第38話 花婿は落ち、花嫁も落ちた
ガーフィールド公爵家とその関係者、そしてお嬢様には、表面上大きなお咎めは下されなかった。7年前からルドベキアとスウィフト家に降り注いだ数多の苦難、その記憶はいつでも鮮やかに蘇るというのに。
──慣例とはいつも残酷だ
引き続き、義父はルドベキアの目の前で話を続けていた。
ウエスト家の領地で花嫁が花婿をガンガン躾けていたころ、「公爵令嬢が焦がれていた伯爵家の嫡男の新妻を、配下の者を使って襲わせたらしい」と、王都では公然と囁かれていた。
そのような噂は放置できないと、国王陛下はガーフィールド公爵家に対して、不祥事を引き起こした公爵令嬢を友好国の有力貴族に嫁がせよと提案なされた。ところが公爵家は、令嬢は重い病だから自らの領地で療養させる、とこの提案を固辞した。
国王陛下の温情に楯突いた王弟でもあるガーフィールド公爵は、貴族社会からの追求を回避するかのように、強引な手法で息子に爵位を譲り渡して社交界から身を引いた。それで幕引きを図りたかったのだろうが。
国王陛下が用意したであろう筋書きでの、粛清が始まった。
まずは権力を振りかざして利己的な振る舞いを繰り返していた王弟夫人が、王妃様が身に着けるはずだったジュエリーを、裏から手を回して奪おうとしたことが告発された。身内のスキャンダルで窮地に立っていた宰相も、外交の場で暴言を吐き散らす大チョンボをしでかし、自ら宰相位を下りる事態に追い込まれた。
取り巻き貴族達は公爵家と元宰相家の権威が地に落ちると、我が身の保身から両家とは距離を置くようになる。
もう公爵家・元宰相家は、貴族としては無価値だということだ。
それでもお嬢様は、特別扱いの田舎暮らしが許されている。これまで散々理不尽なことがまかり通ってきたのだ、ほとぼりが冷めればまた悪さをしないとも限らない。
国王陛下は軍の危険薬物が、姪によって持ち出されたことを公にしたくはないのだろう。それにしたって、徹底的に両家復権を潰す手は打ってもらいたい。
ルドベキアは身内贔屓の生ぬるいやり方では、到底納得できなかった。
お嬢様が勝手に憎悪を募らせたことで、ルドベキアはスウィフト家と共に、とことんまで追い詰められた。自らの特殊体質を身の危険を押して暴露することで、ようやくおざなりの対応とはいえ家と家族を守ることができた。
それも情勢が変わればどうなることか、何の保証も示してもらえていない。
ウエスト家でも嫡男が7年間も意識不明の重体になっていたというのに、証拠が不十分、取り締まる法がない、外聞が悪い、などで加害者に厳罰が下されない。
「宰相家は『欲しいと思ったものは、何としても手に入れろ』が家訓らしい。夫人はその思想を強く受け継ぎ、公爵夫人になったことで、よりその気質に磨きをかけてしまったようだ。そのような母親が育てたのだから、娘が化け物に育つはずだ」
「強欲に生きろと言い含めただけで、お嬢様のようになりますか?」
──理不尽な人間に魅入られると食い尽くされる、それがこの世界の不文律
「公爵夫人は令嬢に家訓を教える折に、何時間でも怒鳴り続け、手も出していたそうだ。担当医に会って直接話を聞いたが、事あるごとに否定されて育った令嬢は、ランドルフに逃げ道を求めたのではないかと言っていた」
『ある日王子様が現れて、自分を劣悪な環境から連れ出してくれる』という幻想を抱いたということか。
「ランドルフに拘ってしまった令嬢の頭の中は、それ一色になるらしい。他のことに目を向けさせようにも、周囲の意見を聞かなくなってしまう。夜眠れなくなり、食欲もなくなり、そのうちに気力が尽きて起き上がれなくなる。それでもランドルフが唯一の希望なのだと信じ込む、そういう風にしか考えられない病に蝕まれている」
随分と勝手なお姫様病だ、とルドベキアは自身との違いに吐き気がした。
「親が子を従わせるために暴力を用いることは、貴族ではよくあることだと耳にします。家訓を洗脳のように刷り込んだから、それでお嬢様がランドルフ様を欲しくてたまらなくなったと? それが病ですか」
婚姻のお披露目に現れたお嬢様は、具合が悪そうになど見えなかった。不都合が生じれば『何でもかんでも病で片づける』のはおかしいだろう。
それこそ贅沢病ではないか。
ルドベキアは義父に、「そうですか、お嬢様は大変お気の毒ですね」などと応えることはできなかった。
「呪いのような病に取り憑かれると、己の中で憎悪を育て上げるとでも言えば分かるか? 膨れ上がった欲求で居ても立っても居られなくなり、後先考えずに暴挙に出てしまう。やがて呼吸困難を引き起こす症状が続くようになると、もう自らの意思で安寧な状態に戻ることは不可能になる」
義父は息子を取り戻すことができたから、大人の解釈ができるのだ。
特権階級の生まれの人間はすぐに、『何でもかんでも病で片づける』を持ち出す。己の罪は決して認めず、逃げ回って往生際の悪さを発揮する。
恵まれていることには一切目を向けずに悲劇のヒロイン気取りのお嬢様など、ルドベキアはこの世に存在することすら容認できなかった。
「そこで手元に残してあった『人の意志を奪い奴隷とする毒』を試してみると、苦痛が緩和されて一時的に楽になったようだ」
「お気に召したお相手の心が手に入らないからと気鬱の病になり、辛い症状に耐えられなくなったからと、お嬢様は『人の意志を奪い奴隷とする毒』をご自分に使ったのですか?」
──同じことを繰り返して違う結果を望むこと、それを狂気という
「ランドルフが仮死状態のままなら不安定ながらも日常生活を過ごせたが、目覚めた姿を見てしまったら、もう止まれなくなった。常軌を逸した愚行を重ねた末に、毒を常用することを覚えた令嬢はすでに心身共に廃人だ。遠くない将来必ず死を迎えるだろう、と担当医は断言していた。あの娘がルドベキアの目の前に現れることはない、安心していい」
家訓・本人の気質・親の暴力による洗脳、が揃うことによって歪な人間が出来上がる。最後は軍も恐れる毒まで常用する。
義父の話は確かに重く感じられたが、まるでお嬢様が可哀そうな被害者のようにも聞こえた。
だから何なのだ、スウィフト家から散々奪っておいて同情まで要求するつもりか。
ルドベキアは全ての現実を憎んだ。
目の奥が焼け焦げたように熱くなり、目前の景色が不規則に歪む。涙がはらはらと零れ、あとからあとから溢れ出る。
その日から、ルドベキアは怒りの感情というものが分からなくなってしまった。
残り1話となりましたが、あと少しだけお付き合い下さいませ。




