に異議を唱える者はいない。やってきた牧師の前で事務的に誓うだけだが、ランドルフは誓えないので、ルドベキア一人が誓うことになる。
結婚宣誓書のサインも花婿の父親の代筆となるのだが、これで本当に有効か? ウエスト伯爵は二重婚姻にはならないか? などと、よけいなことかもしれないがルドベキアは心配だった。
指輪の交換も、ランドルフにはルドベキアが嵌めるが、ルドベキアの指にはウエスト伯爵が代理で嵌める。眺めているウエスト夫人の表情が悲哀に満ちていて、これまたどういった心情なのかが分からない。
牧師には十分に袖の下が渡されているのだろうが、後々神を冒涜した罪人と呼ばれることだけは、ルドベキアとしては避けたかった。
滞りなく淡々と式は進行しているが、これで神は二人を夫婦と認めるのか。
メーンイベントの誓いの口づけは、ルドベキアから車いすのランドルフへ身を屈めるようになされたが、これも普段から「目を覚ましてね、愛する私のために」と、眠り続ける婚約者に行っていたことなので手馴れたものである。
今更ながら、よかったのだろうか。ルドベキアは納得ずくだが、ランドルフにとっては、両親が勝手にウエスト家の爵位継承のために仕組んだ婚姻だ。
内心、もっと清楚な女がよかったなどと考えているかもしれない。それはそれで腹立たしいが。
お互い縁あって婚姻に至ったのだから穏便にやっていこうではないかと、ルドベキアは彼の指輪の嵌った手を取り、両手で包み込むように握り締めた。
「仲良くしましょうね」
ルドベキアが微笑んでも、当然夫となった人からは何の反応も返ってこない。
これで結婚式は終了かと、ルドベキアは聞いていた行程を一通りこなしたことで、心底ほっとする。
しかしランドルフとついに正式な夫婦にはなったが、妙な罪悪感に苛まれ、犯罪の片棒を担いでしまった気になっているのをどうすればいいのか。
結婚式を終えれば、続いてお定りの初夜だ。
婚約期間の2か月の間にウエスト家の屋敷では、ルドベキアの部屋とランドルフが普段過ごす部屋の間に、夫婦の寝室なるものが用意されていた。寝室の中央にはやたらと大きなベッドが据えられ、これがまたいかにも新婚さん用という天蓋仕様なのだ。
ルドベキアは初めてこれを目にした時、腰を抜かしそうになってしまった。
息子と息子の名義貸しの花嫁のために、ここまで本格的な寝室を用意するのだ。ウエスト夫妻は爵位継承の便宜のためだけでなく、死んだように眠り続ける一人息子のことが、よほど愛しいのだと妙に腑に落ちた。
親の愛が嘘ならここまで念入りにはしないだろうというぐらい、ルドベキアはウエスト家の二人の侍女に、初夜のために身体中を磨かれてもいた。
挙式の前にも入浴し、大して時間が経過したわけでも、緊張して汗を掻いたわけでもないのにまた入浴だ。
入浴後にはいい匂いの香油までゴリゴリ塗られ、ここまでの処置が必要だろうかと、さすがにげんなりする。加えて脚が丸出しになる丈の短い薄い布地の夜着を着せられると、ルドベキアは軽くパニックになった。
お定りの初夜、恐るべし!




