第37話 花婿の面倒を見るのは大変でした
個人教師・同衾・家政の定型業務を延々と繰り返した苦労だらけの日々が、ルドベキアの頭の中を走馬灯のように駆け巡る。
振り返ってみると、怒ってばかりの1年が思い起こされた。
言わずもがな、ランドルフは文官登用試験に見事に落ちた。合格するつもりでいた本人は落胆で廃人になっているが、ルドベキアとすればもくろみ通り。
最初の時点で2年と定めていたら、花婿は何年チャレンジしても、難関試験に落ち続ける残念な人になっていただろう。
1年と期限を切ったのは、危機感を持たせた上で、試験に特化した勉強に挑ませたかったからだ。怠惰な己と向き合わせて、最終的に自らの意思で頑張れるようにするにはその方法しかなかった。
だからこそ試験には落ちたが、ランドルフの知能は飛躍的に上昇した。
今回の文官登用試験に合わせて王都のウエスト家の屋敷へ移動したが、ルドベキアは折り返しでウエスト家の領地の屋敷に戻り、またぞろ下働きの子守りとして働くことになりそうだ。
来年こそは、花婿の野望が叶うことを信じよう。
*
「ランドルフは婚姻後10年、ようやく授かった嫡男だ。絶望的な状況の病が改善したのだから、ウエスト家の維持管理を学ばせ、穏やかな人生を過ごさせてやりたかった。妻の不安定さを理由に、文官への挑戦もほどほどで済ませるつもりでいた」
義父は言葉を区切り、ルドベキアをじっと見据えて平らかな声で続けた。
「いつの間にか息子に適切な期待をしないことが習慣化していた、ルドベキアには心から感謝している」
「ありがたいお言葉ですが、文官の登用試験に合格しないことには……」
王都の屋敷の義父の執務室に呼び出されて、しみじみ礼を述べられると、ルドベキアは非常に居心地が悪かった。
好物の同衾「拒否」をチラつかせて勉強させ、ご褒美だと二人っきりで鉱泉に赴き、褒めて持ち上げてさらに勉強させる。
最終兵器はランドルフへの「文官登用試験に合格するまで、愛しているとは申しません!」宣言だったなどと、とても義父には言えなかった。
「来年の合格を信じている。そして登用試験への取り組み姿勢だけでなく、息子の言動が見違えるように落ち着いたことにも驚いた」
一般的に社交の場で多くの大人達と接していれば大人の男性になる、と思われがちだが実は違う。物事を理解した上で自分の考えと擦り合わせる知性が伴わなければ、いくら実践を積んでも無駄になる。
今のランドルフは社会経験こそ圧倒的に不足しているが、飛躍的に向上した知脳を使い、想像を膨らませることで未知の出来事に対処できるまでに仕上がっている。文官になり自信をつければ、さらに人として成長するだろう。
ダメな子をデキる子に! 自分には薬草に特化した才能しかないと思い込んでいたが、子育ての才能が眠っていたことに、ルドベキアは義父以上に驚いていた。
「妻からお前をランドルフにとせがまれた時には、さすがにと躊躇した。調べるうちに公爵家の横槍で、スウィフト家が困窮状態に陥っていることを知り、助けになろうと考え直した。家柄やマナーに問題はなく、国立学院の成績は優秀で、周囲の評判もいい。息子が健康なまま騎士になっていたとしても、ぜひとも伴侶にと望んだはずだ」
花婿に別の花嫁を宛てがってくれていたら、ルドベキアは過酷な職場で下働きの子守などせずに済んだのだが。しかしルドベキアがウエスト家に丁稚奉公に出ていなければ、スウィフト家は破滅への輪舞曲へまっしぐらだった。
「ところでルドベキア」
「はい」
「軍で上に立つ者は、大勢の部下に夢を語り・心を掴み・進む道を示し・最終決断を下す。その補佐役には、計画力・人員配置力・問題解決力、が求められる。組織を動かすためには優秀な補佐役が絶対条件になるが、ルドベキアは私のこの発言の意図を理解できるか?」
何やら義父が唐突に難問を突き付けてきた。立派な体躯で厳しい表情を浮かべる姿は、やたらと嫡男を甘やかすバカ親には見えない。
軍の中将の地位は、伊達ではなかったらしい。
「補佐役の定義をお聞きになっているのでしたら、トップが大局観で見たものを実現させるために、傍でお支えする人物だと思います。そのために『どうすれば可能になるかを計画』『適切な人材を配置』『実践するに当たって何かあれば解決』を、遂行するといったところでしょうか」
ルドベキアは嫁ぐまで、薬草の知識を増やすことにしか興味がなかった。ウエスト家で家政を学んでようやく、この国の権力の構図と、金の流れから世の中の動きを掴むことを覚えた。
義父がルドベキアに、ウエスト家においての軍の側近の役割を求めたりはしないだろう。優れた家令を抱えているのだから。
「文官で成功の見込みが出てきたのであれば、ランドルフ様にも信頼に足る補佐役が必要だ、とお義父様はお考えになられましたか?」
名門伯爵家の当主は、嫡男に対して至極真っ当な欲が出てきたのだ。
ルドベキアの父親も「男は狼なんだ!」などと親バカぶりを前面に出しながらも、それなりに頑張って新しい事業を始める気骨のある人だ。
コネクション不足と、ぼやっとした人のよさが邪魔をして失敗してしまったが。
かつてのスウィフト家にやり手の補佐役がいれば、父親のうだつも上がっていただろうか。
「ランドルフはウエスト家の血筋を色濃く受け継いで、度量はある。ルドベキアに頼めるだろうか」
上に立つ者は『突然人に夢を見せる』『だからあっちに行くぞと強要する』『そして巧みに説き伏せる』巧妙な力技を使う、とルドベキアは義父から新しい知識を得る。しかし、ランドルフに上に立つ者の度量があるかは疑わしかった。
「ありがたいお言葉ですが……私は目標に向かって計画を立てることや、人を使うことには適性がございますが、物の管理や足りない物の補充、施設の管理や不具合の点検、の素養には欠けております」
下働きの子守り役でも怒ってばかりだというのに、不出来な子のために緻密な采配をしなければならない、下働きのそば仕え役などルドベキアには無理だ。
メンタルが荒れて、キレて必ず大暴れする。
「弱点は、適任者を探して補えばいいだろう」
義父であるウエスト伯爵の提案に、ある男の顔が浮かんでいた。
ランドルフのためにというわけではなく、その適任者なら必ずスウィフト家再生で緻密な采配が行えるはずだと。
「これからもランドルフ様に寄り添ってまいります。お義父様、これからもご指導いただければ幸いです。よろしくお願いいたします」
まだ手にしていない様々な問題解決スキルを獲得するために、ルドベキアは義父と定期的に交流を持つことにし、こうべを垂れた。
──人は、光と闇の両方を経験することでより幸せになれる




